別動隊の指揮をラッド・カルタス二尉に任せ、盤石の構えといった所でその通知音は水面に投じられた小石のように事態を揺るがそうとしていた。
通信士の一人がゲンヤ・ナカジマ三佐に報告した。
「先方から通信が入っています」
「ちっ、しっかり索敵していたか。繋いでくれ!」
ゲンヤが把握している彼の名称は『ブラウ』ではなかった。
ルード・オルランド、警備会社における安全保障部門……とはいうが、実態は傭兵稼業に属する人物で、管理世界の内外で活動実績あり。
しかも、それはフェイクではないか、というのが縁ある専門家の推測だった。
落ち着き払った少年の声色が、通信を通して装甲車の中に響いていた。
「こんばんは、ナカジマ三等陸佐。先日の件、決裂したようで残念です」
「全面的に退いてくれれば、こうはならなかったんだがな。察しの通り、お前さん方をこの場で拘束させてもらう」
「罪状は?」
「贈収賄、および脅迫の重要参考人として身柄を預からせてもらう。だが……」
ゲンヤは弁明の類がない事、むしろ一種の挑発の意図すらある通信に目を鋭くした。
穏便に事が済むのを望んでいたが、それが実現すると考える程、ゲンヤは愚かではない。
「公務執行妨害も追加と見ていいんだな」
「ええ。次元世界の自治権および抵抗権に基づき、不正介入を排させてもらいます。弁明は査察を通じて、後ほど」
少年の声が冷ややかに告げる。
経験の浅い捜査官なら思わずたじろいでしまう口上だったが、ゲンヤはむしろ彼が相当な常習犯だと確信を得て、決意を新たにしていた。
しかし、直後には決意を蝕むような言葉が続いていた。
「で――そろそろ、別働隊の定期連絡が来る頃合いなのでは?」
「……やってくれるじゃねえか!」
互いに事実上の宣戦布告を終え、通信が断ち切られる。
すぐに通信士に別動隊のラッドに連絡を取らせようとするが、反応はロスト。応答はない。
短時間で壊滅したとも思えないが、最悪事態を想定せざるを得なくなった。
陸士第108部隊は分断され、個別に撃破されようとしている。
「ギンガ准陸尉、予定が崩れた。だが退くわけにもいかん。正面から拘束を断行する。指揮はこちらで取る。お前さんは敵のエース格を撃破、可能なら中心人物のルードを拘束しろ」
「了解!」
ギンガ准陸尉が青髪の前に手を添え、敬礼すると出立する。
出鼻を挫かれた事を意識しつつ、ゲンヤは激しい戦闘に備えて、端末上のコンソールへと向かい合っていた。
一方、通信相手のルード・オルランドことブラウは吉報を受けていた。
別行動中のグレンデル一家のカートとマリーヤ。彼らには少数の兵を預けて、敵の別動隊への対応を指示してある。
管理局の部隊の弱点として、魔導師ランクの保有制限から頭数が読めてしまう。
頭数が読めれば足止めに最低限の数を推測する事は容易となった。
騒ぎを起こす事自体が楽しいのか、通信先のカートの声は弾んでいた。
『カッカッ! 連中は右往左往してるぜ! このまま叩いちまうか?』
「時間稼ぎで十分だ。感染者という事を露呈しないように立ち回ってくれ。というか、マリーヤの方の判断に従ってくれれば十分だ」
『はいはい、狙撃で時間を稼いで、持たなくなったら戦力投入ね』
奇抜な現場対応ならカートがだいぶ上のように思えたが、常識的な判断という意味ではマリーヤの方が遥かに安定している。
この
「うーん、さすが二人の仕事ね~。通信魔法を片っ端から分断しちゃう発想はなかったけど」
一家の活躍に、ロロはうっとりしたように頬を撫でていた。
通信遮断の発案はブラウによるものだ。
別働隊による挟撃は強力だが、高度な連携が必要になる。
陸士第108部隊は熟練の部隊だけあって自信があったのだろうが、運が悪い事にブラウ達は最新の脅威である、
何も圧倒的な脅威で蹂躙するだけが、EC感染者の用途ではない。
むしろ、秘匿したまま水面下から魔法文明の産物を無力化する事で多大なアドバンテージを得る事ができる、というのがブラウの考えだった。
この手の実運用においては、ある意味でヴァンデイン・コーポレーションや不可触の脅威である
「これよりブラスリッターは陸士第108部隊、本隊を各個撃破する!」
ブラウは指揮官として宣言すると、前線に配置した魔導師たちを前進させた。
意趣返しの三次元挟撃。前方と側面のみならず建造物や飛行を活かした立体布陣から、多数の魔力砲撃が撃ち込まれ、陸士第108部隊の魔力をそぎ落としていく。
