TRANSFORMERS:INVASION OF THE SPRITS 作:Kyontyu
「私と、一つになりたいでしょう? それはとても気持ちいいことなの。あなただって知ってるでしょ?」
知ってる。
見たことがある。
親の目を盗んで、暗い部屋の中、一人で見てた。本能に従うままに動く人を見た。
ああなってみたい。俺も……
ユリの頬に手を伸ばす。触れれば一瞬だ。快楽に溺れるのも。相手を汚すのも。
そして、止めた。
いや、駄目だ。俺はただの動物じゃない。
人間。
ヒトなんだ。自分の本能に生きるんじゃない。自分の心に従って生きるんだ。
「どうして止めたの? 私たちお互いの体はそれを迎え入れる準備が出来てるのに? 何を拒むの? 何を拒む必要があるの?」
「違うよ。やりたくないわけじゃない。ましてや君を拒んでいるんじゃないんだ。俺は、信じられているんだ。だから……」
何を言おうとしているのか、自分では分からなくなり、言葉を途切れさせた。
「そう」とユリは立ち上がった。その肢体に水滴が流れ落ちる。
「悪かった。士道」
「あっ! 待って、霧無さん……」
それを聞いたユリが一瞬、立ち止り、こちらを向く。
「ユリ、でいい」
そう言って風呂場から出ていった。
残された士道は再び口元まで湯船に浸かった。
良いはずなんだよな。これで……
しかし、心のどこかにそれを後悔する自分がいた。
「そういえば。好きってなんなんだろう……」
その言葉が風呂場に反響して消えていった。
◆◇◆
事件の起きたショッピングモール近くの駐車場に停めたトライドロンの中で休みつつ、電話をかけていた。
『進之介君。頼まれたやつ、調べておいたよ』
「ああ」
進之介はキューちゃんのパソコンから送られたデータをトライドロンののディスプレイで確認した。
『名前は『霧無ユリ』。両親は京都大空災で亡くし、今は孤児になってるみたいだ。過去の経歴は白紙。まぁ怪しいっていったら怪しいけどね』
進之介はユリの顔写真を見た。美しい顔立ちだが、どことなく冷たさを感じる顔だった。進之介は顎に手をやった。
『どこか気になるのかい?』
「なあ、人造人間、っていると思うか?」
『うーん……どうだろうなぁ。でもロイミュードは人の形を完全にコピーできるワケでしょ? いないとは言い切れないと思うよ』
「そうか……ありがとう」
『また何かあったら連絡ちょうだいね』
「うん。分かった」
そう言って電話を切った。
進之介はシートの背もたれに寄りかかってミルクキャンデー――ひとやすみるくを一口放り込んだ。
「んー、なんかもやもやするんだよなぁ」
〈やはりまだ気になるのかね? あの少女が〉
「……まぁ、な」
不可解な事件をよそにして、朝日は事件の闇をすり抜けてやってくる。
夜が白み始めていた。
◆◇◆
今日も五河家は静かだった。しばらく徹夜が続いた琴里はベッドで爆睡中。令音は〈フラクシナス〉の作業に戻り、真那は帰ってこないし、ユリもどこかに出かけてしまっていた。
外は雨が降っていた。水が跳ねる音を聞きながら洗濯物を畳み、ふと上を見上げた。
「そういえば十香。何やってんだろうなぁ」
あの日以来十香の姿を見ていない。というのも、〈フラクシナス〉で検査を行っているらしいが、結構時間がかかっている。
「もしかして、解剖とか、やってないだろうな……」
考えた瞬間、ゾッとしたので頭を振ってその考えを頭から飛ばした。
〈フラクシナス〉艦内。
「ほ、本当に脱がなきゃダメか……?」
「え、ええ……一応精密検査ですので……」
十香は眉をひそめた。敵対しないのは分かるが、明らかに警戒している。それもそうだろう。何せ先日の戦いで山の斜面の一部を消滅させてしまったのだから。十香はしぶしぶながら自分の簡易服を脱ぎ始めた。
その検査室の隣にあるモニタールーム。窓からはしぶしぶ簡易服を脱ぐ十香の姿が映っている。この窓は実はマジックミラーで、外側からはただの鏡にしか見えていないはずだ。精霊の視覚情報処理の過程が人間と同じなら、の話だが。
