闇が私を包んでいる、冷たく寂しい空間を彷徨う。
彩色も感じられない景色に光が刺すときがある、誘蛾灯に誘われるように私はそれを求める。
光に近づいて……手を──
「はっ……!ここって」
「おやぁ……お目覚めかい?」
宙に手を伸ばした先は、クシロの見知らぬ天井だった
その隣で椅子に座っていたリコは、優し気な表情でベッドに横になっているクシロを覗き込む。
「あ、あの……」
「大丈夫。いろいろ混乱しているだろうし、ゆっくり呼吸を整えるといいよぉ
その間に、君の友達を呼んでくるからねぇ」
「友達……マナ!?」
リコはクシロを落ち着かせて部屋から退出する。クシロは一度深く深呼吸して自らを落ち着かせた。冷たく枯れ木のような寂しい匂いのする闇の中と違って、木材とシーツの柔らかく穏やかな香りがクシロの肺を満たした。
あれから2日、クシロが目を覚ましたとリコから連絡を貰い私とマナは観光協会の駅舎に向かう。
最初はクシロをD.U.の病院に連れて行くことも考えたが行方不明だった生徒の出現、既に学籍も無く不可思議な経緯や敵対行動、仮に異形発生の原因の一部だった場合D.U.内で騒ぎが起こることを危惧して目が覚めるまで観光協会預かりとなっていた。
クシロがいる部屋の前で、マナは深呼吸をしながら胸の前で自分の手を握る。
緊張しているのが見て取れるがこういうのは勢いが重要だったりするから、私は扉をノックしドアノブに手をかけた。
"入るよ、リコ"
「どうぞぉ」
「え……!まっt」
扉の先には、普段と違い刀を腰に差したリコとベッドに座っているクシロの姿があった。
「マナ……」
「クシロっ!クシロォ……」
2人は数秒見つめあうと、マナはやっと友達と会えたことに感極まり涙を流す。
そのままクシロの傍まで近づき抱きしめた。クシロもマナの行動に驚きながらも、落ち着かせるようにその背中を撫でている。
「ふっ……うぅ、ひっく……ク、クシロ」
「なに?」
「えっと、ぐすっ……い、いいた……こと、いっぱい。
うぅ……け……ど、ひぐ……お、おかえりぃ」
「うん……ただいま」
ずっと……もしかしたら二度と会えなくなってしまったかもしれない友達との再会
私もリコも思わず良かったと顔がほころぶ。しばらくマナが落ち着くまで見守ってから私はクシロに話しかけた。
"三木クシロだよね?初めまして、私はシャーレの先生だよ"
「三木クシロ、初めまして……」
"突然で混乱してるかもしれないけど、君が今までどうしていたのかを聞かせて欲しい
もちろん、無理にとは言わないよ"
「大丈夫、話します……マナにも聞いて欲しいから」
クシロは軽く深呼吸してから今までの経緯を話し始めた。
「いつからか私の目には光以外に、常に闇が見えるようになりました。私の意思に反して……」
「気づいたら、光じゃなくて闇の中にいました。闇の中を彷徨っている内に、だんだん自分が抜け落ちていく感じがして……だから、時折見える光に手を伸ばした。
闇から逃れるように……けど、光の先に行くことはできなかった。手の中に引きずった感覚だけを残して」
なるほど、おおむね日記の通りみたいだ。クシロは闇を見てしまったせいで、逆に魅入られてしまった。
不確定な謎は残る……ここからは、ただの推測だけど──
"クシロ、君は……"
"「自我が希薄なんじゃないかな(だねぇ?)」"
重なった声に少し動揺したが、リコと私は同じ結論を出した。
「そ、それって、どういうことですか……?」
マナは何を言っているのか理解できないのか聞き返す、一方のクシロは思い当たる節があるのか表情が暗くなる。リコは刀に手をあてながら答えた。
「伊達や酔狂でこんな物振り回してるわけじゃないからねぇ
ぶつけた時になんとなくね……なんというか、自分が軽いって」
"マナ、クシロが優しく、人を想える子だっていうのは日記とマナの言葉から分かる
けどね、優しい人の中には他人に協調、共感するあまり無自覚に自分を疎かに後回しにする人もいる。
そういう子はめいめいに、何をしたいの?と聞いても他人や聞き手に合わせた行動をするんだ"
「要は、主体性が無い…って事だねぇ」
私とリコの推測にマナは、そうなの?とクシロに問う。
クシロは声を震わせながら肯定した。
「うん……そんな良い子じゃない、私は。そうした方がみんな喜ぶから、面倒にならないから……誰かに合わせれば傷つけたくないんじゃなくて傷つかないから
ごめんなさい……私は、マナが思うような優しい人じゃない。ただ怖くて、楽な方に流されているだけの……臆病者だから、闇に囚われた……マナを傷つけた」
ごめんなさい……と次第にクシロは涙を流し始める。
マナはクシロを優しく抱きしめた。
「ありがとう……クシロ、全部話してくれて。私、クシロの事何も知らなかった。
自分の事ばかりでちゃんとクシロの言葉、聞こうとしなかった……ごめんなさい、クシロ。」
「ち、違う……悪くない、マナは……わ、私が……私が──」
静かにお互いを確かめながら、2人は謝罪と感謝を交互に告げる
私とリコは目が合うと邪魔にならないよう部屋を後にした。
「あのとき話していた推測は、当たっていたねぇ……」
