いにしえ三国志   作:匿名希望

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10.ボインだ、殺せ!

 劉備一行が張世平の支援を受けて、徐州に動き出した頃。

 遼西郡を目指して移動を続けていた劉薫率いる一行は漸く、街まで辿り着くことが出来た。異民族から漢王朝の土地を守る役目も担っている遼西郡は謂わば、外部勢力に対する最前線。防衛に特化した城壁は啄郡にあるものと比較し、高く大きく聳え立っている。劉薫は思わず、感嘆の声を零し、そんな彼女の姿を見て、田豫は高笑いを上げてみせる。

 旅の道中で出会った田豫は、士官先を求めて旅を続ける在野の将であった。

 幽州軍に所属するつもりで最初、劉虞の下に足を運ぼうとしたが、軍事の実権を公孫賛が握っている事、その公孫賛が人材を求めて御触れを出している事を知り、遼西郡に向けて踵を返した所で諸葛亮を合流する。諸葛亮は黄巾賊の襲撃を受けた後、逸れた親友と再会する為に目的地へと先回りするつもりで北を目指して足を運んでいる所だったので途中まで一緒に足を運ぶ事になる。

 街道を黄巾賊に封鎖されていても、廃城を経由する抜け道を使ったのは、諸葛亮の親友に対する信頼もあった。

 

 そして二人は廃城を根城にする黄巾賊の襲撃を受ける事になる。

 襲撃を受けたのは廃城が見える荒れた道、見張りに見つかり、十を超える仲間を引き連れて襲い掛かって来た。

 暴力に対して無力な諸葛亮に対し、田豫は一人、剣を片手に歩み出し、諸葛亮に告げる。

 

「此処は俺に任せて先に行け」

 

 逃げる諸葛亮を背に田豫は十数名の賊を相手に立ち塞がった。

 そして個の武勇で賊を叩き伏せた田豫は、先に逃げた諸葛亮の後顧の憂いを断つ為にまだ賊が残る廃城を堕とす為に足を運んだ。そして廃城を守るには、余りにも数が足りていない事を考慮しても、廃城の守りを託されていた残り四十名余名、見張りを含めて五十名を超える賊を打ち倒し、廃城を落としてのけた。

 世の中には、こんな非常識な人も居る者だと劉備と諸葛亮は見識を広める事になる。

 

 城壁の中は、荘厳な外観とは打って変わり、余り発展しているようには見えない。

 率直に言えば、田舎臭い。度重なる異民族の襲撃に加えて、定期的に行われる徴兵。街中の店舗は将兵を慰撫するのが主となり、物を売るよりも食事と花売りが建ち並んでいる。鍛冶屋もあるが、そのほとんどは軍で消費するので市場に並ぶ事は少ない。諸葛亮と同じ程の子が一輪の花を高額で売っている姿を見て、劉薫、諸葛亮、田豫、簡雍の四名は、街で身体を休めるよりも先に公孫賛が居る政庁に足を運んだ。

 政庁の中は劉備達が想像する以上に閑散としている。

 しかし政庁で働く官吏達は皆、慌ただしく動き回っており、中には武官らしき者まで駆り出されていた。

 閑散とした雰囲気は、単純に部屋の広さと比較して、人が少ない事にある。

 

「人材不足と聞いていたが此処までとはな」

 

 田豫の呟きに、城壁の門を潜っての此処までの道のりに学問所らしき建造物もなければ、学者らしき人物も見当たらなかった事を劉薫は思い出す。

 とりあえず近場の人間に公孫賛の居場所を聞いてみれば、「お姉ちゃんの知り合い? お姉ちゃんなら、あっちの部屋に居るよ!」と書類の束を持って、何処かへと駆け出してしまった。色々な意味で杜撰な対応に劉薫が後ろを振り返れば、ぽかんと口を開ける諸葛亮と肩を竦める田豫、そして曖昧に笑う簡雍の姿があった。

