TRANSFORMERS:INVASION OF THE SPRITS 作:Kyontyu
第十二話「天使と死神」
猛吹雪の中、人の影が一つ、歩いていた。緑色のフード付きパーカを着た小柄で華奢な体躯……少なくとも、大人ではない。左手には、ウサギを模したパペットがはめられている。だが、そのパペットはツギハギだらけで、薄汚れていた。
突然人の前に巨大な鉄塊が落ちてきた。雪が舞い上がり、周囲の視界をさらに悪化させる。すると今度は突然、その鉄塊が蠢き始めた。パーツが捻じれ、折りたたまれ、その姿を変えていく。出来上がったのは大きな巨人。人が巨人を見上げた。風向きが変わり、フードがめくれ上がる。幼い顔の少女が、その透き通った目で、巨人を見つめていた。
巨人は、口と思わしき場所を動かして、声を発した。
「お前が、私を呼び覚ましたのか?」
「あなたは……?」
少女は、不思議と警戒しなかった。巨人に、自分と同じ何かがあることを直感したからだ。
巨人はうなる。
「ウム……私にも、よく分からんのだ。ただ、大昔に何かしらの使命を帯び、ここへやって来たことは、覚えている」
「使命……」
「そうだ。使命。我らの文明を復興させる……イヤ、思い出した! そうだ! エネルゴン! それを探し求めていたのだ。そして、太陽を破壊すれば大量のエネルゴンを手に入れられることが分かり……そして……ああ、思い出せぬ……」
「あなたの仲間は?」
巨人は屈みこみ、少女と同じ目線になった。
「仲間? この付近には存在しない。そもそも、私の仲間とは何なのかすら思い出せん」
少女は巨人の顔に触れた。吹雪より冷たい金属の冷たさ。
「そう。私も同じ……仲間を、探してるの」そう言って、少女は俯く。
「ならば、一緒に探すか?」
「え?」と少女は顔を上げた。
「いいの?」
「ああ。私より、ここのことは君の方が詳しいだろう。それに私なら――」
巨人は一瞬にして自分の身体を四輪駆動車にトランスフォームさせた。そう、彼もトランスフォーマーだったのだ。
「――君の足になってやれる」
「す、すごい……あなたの、名前は?」
それを聞いた巨人は困ったように黙り込む。その意味を察した少女が、ボンネットに手を乗せて、こう言った。
「名前がないなら、私がつけてあげる。『スケアクロウ』――私の大切な人の名前」
「『スケアクロウ』……いい響きだ。気に入った。君の名は?」
左手のパペットが、少女の方を向く。
「私の名前は、四糸乃(よしの)」
◇◆◇◇◆◇
早朝の五河家の玄関のドアが開く。静かにドアを開け、忍び込むように入って来たのは、詩透である。そのまま音もなくドアを閉じ、家の中に侵入した詩透は慣れた動きで周囲を警戒しつつ、階段を上る。二階に上がった詩透は士道の部屋の前に立つと、音を出さぬよう細心の注意を払って、ドアを開けた。しかし、中には誰もいない。
「……?」
室内のベッドには確かに寝ていた痕跡が残されているが、確かにいないのである。詩透の接近を知るには監視カメラや、その他センサー類を仕掛けていないと実際不可能であり――というのも、彼女は現役のNESTなのだ――士道が勘づくことはありえない。
詩透は訝しみつつ、その部屋から出た。
次に義理の妹である琴里の部屋を確認した。出来ればいないで欲しいのだが、確かにそこには琴里がスースーと寝息を立てているだけで、士道の姿は無かった。
詩透は訝しみつつ、その部屋から出た。
残す部屋は二つ。母、令音の部屋と、空き部屋になっているはずの元詩透の部屋だけだ。いつも通りなら、令音は寝ていないので、士道が相当のマザコンでないかぎり、その部屋にいるはずはない。ということは元詩透の部屋に、士道はいる。恐らく士道の部屋に何らかの問題が発生し、やむを得ない理由で、部屋を移ったのだろうと思いつつ、ドアを開ける。そこには詩透の予想を斜め上に上回る光景が広がっていた。
