「さて、話をしたいところだけどもう暗くなるからねぇ…
今日は帰宅するのを勧めるよぉ。」
「えっ!?で、でも…」
ぽんっと気の抜けた柏手を打ってリコは解散を指示する。
私もマナも事情を知れると思ったら突如梯子を外され困惑した。
驚きながらも食って掛かろうとするマナの顔を見て私は腕で彼女を止める。
「せ、先生…!?」
「先生の言うとおりにしな…酷いよ。
あなたの顔色。無理もないか…」
「そういうことだよぉ。それに夜は怖い。
大丈夫、聞きたいことはちゃんと教えるからねぇ。
だから今日は帰って、ゆっくり寝たほうがいい…」
「ニィナ、送ってあげなさい。」
「はーい…」
ニィナに連れられ、部屋を後にする。
扉が閉まる直前まで、リコはにこにこと手を振っていた。
揺れる車内で、青く不安げな表情をしたマナが俯いている。
ミラー越しに運転してくれているニィナと目が合った。
「大丈夫だよー。協会は学業以外は基本あそこにいるからねー。
それに、こっちも聞きたいことがあるからー。」
"聞きたいこと?"
「それもこれと含めて明日ねー。」
そう言って、突き上げられた片手にはマナが使っていたはずの
リボルバーが指に引っ掛けられていて、マナは気分が悪いのを
気にすることもなく声を上げた。
「わ、私の!?いつのまに?」
「安心して―。ちょっと窮屈そうだからさー。
協会に来てくれればちゃんと返すよー…おっと。」
徐々に減速し、トリニティ最寄りの駅で停止する。
マナを先に出して後に続く、窓越しにニィナにお礼を言う。
「先生もここでよかったー?」
"うん、ありがとう。あとは私が彼女を送るよ。
……それより"
「信じれない―?ひどいなぁ、これでも市民の安全のために
日々活動してるんだよー。…信じれないかもしれないけどさー。」
平坦な口調だけど、どこか寂しそうな悲しそうな遠い瞳が
ニィナの…彼女たちの苦労が思い浮かばれる。
"ごめん、信じるよ。君たちの事。"
口をふっと笑みに変え、信じすぎるのもどうかと思うよー。と
言いながら車を発進させニィナは夜道に消えていった。
車を見送ったあと、未だ不安そうなマナをトリニティ学園前まで送り
私もシャーレに戻ることにした。
不意にリコが言った言葉を思い出す。夜は怖い…と。
薄暗く灯るガスランプ一つを囲み、駅舎の一室に
リコを含めた生徒達がひそひそと声を交わす。
「どうする、会長?」
「どうもこうもないねぇ、不可思議な事が起きてるし
外にも影響が無いわけじゃないしねぇ。」
「いずれは知られるってことですか……」
「私達の活動に影響があるかもしれないよ。」
「言ってもあーしらは、どこにも属してないし属すとこも無くした。
互助会以下だよ。」
「もしもの時はー、いろいろ使うからさー。」
「怖…、ニィナお前、今の自分の学校どこか知ってて言ってる?」
「というか、あんた何してんの?」
「今日迷子になってた子の銃を弄ってるー。」
「えぇ…」
「本当に何してんだお前…、怒られたほうがいいよ。」
話題が二転している間に、リコとサヨコ含めた数人は話を詰める。
「どのみち、先生は確実に首を突っ込む。
オレ達が傍で様子を見るしかない。」
「同感です、だけど味方につけれれば私達の悲願に近づきますね。」
「そうあって欲しいけどねぇ…ひとまず最悪を想定して
色々動いて貰うかも…すまないねぇ。」
「気にすんな、会長が想像しているのはオレらも同じだ。
そしてもう一つ…」
「トリニティのお嬢さん…気になる
というより、どこか引っかかるよ…」
静かな夜は頼りない灯と潜む様な小さな喧騒に溶けていった。
翌日、マナと共にルイスパリッシュ統合学園へと赴いた。
昨日はわかりづらかったが、学園までの道はやけに寂れているのが印象に残る。
隣でマナは両手を突き出し何かを見ていた。
"マナ、大丈夫?"