 劉薫は言われるがまま、他と比較して、豪華な扉の取っ手に手を添える。

 中には、書類の山に埋もれる友人の姿があった。

 劉薫にとっては見知った顔、公孫賛は、劉薫の姿を見ると満面の笑顔で身を乗り出す。

 

「おお、おおっ! 来てくれたんだな! 黄巾賊が街道を封鎖していると聞いていたから、暫く来られないと思っていたんだぞ!!」

 

 公孫賛は、目元は隈で黒色に染まっており、劉薫は曖昧に笑うことしか出来なかった。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 幽州は現在、過酷な状況に晒されている。

 北方より来るは馬上からの弓術を得意とする烏桓、西方の山を拠点にする野性的な動きで強襲を仕掛ける鮮卑。そして大陸全土を騒がせる黄巾賊の拠点、青州からの距離も近い事があり、南方からも攻め込まれる。まだ大陸全土が戦乱を経験する前の状態から幽州は敵勢力に囲まれていた。

 そんな状況なので知識人は戦乱に巻き込まれて幽州を離れるし、仮に幽州に留まったとしても幽州で最も安全な土地であり、州治地のある広陽郡に移動する。故に今、遼西郡というよりも幽州全土の防衛を任されている公孫賛陣営は致命的な人材不足に苛まれている、主に文官の、読み書き算盤が出来る人材が足りていないのだ。

 本来、武官である従妹の二人も駆り出されており、公孫賛は慣れぬ政務に戦場に立つ事も出来ない状況が続いている。

 

 余談になるが、数週間前までは武官の頭数も足りていなかった。

 戦場と酒代を求めて、メンマをこよなく愛する一人の武人が士官するまでは公孫賛が指揮を執っていた。しかしメンマ好きの彼女が指揮を執るようになってからは、政務を忘れる事が出来る僅かな時間も失う事になる。仕事が減り、心を休める時間も失われる事になった公孫賛は精神的に半死体の状態が続いていた。とりあえず田豫は執務机を埋め尽くし、床にまで積み重ねられた書類を手に取り、一瞥しただけで劉薫と諸葛亮、そして簡雍に受け渡す。

 劉薫が受け取ったのは軍事関係、諸葛亮には判断の難しい政務。簡雍には民草からの陳情である。

 田豫の意図を察した諸葛亮は、劉薫と簡雍に指示を送り、大別した書類を更に細かく分類する。そして一刻が過ぎた頃、種類別に分類し、更に今すぐに採決が必要なものと出来るだけ速やかに判断を下す必要があるもの、とりあえず後回しにしても良いもの。そして、もう情報の鮮度が失われていたり、手を付ける必要がないものと書類の山が綺麗に分けられる。

 書類の数が減った訳ではない。

 しかし、綺麗に整頓された光景を目の前に公孫賛は泣いた。

 無表情の泣き顔に劉薫は少し、引いた。

 

 劉薫達、諸葛亮だけは親友を見つけるまでの間という条件の下で、彼女達は公孫賛軍に仕官する事になる。

 

 働き始めて数週間、増える一方だった書類の山が公孫賛が赴任して初めて減少傾向になった頃の話。

 

 田豫の才覚は政務だけでなく、軍事においても如何なく発揮される。

 というよりも軍事面の方が彼女の本業であるようであり、西から攻め入る鮮卑軍を一蹴する。助言を必要としない見事な用兵術に補佐役として参加した諸葛亮は関心する他になく、部隊の指揮を執っていた劉薫もまた呆気なく瓦解する敵陣の姿に呆然とする他になかった。

 鮮卑軍を殲滅する事はせず、田豫は兵を引き上げる。

 諸葛亮が理由を問えば、田豫は「鮮卑と烏桓の北には匈奴が待ち構えている。幽州よりも北部に侵攻する意思がない以上、鮮卑と烏桓には匈奴に対する壁になって貰う必要がある」と答える。諸葛亮は自分の才能を管仲、楽毅と比肩すると考えていたが、水鏡女学院の先輩の件に加えて、自分の姉でもある諸葛瑾の存在。加えて、田豫の登場に自信消失気味である。