「令音さん。さっきコード0010の血液検査の結果が出たんですけど、このコードって……」
令音は糖分たっぷりのコーヒーをすすりながらディスプレイを見た。
「ヒトとまるで違わないじゃないか」
「ええ。一致率は99.88パーセントです。もうこれではほとんど人間と違いませんよ」
「人類のもう一つの可能性……もしくは、ただの偶然か。まぁ、後者はあまり考えられないけどね」
「ええ。たぶん精霊は『来るべくして来た』ってことなのかもしれませんね」
「全ては最初から仕組まれていたと?」
「まぁ科学者としては信じたくないですけど。ラプラスの悪魔じゃあるまいしね」
ラプラスの悪魔。全てのことがらを知ることができたなら、未来を予言することができる。それは量子力学によって否定されたが、精霊の中には可能な者いるかも知れない。
「そう、だな」
◆◇◆
雨の日のショッピングモール。ユリが年上の若い男と寄り添いながら歩いていた。
ユリが尋ねる。
「私のこと、好き?」
その問いに男が頷いた。
「ふふっ、ありがと」
ユリが微笑むと同時に周囲の時間がゆっくり流れ始めた。これがどんより――重加速現象だ。ユリの姿が変わり、黒い昆虫的なフォルムに、黒い翅が生えたロイミュードになった。
ロイミュードのユリが口の部分からストローのような触手を伸ばし、相手の口に入れる。
その時だった。
「止めろ!」という声と共に黒いスーツを着た進之介が走ってきた。ユリは一瞬驚いた。なぜ重加速の中で人が動けるのか、と。しかし、ユリは気づいた。あいつは仮面ライダー。我々ロイミュードの敵。
「変身!」
進之介はレバーモードのシフトワイルドを引いた。
〈ドライブ! タイプワイルド!〉
黒くてマッシブな体型が特徴的なドライブ タイプワイルドに変身した進之介はハンドル剣でユリに斬りかかった。初撃を喰らったユリは吹き飛び、地面に転がった。しかしユリはすぐさま立ち上がると翅を広げて光る鱗粉のようなものをまき散らし始めた。
「これは……」
〈! 下がれ、進之介!〉
ベルトさんがそういうのと同時にユリが指を鳴らした。それによって空中に漂っていた鱗粉が全て爆発した。
「ぐわっ!」
爆風に吹き飛ばされたドライブは支柱にぶつかり、蜘蛛の巣型のひびを入らせた。
「いてて……近距離は難しいか……?」
〈そうだな。だったらクールに決めよう〉
「ああ、分かってるって」
ドライブは緑のシフトカー、シフトテクニックを取り出すと、シフトブレスに装填してレバーを引いた。
〈ドライブ! タイプテクニック!〉
ドライブの外装が緑に変わり、メカニカルなボディーのタイプテクニックに変貌した。
ユリは再び翅を広げて爆発する鱗粉をまき散らす。ドライブはドア銃を取り出すと、シフトカー、マックスフレアを装填した。
〈ヒッサーツ! フルスロットル!〉
ドライブはドア銃を構えると、炎を纏った弾丸を鱗粉の渦に打ち込んだ。炎を纏った弾丸は、渦の中で鱗粉に着火し、その場で爆発した。ユリは爆炎から飛ばされ、地面に落下した。
〈オーケイ。一気に決めよう〉
フォーミュラカーの形をしたシフトカー、シフトフォーミュラをシフトブレスに装填した。
〈ドライブ! タイプフォーミュラ!〉
外装が白と青に変わり、胸の部分にはフォーミュラカーの先端を取り付けたようなフォーム、タイプフォーミュラに変身したドライブはトレーラーの形をしたトレーラー砲を取り出し、上部の差し込み口にシフトフォーミュラを、トレーラー内部にマンターンとスパーナを装填した。
〈フルスロットル! フルフルフォーミュラ、ターイホーウ!〉
トリガーを引くと、シフトカーのエネルギーが、収束したエネルギー束に変わってユリに襲い掛かった。
再び大爆発。その爆発は、周囲の雨粒を一瞬にして蒸発し、ショーウィンドウの窓ガラスは全て破砕した。
「うっ……」
ユリはよろよろと立ち上がる。その右頬には深く、醜い傷が刻まれていた。
