"すごい、こんなものがあるなんて……"
「でしょ?あーしもすっかり忘れてたんだけど、さっきまでいた炭坑はもう活動していなくてさ
採掘用に使っていた線路を使って観光用の順路にしようって計画されていたんだ
で、走る予定だったのが同じく採掘用に使われていたこの子。また走れたみたいで良かったぁ」
計器が埋め込まれたパネルを撫でながら安堵したようにリリは語る
ガタゴトと少し荒々しく揺れながら、窓から流れる景色は移ろう時のようにゆるやかに変わっていく
それにしても……
"やっぱり、こういう機械の操作盤はかっこいいね"
「おっ、先生も分かる?いやぁ~、いいよね!レバーを通して伝わる油圧の感覚、震える計器
この数畳のスペースにぎっちり詰まってるのが堪らないよね!」
リリから運転席の説明を聞いているとあっ、と思い出したように突然話を変えた。
「そうそう、こっちが燃料計だけど、今ギリギリしかないからデルタ地区近くまでしか持たないんだ」
"えっ?"
「わぁ、アズサちゃん、風が気持ちいですよ」
「あぁ……しかしこう見るとルイスパリッシュはとてもきれいな場所だね
さっきまで見ていた光景が嘘みたい」
ある意味衝撃的な発言を聞いた後、客車に戻るとアズサとヒフミが列車からの景色を楽しんでいた。
隣の席には、横になっているサヨコと俯き静かに座っているマナがいた
私はマナの隣に座る。
マナはずっと、手の中の小さな十字を見つめていた。
"マナ、それって……"
「……は、はい、私の、お守りに着けているものといっしょです。以前、クシロと一緒におそろいのを買って……」
……せ、先生、少し考えて、しまうんです。クシロは、も、もう……いないんじゃないかって、けど……それよりも、
これを見つけた時、強くよぎったんです……ク、クシロは私をき、嫌っているんじゃないかなって……」
あの日記を見ても、クシロという子はマナに悪感情を抱いている訳じゃない
会ったことのない私からしたら憶測以外の何物でもないけれど、それは違うと言おうとした瞬間、列車がガタンと強く撥ねた。
『ごめん、線路上の異形を轢いたみたい。みんな、大丈夫?』
天井に設置された拡声器からリリの声が聞こえる
サヨコは無線で大丈夫と代わりに答えた。
リリは、この先も揺れるかもしれないから注意してねと残し拡声器を切った。
サヨコはマナにボルトと小さな包みをマナに投げ渡した。
「考えるのは良いことだよ……けど煮詰めるのは良いとはいえない
この先の分岐点を無理矢理動かすために火薬の調整をする必要がある……頼めるマナ」
「……は、はい」
マナは席を立って後ろの座席に移動した。
"ありがとう、サヨコ"
「ま、ね……」
ふぅ……とサヨコが一息つくと無線が入ったようで通話を入れた。
「はい、こちらサヨコ……スズ?
