一階に下ったアズサとリリは、扉の前で目を合わせるとアズサが扉を開けリリが先行して足を踏み入れる
室内は線路が地続きに這っていて細かな段差に足を取られそうになるのを注意しながら室内を進む。
「……なんだろう、翅?」
「翅?……ってことは!」
アズサが視界の端に捉えたそれは室内の隙間を抜け、黒い塊となり素早く二人の前に人の像となって降り立った。
「なっ!人に、なった……?」
リリは無線をつなげながらすぐさまアズサを我に戻す。
「撃ってアズサちゃん!サヨコちゃん、ターゲットはアサシン。すでに交戦して……ッ!
アズサちゃん危ないっ!」
抉られた顔面を持つ黒ローブを象ったターゲット"アサシン"は両手首から生やした刃をアズサに振り下ろしたのをリリの銃弾が阻止する
アサシンは体を無数の蛾に戻し、天井の隙間に消えていった。
リリからの無線を受け取ったサヨコはすぐさま情報を共有した
先生はシッテムの箱を使いターゲットを突き止めようとしたが群体となったアサシンは気配が微少でアロナが捉えきれない
暗視を用いて動向を追っていたサヨコが警鐘を発する。
「こっちに来る……アサシンは攻撃するとき必ず人になる。オレが引き付けるから
マナとヒフミさんはその時を狙え!」
サヨコが槍を構えたと同時に、黒い蛾の群れが室内を駆け抜け先生を挟むように守っているヒフミの背後に立つようにアサシンが姿を象った
ヒフミは背後の気配に気づき、後ろを振り返るがそれよりも速くアサシンの刃が落ちる。
「えっ……?」
呆けた声を出すヒフミの前を片手で滑り出すように突き出したサヨコの槍が刃と打ち合う
だが、片手で押さえ続けるのは無理があったのか軍配はアサシンに上がり、サヨコの手から槍が落とされた。
「ッ!」
「さ、サヨコさん!ヒフミ先輩!」
飛び出したマナが散弾銃をアサシンに向けヒフミはすぐさま後ろに飛びのき、
アサルトライフルをアサシンに向けて撃ち放った。
連射される点と覆うように放たれた面の弾丸がアサシンを射貫く。
痛みに叫ぶように悶え、蛾の姿となり霧散していくそれを阻止するようにヒフミが銃を乱射するが
一匹、二匹落ちたところで塊は変わることなく障害物を物ともせず蛾は室内を飛び回る。
"こちらのタイミングが少ないのは厄介だね"
「こんな時に限って燃焼物を持ってきてないのが痛い」
「わ、私もあの時使った弾が……唯一、です。」
「あの!いつまで撃ち続けていればいいんですか~!?」
頑張って蛾を撃ち落とそうとしているヒフミを止める
銃撃が止んだ瞬間、アサシンはすぐさま身を翻しその場から撤退した
アサシンはリリとアズサを再び狙うべく、二階に駆け付けた二人に立ちふさがるように姿を現す。
刃を振り下ろしながら姿を作りはじめる、撃たれても次こそは仕留められるように……
だが、その目論見は背後から迫ってきた弾丸によって阻まれる。
"このための、戦力分散だからね"
蛾の姿に戻らせまいとサヨコは銃身下部のグリップを素早く前後に動作させ装填と発射を繰り返す
駄目押しとばかりにリリとアズサもアサシンに銃弾を浴びせていく。
苦しんでいくアサシンだが今までと違い一気に体を蛾に戻すと、短距離を神出鬼没に出現し始めた。
「行動が変わった!?」
"気を付けて、いつ次が来るか分からない"
先生の言葉に各々が死角を補うように行動しあう。だが、先生以外の全員が違和感を覚えた
「リリ、アサシンというのは透けることも……保護色のような機能を備えているのか?」
「それはないはず……あっ!しまった!」
「分散……そういうこと!まずい、先生から離れすぎた!」
"あれ……シッテムの箱が見えない?いや違う!これは……蛾!?"
