「ま、間違いないです…これは、友達の…クシロの字です……」
マナが興奮した様子で告げる。
今すぐにでもその場で調べ始めそうなのをサヨコが止める。
「手掛かりが見つかったのはいいけど、今は一度帰ろう。
陽が傾いてるし夜は怖いと会長も言っていた
オレ達だけならいいがマナと先生は慣れていないし、怪我人もいる。」
視線を合わせたサヨコに見つめられ、マナは下唇をぐっと噛み締め小さく頷いた。
"大丈夫、確実に君の友達に近づいてるよ。"
「…はい。」
腰の抜けたマナに肩を貸し、スケバンを介抱している
リリへと向くと、私達が入ってきた納屋の扉から数人の
観光協会の生徒達が入ってくる。
「リリ、いるか!?
ターゲットと密猟者は?」
「スズちゃん!こっちだよ!」
短く整えられた黒髪と狼耳を立てた長身の彼女は
リリに駆け寄り、共にスケバンの保護に回る。
私達も、応援に来てくれた協会の生徒と共に
協会本部に戻ることにした。
「なるほどねぇ…うん。お疲れ様、みんな。
それで、これが証拠と共に出てきたノートかねぇ…」
「保護した人達はひとまず大丈夫。
経緯を聞いてみたら、いつもの通りブラックマーケットで
お金に釣られて雇われた密猟者だったみたい。」
駅長室にて、私達はリコに今回の仔細を報告していた
保護したスケバンたちも無事なようで、協会の生徒により
元の場所に送り届けているとのことだった。
そして、私含め皆の視線はひとつのノートに向けられる。
リコやサヨコ曰く今まで証拠以外の物が
ターゲットから出現したことは無いらしい。
「はい、お嬢さん。」
「あっ、はい…え?えっ!?」
リコはノートを何の気なしにマナに渡し、
渡されたマナは唐突なことにあたふたと困惑している。
「君の友達のなんだろう?
なら君が目を通すべきだと、ぼくは思うねぇ。」
「は、はい…ありがとうございます。」
マナはボロボロのノートに綴られた滲みかけた文字を
なぞるように読み始めた。
『進学を考えなくちゃいけない時期みたい。
マナからルイスパリッシュ統合学園の体験入学に誘われた。
学園には4つの科があるみたい、マナはどこにしようかと目を輝かせていた。
私は───…マナと同じで──いい─?──どうしよう…』
『マナと一緒に体験入学に行ってきた。
生徒会の副会長の案内で「献杯」っていう少し変わったレクリエーションをした。
マナは注がれたぶどうジュースを渋いねと苦笑いしていた
咄嗟にそうだねって返したけど。なんだか…とても、染み入る味だった。
学園の先輩たちは、だれもがどの科の人たちも優しくて熱がある。
マナはルイスパリッシュ統合学園に進むって決めたみたい。
私は───』
『あれから、目を開けると闇の中に光が見えるようになった。
周りがざわめき立って、一つを見つめる、いや見つめられているような。
何故か、あの静かな闇が私を見つめる暗闇が、少し心地よいような。
まだ、マナには言ってない…言うべきかも──分からない…』
『私をみつめる視線は、まるで呼びかけるようで
気が付いたら…あの暗闇の中にいた。
私とマナが住んでいた場所とはまるで違う。
どうすればいいかよく分からないけど…
とりあえず、歩いてみることにする。』
『ずっと歩き回っても、闇は晴れることもない…水みたいに纏わりついてくる。
よくわからない化物が辺りを闊歩している。
呻き声と放った銃声だけが響くこの光景にも慣れてしまった。
時折、目を開けると光が眩くのが見える。
それに近づくけど結局、暗闇に戻ってしまう。
このまま──静かな闇に───そのほうが──
だめ…闇に溶けないようにもう少しだけ歩き続けてみる。
──なら、どうするかな。』
傷んだレコードみたいに、飛び飛びの文章は
書いた人の人となりとその身に起こった背景を記している。
ノートの内容はマナの友達の手記だったようだ。
マナは、途中から声が震え上ずっていたけど
堪えて最後まで友達の痕跡を咀嚼していった。
"マナ…"
「す、すいません…けど、や、やっと友達の、
クシロの手掛かりが…」
ノートを抱きしめ、零れ落ちそうになるものを隠すようにマナは俯く。
「マナちゃんの友達はまだ生きてるかもしれないねー。よかったー。」
"うわっ!?"