車輪の音がする?そ、迷い込んだ他校の生徒を連れて使われてなかった機関車でデルタ地区まで向かってる
会長は?……手が離せない。そう……えっ、向かう!?何言ってるのスズ…スズ?」
……スズは?飛び出していった?分かった。状況は聞いてる……うん、了解、そっちもお願い。オーバー」
"なんか慌てていたみたいだけど"
「スズが駅から飛び出したみたい……一応他の協会員に引継ぎはしたからたぶん、大丈夫」
時折、ガタンと撥ねることはあっても特にトラブルも無く列車は線路を走る
拡声器からリリが分岐点の近くに来たことを知らせた。
『そろそろ分岐点が見えるよ、準備は出来てる?』
「いま、行く」
起き上がろうとしたサヨコをアズサが引き留める。
「私が代わりにする、要はグレネードランチャーでしょ」
「いや、オレが……分かった、お願い。リリ、ボルトは?」
「は、はい、出来て……ます」
アズサはサヨコとリリから槍とボルトを預かると機関車と客車の間を抜けて屋根に上がる
事前に教えてもらっていた線路の分岐、その間に備えられた人一人分程の大型レバーに狙いを合わせる
静かに息を吐き出しつつ狙いの位置に照準を合わせていく、
列車が緩やかなカーブに差し掛かり視界が開けた瞬間──ボルトが放たれた。
放物線を描き高く飛び上がったボルトは先端が下を向くにつれ狙いを定めたカワセミのように、急降下していく……そして、レバーの根元に突き刺さった。
アズサは屋根の適当な取っ手につかまり身を低くすると合わせたように爆発音が響き、アズサは衝撃から身を守りすぐさまレバーを確認した
威力が強すぎたのかレバーは途中で折れていたが、しっかりと分岐方向に倒されていた。
『まもなく、デルタ地区、デルタ地区に到着しまーす!アズサちゃん、ヒフミちゃんもう少しだよ』
無事、線路の分岐に成功し私達はデルタ地区まで戻ってきていた。
"ありがとう、アズサ"
「オレからもありがとう、助かった」
「やれることをしただけだよ、先生、サヨコ」
皆でアズサを労う。
アズサとヒフミにとっては今日は長い一日になったと思う、ゴールはすぐそこだ
だけど、まだ気は抜けない
リリが停車のアナウンスをして数秒後、機関車の速度がどんどん落ちてきてガクンと揺れた。
『デルタ地区、デルタ地区です、足元にお気を付けて降車してね!』
駅ではなく、まだ線路途中の地点で停車した列車から異形が来ていないか警戒しながら降りる
いまだ貧血気味のサヨコを支えながらゆっくり降ろす。
リリは機関車の確認を終えてから降りるとのことで私達は、異形が集まる前に即座に機関車から離れた。
"アズサはリリの援護、マナとヒフミは周辺の警戒をお願い"
「了解した」
「は、はい……!」
「分かりました」
現状、機関車周辺に異形の影は見えない
リリが体を出した瞬間、アロナから走ってくるなにかが近づいてくると警告が入った
シッテムの箱に表示された方向を見ると、機関車がたどった線路を沿うように頭部が白骨化した全身炭のように黒い細身の人型の異形が猛追してきている。
「異常者!こんな時に……どうする?一度撃って足を止めるか……いや、炎が引火するかも──」
"サヨコ、まずは無線を……サヨコ!"
貧血のせいか、正常な判断が難しくなっているサヨコ。
サヨコの言葉によると、あの異形を撃つと炎が出るらしい、どうすれば……アズサも会話を聞いていたのかいつでも撃てるように指をかけている。
リリは未だ気づかず、異形との距離もどんどん近くなっていく……
アズサに撃つように指示しようとした瞬間、私達の後ろを黒い影が通り過ぎた。
"今のは、スズ……?"
黒い影もといスズは速度を落とすことなく異形に向かい、左手でリボルバーを引き抜きシリンダーが2回回り出す
弾丸を浴びた異形は、自分を抱くように腕を交差させ縮こまると周囲に火の粉のような赤い粒子を出し始めた
あれが、炎……?スズは気にせず脚に力を込め、両手に構えたショットガンごと異形に近づき、ゼロ距離で引き金を引く
異形は次の段階に移ることも無く頭を粉砕されて沈静化した。
リリは銃声で異形に気づいたらしく振り向くと既に事は終わっていた。
「えっ、スズちゃん……!?」
「リリ、無事?」
「ぶ、無事だけど……」
「良かった」
「うわっ!?ちょっと苦しいよ、スズちゃん」
私達の目の前で、スズはリリを抱きしめる
身長差から完全にリリを覆ってしまっていたがリリもスズも気にしていないようだ。
「あわわっ、だ、大胆ですね」
「おぉ……コハルはあれをしようとするとすぐ逃げるんだ」
「た、ただの……ハグ、ですよね……?」
抱きしめあってる2人の前にふらつく足取りでサヨコが近寄った。
「来てくれて助かった、けど……スキンシップは後でね」
「あっ、サヨコ……大丈夫か?無線の時、声が落ち込んでた」
「ヒルに餌を上げ過ぎた……」
私達も彼女達に合流する、スズ曰く先行して駆け付けたけど機関車を動かしたこともキチンと伝えているとのこと
協会はやむを得ない事態であること協会本部からまだ影響の無い範囲ということもあって、周辺の調査を強化する事に決めたらしい。
「それくらいしか俺たちにはできる事はないからな」
「悲しいことにね」
「ま、そういうこと。他の異形が来る前に協会本部に戻ろう」
シッテムの箱で周辺の異形を確認しながら、私達は安全に観光協会の本部に戻った。
「おかえりぃ、みんな。疲れただろう、そちらのトリニティのお嬢さんたちも
ひとまず、お疲れ様だよぉ」
出迎えてくれたリコは普段と違い、エプロン姿で私達に労いの言葉をかける。
"り、リコ……?"
