死に触れてなお 作:癒しの癒んしー
「もう一度だけ尋ねます。これ以上天外の知識を広めないことを約束できますか?」
「……できない」
俺の言葉にアグライア様は目を伏せ、冷淡な声で命令した。
「キャストリス。彼に慈悲深い死を」
「…………はい」
俺に一歩、また一歩と近づいてくる少女。
死を感じさせる……いや、最早彼女こそが死そのものだと思う程。
だが、それすらも美しいと思えた。
キャストリスさんとは今日会ったばかりとは言え、楽しく会話した。知らない仲ではない。
そんな俺を殺させるのは忍びない。いっそのこと舌を噛み切って死のうかとも思ったが、そう違いは無いかと諦める。
それに、どうやから彼女に触れて迎える死というのは苦痛がないらしい。
金糸に縛られているがために自由は利かないが、それでも手を差し伸べて握手だ。
この星が悪いとは思わないが、それでも俺には帰るべき場所があった。それが叶わないのならば、まあ、安らかな死も悪くない。
「はははっ」
急にトパーズさんに叱られたことを思い出した。俺は、なんでも極端なんだと。
0か100じゃなくて50でいいのだと。誰に似たのかしらと忌々しそうにつぶやいていた。
思えば、この星に来たのも極端な行動をした結果だったな。
♊
スターピースカンパニーに入って一年は経っただろうか。
大学は良い成績で出たし、カンパニーに入った時もそこそこ期待されていたように感じる。実際、トパーズさんの下でP30までは来た。
今回のこのお仕事で、更に上も狙えるか。
僻地の星。ここに「万界の癌」がある。
もともと出向していたカンパニーの社員と合流して、明日の朝には帰るだけの仕事。星核なんてどうしようもないものがある以上は、この星から手を引くらしい。俺はその、未届け人みたいなことをするのだ。
情報の整理と報告をする必要があるが、そんなものは今日で終わる。
「一応、なるべく情報を集めておきたいから」
俺が資料をもっと持ってくるように要請すると、現地の駐在員たちは面倒そうにしながらもデータを送ってくれた。
街に出て、良い雰囲気の喫茶店を見つける。テラス席で、日常を営む人々を眺めながらデータを纏めた。
色々と異常な事態が起きているのは分ったが、一番大きいのは失踪事件だ。
ある区画から人が、突然消滅するらしい。
「ふむ……比較的地味だけれど、不気味だな」
異常気象とか、そういう分かりやすいものではない。それだけに恐ろしい。
更に資料を読み進める。どうやら、本当に突然人が消えるようだ。例えばどこかの地域から伝染するように、とかじゃあない。何の脈絡もなく急に。道を歩いていた人が、鞄だけ残して消えたりしたらしいのだ。
「なるほど、確かに危険な仕事だな」
この星に来るように言ってきたのは、トパーズさんよりもさらに上――最初は引き抜きの話かと思った。
俺の上はトパーズさんだけなんでと、かっこつけながら言うつもりだっただけに少しがっかりしながらも、話を聞いてみるとかなり危険な仕事のオファー。
辞退するべきだと言ってくれたトパーズさんには申し訳ないが、俺の昇給はもちろん、トパーズさんの評価にもつながると言われてしまえば受けない理由はなかった。
「まぁ、俺が犠牲者になる可能性はだいぶ低いな」
消滅したとされる人間の数はこの星の人口の数パーセント。
それがまさか、今日たまたま来て明日帰るだけの俺が引き当てるわけがない。
「これで引いたら、逆アベンチュリンさ――――あばばばばばごもぶべぼ!!?」
そんなことを考えながらも感じていた不安。それを誤魔化す為にテキトーなことを言った瞬間、口内に水が大量に侵入してきた。
全身がぽかぽかと暖かい。お湯だ。どこか鉄っぽさと、汚いことに人の味。水自体から塩味と人間の体臭を感じた。
「うわぁ、びっくりした」
「え? あれ? 今ここに人、いたかしら?」
「お、おい? 大丈夫かい?」
何人かに助け上げられて、俺は水の中から顔を出せた。突然のことにだいぶ水を飲んでしまっていたし、肺にも入った。涙目になりながらも何度か咽せて、ゆっくりと呼吸をする。
大勢の人の汗と、温かい水の臭い。不思議と不快ではなくて心地よさを感じる類のにおいだった。