 何度か異民族の討伐を繰り返した劉薫は、その帰り道に、ふと独り言を零す。

 

「異民族の人達って、やっぱり私達とは姿形が違うんだなあ」

 

 彼女の言葉を耳聡く聞いていた諸葛亮が「ええ、そうですね」と返す。

 

「話には聞いていましたが、北方の異民族が本当に角を生やしているとは思いませんでした」

「そうだよね!? 頭から角が生えてたよね!? 尻尾もあったよ!?」

「烏桓族も、鮮卑族も、尻尾に加えて頭から角を生やし、背中に翼を携えていました。城壁を超えるほど、高くは飛べないようですけど空を飛んでいる者もいましたね」

「鮮卑族を率いていた子、小柄で可愛かったね」

 

 二人は独特な戦い方を披露する異民族を想起する。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「ボインが増えた、殺せッ!!」

 

 数日前の襲撃の際、鮮卑族を率いる少女が敵陣を指揮する劉薫と田豫の姿を見て怒声を張り上げる。

 少女は、頭から角を生やし、背中から蝙蝠の翼、臀部から細長い尻尾を生やす。角は兎も角、羽根と尻尾が生物的に動かしている事から装飾品などではなく本当に翼と尻尾を生やしている事が分かる。

 この西洋の悪魔のような見た目をした少女は、鮮卑族の仲間から軻比能の名で呼ばれる。

 彼女は本来、淫魔族と呼ばれる異世界の種族になる。しかし、この外史では、ひょんな事から異世界の種族が紛れてしまっており、この世界の中に根付いてしまっていた。

 彼女達の歴史は長く、殷周伝説の時代より続く東胡の末裔。魔宴と呼ばれる乱交の文化がある民族で、淫魔の女は男を夜這いして種を貰うという独特な因習を持っている事もあり、後世、彼の有名な蘇妲己に加えて楊貴妃もまた東胡の血縁者としての説が出るほどである。遺憾の意である。こうした経緯から匈奴は、鮮卑の事を「男を淫らに誘惑する卑猥な民族」と決めつけて、襲撃を仕掛ける。

 結果的に東胡は壊滅、辛うじて生き延びた東胡の末裔が鮮卑山と烏桓山に逃れ、各々で民族の再興を測る。

 

 鮮卑軍を率いる少女、軻比能と呼ばれる少女は、真名をミダリと云った。

 種族として淫魔に属する彼女は、淫魔であるにも関わらず生まれた時からぺたんこの宿命を背負った悲しい生き物である。貧相な肢体から淫魔として失格の烙印を押された彼女は、周りから憐れみと嘲笑を浴びせられる事になる。生来の身体的特徴を蔑まれて生きて来た彼女の心根が真っ直ぐに育つ筈もなく、所謂、不良集団の首領として名を馳せて行く事になった。

 荒んだ彼女が頭角を現したのは、東胡の血を根絶やしにする為に匈奴が鮮卑山に攻め込んで来た時の事になる。

 鮮卑のボインが魔宴と称した乱交騒ぎに明け暮れる中、何時かボイン共を見返してやると反骨精神で自己鍛錬に励んでいたミダリ率いるぺたんこ達は、鮮卑の中でも正気を保ってる男を引き連れて、淫魔特有の妖術を用いる事で匈奴の屈強な将兵を追い返したのである。

 ミダリは一躍、鮮卑を守り抜いた英雄として語られる事になり、鮮卑で部族長を意味する大人(たいじん)となる。

 