先生の視界を覆う蛾の群れ。
先生は蛾を追い払おうとがむしゃらに手で顔面を振り払うが払われた隙からすぐに集まり、自分が目の前で動かした腕が余計に視界を遮った
その隙に、先生の目の前まで移動したアサシンはその凶刃を無防備な先生に向ける。
「先生!」
「だ、だい、あうっ!」
「ヒ、ヒフミ先輩……!」
一番近くにいたヒフミが先生に駆け出そうとするがつまずき転んでしまう
万事休すと思われた瞬間、顔を上げたヒフミが宣言した。
「大丈夫です!ペロロ様!」
アサシンと先生の間から突如、急速に肥大化する物体が割って入った
白い鳥の様なそれは先生を完全に覆い隠しアサシンの刃を受け止める。
「ナイス!ヒフミちゃん!」
飛び出したアドバルーンは突き刺さる刃に耐え切れず割れてしまう。
左のリボルバーをホルスターに戻し駆け出したリリは、先生とアサシンの間に滑り込み
脇を締め片手に構えたリボルバーの銃口を真上の顔面に見据える。
「あーしの領分じゃないけど……!」
再び刃が振り下ろされるより早くリリの左手がリボルバーの撃鉄を素早く叩いて、1秒あるかないかの差で弾丸が2重に放たれた。
弾丸はアサシンに突き刺さるが刃は止まることが無くリリの腕を切りつける……瞬間、リリの目の前を穂先が掠め刃を防ぐ。
サヨコは今度は両手でしっかりと握った槍を強引に翻しアサシンを仰け反らせた
アサシンが蛾に戻る瞬間、一発の銃弾がアサシンの頭を貫きぽろぽろとその体が煤の様な黒い物体となり崩れていく。
「Vanitas vanitatum……」
聖句が唱え終わるとともに、アサシンは完全に崩れ落ちた。
アズサが最後に放った弾丸が決め手となってひとまずターゲットの沈静化には成功した
また、なにか手掛かりがみつかるかもしれないと考えているとサヨコは膝から力が抜けるのを槍を杖代わりにして堪えている
私とリリはすぐさまサヨコに手を貸した
"やっぱり……"
「ヒルでしょサヨコちゃん。吸われてなきゃ、あそこで肉頭が来るわけないし」
「……軽い貧血だよ」
「その状態で二手に分かれてたら、ホントに駄目になるかもしれなかったんだからね!」
"リリの言うとおりだよ。君はヒフミたちとマナ、両方の望みを聞こうとしていたんだろうけど
だからと言って君自身を蔑ろにしてはいけないよ"
俯いて小さく頷くサヨコを見て安心したのもつかの間、ヒフミの困惑した声が聞こえ
そっちを見ると心ここにあらずといったマナが何かを呟きながら覚束ない足取りで歩いている
「光が、目の前に……クシロ、なの……?」
「マナちゃんどうしたんですか?」
「マナ、大丈夫?」
「あっ!ま、待って!」
マナは心配する二人を置き去りにして走り出してしまった。
「マナ!」
「ちょっ、サヨコちゃん!激しい動きしちゃダメだって」
「私達で追いかけます!」
"お願い。ヒフミ、アズサ"
闇の中で、ずっと追い求めていた光がマナの先を歩いていく
がむしゃらに届きそうで届かない光を追う。
「待って……待って、クシロ」
いくら呼びかけても、それは止まることも捕まえることもできず
まるでそういう遊びのようにマナの先をゆらゆらと行く。
走るごとに息が吐き出され、思考が単調化していくのをマナは感じていた
追いかけなきゃ、見つけなきゃ、クシロを……マナの頭はそれだけになっていき先程までいた貨物倉庫から飛び出していることも
暗視をしていないのに闇が見えていることにも気づかず、1つの考えに支配されている頭に誰かの呼ぶ声が聞こえてくる。
誰の声だっけ……今は、光を追わなきゃ……けど、どんどん大きくなる
マナは次第に大きくなる声の主が気になり始め──気が付くとアズサがマナの肩を掴んで呼びかけていた。
「マナ!しっかりしろ、マナ!」
「はっ……あっ、アズ、サ……先輩?」
「やっと止まってくれました……」
「ヒ、ヒフミ先輩、えっ!私、いったい……?」
「もう、急に走り出してびっくりしたんですよ!?」
アズサの目を見ると、その通りと言わんばかりに無言で頷かれる。
我に返り、纏まらない思考で先程の光は何だったのか問うようにマナは改めて暗視を使った
光は既に目の前に無く遠く離れた場所を再び刺している
暗視を解除したマナは、あの光はクシロだったの……?と不思議がっていると、足元に小さく光るものが落ちているのを見つける。
「これ……」
マナは拾い上げたそれを見ると固まった。
「これって十字架……ですか?」
ヒフミの問いに頷いて返すとマナは小さく手を震わせながら、腰に差している散弾銃を取り出す
散弾銃のグリップに点けた酷似したデザインの十字のアクセサリーが揺れた。
「クシロと……い、一緒に買った。十字の、アクセサリー……なんで……ここ、に……」
「……マナ、ひとまず戻ろう。先生も心配してるから」
マナは静かに頷くとヒフミたちに連れられ力なく来た道を戻る。
沈みゆく空気の中、マナは包みこむように握りこんだお揃いのアクセサリーを手の中で感じながら
まだ見つからない友達に想いを馳せた。
"マナ、大丈夫だった?"