その日、ユリはアクセルの中で車中泊をとっていた。機械であるユリは睡眠をとる必要はないが、人間だった時の習慣が抜け切れず、今もこうやって夜は目を瞑るようにしていた。すると突然地面が揺れ始めた。それを感知するや否やユリは起き上がった。それと同時に、揺れは収まった。
「……地震……?」
ユリは大急ぎで家の中に入り、階段を駆け上がると、そこには文字通り修羅場が広がっていた。
詩透が見たものは、呻きながら隣の女の子の胸を揉んでいる士道の姿だった。それを見た詩透の思考は一瞬止まったものの、次の瞬間には詩透の右手が士道の腹部にめり込んでいた。士道が「ごふっ」と呻く。背後から慌ただしい足音が聞こえ、ドアが開く。鬼のような形相になった詩透が捉えたのは白髪の美少女――ユリだった。再び詩透の鉄拳が腹部に炸裂。士道が言葉にならない叫びをあげる。
ユリは思わず口を押えた。これは酷い。
「おいおいなんだ騒がしい――」
疲れ切った様子の令音がユリの背後に立って部屋を覗き込んだ。詩透と目が合う。
「――詩透、おかえり」
「母さん、一から説明して」
リビングのテーブルで、詩透と令音が対面するような形で座っている。
「ふーん……親戚の子、ねぇ……誰の? 亀井おばさん?」
「ああ」
「母さん、亀井おばさんは三年前に死んだよ。で、ホントは何?」
詩透は十香のことを見る。少し前にキナパンで見た少女はまだ寝ぼけているのか、何かを呟きながら頭を壁に何度も打ち付けている。壁に少しひびが入っていた。
「居候みたいなものだ。少し前に士道が拾ってきた」
「拾ってきたって……捨て犬じゃああるまいし」
「捨て犬があるなら捨て人もあるだろう」
「それ捕まるから」
詩透は深いため息をついた。昔からつかみどころのない人だと思っていた。全ての言葉を受け流してしまうような、そんな人だと。
「母さん……別にそれはいいんだけどさ、家族が増えたのなら、それはそれでうれしいことだよ。でもさ、あれはちょっとな……」
「仕方ないだろう。士道だって男の子だ。少しくらいリビドーが暴走したって、何もおかしいことはないさ」
詩透は再びため息をつく。
「……で、あの子は?」詩透はユリを顎で示す。
「え、あ、オレ?」
うん、と詩透は頷く。
「俺は……居候みたいなもんで、ちょっと今宿無しの状況なんですよ」
「……ま、今我が家はこんな状況だ」
と、令音の言葉に詩透は呆れたように肩を降ろした。
「まぁ、状況は大体分かったけどさ。流石に今朝のあれは……」
「そうだな。私の監視不足だ。そのうち対策しておく」
令音の『そのうち』はアテにならない。詩透はそのことを誰よりも知っていた。
◇◆◇◇◆◇
士道は重い足取りで教室に入った。今朝から嫌なことばかりだ、と士道は思う。なぜか十香の部屋で寝ていて、しかも詩透の鉄拳を直接腹部に喰らったのだ。生きている方が不思議である。
「あー……それにしても、嫌な夢だったな……」
ふと昨晩の夢を思い出す。精霊と人間が殺しあう光景。夢の中の十香は言った。「これが我らの本質だ」と。そんなわけがない。士道は心の中で否定する。いつか分かり合えるのだと。そう信じている限り……
士道は椅子に腰かけ、窓の外を見た。鈍色の雲が空を覆っている。
そして始業のベルが鳴り響いた。
時は流れ、昼休み。相変わらず外は晴れず、曇り模様だ。士道は学食へと足を運ぶ。トレーに乗せられているのは焼き魚、味噌汁、白米というシンプルな構成の和風定食。士道は空いていたテーブルにトレーを置き、椅子に座る。それと同時に狂三が前の席に座る。
「相席、よろしいですか?」
「あ、どうぞ……いただきます」味噌汁のお椀を持って、汁を飲む。
士道は狂三を見た。昼食を持ってきている様子はない。では彼女は何のためにここに来たのだろうか?
