いにしえ三国志   作:匿名希望

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11.外患誘致

 張純に前世はない、張純は男である。

 明文化された事ではないが、始皇帝が女性として帝位を得た時から中華大陸は、名家の御家を継ぐのは女性という風土がある。男性が御家を継ぐ事に問題がある訳ではないのだが、少し物珍しい目で見られる事になる。張純は幼い時から見目が整っており、御家を継ぐのに男性だと都合が悪い事を理由に後継ぎが生まれるまで女装をし、女性としての手解きを受けて来た。

 幼少期の出来事から張純の自意識は女性で、物心が付いた時には貞操帯を付けていた。

 

 自分の生物学的な性別が男性だと知ったのは、年齢を重ねるのと共に自然に。

 気付いた時には陰茎は機能不全となり、男性と周囲に周知する前に成人を迎えてしまったので今も、次の後継ぎが成人するまでの期限付きで女性としての生活を続けている。宮廷は女性ばかりの女尊男卑の世界、生物学的に男性である張純は、胸の奥に劣等感を積み重ねる。

 彼もしくは彼女が目に見える実績を欲するようになったのは、後継ぎが成人した後、御家を途絶えさせない為に女と偽り続けて来た自分に、男としての自身が持てなかった事が根底にある。

 

 黄巾の乱が世間に認知される少し前、涼州で韓遂が漢王朝に反旗を翻した時、彼女が当時の指揮官である張温に自分を売り出したのは、妹に御家の跡を継がせた後の身の振る舞い方を考えての事だ。

 

 誤算だったのは張温が生粋の女性主義者であった事、魑魅魍魎を蠢く宮中を生き抜いて来た猛者である事。

 彼女は張純の性別を見抜いた訳ではない。しかし本能的に張純の男を察し、彼女が隠す嘘が存在する事を見抜いてしまったので張温は張純を採用する事を取りやめる。そして彼女の性別の秘密は、十常侍には、事前に通達されており、それを理由に脅される事が度々起きていた。

 張純の自己実現の欲求は、出世欲に成り代わり、反骨精神が加わる事で野心に成り果てる。

 

 彼女自身、自分の目的が何処にあるのか分からないまま鮮卑山に足を運んだ。

 漢王朝の使者が来る事は珍しくはあるが、ない訳ではない。鮮卑の実質的な指導者である軻比能は、使者が女の身形をしている事に一度、興味を失うも、しかし彼女の身体から漂う僅かな男の臭いに振り返る。

 身長は、僅かに張純が高い程度、軻比能は、身を寄せて、胸元の臭いを何度か嗅いだ後、少女は笑みを浮かべる。

 

「てめー、なんで女の恰好をしてんだ?」

 

 軻比能、真名はミダリ。鮮卑大人の淫魔族。

 彼女は部隊長を意味する大人という文字が好きではない。

 何故ならば、彼女はまだ淫魔としての本能を一度も満たしていない為である。

 

 鮮卑が張純に協力する条件として出したのは、今日まで自分を女と自認して生きて来た彼女の尊厳を破壊するものだった。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 半月後、鮮卑と烏桓の歴史的和解による会合が開かれる。

 元は東胡として同じ血を分けた部族、烏桓の淫魔族は東胡の王家に連なる種族で魔宴に入り浸る鮮卑の醜悪なボインとは一線を画す。その烏桓の頭領は単于を名乗る、単于とは、君主を意味する言葉である。

 単于を名乗る彼女の姿に、仲介役として名乗り上げた張純が思わず唾を鳴らす。

 半月間、機能不全では話にならないと機能回復の特訓を受けた張純が思わず、己の中の男を自覚する程の美貌、同じ淫魔族である軻比能ですらも息を飲んだ。出る所が出た豊満な肉体は、下品に感じる処か気品すらあり、磨かれた肌艶が輝いて見える。目元の黒子は、彼女の美貌を引き立てる端役として機能し、背中を覆い隠す黒髪は絹糸のように整えられている。

 烏桓の淫魔族は、鮮卑のボインとは一線を画す気品と美貌、その烏桓の淫魔族と更に一線を画す美貌が単于を名乗る彼女には備わっている。

 

 しかし魑魅魍魎が跋扈する宮中を生き抜いた張純は、魅惑に微笑む丘力居の仮面の下に隠された正体を曖昧ながらに感じ取る。

 

