"ん…"
固い床の感触が徐々に鮮明になっていく…
不意に目が覚めてしまって、未だぼやける視界を左右に動かしていると
パタンと静かにドアが閉まる音が聞こえる。
鍵はリリがかけたはず…ということは誰か出ていった?
音を出さないようにゆっくりと上体を起こして
シッテムの箱を点け、時刻を確認する。
丑三つ時…なんとも場の雰囲気にあった時間と言うか…
そぉっとそぉっと…すり足を動かしてドア前に向かう。
暗闇になれない視界を、手から伝わる感触でカバーして
ドアノブを触っていると、鍵のつまみが垂直に立っているのが分かった。
やっぱり、誰かが出ていったみたいだ。
足元に注意しながら振り返って、3人が寝ている仕切りの前に立つ。
生徒の寝込みを覗くことになるのを心の中で詫びながら、静かに仕切りの中を覗く。
3つ並んでいるシーツの内、仕切り側の1つだけが膨らんで、スースーと小さな寝息を立てている。
おそらくこの子はマナだろう、ということは協会の2人がいない…
仕切りを戻して、再びドアに向かう。
外に出てみるか…けど夜は危険とも指示には従うこととリコにも言われている。
ただ、それでも生徒達が危険に出向くのをただ見てるだけはしたくない…
観測所から離れない、外に出るだけと言い訳をしてドアノブを回した。
街灯のような周囲を照らす明かりは無く、静かに地平をなぞる夜風と
黒のビロードを彩る星々だけが輝いている。
暗闇に慣れてきたとはいえ、手元足元がかすかに見える程度
手すりを伝いながら階段を下りていても、いつ踏み外すか
少し気が気じゃなくなってくる。
ぎしぎしと軋む木の階段、時間をかけてやっと降り立つ地面を踏みつけると
砂と土がジャリジャリと音を奏でた。
普段だったら気にしないほどの音なのに、やけに大きく聞こえる。
自身の呼吸の音さえも木霊するくらいの静謐と首筋を撫でる夜風は
この場所の危険性と合わさってじりじりと私の焦燥感を刺激する。
自覚できるほどにすっかり怯えてしまった私は、
やっぱり戻ろうかな、でも2人がまだ…とたたらを踏んでいると
どこかから足音が聞こえてくるのに気づく。少なくとも観測所からではないのは確かだ。
ど、どうしよう…すぐにでも観測所に戻らないといけない…
踵を返して戻ろうとした瞬間──
「なにしてんの。」
"うわッ…!!"
「ちょっ!?シー!!」
突然、声をかけられて声を上げそうになるのを手で口を抑えられ遮られた。
困惑するが、細い手とその声が誰であるかを認識させる。
"り、リリ…?"
口から手が離され、暗闇の中にぼんやりと立つ二人が目の前にいる。
「外に出ないでって…」
「そうだよ、危ないよ先生。」
"ごめん、二人が出ていったのが気になって…"
はぁ…とサヨコにため息をつかれる。
私が悪いとはいえ、情けないとこを見せてしまったと自省する。
「とりあえず、観測所に…いや、マナを起こすと悪い。
そこに座って先生。」
サヨコに促されて、幅広の階段に腰かける。
私の隣にリリが腰かけ、サヨコは手すりに体を預ける。
静かに息を吐いて、サヨコは外にいた理由を答える。
「オレとリリが外に出てったのは、密猟者の件と周辺の安全調査。
情報が入ってないだけで他にもいるかもしれないし、
夜のルイスパリッシュに迷い込む人たちもいる可能性もある。」
「とりあえず、周辺は異形がいるだけで異常なし。
あらかた倒してきたからしばらくは安全だよ。」
"そっか…ありがとう。"
彼女たちは、普段やっていることをこなしてきただけなのだろう。
それでもやっぱり心配なのは変わらない。
そう考えているのはお見通しだったようで、サヨコはとある事を口にする。
「あなた達…とりわけ先生がルイスパリッシュに来た後
結構話し合ったんだ、先生を関わらせるかどうか。」
「ちゃんと言うと、協会の外に出すかどうかだね。
あーしたちやマナちゃん、キヴォトスの人たちなら
ちょっとそっとの事は耐えられるけど、外から来た先生はそうじゃないから。」
「だけど、最終的にはオレ達が傍にいるという条件で
ついてくることを許した…なんでか分かる?」
正直、思いつかない。
確かに彼女たちの目線に立てば、私はこの地ではお荷物だろう…私は、首を横に振った。
「先生にルイスパリッシュの現状を知ってもらうため。
ルイスパリッシュは三大校に近しいくらいには知名度があったけど
色々と事情が重なったり、噂が伝播していくにつれていつしか
触れるのも禁忌に近い扱いになっていった。」
「サヨコちゃん禁忌は言い過ぎじゃないかな?
けど酷いよね、ほとんど怪談みたいだもん。」
「ここの特異な現象と相まって、私達だけの発信では限界があるって、だから」
"シャーレ、ひいては連邦生徒会の公的機関である
私の立場を使おうと…?"
「うん、正解。」
リリが少し悲し気に答える。
確かに私の立場を考えれば、生徒達に伝わる情報に正確性と信頼性が生まれるだろう。
「先生なら、絶対に関わるだろうから
ニィナとスズが案を出したのをイコ先輩がまとめたんだ。
どうせなら、傍に置いて現状を見せようって。」
サヨコはそれに会長も……と言いかけたとこで言葉を切り、リコが続けた。
「危険な目に合わせるのには変わらないから
ギリギリまで話し合ったんだけど、あーし達は観光協会としての
本懐を選んだ…」
ごめんなさい。とサヨコとリリは私に謝る。
私は、いたいけな生徒たちに何をしているんだ!自分自身に憤りが沸き上がる。
"そんなことはないよ。
君達はしっかりとできる事をやっている。
そのために使えるものを使おうと考えて、そして私に打ち明けてくれた。"
"それ以前に、謝るのは私もだよ。あんなに忠告をされていたのに
心配という感情を盾に無視して、二人に余計な心配をかけさせた。
君達を…観光協会を信頼していないと思われても仕方のないことをしたんだ…。"
私の方こそ、申し訳ない。と頭を下げる。
2人は慌てて私の頭を上げさせる。
「や、やめて先生!そもそも先生を利用してるのを隠してたし
なんなら、あーし達は連邦生徒会にたてついてるも同然なんだよ!?」
「そうだ、あなたが謝ることじゃない先生。
なにより、オレたちの方こそ信頼を利用したに過ぎないから…」
罪悪感に再び謝りそうな2人に提案をする。
"なら、お互いさまだね。
私は君たちを信用できていなかった、君達は私を利用しようとした。
それに私もルイスパリッシュを…君達を知りたいために近づいているのだからね。"
私の言葉を咀嚼したサヨコは、重くため息をついた。
「あなたは……もう、そういう着地点をってこと…
うん、オレたちも協会もお互い様…。」
「そうだね…、うん、お互い様。」
2人は納得してくれたようだ。
サヨコは手すりに預けていた体を起こして向き直る。
「じゃ、納得したところで寝直そうか。
日の出までまだ数時間ある。」
「あぁ、そっか…なんだか、気が付いたらまた眠くなってきた…ふぁ…」
「戻ろう先生、オレ達が心配で眠れないんだったら…
添い寝でもしようか?」
"是非、お願いしようかな。"
「……冗談だよ。」
「今の返しは無いと思う…。」
2人に呆れられながら、マナを起こさないように私たちは静かに観測所に戻った。