たちまち戦況は砲撃戦へと移行し、両軍に破壊力を秘めた魔力光が放たれクラナガンの夜景を切り裂いていた。
序盤は魔力が潤沢でバリアやシールドの応酬が見られるも、脱落者は簡単には出ない。
「さて、有利な形で戦端を開けたが……」
このまま勝てるほど甘くはないか、とブラウは内心で続けていた。
ブラスリッターにも不利な面がある。現在は合法的な警備会社の体で活動しているため、お得意の質力兵器は使用できない。また集結できていない人員を傭兵で補っているため、集団活動での練度で劣る。
そして、なにより懸念すべきは地の利だった。
「エルセアほどじゃねえが、クラナガンは局員の庭……市街戦はこちらの領分だ」
複雑な地形や多様な条件から、市街戦はセオリーがないと言われる。しかし、クラナガンは管理局員が少なからず訓練で滞在する都市だ。
いかに攻めて、守ればいいかは体が知悉している。
ゲンヤの熱の籠った呟きが届いたわけではないが、そこから放たれた繊細な部隊運用には十分にブラウに響くものがあった。
派手ではないが、緻密な戦力集中と連動の繰り返しだ。
「やるな。魔導師の質というより、集団としての練度が高いか」
部下の手前、褒められた事ではないがブラウは敵の手腕に感嘆していた。
才能や特別な訓練の類ではない。今、対峙しているのは長年培われた努力と実務経験だけが可能とする職人技だった。
戦術上での不利から、部隊長には倍近くの負荷が懸かっているはずだが、それでも集中力が乱れる気配がない。
三次元挟撃によって負担を最大化しているか、それだけでは切り崩せないかも知れない。
局所的ながらも、長年の習熟は最新の理論でも追いつけるとは限らないのだ。
もっとも手札はいくつか用意してあるが……
ブラウの思考が打開策に及びかけた、その時だった。
「空に……”道”!?」
眩い魔力がクラナガンのビル間を縫うように、帯を構築していた。
ウィングロード――一部の遺伝資質で発現するという先天固有魔法。
ローラーの走行音が軽快に風を切る。
ギンガ・ナカジマ准陸尉が長髪を靡かせ、少数の精鋭を率いて戦線を突破してきた。限定空戦という間隙を利用して、本陣に奇襲を仕掛けてきた形だ。
「魔法で経路を作ったのか。だが……!」
ブラウも本陣の守りを疎かにしていた訳ではない。
指示するまでもなく、黒い影が飛び出し、空を走るギンガを迎え撃っていた。
「
セーラー服が特徴的なグレンデル一家の切り込み隊長、クイン・ガーランド。
感染者の共通能力である分断を使い、ウィングロードを途中で断ち切っていた。
「せあああぁぁ!」
空中を走る道はすでに無い。しかし、ローラー走行による慣性まで消せる訳でもない。
局員の装備としては、かなり珍しいナックル型のデバイス――ブリッツキャリバーの腕部タービンが激しく回転し、強烈極まりない威力を一撃に乗せていた。
クインのディバイダーがそれを迎え撃ち、魔力光と火花が入り交じり散った。
魔法自体、感染者には相性が悪いが、そもそも物理的な凶器として機能するアームド・デバイスならば、かなり不利を軽減できた。
「眺めているのも飽きた! ここが出番でいいんだな!」
クインは叫びつつも、刀身を腕に走らせ自らの皮膚を割いた。
ノコギリ状の刀身に光刃が走り、セーラー服を元に鎧装に換装される。
「EC感染者……!」
エクリプスへの知識があったのだろう、ギンガは警戒を露わに対峙する。
エース同士の対峙を見て、ロロはブラウを肘で突いていた。
「感染者だって事、バレちゃったけど?」
「手は打ってある。使ってるのはレプリカ・ディバイダーだろ」
管理局からのより強硬な介入を招かないため、今回の戦闘は質量兵器も使用せず、EC感染者を戦力化している事も露呈しない事が理想だった。
ブラウは澄ました表情で、不完全な複製品を取り出した。
理想がどうあれ、持っている戦力を使用するなというも限界がある。そこで、あらかじめハーディス・ヴァンデインに働きかけて、外見だけの複製品を取り寄せた。
「混沌とした戦闘中だ。目撃情報ぐらいは後は誤魔化せる」
機能しない模倣品を牽制に使ったと主張し、切り抜ける。デバイスに記録される戦闘データも魔法を分断してしまう以上、曖昧にならざるを得ない。