"うん、便宜上『闇』って呼ぶけどクシロを乗っ取ろうとしてたんじゃないかと思う
多分、光の中に足を踏み入れる為の足掛かりとして"
「そして、お嬢さんを狙ったのも強い繋がりを断つ事による孤立……あわよくば新しいアンテナの確保、ってとこかねぇ……?」
折角の余韻を台無しにする話題を口にしながら私とリコは部屋から離れる。
"残るはブラックマーケットに、何故現れるのか……だね
多分、光に手を伸ばしたっていうのが、人をルイスパリッシュに連れ込んだ事だと思うけど"
「まぁ、はっきりとは分からないけど……悪い場所には悪い者が集まる。
悪縁が同じような縁を辿る末に繋がった……ってところかねぇ?けど、今はお嬢さんとお友達の再開ができた……良しとしようじゃないか」
"そうだね……少し無粋だったかな"
広間に戻ると、やけに人気を感じない。少し覚悟をしていたけど、私の考えは当たっていたみたいだ。だから──
"その手を下ろしてくれないかな……リコ"
背後から鯉口が切られる音がした。
「……気づいていたんだねぇ。それも、不思議なタブレットのおかげかい?」
"いいや、君を……君達を見ていたからなんとなくこんな手段に出るとは思っていたんだ"
当たって欲しくはなかったけど。と付け加える。
「ごめんねぇ。本当はこんなことはしたくなかったんだけどねぇ。観光協会の為に……
先生、ここでの事は胸の内に閉まってもらおうかねぇ」
"君達の状況と立ち位置は、サヨコとリリから聞いているよ。本来なら連邦生徒会の決定に反した行為だということも"
「だろうねぇ……それでも、ぼくはみんなの為に貴方を脅迫させてもらうよぉ」
リコはいま、どのような表情をしているのだろう。
おそらく彼女の言葉からしてこれはリコの独断のはず……観光協会の維持の為に……いや、
それは正しくないのかもしれない。背後から発せられる殺気はゆっくりと私の首下に近づいてくる。
「待って欲しい、会長!」
「ストップ―」
「一旦、そこまでですよ」
いつから聞いていたのかサヨコを筆頭に観光協会員達が広間になだれ込んでくる
私が目を丸くしているとサヨコとイコは私の前で頭を深く下げた。
「先生、オレ達がやっていることは不法占拠に侵入、細かいのも上げればまだあるかもしれない」
「それでも、私達はこの学園をルイスパリッシュを風化させたくありません。
見逃してもらえるなら何でも承ります……ですから」
「連邦生徒会に報告するのをやめて欲しい……!」
お願いします。とサヨコとイコに続いて全員が頭を下げる。
「み、みんな、頭を上げておくれ!下げるべき頭は、切られるべき首は……ぼくだけでいいから!
先生!違反もしている、実害もでている。その被害はぼくに被せて欲しい……どうか、観光協会のみんなは見逃しておくれよぉ」
「違う、会長。あなたの意思はオレ達の総意だ。あなた一人に泥を被って欲しいわけじゃない」
リコと観光協会員たちの間で話が進んでいくのを割って止める。私はやっと、リコに向き直った
ずっと温和だった表情にひびが入って今にも泣きだしそうな表情をリコはしていた。
"まだ、私の話は終わってないし始まってもいないよ。君達にはこれを渡そうとしたんだ"
私は一枚の書類をリコに渡した。
「連邦捜査部シャーレ公認、部活動申請書……?」
"うん。観光協会を特定地域における正式な部活動として認可し一定の権限を与える
ただし、書類にも書いてあるけど前提として今までの活動記録の提出、認可後も活動している間は詳細な報告書の提出が義務付けられる
どう、受けてもらえるかな?"
私含め周りの目はリコに向けられる。リコは書類の隅から隅まで目を通すと、突然笑い出した。
「ふふふふっ……なんだ、最初から差し出す首も引くべき弓も無かったんだねぇ
先生、あなたに斬りかかろうとした生徒を書類一枚で信じられるのかい?」
"信じる。だって、リコは自分のために私に刃を向けたわけじゃないと分かっているから。
それに、生徒の声を聞くのが私のやるべきことだからね"
「ふふっ……滑稽だねぇ、ぼくは……本当に責任の取り方も分からない。
とんだお飾り会長だよぉ」
リコは沈んでいた目を私と合わすと刀を持ち上げて親指で鯉口を弾いた。
「先生、貴方の信頼に報いるために……ぼくも信頼に応えるよぉ」
弾き、露わになった刃に親指を押し当てる。リコは血が滲んだ指の腹を書類の証印欄に押し当てた。
「先生、僕たち……ルイスパリッシュ観光協会をこれからよろしくお願いします」
"こちらこそ、よろしくリコ。観光協会のみんな"
私は、リコの責任が押された書類を受領する
お互い雨降って固まったところにマナとクシロが顔を出した。
「あ、あの……なにか騒いでいたみたい、ですけど」
「大したことじゃないよぉ、お嬢さん。
今日は君がお友達と再会できたことに加えて協会が正式に認められたからねぇ
お祝いパーティーでもしようかって話をしてたんだよぉ」
"えっ?"
突然のリコの提案に、目を丸くしていると協会員もそうそう。と肯定し蜘蛛の子を散らすように準備に走った。
マナとクシロも困惑しているがパーティーという言葉に気を取られている
リコは私と目が合うと、申し訳なさげにしながらもお茶目に片目を閉じて微笑んだ。