「…生……、先生…」
誰かの声が聞こえる…たしか私は…
「先生!」
上から強く呼びかける声に私は飛び起きた。
呼びかけくれていた彼女は、飛び起きた私に少し驚いていたが
ホッと胸をなでおろしていた。
周りを見渡すと、最後に私たちが訪れていたブラックマーケットの一角とは違う
湿り気を帯びた土と草の臭いが立ち込める田舎道とも呼べる広々とした自然の空間。
「わ、私たちいったい…」
"分からない…けど、多分ここに君の友達がいるはずだ。マナ。"
違和感を感じる程の静かな土地の真ん中で、私達がここに至る経緯を思い出す。
トリニティに来ていた私は用事を済ませシャーレに戻ろうとすると、
イチカから呼び出され現場へ向かった。
そこには数人の正義実現委員会に囲まれている、ストローハットから
亜麻色の髪を覗かせているヒフミより頭一つ小さい背丈の生徒がいた。
"おまたせ、イチカ。"
「来てくれてありがとうっす、先生。」
"うん、それでどうしたの?"
「いま抑えてもらってる子なんですけど
ブラックマーケットに行こうと何度も学園から出よとうしていたっす。
さすがに何度もというと、口頭注意だけじゃ効かなくなるっすし…。」
「なにより、理由も言ってくれないと私らも対処に困るので…。」
"なるほど、それで。わかった、私の方から話を聞きだしてみるよ。
ひとまず開放してあげれないかな?"
イチカは頷くと、改めて危ないとこに近づかないよう念を押し
委員会メンバーを引き連れて去っていった。
残された私と彼女には、少し気まずい空気が漂う。
"とりあえず、シャーレに行こう。ここだと話したいことも話しにくいと思う。
君の名前は…"
「ひ、日向マナ…です。」
マナと共にシャーレに戻り、話を聞いてみようとコーヒーを淹れて
向かい合わせに座る。
最初は落ち着きがなく、そわそわしていたけれど
ぽつぽつと歩幅を合わせるように話し始めた。
「と、友達を探しているんです…
トリニティに入学前にいなくなった友達を…」
「けど、おかしいですよね、普通…
だって、もう何か月も経っているのに。」
"友達がいなくなったときには捜索届は。"
「出しました、捜査はあまり進展がなくて…
そのうち、連邦生徒会のごたごたで流れてしまいましたけど…」
私が来る直前の事が生徒の希望の芽を摘んでしまったと考えると
不甲斐なく思ってしまう。
今はそれより、マナの友達の事だ。
たしかに既に失踪から何か月も経っている人物を探すのは現実的ではない
酷なことだけど、もうその友達は…とあるまじき考えが過ぎったところを
マナが自身でさえも言う荒唐無稽な話しの続きを口にする。
「私、いつからか"夜目"が効くんです…
こう、両の掌を前に出して目を開けると、なんと言うか…
探しているものが、炎の様な光となって見えるん、です…。」
私の目の前には、両手の手のひらを正面にかざしている様にしか見えなかったが
たしかに、その体はブラックマーケットの方角を向いていた。
"わかった。友人を探すのを手伝うよ。"
「えっ…、信じてもらえるんですか?」
"うん、根拠もなくブラックマーケットに
行こうとしている訳では無いのは見ていて分かった。
なにより、生徒が困っているのは見逃せないしね。"
こうして、ブラックマーケットに共に足を運んだ。
が、聞き込みによる手掛かりは無いに等しく、マナに先導してもらう形で
私とマナはブラックマーケット内を西へ東へ彷徨った。
「せ、先生、さっきの噂は何か関係があると、思いますか?」
聞き込みをしたスケバン達が話してくれた噂。
それは、ここ最近ブラックマーケット内で行方不明が発生しているという事だった。
後ろ暗い者達が大手を振れる場所で、行方不明の噂が立つのはある意味珍しい、
くわえて奇妙なことに行方不明者は数日と経たないうちに戻ってきているらしい。
"まだ分からない…、ただ組織的な犯行なら
そこから情報が得られるかもしれない、ヴァルキューレにも話を聞いてみるよ。"
「あ、ありがとうございます…」
突然、マナが声を上げた。
「あっ!ち、近い、今まで歩いても歩いても縮まらなかったのに…っ!」
走り出したマナの後ろを追う、狭い小路に入り何度か右へ左へと曲がれば
人気もいない行き止まりへと誘われた。
「はぁ…はぁ…、何も無い…?そんなはず…!」
「せ、せせっ、先生!!」
"っ!!"
お互い息も整わぬまま、顔を上げるといつの間にか
来た道は靄のようなものに覆われ、腕をかざしたマナは
何かに怯えるように声を張り上げていた。
私はマナの後ろから靄が迫ってくるのが見え、咄嗟にマナを庇う形で靄の前に出ると…
目の前が黒く塗りつぶされた。
"そのあと気がついたら、ここに…。"
「は、はい、私も気がついたら、目の前が真っ暗になって…。」
なんとも不思議な目に遭遇した、私達がいたコンクリづくりの路地から
牧歌的なあぜ道広がる平野に立っている、もしや行方不明事件と関係が…?