正直、今まで外で起きていたことから場違いともいえる格好のリコに思わず困惑の声が出る。
「ん?あぁ…この格好かい?ちょっとルイシアンから回収した物があってねぇ……
まぁ、見てもらった方が早いかねぇ」
リコの後ろから同じくエプロンを付けたアズサと同じくらいの身長の濃いピンク髪の生徒が顔を出す。
「帰ってきてたんですか。しかも、後輩達も一緒に……」
"君は?"
「先生とは、ちゃんとした挨拶がまだでしたね。私は一五呂イコ、ルイスパリッシュ観光協会で広報を担当しています
今はトリニティのいち生徒です」
セイブルで聞いていたイコ先輩本人から丁寧にあいさつされる。
私も改めて挨拶しなおしマナを含めたトリニティに通うヒフミたちはイコが3年と知って、かしこまった態度でお辞儀をするのをイコが止める。
「会長、強壮剤とかありますか」
「あったとしても人前には出さないよぉ」
「じゃあ、これとかどうですか?」
貧血のサヨコの申し出にイコは代替案を文字通り差し出した。
「はい、栄養満点の成長剤だぜ」
「……ま、いいか」
たっぷりの瓶牛乳をサヨコはためらいなく流し込む。
「君達の話を聞きたいけど疲れてお腹も減ってるだろうしねぇ
丁度いいから、食べながら聞こうかねぇ」
リコとイコに案内されて、私達は駅舎内の広間に通される
先に座るように促されて座って待っているとリコとイコがパンとスープを配膳してくれた。
「ルイシアンに調査に行ってくれてた子達が使えそうな物をいくつか持ち帰ってくれてねぇ
その中にサワードウがあったから久々に作ってみたんだよぉ」
「そっちはオクラとトマトのガンボスープです
トリニティの後輩にこれくらしかもてなせなくて申し訳ありません」
「いえ、とんでもないです!」
「あぁ、むしろありがたいくらいだ」
みんなでテーブルを囲んで手を合わせて、ありがたく食事を頂く。
まずは、丸々とした薄茶色のパンを手で一口大にちぎる。
焼きたてのパンからは割けたとこから、湯気が昇り酸味がある香りがほのかに立ち上がった
口に運び咀嚼してみると普段口にするパンと比べて甘さよりも酸味が目立つ風味
強いもっちりとした弾力と詰まった生地、だけど噛めば噛むほどほんのりとした甘みが顔を出す
野性的だけど優しい味わいだ。
次に口の中の水分を補給するためにスープに匙を傾け掬い上げた
鶏とトマトの強いうま味が駆け抜けるが、溶けた野菜の甘みとオクラのとろみが後味をまろやかにしてくれる
ちぎったパンを付けて食べてみてみれば酸味が味変として役立ち、ふやけたパンも食べやすくより美味しく食べられる。
「お、美味しい……」
隣に座ったマナがしんみりと呟いた
あれから、ずっと元気がなかったけど少しは回復したみたいで良かった
目の前に座っていたリコも微笑んでこちらを見ている。
「不思議な味のパン、美味しい」
「初めての味ですけど美味しいですね、アズサちゃん」
「喜んで頂けて良かったです」
「あぁ~、懐かしいなぁ……この味」
「探せば同じパンは売ってるけど、味は売ってないからね」
ヒフミたちは珍しい味を楽しみサヨコとリリは懐かしの味に舌鼓を打っていた。
ひととおりパンとスープを楽しんだ後、私はリコに今回の事の仔細を説明した。
「なるほど、ターゲットとお嬢さんが見ている光は別……ねぇ
そして、その十字のアクセサリーが光が落としていったものかい?」
「はい……」
「前回はノートでしたよね?今回はアクセサリー、マナさんの友達のもの以外という共通点は見当たりませんね」
クシロの証拠は出るが理由という一点だけは未だに謎のまま、アズサとヒフミは追加としてマナが光を追っていったことを話した。