「! まだやられてなかったのか!?」
トレーラー砲を構えるより早く、ユリは自らの周囲を爆発させると、その爆炎と共に姿を消した。
「逃げられた、か……」
爆発によってえぐれた地面に、水たまりが出来ようとしていた。
◆◇◆
洗濯物を畳み終え、そろそろ琴里も起きるころだろうと思って士道がおやつの準備をしていると、ドアのチャイムが鳴った。
「あ、今行きます!」
おやつの載った皿を少し乱暴にテーブルの上に置き、士道はドアを開けた。
「ユリ!」
そこには雨でびしょびしょに濡れたユリがぐったりとドアの前に座っていた。しかも、怪我を負っている。
「し、士道……すまな、い」
「お、おい! 無理すんなよ! 一体何が……」
その時、ユリの右頬の傷が目に映り、士道は言葉を失った。
ユリは士道から目を背けて、「聞かないでもらえると、ありがたい」と言った。
「ああ。でもとりあえず運ばないと……ッ」
士道はユリを抱きかかえ、家の中に運んだ。
ユリの怪我をしている部分に包帯とガーゼをあて、リビングのソファーに寝かせた。そして、ユリの服がぬれていることに気付いた。
「そうだ……このままじゃ風邪をひいちまう、が……」
いくら緊急事態とはいえ、女の子の服を脱がせるのには抵抗が……
「いや、しょうがないよな。不可抗力だ。うん」
自分で自分を納得させるとユリの服の両肩の部分に手を置いた。
「あ、おにーちゃん寝てる女の子に変態なことしてるー。キモーい」
「げっ、なんだってこんな時に!?」
「げっ、って何よ。まさか、本当に……?」
「そ、それは誤解だ! 濡れ衣だ!」
「濡れ衣って……」
「字面だけで判断するなよオイ!」
「で。私にやって欲しいの」
琴里に今までの経緯を説明し、士道は頷いた。
「だって、ホラ、俺だって一応男だし」
「昨日一緒に風呂入ってた奴が言える言葉じゃないと思うんだけど」
「え……」
「お風呂場でいちゃいちゃしてたくせに。令音なんて表には出さなかったけど、マグカップを握りつぶす寸前だったわよ」
「俺のプライバシーは一体どこに……?」
「さぁね。無限の彼方?」
「無限の彼方って……」
「ま、いいわ。私がやっといてあげる。何があったかは知らないけど、普通じゃないことは確かだしね」
「……助かるよ」
琴里は「それじゃ運ぶのよろしく」と言うと、さっさと上の階に上がっていってしまった。
士道は横たわるユリを見た。そしてその後腰を持ち上げてユリを抱きかかえた。
ユリを運び終えた士道はテーブルでゆっくりお茶を飲んでいた。
再びチャイムが鳴った。
「もう足りてまーす」
士道は面倒そうにそう言うとせんべいを一口頬張った。
すると音が重なるレベルでの高速連打が返ってきたので、士道はしぶしぶドアを開けた。
「はい、どちら様……って、鳶一さん?」
ドアの前に立っていたのは先ほどのユリと同じようにびしゃびしゃに濡れた鳶一折紙だった。ただ、服が透けて、少し下着が見えてしまっていた。
「折紙でいい」
「え、あ、あの、えーと、折紙さん? どうしてこんな所に……」
「雨宿り」
「あ、はい。じゃ、じゃあ……どうぞ」
今度は折紙を家に入れた。
「どうして急にここに来たんだ?」
タオルで髪の毛を拭く折紙に士道は尋ねた。
「外出中に運よく雨が降ってきたのと、出番を少なくしやがったクソ作者のせい」
メタ話は止めていただきたい。
「運よくって……」
そういうと、折紙は事も無げに服を脱ぎ始めた。
「ってうおおおい! な、何を……」
「服がぬれてしまっては風邪をひく。今日は一人?」
「い、いや、琴里がいるけど」
「チッ」
「なんか言いました?」
「いや。忘れて」
その時、折紙の右肩にバーコードのような模様の上に「DEM」と書かれたタトゥーが見えた。
「そのタトゥーは?」
それを聞いた折紙はタトゥーの部分を左手でさっと隠した。
「士道は気にしなくていい」
「あ、そう……」
士道は窓の外を見た。
雨はまだ、止んでくれそうもなかった。