 丘力居、前世で楊貴妃と呼ばれた者である。

 音楽と舞踊を愛する彼女は政治や権力に興味を持たず、権力闘争から距離を取るように気ままな暮らしを続ける。烏桓の将兵を慰撫する為に宴席の場には必ずと言っても良い程に出席し、得意の琵琶に歌声を乗せて披露する。

 彼女には、武勇はなくとも不思議な魅力があった。

 憂鬱に息を吐くだけで烏桓の男達を魅了する彼女の姿に淫魔族もまた彼女に惹かれるようになる。美女揃いの淫魔族に囲まれても、丘力居の美貌は埋もれる事はなく、むしろ淫魔族を引き立て役に彼女の見目はより一層に輝かせる。

 東胡は、淫魔族を核に栄えた部族である。

 淫魔族を従える事は烏桓にとっては権力の象徴であり、丘力居が気付いた時には、もう既に外堀が埋められた状態で単于の地位を継承する事になる。

 丘力居に政治は分からぬ、軍事も分からぬ。

 何も分からないので転がり込んで来た単于の地位に、彼女は平静を取り繕う事しか出来なかった。

 そして今、鮮卑との会談の中でも彼女は内心で、白目を剥いている。

 

(どうしてこうなったのですわ~!?)

 

 古典的な悲鳴は兎も角、彼女にとって幸運だったのは優れた妹が居た事にある。

 実際には、義理の妹。拾った琵琶が余りにも美しく、弾いた弦の音色に心を打たれた丘力居は琵琶を家に持ち帰り、月明かりの下で琵琶の練習に明け暮れる。そして彼女が琵琶を手にして五年の歳月が過ぎた頃、琵琶は、なんか人の姿を取るようになった。

 琵琶の正体は、玉石琵琶精。妖の一種である。

 しかし丘力居は、彼女を家族の一員として招き入れて、月の美しい夜になると琵琶の姿を取る彼女を弾いて星空に歌を響かせた。

 琵琶精は楼班と名付けられる、楼班は元の名を王貴人と云った。

 

 此処まで語れば、もう分かるだろうが丘力居は普通の人間である。

 妖の類でもなければ、淫魔族でもない。

 しかし丘力居は淫魔族を囲んで従えている事から周囲の人間からは淫魔族と誤認されている。

 

 そして張純が見抜いた仮面の下というのも彼女が淫魔族ではなく、人間であるという事である。

 彼女は淫魔族に囲われ始めた時から淫魔を模した角と翼、尻尾を付けている。

 

「がるるるるるるるる……」

 

 丘力居は依然とし、心の内で白目を剥いていた。

 和睦し、協力する為の会合であるにも関わらず、目の前の少女、軻比能が獣のように唸り声を上げて睨み付けて来るのである。常日頃からボインを不倶戴天の敵と見做す軻比能と美貌を兼ね備えたボイン筆頭の丘力居では相性が悪過ぎる。

 ぴ、ぴえん。と泣き声を零しそうになる丘力居に代わり、彼女の妹である楼班が溜息交じりに歩み出る。

 

 丘力居に政治は勿論、外交面でも役立たずなのは元が琵琶で様々な愚痴を聞かされていた楼班にとっては今更の事実。楼班はまだ全盛期の力を取り戻せておらず、節約志向の幼女の姿で日々を過ごしている。そのつるぺたな身体を見て、軻比能は態度を一変させる。

 

「お前達の所では、私達のような存在は迫害を受けていないのか?」

 

 楼班は首を傾げる。その彼女の様子を見て、軻比能は椅子に座り直した。

 

「話を聞いてやる。烏桓のボインは鮮卑のに比べて、幾分かましのようだからな!」

 

 ボインという言葉を聞いた時、スゥッと楼班の瞳から光が消える。

 かつて殷王朝の時代、二人の姉妹と共に贅の限りを尽くしていた時の彼女、というよりも妲己三姉妹は殷を掌握するに当たって男性を広く魅了する為に三者三様の異なる見た目に調整した。長女の妲己は正統派の豊満な肉付きをした美人であり、末女の胡喜媚は甘え上手で少し幼さの残る姿。しかし豊満な胸を持っており、妲己とは別の母性を有していた。必然、次女の王貴人は澄まし顔の似合う貴婦人となり、肉付きは二人と比較し、華奢で引き締まった肢体となる。