全力を出せる条件を整えたら、後はクインに任せる。職分を尊重するというのも、指揮官の器量だ。ブラウは陸士第108部隊の奮闘をどう切り崩すかに思考を費やしていた。
「さて、本隊をどう叩く……押して不利なら釣ってみるか」
臨時の傭兵が混じっているため、複雑な作戦行動には限界がある。
そのうえでブラウは一つ方策を定めていた。
■ ■ ■ ■
夜風が吹きすさび、青い長髪を靡かせた。
ギンガ准陸尉にとって、交戦相手にEC感染者が居た事は予想外の出来事だ。しかし、彼らは増加の一途を続け、裏社会では相当な勢力となっている、と分析される。
最適の装備がない事は今さら言い訳にはならない。
『Master, suggest a blowout.』(マスター、一撃離脱を提案します)
「ええ、シューティングアーツの得意分野!」
デバイスの提案に同意。ローラーが加速し、道路との間で摩擦し火花を散らす。
一方、対峙する無表情の少女、クインも黙って待つほど甘くはなかった。
「――頸椎、胴部」
感染者特有の視界フィルター。各情報と共にギンガに照準が合わさり、不可視の粒子斬撃が放たれる。
だが、ギンガも無策ではない。攻撃動作から予期して、無規則走行による乱数回避。
ローラーが複雑な曲線を描いて蛇行する。
粒子斬撃が幾度も襲い掛かるが、それは全て道路を引き裂くだけに終わった。確率の問題でしかないが、見て回避が通用しない状況では有効だ。
「ちょこまかと……!」
「はああっ!」
苛立つクイン、さらにギンガはローラー走行の利点を活用してた。
つまり回避に使った加速を、そのまま攻撃に転用。
回転軌道からフック、と見せて外し、加速と体重を乗せたミドルキックが炸裂していた。
「こ、この……」
腹部に強烈な衝撃を受けて、クインは呻きを漏らしていた。
たとえ
なにより、局員としては珍しい格闘技術と戦闘経験が不足が重なった形だ。
EC感染者のアドバンテージを崩すほどではないが、劣勢は否めない。
「それなら、足場を崩す!」
劣勢を悟り、クインは標的を切り替えた。
ローラー走行に安定した足場は必須。連続して粒子攻撃を放ち、しかしそれはギンガを狙った訳ではなく、たちまち道路が裂かれて瓦礫の山へと変わっていく。
「地形破壊……!?」
ブリッツキャリバーが警告を発するが、対応の時間は与えれなかった。
急速にクインが間合いを詰めてきたのだ。
「――殺った!」
「させない!」
クインが振るう、ディバイダーVG4――グラディオンはノコギリ状の刀身上で激しく粒子が回転するモーターソー型の武装だ。
もちろん、見掛け倒しという訳ではない。
やむを得ず、足を止めての打ち合いにギンガは応じたが、その凶悪な刃は頑丈なナックルを急速に削り取っていた。
ただでさえ、EC感染者相手では有効な魔法は限定されるのだ。
ギンガは不利を悟りつつ、ガードは最低限に攻撃を捌きつつ逆転の芽を探る。
技術で劣る以上、埒が明かないと思ったか。クインは途中で、素早く飛び退いていた。
「これなら……どうだ!」
一瞬、貯めるような動作から粒子を収束させ、直後には大規模な粒子攻撃。
精緻な防御技術を無にするような、広域を薙ぎ払う一閃だ。
「今――! ウィングロード!」
咄嗟にギンガは跳躍し、その身を翻し上下を逆転させていた。
紙一重で粒子攻撃をやり過ごし、しかし単なる曲芸では留まらない。
分断対策で、空中に短く道を作りローラーで加速。
瞬時に間合いを詰めて、可能な限り魔力を乗せた高速の蹴打を直撃させていた。
「くぁっ……!?」
確かな手ごたえ。
見かけこそ華奢なクインの肢体が曲がり、吹き飛ばされて道路に叩きつけられた。
しかし、ECウィルスによって強化された肉体の耐久はこの程度ではない。
クインはふら付きながらも立ち上がり、その瞳から闘志は消えていなかった。
一方、ブリッツキャリバーはディバイダーとの打ち合いで無数の亀裂が入っている。
肉体とデバイスのダメージを交換したようなものだが、これは有利な交換だったのか。
『As expected, fighting against a divider is a disadvantage.』
(やはりディバイダー相手の打ち合いは不利ですね)
「ごめん。できる限り早く決めるから、持ちこたえて!」
×ギンガ陸曹→○ギンガ准陸尉
設定間違い。調べたら、ドラマCDで昇進していました。
sts本編が本編なので意外……!