「その時、暗視は?」
「つ、使っていません……けど、そ、その時は闇の中しか見えませんでした」
ルイスパリッシュの生徒のみが使える暗視、不確定で不確実なもののみが積み重なっていまいち、これらの事象が像として結びつかない
だが前回、今回と何かが引っかかる気がする……思考で静かになった広間でアズサがポツリと呟いた。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている……」
「あ、このまえのテストでハナコちゃんが教えてくれたことですね」
「うん、戦場だと被害を増やすために敵の所持品をあえて残すこともある。誰かが物品を漁っている時は、他の誰かがその機会を狙っている」
「あはは、あってるような、間違ってるような……」
「む、そうなの?」
要はミイラ取りがミイラになる。アズサの発言的には囮の事をさしてるようにも聞こえるけど……
マナが見える光、そこから落とされる物……
「日記は記憶、アクセサリーは思い出……」
連想ゲームのようにリコが繋げた言葉に私は思わず脳裏によぎった言葉を声に出す。
"クシロの……いや、マナとの繋がりを捨て去ろうとしている?"
「っ!!」
不意に出てしまった言葉に自分を殴りたくなる
例え推測だとしても、横にいるマナに聞かせるべき言葉では無かった。
マナは俯いた後、急に残ったパンとスープを口に入れて咽ながらも飲み干した
突然の行動に呆然としていると、マナは息を整えながら
「クシロは、わ、私を嫌いだから……私との繋がりを、断とうとしているのをひ、否定はできません
けれど、それでもクシロに会えるまで……会って話を聞くまで、探すのを止めません
た、例えクシロが私を嫌っていても、本当はもう……いなくなっていたとしても諦める理由にはなりませんから
そ、そうですよね?アズサ先輩……」
「あぁ、もちろん。マナ!」
決意を再確認したマナには強い意志を感じる瞳が宿っていた
私は生徒をちゃんと見ていなかったのかと自分を恥じる。やっぱり、マナは強い子だ。
「悪いねぇ先生、お皿洗い手伝ってもらっちゃって……」
"気にしないで、リコ達にはお世話になってるからね。これぐらいはさせて欲しいな"
「いやぁ、お客様にこんなことさせるのはさすがに忍びないよぉ」
食事をごちそうになった代わりに使った食器の皿洗いを手伝う
冷たい水が、汚れと泡を次々に流す。
「先生……ルイスパリッシュは暗視といい
いま起きている異形達と言い、ぼくが言うのもなんだけど不可思議なことばっかりだよねぇ」
他の協会の子たちは、どう思ってるか分からないけど、ぼくは自然に近いものだと思っているよぉ
どうしようもない理不尽も可能な限り人の手で対処できるかもしれない、小さな希望を自然と言う言葉に押し込めて現実逃避していると言われれば……それまでだけどねぇ」
カチャリと洗い終わった皿が重なり上がる。
「今日の事で、ひとつだけ分かったことがあるよぉ……今まで、あの闇から来た者たちには敵意があった。敵意しかなかった
けど……明らかに今起きていることには"悪意"が垣間見えるよぉ」
"敵意じゃなくて……悪意"
リコは静かに頷く。語られた考察は流れる水のようにスッと私の中に入っていき信憑性を強める
水の冷たさは未だ体温に馴染まず相反した感情を持たせた。
私は、リコが最初に言った「お客さん」という言葉が流れることなく陰りとなって頭の中に残り続けた
洗っていた皿は泡も汚れも見当たらず水滴が白い陶器の表面を伝っていく───