昨日入ったバリケード代わりの貨物車を抜け、
私達は再び、不気味なほど静かで牧歌的な景色が続く
ルイスパリッシュ統合学園に足を踏み入れた。
マナの暗視に従い、私達は周囲に気を配りながら目的地を目指す。
「ひ、光が大きくなっています…
結構、近いかも…です。」
「ってことは、デルタ地区内か。
案外すぐ終わりそうだな。」
"この学園ってたしか3つの学校が一つになってるんだよね?"
「そうだよ。いま、あーし達がいるデルタ地区にあった
デルタ商業高、ここから西に進んだ位置にあるセイブル地区のセイブル工業高、
北に位置するルイシアン地区のルイシアン農業高が統合してできたのが
ルイスパリッシュってわけ。」
「広すぎるから、リリが目指してる鉄道が発達してるとこもあったんだが
今じゃ見る影も無いのがな…、先生、ここが観光地としても栄えてたなんて
信じられると思う?」
"サヨコの口ぶりからだと、かなり賑わっていたんだろうね。
私も見て見たかったよ。"
「…ま、ね。」
誇らしげにそして寂し気な表情を浮かべながら、サヨコは肯定した。
リリも同様だが、やはりその瞳は遠くへ向けられている。
代々の誇りが原因不明の何かに一瞬で崩壊させられた気持ちは想像に難くない。
それでも、彼女達は気丈に今できる事を模索し実施している。
サヨコの指示に従い、開けていない歩道から軒下、
時には建物の中や陰に紛れながら気配を消して進む。
「あ、あの…どうしてここまでコソコソする必要が…?」
「1つは無用な戦闘を避けるため、ここは補給もままならないし
時間の無駄になる。あいつらはヤってもヤっても何処からか現れるし…」
「もうひとつは…」
リリが言葉を続けようとした瞬間、パン!と甲高い銃声が何処からか響く。
音の聞こえ方からして遠方のようだ。
「今みたいに誰かがいた時に撃たれないためだよ。
ここはスマホが使えないし、密猟者もいるから
同士撃ちを避けるためにも基本は隠れて行動するの。」
"密猟者?"
「あぁ、異形の中には「ターゲット」と呼ばれる奴らがいてな。
そいつらが金になりそうなものを落とすから、どこからか知った奴らが
この学園に入り込む。特にブラックマーケットから来たのがな。
他にもアンタらみたいな迷子とか。」
ブラックマーケット…そういえば私とマナもそこからこの学園に迷い込んだ。
なにか関係があるのか、それとも何か惹かれるものがあるのか…
ん、なんだろう?微かに遠くに見える赤い服の人影と目があったような…
そう思った瞬間、黒い靄の様な物が小刻みな雑音を刻みながら、こちらに近づいてくる…?
"サヨコ、なにか靄が…"
「靄…?まずい、感染者!」
「まかせてサヨコちゃん!」
目の前に躍り出たリリは片手に握っていたリボルバーを
即座に正面に構え、一発銃声を響かせた。
音が完全に止む前に感染者は倒れ、靄も霧散する。
「す、すごい…あの距離で、一発…
頭の位置も背中側にめくれているのに…」
「どう、マナちゃん?あーしはこれでも
ピストルの腕は協会内でもかなりのものなんだよ。」
自慢するように、リボルバーをクルクル回しホルスターに収める。
華麗なガンプレイに私とマナはおぉーっと感嘆の声を上げた。
「とりあえず感染者に襲われなくて良かった…
解毒剤を持ってきてはいるが、先生が喰らったらどうなるか…」
"えっ、毒?"