「なん……だ、ここ」
浴場? 広くて良い湯加減。
大学でもカンパニーでも学んだことのない文化を基盤とした、独特の装飾。足が付く程度の深さのお湯に、多くの人が、公園でくつろぐみたいに過ごしていた。
湯にはフロートベッド、椅子、ソファ。
不安や混乱を押しのけて、楽しそうと言う感想がまず浮かんできた。というか、現実逃避か。
「なんすか? ここ」
何が起きたかは、もうすでに気が付いていた。
突然消えた人間。
宇宙から消滅したのではなくて、どこかに飛ばされたのだとしたら。
「あの……」
頭を、全力で回転させる。
言葉は通じる。なら、帰れるはず。共感覚ビーコンがあって、きっとカンパニーとも通信が出来る。
「……」
いや、俺の派遣された星。星核の影響で人が、どこかの星に飛ばされるのだとしたならば、その情報も既にカンパニーは得ているはず。
逆アベンチュリンの後に、アベンチュリン越えの可能性。
つまり、たまたまやってきた俺が数パーセントの確立を引いて消滅(おそらくは星核の影響)する。その影響というのが、宇宙空間のどこかへランダムに飛ばされるものだとしたら、生存可能な場所に飛ばされたのは奇跡なんて言葉では片付かない。
「あの、わたくし、カンパニーのものでして」
浴場の外まで助け出されて、俺は周りの人に聞こえるように言う。
「カンパニー? 聞いたことが無いな」
「どこにある都市?」
白髪の優しそうな雰囲気の男性、お湯につかっていた高齢の男性に尋ねられ、思わず天を仰いだ。
「どこだここ」
♊
どうやらここは、カンパニーはおろか、マジのガチで未開拓の星らしい。
ならばなぜ言葉が通じるのかは疑問だが、正直その疑問は都合がいいと割り切って無視した方がいいな。それ以上の問題が多すぎた。
鞄だけ残して消えた事例のように、俺は服だけは着ていたものの、その他の荷物をすべて失っていた。
この星が何なのか全く分からない。正直マジで快適だけれど。
「話を纏めると、あなたは天外から来たと?」
「うーん……」
俺をお湯の中から助け出してくれた一人であるファイノンさん。
何とか誤魔化しながら話を聞けないかと思ったが、あまりにも話が合わないために怪しまれてしまった。それならばと怒涛の情報開示。正直に自分のことを話してみたのだが、結果わかったのが、この星は未知の領域っぽいことだけ。
「あのさ、ちょっと……いや、全員に話しても良いかな?」
周りに野次馬のように集まっていた人はファイノンさんが退けてくれたが、いま改めて自ら語りかけてみる。
この星の情報はゼロ。
どんな文化、あるいはどんな星神を信仰しているのか――いや、ここまで外部から隔絶されていると、最早完全に常識外だと考えた方が無難か。
ならばこそ、これは最大の賭けだ。
もしも俺の推測通りならば、広大な宇宙のどこかに飛ばされていた筈の所を、生存可能な領域を引き当てた奇跡の男のはず。
だとすれば、ここでちょっと無茶なことをしても、勝利を引ける。
僅かな会話からも、宇宙に飛び出す技術がないことは理解できた。
ならば講義して、技術を一からでも作り、無理やりにでも俺は帰って見せる。
トパーズさんは呆れるだろうが、俺は、あの人のやり方に憧れてもいたのだ。
「オール・オア・ナッシングだ!!」
♊
「ナッシング担当です……」
この星、オンパロスの言い方で言うところの天外の情報を話しまくった俺は、キャストリスさんに連れられて、アグライアという人に会うことになった。
まあ、話し始めた時点で周囲の反応から、天外の話をしたのはアウトだったっぽいと悟ったが後の祭り。ファイノンさんが止めてはくれたが、周りは興味を持ってしまって騒ぎになった。
アグライア様から言われて迎えに来たというキャストリスさんは、どうやら恐れられている様子で。
つまり、だいぶ秩序を乱したみたいだ。運が悪いと投獄されるかも。
「なっしんぐ……?」
不思議そうに尋ねて来たキャストリスさんに苦笑しつつ話してみる。
自分の上司のことを、その上司と方向性は違うけれど、尊敬できる人がいることを。
キャストリスさんは、熱心に聞いてくれた。