私は、アロナに現在地を教えてもらおうとシッテムの箱を起動した。
『s…生…先生、ここは…d、こか、おかし…です!』
"ア、アロナ?"
シッテムの箱の画面には砂嵐が混じって、アロナの声が途切れて聞き取れない。
「あっ!せ、先生、ひ、人がいます!
私、み、道を聞いてきます。」
アロナに呼びかけていると、マナは私達以外の人を見つけたらしく
その人に向かって駆けていった。
私も視線をアロナから向けて見てみるが、どうも様子がおかしい。
マナが見つけた人は、足がおぼつかず首も座っていないかに見える。
嫌な予感がして、マナへ駆け寄ろうとした瞬間、
「き…、きゃああぁぁ!!!」
割くような叫び声が上がった。
マナが叫び声を上げた場所から、数km離れた地点に
二人の少女が遠くから木霊する声を捕らえ、
その方角を向くと銃声が2回聞こえてくる。
「密猟者ー?」
「声からして、また行方不明者かもな。
ほら、行くよ。」
「了解ー。」
二人は、なるべく周囲に居る"奴ら"に気づかれないように
静かに声の方角へ走り出す。腕に着けていた腕章が衣擦れと共に揺れた。
私は、今にも腰が抜けそうなマナの腕を掴み抱き寄せるように強引に引っ張る。
マナがいた場所に思い切り腕が振り下ろされて、空気が割く音が聞こえる。
目の前にいるのは、キヴォトスでは皆無と言える人間の男性だ、けど
服装はとても古びてる、なにより皮膚が腐敗しているかのようにぐずぐずと肉が抉れて
目も白っぽく濁っている、声も喉奥から絞り出すかのようだ、まるで…
「ゾ…ゾン、ビ?」
"と、とにかく逃げよう!"
ゾンビから背を向け二人して駆け出す、ちらりと振り返ると
腕をだらんと振りながら走って追いかけてきた!?
まさかの走るゾンビに驚いた、けど追い付かれるほど速くはない
このまま振り切るまでと意を決した瞬間、マナに真横に押し倒された。
「す、すいません先生!ですが…。」
マナが振り向いた先には、別のゾンビが手にした鎌を振り下ろしていた。
いつの間に…、追いかけてきているのとは別のゾンビが突如私たちの横から現れていた。
這いながら逃げ直そうと体を起こす、ふと隣を見るとマナはリボルバーを取り出した。
「は、はぁ…はぁ、う、撃ちますよ!」
"マナ、それは…!"
あれは人間なのか、それともミメシスか異様なほど人間に近いそれに思わず、
マナに撃つなと言いそうになる、今は状況が環境がそれを許さない…。
ドンッ!と銃声が響いた後には、何ごともなく近づいてくるゾンビと
ふらついたマナだった。
"えっ。"
「も、もう一回…!」
またもや、放たれた銃弾はあらぬ方向に飛び
やはりゾンビはなんともなく、マナは上を向いた腕をぷるぷるさせていた。
「せ、先生!逃げましょう。」
"ま、マナ?…うわっ!!"
振り返ったマナが私の腕をつかんで強引に駆け出す。
つま先がもつれそうになるのを堪えながら足を動かす。
「す、すいません、先生。私、銃…うまく扱えなくて…。」
"大丈夫だよ、今は逃げよう。"
マナに手を引かれ改めて、駆け出したが突如アロナが叫んだ。
『せ…生!!止まってください!』
咄嗟に足に力を入れ先導しているマナごと体を無理矢理止める。
マナの鼻先を銃弾が掠めた。
通り過ぎた銃弾の反対には力なく銃を構えたゾンビが私たちを見ていた。
動きを止めてしまったことで、ゾンビとの距離は僅か数メートル。
「はっ、はっ…、そ、そうだ!お、お守りで…」
マナは無我夢中で探すように自身の腰をまさぐるが
震える手ではうまく物を取り出せるようではない。
私はともかく、マナだけでも…そう考えた瞬間、後ろから声がした。
「伏せてな。」
私達の後ろから、少女が飛び出す、袖に嵌められた腕章が揺れ
目の前のゾンビの頭が胴体から切り離され、もう一体のゾンビは
振り下ろされたそれに頭がはじき飛ばされた。
"や、槍…?"