「先生が見た靄はね、小さい蟲たちだよ。
感染者は抉れて肥大化したあばらの中に毒を持った蟲の巣があるの。」
その一言に私とマナはゾッとする。
昨日の歩兵以外にも、異形がいるのは見せてもらった資料から分かってはいた。
だが、その危険さを正しく認識できていなかったのかも知れない。
私は無意識に唾を飲み込み、マナも銃を握る手が強くなっている。
「マナ、目的地は?」
「えっ、あっ、はい!」
マナは暗視を使うと、一つの建物を指さした。
「工場用の納屋か…嫌な感じがするな…」
「サヨコちゃん、もしかしたら当たってるかも…」
暗視を使ってマナが示した大型の納屋を見ているリリが呟く。
サヨコは少し考えた後、少し離れた位置にある赤い屋根の櫓を指した。
「ひとまず、あそこに行く。連絡も入れたい。」
近づいてみると櫓と言うよりは高床式の住居といった
赴きある建物で屋根には、大型のアンテナが設置されている。
「ここはね、広大な学園内の…まぁ、休憩所と言うか自然観測所って言ったらいいかな?
異形が現れてからは、本来の使い方に加えて
協会や他の休憩所と連絡を取る中継基地も担ってるの。」
「だ、だからアンテナがあるんですね。」
リリが説明してくれたそばで、サヨコは特定のリズムで
扉にノックをしていた、密猟者がいることからおそらく符合のようなものだろう。
反応が無いのが分かると、ゆっくりとドアを開け
私達を呼び込む。どうやら誰もいないみたいだ。
中はこじんまりとしたワンルームで小さなコンロもついていることから
数日の寝泊まりはできる環境みたいだ。
リリは机に備えられている無線機を操作しだした。
その間にサヨコは私達に現状を確認する。
「マナ、あそこにいるんだな?」
「は、はい、今も光はそこを示してます。」
「…そうか。」
"どうかしたの?"
難しい顔をしながら、サヨコは続ける。
「オレとリリもあの納屋を示してる。
ただし、オレ達の場合は人じゃなくて"ターゲット"だ。」
「ターゲット?」
「ひと際大きな異形だ、特定の建物から出る事は無いが
他の異形と比べると強大で、"証拠"っていう金や銀の様な物を落とす。
さっき話した密猟者の原因だ。」
"待って、同じ場所をさしてるってことは…!"
「あぁ、最悪を想定した方がいい。」
その言葉を理解した瞬間、飛び出そうとするマナをサヨコは抑える。
「落ち着け!まだそう決まったわけじゃない。」
「で、でも!」
「そのためにも、リリが今連絡をとってる。
焦って、あなたがターゲットの餌食になる方がよっぽどありえる。」
焦燥した様子で窓の向こうを見るマナは、何かを見つけたようで急に大人しくなる。
「サ、サヨコさん、あれ…」
「どうした…?」
マナが指さした方を見ると、私達の観測所の目の前を
3人のスケバンが全力疾走しているのが見え、その後ろを追うように3匹の犬が駆ける。
スケバンは後ろを振り返ることも無く、私達が目指す納屋へと前進する。
「嫌なことってのは、どうしてこう連鎖するんだ!
リリ!納屋に向かってる奴がいる!」
「嘘!?」
通話していたリリが慌てた様子で、窓に近寄ると
スケバンたちは納屋へ避難する直前だった。
「最悪…!」
「もっと最悪だ…リリ、これで納屋を見て見な。」
サヨコは、リリに単眼鏡を手渡す。
私は、シッテムの箱のカメラを起動させズームして納屋を見てみる。
ボロボロの外観だが、それ以外に特に異常はないように思えたが
窓がやけに白い…いや白い何かがへばりついている…?
"蜘蛛の巣…?"
「そうだよ先生、ターゲットはスパイダーだ。」
「このまま、納屋へ直進する!