 故に殷王朝時代、胸の事を幾度と揶揄われた過去が彼女には存在していた。

 そして人気の大半は妲己と胡喜媚に集中し、王貴人の支持者は変質者が多く、自分で設定した見目を何度後悔したのか分からない程だ。

 

 妹の雰囲気が変わった事を一早く察した丘力居は、両手をパンと叩いて全員の視線を自分に向ける。

 

「烏桓と鮮卑は、東胡を源流とする部族。二つに分かれたのも匈奴に攻め込まれての不本意なもの、今更、同じ一族に戻るのは難しくても喧嘩別れをした訳じゃないんですから漢王朝と匈奴に対しては、同じ東胡の血を引く者として手を取り合いませんか?」

 

 烏桓と鮮卑は、遊牧民族の文化が根付いている。

 故に農業が得意ではなく、安定した食料の供給元は家畜に頼りがちだ。

 匈奴は、東胡を目の敵にしているので手を取り合う事は出来ず、足りない分の食糧は漢王朝と取引するか略奪するしか道はない。何よりも烏桓山と鮮卑山では、満足に塩を採れない為、行商人に頼る必要がある。幽州の一部でも広い領土を確保する事が出来れば、食糧問題解決の一助になるに違いない。

 一先ず、張純は、烏桓と鮮卑の協調路線で話がまとまりそうな事に安堵の息を零す。

 

「では見届け人でもある私、張純めが使者として烏桓と鮮卑を行き来したいと思います」

 

 連絡を密にしましょう、と語る張純の言葉の裏には己が野心と怯えが秘められている。

 事前の通知がない突然の提案に不満顔を見せるのは軻比能、張純の使者の提案は鮮卑に滞在する時間を少しでも短くする為のものである。というのも張純は鮮卑の淫魔族のつるぺた達を一人前の淫魔にする為に半月もの間、監禁されていたのである。

 機能回復と称された訓練は、彼女、もしくは彼にとっては拷問に近しい所業である。

 少なくとも破壊された尊厳は精神的なもの以外に物理的なものもあった事だけは記述しておく。

 

 そして張純の提案に、彼女が生物学的な男で女装をしている事を見抜いた烏桓の淫魔族が獲物を見るように目を細める。

 

 烏桓と鮮卑の同盟の為、張純は様々なものを失う事になる。

 

「許さん、許さんぞ張温!」

 

 烏桓の淫魔族による歓待を受けながら張純は叫んだ。

 完全なる逆恨みである。

 こういう時の丘力居は基本的に見て見ぬふりをする。

 楼班は、男一人の犠牲で部族がまとまるなら安い犠牲だと思った。

 どちらにせよ、漢王朝に対して、何かしらを引き出さねば、烏桓も鮮卑も詰んでいるのだ。

 山で採れる塩にも限りがある。

 不足分の塩の補充を交易に頼っているのが痛かった。

 

 

 此処、青洲に二人の従者を引き連れた小柄な少女が足を踏み入れる。

 栗色の髪をした物静かで小柄な少女の名は諸葛謹、字は子瑜と云った。

 

「すっかり変わってしまったな」

 

 諸葛謹の呟きに従者の二人に、歩隲と厳畯は小首を傾げる。

 彼女は戦乱で激化する家族が生まれ育った徐州を離れるのを契機に、彼女にとっての望郷の土地である青洲に足を運んでいる。そして従者の二人は敬愛し、己が見定めた心酔する主に歩みを共にする為に黄巾賊の根城と見做される危険な土地まで付いて来たのである。

 諸葛謹は過去に想いを馳せるのも程々に歩みを進める。

 黄巾の乱の初期、真っ先に被害を被ったのが青洲であり、青洲軍は壊滅し、再起不能な状態にまで追い込まれている。

 諸葛謹も今更、青洲軍に入って何かをするつもりはない。

 ただ巷でも不明とされる張角なる者の正体を探る為、時代は移り、国が失われても望郷の土地を荒らされている事実に我慢が出来なかった諸葛謹は、虎穴に入らずんば虎子を得ずと民草に扮して歩み出す。

 黄巾賊の半数以上が、黄巾党とは関係のない賊である事実が、張角の存在を混乱せしめる。

 