「あ、あの……」
「どうかしましたか? 士道さん」
「いや、別に深い意味とかはないんですけど、なぜこの席に?」
「ちょうどこの席が空いていたので――」
士道は周囲を見渡す。空いてる席なら他にもあるが……それよりも周囲の目がこちらに向いているのは気のせいだろうか。
「――何か問題でもありまして?」
「あ、いや、ホント何もないです」
そう言うと士道は黙々と定食を食べ始める。狂三は何も言わずその様子を眺めている。なんとなく食べずらい。
「士道さん……わたくしのこと、嫌いですか?」
「え?」
思わず箸を動かしていた手を止める。
「なんとなく、嫌そうな顔をしていたので……」
「いやいやいや、そんなこと」
「そう、ならばよろしいのですが、ね」
心なしか、狂三の口元が緩んだ気がした。その時、
――――ウウウウウウウゥゥゥゥッ!
空間震警報。生徒たちが慌ただしく近くにある避難シェルターへと移動し始める。
「空間震?」
士道も立ち上がる。耳元に手をやるが、そこにはインカムはない。
ククク、と狂三が笑う。
「士道さん、では、お気をつけて」そう言うと、ゆっくりとした足取りで生徒たちの中に紛れ込んでいった。
「時崎、狂三……」
士道は、はっと我に返る。ゆっくりしている場合じゃない。士道は生徒たちの流れとは反対の方向へと走り出す。
校門前には、既にユリ――アクセルが待機していた。スポーツカーのガルウィングドアが開く。
『士道! 乗れッ!』
士道は頷き、アクセルに飛び乗った。ドアが閉じ、タイヤを鳴らして急発進する。
『士道、ダッシュボードの上にあるインカムを取ってくれ。琴里に頼まれたものだ』
ダッシュボードの上に手を伸ばすと、確かにそこにはインカムがあった。それを耳にはめる。
〈士道〉
「琴里! また精霊が?」
〈そうよ士道。では前回と同じく――〉
「待ってくれ! 俺は十香でてっきり終わったのかと……」
〈そんなわけないじゃない。まだいるわ〉
「まだ、って、あとどれくらいだ?」
〈……分からないわ。とにかく、十香と同じやり方で封印しなさい。いいわね?〉
「ちょっと、待ってくれよ! 俺は――」
〈黙りなさい、士道。もうすでに空間震は起きているのよ。精霊も現れた。目的地はアクセルに伝えてあるから〉
「でも!」
〈やりなさい〉
士道は言葉を失った。行きたくないわけじゃない。助けてやりたい。だが、謎の恐怖が、士道を襲っている。得体のしれない恐怖。あの時、亜高速の弾丸に腹をえぐられた時の感覚がまざまざと蘇る。
〈士道。世界の命運は、あなたにかかっていると言っても過言ではないわ。では、通信終了〉
琴里からの通信が終わり、アクセルが急停止する。
『士道、到着した。このデパートに潜伏しているようだ。俺はここで見張っている』
ああ、と士道はアクセルから降りる。そしてデパートを見上げた。
「世界の命運、か」
士道がデパートに入っていくのを見届けたアクセルはそう呟いた。ASTの反応はまだない。その時、センサーアレイが空間の特異点を検知した。
「……!」
空間が捻じ曲がり、巨大な人影が姿を現す。スペースブリッジだ。アクセルはもちろんそのことなど知らない。空間とそれとは違う別の空間を結びつけるスペースブリッジはほんの一握りのトランスフォーマーしか搭載していない。
現れたのはスケアクロウだ。黒いコートのような外装に、骸骨のような頭部はまさに死神をほうふつとさせる。
「ふむ……ここにいるのはただの傀儡か……」
スケアクロウは手を背中に伸ばし、マウントされていた巨大な鎌を取り出した。刃部分にエネルギーが迸る。スケアクロウは周囲を見渡すと、アクセルを正面に捉えた。
「私の天使には、傷一つ付けさせぬ」
スペースブリッジが一体どんなものなのかあまりよく分かりませんが、ジェットファイアーにしか搭載されていなかったですよね、確か(実写版)。ちなみにスケアクロウはジェットファイアーと同じく、エネルゴン探索の旅に出ていたトランスフォーマーの一体です。