マナは先生の傍に!」
「わ、わかりました!」
連絡を手短に済ませ、急いでスケバンたちの後を追う。
納屋の前で唸っている犬が私たちの足音を耳にし
こちらに振り向いた、痩せこけ頭部やあばらの骨が見えている
ありえない形相に息をのむ。
3匹の内、2匹が挟み込むように動く
リリが腰のホルスターから2丁のリボルバーを引き抜き
弾丸を発射する、左に動いた犬は頭に当たり活動を停止するが
右に動いた1匹は前足を掠めただけで、鈍くなるが止まるそぶりは見せない。
「あ、当たって!!」
恐怖を紛らわすように祈りながらマナのリボルバーから弾が2発放たれ
1発は横を通り過ぎたが、2発目は体に命中し倒れ伏した。
「ナイス!マナちゃん。」
残る1匹は、噛みつく寸前のとこをサヨコが槍で薙ぎ倒した。
刹那、納屋からスケバンと思われる叫び声が上がる。
「リリ、マナ、弾を込め直したらすぐに同じ入り口から納屋に入る。
先生はいつでも外に出られるように扉の近くに、
ターゲットは建物内からは出てこない。」
"分かった。"
マナとリリは弾を込め直し、サヨコは扉に手をかけ待機する。
リロードが完了した二人はサヨコの目を見て頷く、サヨコは勢いよく扉を開けた。
広い納屋の中は、巨大な蜘蛛の巣が所々に張られ人が作った人工物よりかは
もはや"巣"と呼べる様相へと変化していた。
「サヨコちゃん、上にいる…近づいてくるよ。」
「オレが引き付ける、リリたちはスケバンの保護を優先して。」
ガサガサと何かが這う音が壁や蜘蛛の巣を伝わって聞こえてくる。
私とマナ、リリは隅で震えている3人に近づく。
"大丈夫!?"
「ひっ!?だ、誰だ?アンタら!」
「大丈夫、落ち着いて。あーしはルイスパリッシュ観光協会のリリ。
こっちはシャーレの先生、君達を保護しに来たよ。」
「ほ、本当か…、こ、ここに来てから変なのばっかに追い回されて
お、おまけに連れが化物に襲われて苦しそうだし…。」
しだれかかるようにスケバンの一人に体を預けていた子は
青白い顔で、見るからに衰弱していた。
「毒…スパイダーに噛まれたね…」
「リリ、来るぞ。」
「マナちゃん、先生達をお願い。」
「は、はい!」
暗視でスパイダーの動向を追っていたサヨコは
暗視を止め槍を折り畳み、もう一つの得物のポンプアクションライフルに持ち変える。
不快な足音を響かせながら、穴の開いた天井から巨大な蜘蛛スパイダーが顔を出した。
サヨコはすぐさま、スパイダーに向けて発砲する。
銃身下部の給弾機構を素早く前後させ、手動とは思えない連射射撃を繰り出し
スパイダーに撃ち続ける。
弾丸を受けながらもスパイダーは天井を進み、スケバンに前進するのを
待ったをかけるようにリリの2丁のリボルバーが火を噴く。
顔面に銃弾を浴びたスパイダーは甲高い奇声を上げ
スケバンを無視し、再び上に隠れる。
「2階に逃げたか。」
「動き回ってる…暗視で追い続けるのはキツイかな。」
2人は、暗視で見た位置と音から出現場所に当たりをつけるが
モグラ叩きのように、出現しては隠れてを繰り返すスパイダーに翻弄されかかっていた。
「リリ、次にあいつが顔を出したら
限界まで引き付けてから撃ってくれ。
オレは2階に向かう。」
「無理しないでね。」
リリは頭の中で、右に4発、左に3発と残段数を数える。
巣の上を歩いているのか、足音が小さくなったスパイダーを暗視で追う。
再び壁の隙間から、階下に顔を出しそうになるのを察知すると
サヨコにアイコンタクトを送り、受け取ったサヨコは2階に駆け上がった。
スパイダーはサヨコの足音に反応し、リリの前に姿を現す。
ここでリリが発砲すればスパイダーは上に逃げる、そこをサヨコが仕留める
壁を這いながら直進するスパイダーに狙いを定め、シリンダーが回転する。
銃弾が着弾するが、スパイダーは壁から離れ床に接地するとバッタの様に
勢いよく跳躍した。
「しまっ…!」
思わずしゃがんでしまったリリの背には、先生とスケバンが固まっている。
このままでは、彼女達が……数秒が長く引き延ばされる。
リリは動けと強く念じながら、右手のリボルバーで狙いを点けようとした。
スパイダーがリリを飛び越し突進してくる、マナは自分の後ろと
迫る脅威に呼吸と動機が荒くなる。
逃げ出したくなる心とすくむ手足を、友人に会いたい
ただそれだけで無理矢理動かした。
「あ、ああぁぁ!!」
腰に差していた単発式ショットガンを構え迷いなく引き金を引く。
轟音と共に炎がスパイダーを焼いた。
「ドラゴンブレス弾…」
燃え盛りながら吹き飛びひっくり返ったスパイダーは
もがき、奇声を上げながらも再び起き上がる、もういちど襲い掛かろうとするのを
2階から飛び降りたサヨコの槍がスパイダーの頭に突き刺さる。
「いい加減に止まって。」
サヨコはスパイダーから足を下ろし、槍を引き抜くと
異形は、ぽろぽろと黒い煤の様な塊に崩れ落ちた。
"マナ!大丈夫!?"