残心をとる少女の手には、身の丈よりも小さな小型の槍が握られ
肩にはハルカが使っているようなポンプアクション式の銃を下げている。
呆気に取られているともう一人、銃弾が飛んできた方から
赤黒く汚れたナックルダスターを片手に嵌め、ストックまで伸びた
ハンドガードが特徴的なライフルを担いだ少女が現れた。
「サヨ、500ヤード先に"感染者"迂回もできるけどどうするー?」
「あー…、いや、余所のお嬢さんに加えて先生もいる。最短で行こう。」
「了解ー。」
サヨと呼ばれた少女は私をちらりと見た後、もう一人の少女に指示を出す。
気の抜けた返事と共に、銃声と彼方で人影が倒れるのが映った。
ガキン!とトリガーから沿うように伸びたレバーを倒し排莢する音が響く。
二人が私達に向き直る。
「んー?」
助けてくれた少女の1人がマナを見つめている。
それを制すように槍を持った少女が提案した。
「二人とも、ひとまずオレらに付いてきて貰おうか。」
道中、サヨと呼ばれているオリーブ色のポニテ少女が先導し一緒にいた
蒼髪の少女に挟んでもらう形で平野を抜ける。
時折目に映るゾンビたちは極力避けるか彼女たちが、槍やメリケンサックで音もなく排除していく。
極力目線を隠していたが、マナは血肉がはじけ飛ぶ凄惨な光景を目にしてしまったらしく
表情が青白くなってしまっていた…。
おそらく彼女たちも生徒なのだろう、このような人知れない場所で
限りなく人に近い異形をためらいなく排除している様を苦々しく思う…
それにしても、落ちついてきたとは言え、アロナの様子がおかしい
シッテムの箱をチラリと見ると、後ろから刺すように声が飛んでくる。
「ここ、通話は使えないですよー。
使えるのは短距離無線くらいー。」
無線機をひらひらと片手で弄びながら間延びした口調で釘をさされる。
ここはいったい何なのだろうか、私と同じ感情を宿したマナと目が会う。
そうこうしている内に、私達の目の前には不規則に連なるように停車した
貨物車の群れが道を塞いでいた。
「足元、気をつけなよ。」
サヨが貨物車の扉を開け中に入っていく、私とマナも彼女に続き
何度も扉を開けては閉めを繰り返し車内を通って別な車両に移っていく。
そして幾度かの扉を開けると光が差し込んだ。
"ここは、駅…?"
扉の先には、かなり古風な造りの広い駅みたいだ。
周囲には、案内してくれたサヨ達と同じ腕章を着けた少女たちが
どこか緊張した空気を纏いながらも、私達を歓迎してくれた。
「おかえりサヨコ、後ろにいるのが今回の迷子?」
「そ、まさか早瀬のお気に入りがいるとは思わなかったが…」
なるほど、彼女はサヨコっていうのか…いや、そんな事より
知っている生徒の名前が出てきたことに思わず割って入る。
"早瀬って、もしかしてユウカを知っているの?"
「まぁな、それは追々…その前にオレらの会長が待ってる。」
駅の構内に入ると、外観と同じくらい使い込まれているが
とても綺麗に整頓されている。
軋むことも無い木造の廊下、階段を渡り、駅長室とプレートが付けられた
角部屋に私とマナは案内される。
「会長、入るよ。」
ノックもそこそこに、サヨコは扉を開けズカズカ室内に入っていく。
やや広い室内には、応接用と思われるソファとテーブル、そして
正面の上品な設えの机に、1人の生徒が座っていた。
「ただいま、リコさんー。
報告通り、迷子のシャーレの先生とトリニティのお嬢さん連れてきたー。」
「ありがとねぇ、ニィナ、サヨコ。
さて、初めましてだね、シャーレの先生とそちらのトリニティのお嬢さん。」
「ぼくは、周藤リコ。よろしくねぇ。」
ゆったりとしながらもどこか達観とした雰囲気の少女が
暗い銀の髪をふわりと揺らしながら座っていた机から離れ、私達の前で丁寧に挨拶をする。
私達を案内してくれた2人はリコの隣に並んだ。
「2人の事はもう紹介されているかな?」
「あっ、そういや名乗ってなかったな。」
「おやぁ…?」
「オレは、木ノ下サヨコ。で、こっちが籔島ニィナ。」
「どうもー。」
おとぼけたやり取りの中で、案内してくれた2人の名前を知る。
私とマナも自己紹介を返した。
"私はシャーレの先生だよ。"
「わ、私はトリニティ総合学園1年の、日向マナ…です。」
私はこの場所と彼女達について聞きたいが、正直色々あり過ぎて
何から聞こうか迷ってしまい言葉が籠ってしまったのをリコが遮る。
"君たちは…、"
「気になるかい?まぁ、隠すほどの事でもないからねぇ。
安心して、ちゃんと教えてあげるよぉ…」
ニィナがカーテンを閉め、薄暗くなった室内が
剣呑とした妖しい様子を醸し出す。
優しく穏やかな声が知りたかった最初の1節を告げる。
「ようこそ…呪われた地、祝福から外された学校…
ルイスパリッシュ統合学園へ。」
「歓迎するよ…先生、お嬢さん。」
本作は、Hunt:Showdown1896というゲームの設定諸々を下地に作られております。