「あっ、は、はい…大丈夫です。
昨日ゆっくりは眠れませんでしたけど…」
"無茶はしないでね。"
廃れた線路を辿っていくと、古い造りの駅のホームが見える。
かすかに見える黄色線を越えた淵に、昨日知り合ったばかりの少女が
しゃがみこんで手をひらひらと振り私達を見下ろしていた。
「やぁやぁ、よく来たねぇ…先生、お嬢さん。」
見下ろしていた少女、リコに案内され私達は昨日訪れた駅長室に再び通された。
中にはサヨコ含め数人の生徒たちが物々しい空気感を漂わせながら待機している。
ソファに通された私とマナの前に、コーヒーと艶やかな焼き色のアップルパイが出された。
「実は林檎がいっぱい採れたんだよぉ、
よかったら消費するのを手伝って欲しくてね。
話も…長くなりそうだからねぇ。」
目の前に座ったリコは、コーヒーを口にし一呼吸置く。
私もひとまず彼女に倣ってコーヒーを一口…酸味がアクセントのあっさりとした味わいだ
シャーレではあまり飲まない味に良い意味で驚く。
隣のマナはアップルパイに手を付けたみたいで、口に手を添えながら
遠慮がちに美味しいと目を輝かせていた。
「さて、昨日の続きを始めよう、何が聞きたいのかな?
先生、お嬢さん?」
"此処は、君たちは何者なのか、教えて欲しいな。"
私の質問に、部屋にいた生徒たちはリコの後ろに並ぶ。
「ここは、「ルイスパリッシュ統合学園」既に廃校となった呪われた地の学園だよぉ。」
「きみ達の目の前にいるのはその残滓、「ルイスパリッシュ観光協会」
この学園の復興を目標に、保全や昨日のきみ達の様な迷子や密猟者の保護をしているよ。」
「改めて挨拶しようかな、ぼくは周藤リコ
「ルイスパリッシュ観光協会」の協会長をさせて貰ってるよぉ。」
リコを含め、後ろに並んだ生徒達の腕章が頷きと共に揺れる。
少なくない視線にさらされながら、マナが口を開いた。
「あ、あの、私、友達を探していて…先生は私を信じて
ブラックマーケットまで付いてきてくれて…」
「やっぱり、ブラックマーケットからか…
友人を探してるのは分かったが、場所が場所だ。
危ないことでもやってるのか?」
納得といった感じでサヨコが口を挟む。
それを慌てて否定しながらマナは話を続けた。
「ち、違います!え、えっと…信じられないかもしれませんが
私は、こう、両腕を目の前にかざして目を開けると、なんというか…」
「"夜目"が効く…違うかい?」
「…はい。」
リコはマナの次の言葉を言い当て、私もマナも驚愕に染まる。
「そして探してる物が炎のような光で揺らめいていたり?」
「はい、橙色の明るい光で…」
マナの言葉にリコの目尻がピクリと動いた。
「お嬢さん、この学園を知っているねぇ?」
マナがここを知ってる?
彼女を見ると苦笑いしながら答えた。
「は、はい、私が知っている時と
雰囲気が違い過ぎて…気づかなかったです…」
「だろうなぁ…」
観光協会の誰かがぼやいた。
「私、友達といっしょにここに進学する予定で
体験入学にも来ていたんです…。
けど、入学数か月前に廃校の知らせが届いて…」
「色々あったからね、先生達も見たでしょ、あの異形。
あれが私たちの学園が亡くなった原因。」
"ところで、マナの夜目がここを指してた理由は…"
「それは思いつかないけどねぇ、"暗視"が使えるのは
ぼくたち学園の者くらいのはずだけどねぇ…。」
沈痛になりかけた雰囲気を変えるように尋ねた質問は別の種を作るだけだった。
「そもそも暗視は献杯をしないとダメだったよな。」
「あれ?当時の体験入学ってそれもやってなかった?」
「やってた筈だよ、あくまでジュースを使った簡易的なの。」
「緑色のラベルのやつね。」
「はて…ラベルなんて無かったような…」
「そうそう、あれ美味しくてつい盗みn…」
「「「ん?」」」
1人、リコだけ発した言葉に後ろの生徒全員がリコを見る。
「あの時、ジュース用意したの誰だっけ」
「生徒会のはずだ…」
「たしか生徒会長が用意する予定だったんだよね?」
「あぁ~、そうそう、急遽来場者に向けてのスピーチをしなきゃとかでねぇ
ぼくが代わりに、倉庫から体験用の…」
「会長、体験用のは倉庫じゃなくて準備室のクーラーボックスのはずだよ…」
「…おやぁ?」
それまでの静かな空気が爆発した。
「それ、献杯用の葡萄水だよ!?」
「なにやってんだアンタ!」
「そら夜目も効くようになるわなぁ!?こいつは耄碌してっけど!」
「ババァが!後進に道を譲る時かぁ!?」
「昼間っから酩酊してんじゃねぇぞ!」
「お客さんにへんなもん飲ませないでよ!」
「わ、悪かったよぉ…っていまババァって言わなかったかい!?」
リコに無数の小言や小突きが突き刺さる。
それまでの空気がどこへやら、学生らしい楽し気な喧騒が私とマナの前で繰り広げられる。
揉みくちゃにされながらも、何とか佇まいを直したリコがこほんと咳をして、話を戻す。
「さて、お嬢さん、きみはここで友達を探したい。
昨日ここで見たものを知っても、それでも探すのかい?」
マナとリコの視線が交差する。
時間にして数秒だったけど、それよりも長く感じる程。
「はい。私は彼女を見つけたい。」
「わかった。サヨコ。」
後ろに立っていたサヨコは、テーブルに近づき
マナの前に一丁の銃を置く。
それは、昨日ニィナが持って行ったマナのリボルバーだった。
「わ、私の銃…あれ、けどストックが付いてる?」
「ニィナいわく、お前の小さい手や線の細い体じゃリボルバーじゃ窮屈ってな。
ストックがあれば少しは使えるようになるってさ。」
「あ、ありがとうございます!あの、ニィナさんは?」
マナの銃を調整した件の本人がいないことにマナは疑問を持つ。
たしかに今日は一度も彼女を見ていない。
サヨコが至極当たり前のように質問に答えた。
「アイツは今日、出勤。」
"出勤?"