キャストリスさん自身のことも話してくれて、安い同情を持つのも失礼かもしれないが、少し寂しく感じた。
会話が途切れてしまったところで、アグライア様の待つ場所までたどり着き。
アグライア様の言うところには、天外の知識を広めてほしくなかったこと。
俺の立場は保証すること。
その代わりとして、もう二度と天外の知識を広めないことを誓うように迫られた。
俺が突然現れた、天外からの存在であることは何らかの方法で理解しているらしい。
ならばなおさら、俺はその要請を受け入れられない。
「たぶん、無理だね」
「え?」
と、背後に立っていたキャストリスさんが思わず声を漏らし、俺とアグライア様の視線を受けて、小さく謝罪した。
「私としても、あなたの境遇を最大限慮ったつもりです」
「突然飛ばされて来たにしては、悪くない世界だと思いますよ。でも、俺は絶対にどこかで帰るために動き出す。今この場で適当に嘘をついても、あなたには通用しそうにないから……諦めるしかないね」
アベンチュリンさんを真似して、命を賭け金にしたのが愚かだったか。
いや、この星に来た時点で詰んでいたのか。
遅かれ早かれアグライア様に同じことを要望されて、断っただろうから。
「もう一度だけ尋ねます。これ以上天外の知識を広めないことを約束できますか?」
「……できない」
俺の言葉にアグライア様は目を伏せ、冷淡な声で命令した。
「キャストリス。彼に慈悲深い死を」
「…………はい」
俺に一歩、また一歩と近づいてくる少女。
死を感じさせる……いや、最早彼女こそが死そのものだと思う程。
だが、それすらも美しいと思えた。
キャストリスさんとは今日会ったばかりとは言え、楽しく会話した。知らない仲ではない。
そんな俺を殺させるのは忍びない。いっそのこと舌を噛み切って死のうかとも思ったが、そう違いは無いかと諦める。
それに、どうやから彼女に触れて迎える死というのは苦痛がないらしい。
金糸に縛られているがために自由は利かないが、それでも手を差し伸べて握手だ。
この星が悪いとは思わないが、それでも俺には帰るべき場所があった。それが叶わないのならば、まあ、安らかな死も悪くない。
「はははっ」
急にトパーズさんに叱られたことを思い出した。俺は、なんでも極端なんだと。
0か100じゃなくて50でいいのだと。誰に似たのかしらと忌々しそうにつぶやいていた。
思えば、この星に来たのも極端な行動をした結果だったな。
でも、俺はアベンチュリンさんのやり方も嫌いじゃなかったのだ。ハイリスクハイリターンのロマンはもちろんのこと、自らの命すらもチップに、最大のリターンを引きずり込むあの姿に憧れた。万が一にでもあの人が負けた時、泣きわめいて赦しをこうとは思わない。俺も、最大限虚勢を――いや、本気でしょうがないかって気になっていた。
トパーズさんにそんなことを言ったら、小言では済まなかったな。あの人は、こんなハイリスクハイリターンは好まないし。
キャストリスさんの手を取る。冷ややかで細い指先を、そっと包み込む。
不思議なほどに心は安らかだった。別に死にたがっていたわけではないのに。
変な星に飛ばされた時点で覚悟が決まっていたのか、自分に出来ることを見つけられたからか。
少なくとも今この瞬間、俺にしかできないことがある。悲しい呪いを背負った彼女に、お節介かもしれないが、却って辛いかもしれないが、温もりを。
数秒経って。
十秒経って。
ゆっくりと目を見開いたキャストリスさんの瞳を眺めつつ。
「あれ?」
オール・オア・ナッシングのオール担当できるかも。
オンパロス編終わったら続き書きます。
どうか死なないで。
もう何でもいいからキャストリスには幸せになって欲しい。雑でもいい。全部もうなかったことにして開拓者と結婚してくれ。
6月24日追記。
本当は消した方が良いのでしょうが……この作品はもう更新されません。
理由としては、拙作オリ主の設定がそのまま原作通りになってしまったと言いますか、タイトルから察せられると思いますが、オリ主が実は既に死んでいるという展開の予定でした。
もう書けませんね。