「せ、先生…はい、ただ…その…」
「マナちゃん、大丈夫!?」
「は、はい、リリさん…けど、その…」
歯切れが悪いまま、マナは言った。
「こ、腰が抜けて…」
マナは、へなへなとそのまま床に腰をつく。
ひとまず安心した様子に、私とリリはホッとする。
リリは、マナをお願いと私に頼み、スケバンたちに近寄る。
「待たせてごめんね、ちょっとチクっとするよ。」
リリは注射器を取り出し、毒を受けたスケバンに注射をする。
スケバンは顔色が悪いのは変わらないが、呼吸が穏やかになっているのを見ると
解毒剤は効いたみたいだ。
「ひとまず安心だね、けどちゃんと医者にかかってね。」
「あ、ありがとう…。」
「良かった…あたしたち、もうここで死ぬのかと…。」
スケバンたちに安堵していると、奇妙な声が聞こえる。
サヨコの方へ目を向けると、倒されたスパイダーに向かい何かを唱えている。
マナも気になっているみたいで、私は肩を貸してサヨコに近よった。
"何をしているの。"
「追放…ま、お祈りみたいなもの…人だって亡くなったら念仏唱えて
天に送るでしょ?同じだよ、穢れをそのままにしないように。二度とこの地に現れないように」
「追放…」
唱え終わると、スパイダーだったものが青く燃え上がり
熱の無い光がチリチリと燻る。
マナは追放という言葉を噛み締めているように見える。
もしかしたら、彼女の友達は…
燃え残りの様な小さな光が収まると、金属の様な物が
煤の中から顔を出す、おそらくこれが"証拠"だろう。
"ん?これは…"
「どうした、先生?」
私は証拠の下に埋もれた、紙の切れ端を拾い上げる。
それはボロボロのノートで、古びて少し滲んでいるが何かが書き込んであった。
横からノートを覗き込んだマナは、文字を見た瞬間血相を変える。
せ、先生、それ見せてください!」
"マ、マナ、ちょっと暴れないで…"
「み、見せて…あっ!」
ノートを見ようと体を捩っていたマナは腰が抜けているのを忘れて、そのまま床に倒れこんだ。
「…なにやってるの。」
「す、すみません…」
サヨコに呆れられながら、マナは何とか体を起こす。
私はノートをマナに渡すと、紙面をまじまじと見て呟いた。
「ま、間違いないです…これは、友達の字です……」
資料:異形
歩兵
1800年代後半の服装をした男女の異形
腐敗の様なただれた肌とうなり声をあげ、普段はよろよろとした動きで彷徨っているが
生者をみつけると、小走りで近寄って襲い掛かる。
耐久力は低く拳銃なら2,3発、頭を狙えば素手でも一撃で仕留めることが出来る。
歩兵に限らず、異形の者は総じて耳が良い。不用意に銃を構えるのは得策とは言えない。
感染者
胸部から突き破った毒蟲の巣を持つ、女性の異形。
体に毒を持つ虫を巣くわせており、常に周囲を飛んでいる。
感知範囲が広く、見つかると毒蟲をけしかけてくるので非常に厄介。
弱点の頭部も、向き出た巣の影響で、背中側に垂れ下がっており狙いづらい。
本体が倒れれば蟲も息絶える。
猟犬
骨がむき出しのまさに地獄から這い出てきたような猟犬。
常に複数で活動しており、見つかると素早い動きで、
鋭利な牙と爪による失血に見舞われる。
歩兵もそうだが、稀に頭部に鉄兜を被っている個体も報告されている。