 ミダリの誤算は、ボイン達が鮮卑の統治に元から興味がなかった事。そして彼女が率いた鮮卑の中でも比較的正気の男達は、性癖を拗らせる事もなく、見た目がまだ成人前の子供体型であるぺたんこ達に欲情しなかった事である。常日頃からボインの誘惑に耐える男共である、淫魔として未熟なぺたんこ達の誘惑なんて鋼の意志で弾き返すことなど朝飯前だ。それでいてミダリに仕える鮮卑の男共は誠実な態度で対応するので、文句も言い切れず、ミダリ達は良いようにあしらわれるだけだった。

 

 そこでミダリは考えた。

 男は馬鹿である、馬鹿だから胸と尻の大きな下品な女が好きなのだ。

 鮮卑の男は教養が足りていないのである。

 ならば鮮卑よりも教養に満ちた民族、即ち漢民族であれば、ぺたんこの魅力にも気付いてくれるはずだ。

 故にミダリは漢民族に対する略奪を決意する。

 

 一方、鮮卑の男が淫魔以外の女性と婚姻を結んで行った。

 自分に誠実な対応をする大人(おとな)の異性に初恋を奪われていたぺたんこ達は脳破壊を受けて、修羅となった。

 幸い、人手では足りている。

 何故ならば、定期的に開催される魔宴のおかげで人口は右肩上がりに上昇し続けているからだ。

 魔宴には人間の女も参加していたりする、世も末である。

 鮮卑のボイン達は子を孕んでも自分で育てないので、淫魔の為の養育施設が立てられていたりする。

 妖魔園である、深堀してはいけない。

 

 兎も角、ミダリ率いる鮮卑軍は、男漁り、あと食料とか金品を求めて幽州に襲撃を繰り返すようになる。

 しかし司隷から遠く離れた幽州の地では彼女達が望む教養の高い者達が現れる可能性は極めて低かった。

 仮に教養があったとして、少女嗜好の人間に巡り合えるかは別の話。

 だが鮮卑の節穴男に希望が持てない以上、彼女達は希望を追い求めて漢王朝を襲撃するしか道がないのだ。

 

 襲撃自体は上手く行っていたのが先月までの話。

 幽州軍に新しく所属する新たなボインが軍を率いて来たのだ。

 下品なボインの登場にミダリは憤った。

 公孫賛は常識的な範囲だったので良かった。

 しかし彼女は駄目だ、胸が非常識だ。

 大きな胸を卑しく揺らし、神槍と称される槍捌きで鮮卑軍の精鋭を圧倒する。そして青髪でメンマ好きの少女は幾度と鮮卑に敗北の二文字を叩き付けた。

 そう、敗北である。ボインに、負けたのだ。

 淫魔だとか人間だとか関係ない、ぺたんこにとってボインは不倶戴天の敵なのだ

 あと敵から満足に物資を調達できなくなったので鮮卑が地味にヤバい。

 ミダリに国家運営のノウハウはない。

 自転車操業である。

 

 加えて、先日の田豫と劉薫の登場にミダリは頭を抱える。

 こんな時でも魔宴を開催するボインに頭痛すら覚えた。

 仲間のぺたんこ達も希望を見るのを諦める者も増え始めている。

 同性愛に目覚めた者もちらほらと現れている。

 これでは駄目だ、こんなんじゃ駄目だ。

 しかしミダリはポッと出の大将、元々が国一つを抱える器ではなかった。

 妙案も思い浮かばず、藻掻き苦しむミダリの下に一人の女性が訪れる。

 

「漢王朝を引っ繰り返してみませんか?」

 

 鮮卑の頭領に手を差し伸べた女は、名を張純と云った。




劉薫奉徳(桃香):公孫賛軍所属、中山靖王劉勝の末裔。
諸葛亮孔明(朱里):公孫賛軍の臨時仕官。臥龍。
簡雍憲和(??):公孫賛軍所属、桃香の幼馴染。
田豫国譲(??):公孫賛軍所属、一般武将。
軻比能(ミダリ):鮮卑大人の淫魔族ぺたんこ種。
張純(??):涼州の韓遂討伐に参加させて貰えなかった人。
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