「……」
アズサとヒフミに連れられて戻ってきたマナは意気消沈といった様子で力なく頷いた
ヒフミに聞いてみると、どうやらまたマナと友達に関する物が見つかったらしい。
「ふぅ……追放終わり」
倒したアサシンを追放し終えたリリはその跡から証拠を回収している
そういえば、クシロの日記はターゲットの跡から見つかった。だが、今回は離れたところで見つかっている
ターゲットとマナが見えている光は同一ではない可能性はずっと考えていた
マナやサヨコたちルイスパリッシュの生徒達によると、暗視で見える光は自分が探したい物、探している物
ターゲットという異形も彼女らには光として把握できる
探し物自体がそれを理解していたら?暗い深海で魚が自身を疑似餌にするみたいに……
ぐるぐると思考の海に潜りそうになるのを、サヨコとリリの会話が引き戻す。
「オレはここで体調が戻るまで休んでるから早く駅舎に戻って」
「駄目、全員で戻るの。第一、観測所が近くにあればいいけどこんな連絡手段も無い場所で一人で過ごそうだなんて
サヨコちゃんも危険性は分かってるでしょ」
貧血でダウンしているサヨコは自分を置いて5人で戻れと言っているのを、リリは断固として拒否している。
5人で戻るのは私も反対だ。
時間はかかるが、私が彼女を背負って観測所までいければと提案するのを思考がぐっと押しとどめる
私は降って湧いた小さな疑問をリリに聞いてみた。
"リリ、ここは線路が走ってるよね?"
「えっ、うん、そうだよ先生……待って、線路?」
線路という発言にリリはしばし考え込むと何か思いついたのか急に明るい声で捲し立てた。
「そうだよ線路だよ先生!あーしとしたことが気づかなかったなんて……
大丈夫、セイブルに来た時よりも早く帰れるかも。アズサちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
すぐ戻ってくるから!と、リリはアズサを連れて倉庫から駆け出していった。
暫くすると、ビリビリと小さく建物が揺れているのが床越しに伝わってくる。
全員一つに固まって警戒していると、サヨコの無線に連絡が入ったらしく彼女は一階に降りるように私達に伝える
サヨコに肩を貸して全員で一階に降りた
線路から離れるよう忠告されて、待っているとどんどん揺れと音が大きく地面から伝わってくる。
「そろそろ来るって」
「来るって、も、もしかして……」
"うん、多分。想像通りだよ"
ピィーッという甲高い警笛と共に倉庫に這う線路の上を車輪を滑り止める音とともに私達の目の前にそれは現れた。
「待たせたね、みんな!セイブル観光トロッコ、非常事態により緊急出発!」
「音に引き寄せられて人影がこっちに寄ってくるのが見えた。先生達も早く乗って」
一両の客車をけん引した通常の列車よりも一回り小型の機関車からリリとアズサが顔を出す
私達は異形に気づかれる前に急いで乗り込んだ。
「前ヨシ!後ろヨシ!デルタ地区へ出発いたしまーす!」
リリの号令と共に、響くような振動を震わせて私達を乗せた機関車は動き出した。
資料:異形
[ターゲット]
アサシン
複数の蟲が人の形を持った異形
普段は蟲の姿となって建物内を移動しており、攻撃の時だけ
顔が抉れた人の姿となって、手から生やした刃で切りつけてくる。
攻撃し続けると、蟲をこちらに纏わせて視界を封じてくる。