 処変わって青洲の何処か。

 廃城を舞台に改築した劇場にて、冷たい御時世に現れた歌姫を一目見たいと押し寄せた客席の中で黄色の法被に袖を通し、張三姉妹の名前が書かれた内輪を両手にはしゃぐ一人の少女の姿がある。「みんな大好き!」との掛け声に「張角ちゃん!」と男達に紛れて叫んでは「みんなの妹ぉっ!?」と続く掛け声に「張宝ちゃん!」と叫んだ。最後に「とっても可愛い」との掛け声に「張梁ちゃん!」と団扇を振って黄色い歓声を上げる。

 コール&レスポンス。下手な軍隊よりも統制の群衆の姿に感心する少女が一人、彼女は黄巾党に所属する一人で群衆に紛れてはしゃぐ友人の姿に笑みを零す。

 張三姉妹の熱狂も終わりを迎える。

 友人の満面な笑顔に彼女は「福ちゃん、福ちゃん」と声を掛ける。

 

「福ちゃん言うな!」

「えー?」

 

 怒鳴る友人に棒読みな不満の声を上げる。

 福ちゃんと呼ばれる少女の本名は廖化、字は元倹。前世の名を徐福と云う。秦の時代、始皇帝の命を受けて不老不死の妙薬を探す為に多額の路銀をせしめた彼女は、妙薬なしに秦に帰っても処刑されるだけだと分かっていたので秦には返らず、東方にある島国で人生を満喫した経歴を持っている。

 一応、方士の端くれではあったので島国でも勉学は続けていた。

 徐福自身、自分が褒められた人物ではない事は自覚しており、海を隔てた先でも刺客に怯える日々は過ごしていた。そして、そんな徐福の事を真理探究の旅に出た先達とし、少なからず尊敬しているのが現在の周倉、前世の三蔵法師である。

 徐福からすれば、彼女の方が余程、偉人である。

 

 三蔵法師は今更、仏教の編纂などに人生を費やすつもりはなく、前世で、自分に出来る事は全てした上での大往生だったと考えているので此度の人生は自分の為に使い切るつもりでいる。そんな旅の道中で出会った徐福こと廖化と行動を共にするのは、なんとなく彼女の事が放っておけなかった為である。そして旅を共にする中で彼女の心理構造と言動は周倉の利害にある事が多く、面白い女枠として付き纏うようになる。周倉から見て、彼女、廖化の今の歌姫への嵌りっぷりもまた周倉を楽しませる要因の一つ。周倉一人では、恐らく、張三姉妹に興味を持つ事もなく、此度の舞台の光景も見る事がなかったはずである。彼女に付いていくだけで未知の体験が出来るのだから、目的もない旅に道標を付けるのに廖化の存在は最適であった。

 

 しかし、と周倉は今の世に想いを馳せる。

 荒れ果てる世を憂いてないといえば嘘になる。

 自分が今の世に出来る事が何かないと考えてしまうのは癖のようなものだ。

 一度、死んだ人間なのだから、余り出張った真似をしない方が良いという思いもある。

 だが今の彼女には、観察対象がいる。

 

「黄巾党というのは無秩序の集合体。単なる支持者の集まりなのだけど、黄巾党の名を騙る輩が世の不満に対する捌け口に利用してるのは事実。もしかすると張三姉妹の立場も危うくなったり?」

 

 呟いたのは徐福、彼女も高名な方士であるからに勉学には長けている。

 思い悩む彼女を横目に周倉、三蔵法師は彼女を放って何かを為す事は出来ないと首を横に振った。

 三蔵法師は本名を陳江流、法名を玄奘。

 彼女が生きた世界の歴史に張三姉妹の存在もなければ、黄巾党という名も出て来なかった。




張温(??):漢の将軍、涼州で起きた乱を鎮圧した立役者。
張純(??):漢の元官吏、男の娘。おのれ張温。
軻比能(ミダリ):鮮卑大人の淫魔族ぺたんこ種。
丘力居(??):烏桓単于、人間ボイン種。前世は、楊貴妃。
楼班(??):丘力居の義妹。元は、王貴人。

諸葛謹子瑜(??):青洲在中、在野。
歩隲子山(??):諸葛謹の押しかけ従者。
厳畯曼才(??):諸葛謹の押しかけ従者。

廖化(??):張三姉妹の支持者、黄巾党会員番号一桁の古参。徐福。
周倉(??):廖化に付き纏ってる人。前世は三蔵法師。
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