理より授かりし、剣と杖に触れし時
数多の光と闇を背負い、央の地に新たなる旗が翻る
悲痛に染まりし法の刃により、秩序は二つに裂かれ、
大いなる焔が再演されるだろう
■ ■ ■ ■
管理世界の中枢、ミッドチルダ。港湾を有する廃棄都市の一角。
インフラの整備が途絶えてから久しく、また災害の影響か道路や建造物には無数の亀裂が入り、文明圏にはない荒廃した雰囲気を漂わせていた。
公式には無人地帯、事実として政府に登録された正式な住民は存在しない。
しかし、その一方でそれ以外の人種。密入国者、逃亡者、そして何らかの事情で正常な社会から外れた者。彼らにとっては都合の良い潜伏地だった。
治安維持を担う管理局の深刻な実情もあって、その数は膨れ上がり、そこでは一種の外れ者達による社会が形成されつつある。
とはいえ、管理局側も無策のままではない。その勢力や武力が、他所の治安上無視できない規模となったり、あるいは外から悪質な組織が入り込んだ場合。
希少な戦力を捻出し、果断な介入が行われる。
この日もまた、そういった介入が行われた当日だった。
「数は五十前後、舐められてるみたいだな……部隊は陸か海か」
特に隠密を行うわけでもなく、堂々と上空を飛翔し近付いてくる点々とした人影を捉えて、十代半ばの少年が呟いた。
やや癖のある暗い灰色の髪。はためく外套もあってカラスのような印象がある。
概ね髪色と同じく地味な印象の少年だったが、一方で落ち着きと剣呑な雰囲気を同時に漂わせている。
ブラウ・クラレンス。戸籍が無い以上、本名と言えるかは怪しかったが、これが仲間内で最も頻繁に使われる少年の呼び名だった。
「海の方でしょう。陸とは武装や飛行技術の精度が異なる」
「まあそうか。前言撤回。あれ全部、B以上だろ。俺たちには過剰戦力じゃないか?」
正規の組織に例えれば、副官のようにブラウの傍らで応えたのは、長身の黒人だった。
ミッドチルダ、というよりベルカ系では滅多に見ない人種で、独特の髪質をロープ状のブレイズにして靡かせている。
この男はマケランとだけ呼ばれていた。姓はない、というより、こちらも本名ですらない。
「あー、もしかして月巡りの所為とか? 確かある種の魔法では、今夜の月は理想的な配置だとか聞いた事がある」
ブラウはふと思い出して、青空を覆い隠す二つの巨大な月を見上げた。
「ミッドチルダ式の魔法には、ほぼ影響がないのでその可能性は低い。しかし……貴方が天文に関心を抱いているとは失礼ながら意外です」
「古代の指導者のように、星占いで戦を決めていると思われるのは心外だけどな。趣味……というより、少し思い出があるだけだよ」
まあ、あの日は珍しく一つも月が出ていない、満天の星空だったけど。
とブラウは聞き取りようの無い、内心だけで呟く。
「たぶん、ゆっくり近付いているけど、すでにサーチャーを飛ばして偵察している。ああして姿を見せたのも、刺激しないように、というよりこちらの出方を探っているんだろう」
無駄話ばかりしている時間はない、とブラウは実務的な話に入った。
実際、到着までの時間的な猶予はあっても、このまま逃走できる余地は皆無だ。魔法で慎重に情報を集め、こちらを袋の鼠にしようと算段を練っている。
次元犯罪を管轄とする海なら、しくじってくれる事も期待できそうにない。
「マケランはここの代表者に話を通しておいてくれ。必要なら、俺たちが脅迫していた形にしても構わない」
まず手始めに、側近とも言えるマケランに指示を下すブラウ。
しかし、指示を受けた当人はゆっくりを首を横に振った。
ここで命令拒絶とはどういうつもりだ、と睨むが、マケランは落ち着き払って自らの意図を明らかにした。
「リーダー、まずは方針の明言を」
「言わなくても通るだろう?」
「それでも宣言する事は必要でしょう。人の上に立つならなおさらだ」
確かに、ここを明確にしなければ、切り替えも万全ではなくなるし、単なる実務的な指示だけでは士気も上がらない。
なんか恥ずかしいし、芝居じみてて嫌なんだよな等と口ごもるが、それこそ子供じみた甘えだった。許して貰えるはずもない。
時間が惜しい。すぐに観念すると、蓄電式デバイスに暗号回線を開くように指示する。
「これより、我ら武装解放連盟――『ブラスリッター』は管理局の部隊と交戦、ミッドチルダ脱出の活路を開く! 各員は滞りなく役割を果たしてくれ!」
■ ■ ■ ■
局員たちの
視覚的にも統計的な未来予測でも廃棄都市からの攻撃的な傾向は見られない。
だが、どこか引っ掛かるものを感じて、飛行状態にある局員の女性の一人は眉を潜めた。
「うーん……」
人目を惹く白い
飾り気のない美女ではあったが、彼女が集める衆目と敬意は単に容姿端麗な女性へのそれには留まらない。
航空戦技教導隊所属、高町なのは一等空尉――聖王のゆりかご事件を始めとする数多くの事件で活躍した、管理局の白きエースオブエース。
いわば英雄的存在、というのが周囲による彼女への評価だった。
「どうされましたか、教官……いえ、失礼。一尉どの」
「さっきから廃棄都市の様子を監視しているんだけど、少し様子が変わってる」
「確かに騒々しくはなりましたが……」
「ううん。それだけじゃなくて、徐々にサーチャーの索敵範囲から外れる人が増えた。たぶん、こちらに気取られないよう少しずつ、隠れてるんだと思う」
交戦か逃亡かは分からないが、何らかの準備が進行している。
決して急ぐ事なく、しかし効果的に。なのはには確信めいた予感が存在していた。
「では、今回の介入は当たりという事ですか」
「それも大当たり。かなり統率が取れた組織が潜んでる。戦闘になる可能性も高いよ」
平時の任務とは異なった緊張感を湛えて、なのはと男性局員は視線を交わした。
今回の任務では本来、彼……三尉が指揮を行い、なのははそれを監督し教導する立場にある。
平時なら指揮系統を侵す事もないが有事、つまり一般の局員では手に余る事態では代わって舵を取るのも教導隊の職分だった。
「遊撃に長けた者を先行させますか?」
「今回の任務内容だと、先制攻撃と取られる行動はグレーかな。予定通り、等速を保って接近。ただし、前面には防御に長けた局員を集中的に配置します」
時空管理局は無頼の戦闘集団ではない。
無数の制約の中で、最善を掴み取らなければならない。それをいずれの局員も熟知していた。
『――イエス、マム!』
回線から局員たちが応じる。「海」所属なだけあって、切り替えが早い。程よい緊張感を備えているようだった。
飛行速度こそ緩やかだが、しばしの静穏。
しかし、それも短時間で終わり、局員各自のデバイスから廃棄都市方面から幾つもの警告反応が発せられた。
一瞬遅れて、色彩豊かな魔力砲撃と実弾の嵐が介入部隊へと浴びせられた。
(撃ってきた――! しかも、魔法と質量兵器の混成……!)
とはいえ、想定内。前面に配置した局員は魔法陣によるシールドを展開しており、その攻撃の尽くを防いでいた。
本格的な反撃は……時期早々。
なのはは局員たちに追って指示を発していた。
「避難者の数が落ち着くまで、反撃はランクC以下に制限! 敵対勢力の追撃に備えて!」