「ニィナはヴァルキューレ所属だからな。」
一瞬の沈黙、マナが私よりも先に驚く。
「に、ニィナさんヴァルキューレの方だったんですか!?」
「そ、ちなみにオレと会長はミレニアムサイエンスクール。」
"あっ。だから、ユウカを知っていたんだね。"
「あぁ、ま、それなりに仲良くさせて貰ってるよ。」
「ぼく達は、廃校の一部を占有してる。おかしな集団だけど
ちゃんと別な学校に編入しているからねぇ…」
その言葉を皮切りに、生徒たちからは
実はあなたと同じトリニティよ。あーしはゲヘナ!と
生徒たちが別な学校に属していることを教えてくれる。
「そういう訳で納得してくれたかい?」
「はい。」
"君たちが新しい場所で
学生生活が送れているみたいで良かったよ。"
話も一段落し、リコが暗くなる前に出ようかと言った。
いよいよ、と緊張が走るのもつかの間、サヨコが待ったをかける。
「その前に、マナだっけ?
あなたは訓練。」
「えっ…」
「ストックが付いたとはいえ、すぐ的に当たる訳じゃないしな。
腰に隠したその散弾銃があっても、今のアンタじゃいざってときには頼りない。」
「あ、あの…」
「ほら、行くよ。」
サヨコに手を引かれ、慌ただしく部屋を出るマナと
後に続いて他の生徒達も部屋を出て持ち場に戻っていった。
私とリコだけがこの場に残される。
「コーヒー、淹れ直そうかね…」
新鮮な湯気が立つコーヒーを片手に、リコは語る。
「ちょっとわざとらしかったかねぇ…?
先生と話したいことがあってね。」
"そのために私と2人きりに?"
「そう、先生もこの学園の事は知りえていたんじゃないのかい。
まぁ、それよりも…あのお嬢さんの"夜目が効く"の事だよぉ。」
夜目、マナいわく探し物が揺らめく光となって見える特技。
「先生の事だから、ぼく達のも夜目が効くこと察しているだろうねぇ。
ぼく達は「暗視」と呼んでいる、というのはまぁどうでもいいかな。」
「ぼく達も彼女と同じものが見えるんだよねぇ…」
リコはマナと同じように両の掌を正面に向け目を開ける。
「1つだけ…ひとつだけ違うのは、ぼく達が見える光は青い揺らめきなんだよぉ。」
資料:学園
[ルイスパリッシュ統合学園]
三つの学園、ルイシアン農業校、デルタ商業校、セイブル工業校が
一つに統合されてできた学園で、三大校に匹敵するとも言われていたが
突如現れた異形達により学園が荒廃、尽力及ばず土地ごと閉鎖という
異例の措置をもって閉校となった。
在籍していた生徒たちは例外なく他校へ編入している。
資料:観光協会
[ルイスパリッシュ観光協会]
当時の生徒会メンバーを筆頭に他学園に転入した一部の生徒たちによる
連邦生徒会非認可の課外活動組織。
目的は、ルイスパリッシュ統合学園の復興、保護、保全
現在は、学園を忘れてもらわないために歴史や資料の管理
イベントの開催も計画しているが、異形の存在により上手くいっていない。
異形からとれる"証拠"や噂を聞きつけて侵入してくるならず者たちの
取り締まりも行っており、協会員全体の練度は高い。
行政に反していると理解しても活動を行うのは、
愛しく懐かしき学園を想う心。ただそれだけである。
デルタ商業高の4番目に大きい駅を協会本部として再利用、活動拠点にしている。