「きゃっ!!」
私とマナが座るソファの後ろから、
囁かれる声に私とマナは素っ頓狂な声を上げて
ソファから飛び上がりそうになる。
「ニィナ…あなた…」
「さすがにどうかと思うよ、ニィナちゃん…」
「おやぁ…?学校終わりかい、ニィナ。」
いつの間にか入室していたニィナは
どうもー。と、どこか気の抜けた平坦な口調でマイペースに挨拶をする。
その服装は最初に見た時と違ってヴァルキューレの制服を身にまとっていた。
「この学園にいるとして、場所の手掛かりあるのー?」
「あっ…」
"たしかに…"
ニィナの言葉に捜索が再び振り出しに戻ろうとしたのを
リコの一声が変える。
「お嬢さん、本当にそれが探していたものかい?」
「えっ…あっ!」
ニィナは何かに気づいて、両の手を正面に向け目を開いた。
ノートを見た後、室内を見渡し、そしてある一点を指した。
「あそこに、かすかに光が見えます。」
"かすかにって事は…"
「デルタ地区を超えて、セイブル地区ね。」
「暫くは、光を追うことになりそうだねぇ…。
……少し考えを改めないといけないねぇ。」
外に出て駅舎の庇の下に腰かける。
流れそうになったものは中途半端に引っ込んでしまったけど
それでも瞼が少し赤くなっているのを夜風が冷ます。
私の横から、マグカップが差し出された。
「コーヒー、いる?マシュマロ入りだけど。」
「あ、ありがとうございます…」
サヨコさんが差し入れてくれたコーヒーを有難くいただく。
カップの表面を埋める、焼き色のついた純白のマシュマロが
ぷっくりと浮き上がって黒いコーヒーを優しい色に変えている。
ふーふーと少し冷まし、一口…、優しくふわふわとした甘さが
苦みを抑えてくれて飲みやすい。
「ねぇ、マナの友達ってどんな人ー?」
「あっ!あーしも気になる!」
「えっ、え!?」
いつの間にか両隣をニィナさんとリリさんに挟まれた。
サヨコさんは、やれやれと言った様子で壁に背を預けている。
彼女…クシロのことをマグカップを見つめながら、その人となりを口にする。
「そ、そのクシロは、やさしくて、賢くて、私の言うことを基本肯定してくれて
自分の事をあまり出さない、まるでガラスの器みたいな、そんな人で…。」
「わっ!マナちゃん、ベタ褒めだね!」
「えっ、いや、そ、そんな…それくらいお世話になりっぱなしだったから…」
瞼が冷えるどころか顔が熱くなってきた。
口に出すと自分に言い聞かせてるみたいで余計に恥ずかしくなる。
「ふーん…ガラス…」
「長い付き合いなの?」
「あ、はい…ほとんど幼馴染って言っても差し支えないくらいです…」
「いーねー、幼馴染!」
「サヨとリリともそれくらいの仲だけどねー。」
「なにを張り合ってるんだ…
その前に、ニィナとは高校からでしょ。」
サヨコさんたちのやりとりに思わず笑ってしまった。
ニィナさんが先輩を笑ったなーと、からかってくるのを2人が軽くいさめてくれる。
ふとサヨコさんと目が合うと、安堵が混じった穏やかな視線を感じる。
あっ。たぶん、サヨコさんは心配してくれたんだ…
マグカップと同じくらいの優し気な温かみに気づいてすこし気持ちが楽になるのを感じた。
きっと会えることを願って、腰に差した「お守り」ショットガン
そのグリップに付けたクシロとお揃いの十字のアクセサリーを後ろ手に撫でた。
2人きりになった駅長室で、私とリコは机の上のノートを挟み、コーヒーを啜る。
ふと、リコが私にとある疑問を聞いてくる。
「先生は…お嬢さんの友達をどう思ったかい?」
"そうだね…とても友達想いの子って感じかな。
ノートに書かれた文からも、マナを想ってるのが見えるからね。"
「うん、そうだねぇ…」
リコはにこりと私の言葉に肯定したけど
含みのある感じに、彼女が求めているのは
そうでは無いということがわかる。
"あまり、こういった言い方はしない方がいいけど
この文からでもなんというか、はっきりしない
自分に迷ってる…そんな感じがするかな。"
「自分に迷う…ねぇ…、うん、納得したよぉ。」
"どういたしまして…?"
1人得心がいったようで、リコはコーヒーに口を付ける。
とりあえず彼女の思考のつっかえが一つとることはできたみたいだ。
「先生、ぼく達は闇を覗いて光を見ることができる、
それは「暗視」を使えない人も同じだと思うねぇ。
宵闇に惑った人が北極星を見つけるように…
でも、闇が…光が、人を見ていると誰が知って誰が否定できるんだろうねぇ…」
リコは暗視をしながら私を見つめる。
"それは…見つめている自分自身、じゃないかな…?"
「うん、そういう事だよぉ…。」
抽象的な会話をマグカップに残るコーヒーの香りが包む
私はマナとマナの友達の行末が良くなることを願ってカップの残りを仰いだ。