集団に指示を行き渡らせるには、タイムラグは不可避だ。
祈るにせよ思考を反復するにせよ、過ごし方はそれぞれだが待つ時間は発生する。
あらかた仕込みの指揮を終えるとブラウは、クインとギンガの交戦映像を開いていた。
「あのエース、対ECの訓練を受けてるな。第六の特務課絡みか……?」
おそらく時空管理局が得ている感染者の知識に限りがあるのだろうが。
拙いものではあったが、専用装備なしに粒子攻撃に対応できている。
戦場の勢いを左右しかねないエース対決。
しかし、こちら側のクインは優勢とは到底いえない戦況のようだった。
栗毛を編み込んだ少女……といえる年齢か定かではないが、ロロ・アンディーブが表面は明るく、しかし選択を促すように訪ねてきた。
「で、どうする~? クインもあの子、本来の勢いがないみたいだし」
「変わらない。クインに任せる。それに……優れた指揮官はエースの戦果に頼らない」
勝てば良し、負けても格上を足止めしたのなら十分な戦果だ。
いずれにせよ、戦場を俯瞰して手を打つことを疎かにする理由はない。
現状、飛行と建造物を用いた三次元からの挟撃を受けてなお、陸士第108部隊は劣勢から始まった状況を巻き返しつつあった。
『敵部隊前線、崩れました!』
『こちらも同じく!』
「おしっ! あまり勇むなよ、慎重に押し上げていけ!」
戦術的な劣勢のなか、都市への知識と精緻な部隊運用で巻き返していく。
尋常ならざる神経を要した指揮だがゲンヤはやり遂げつつあった。
ゲンヤの元に吉報が届く中、ブラウの方にも劣勢の報告が届き、彼は小さく頷いた。
陸士第108部隊は優勢の中でも、前のめりにならずに秩序だって行動している。
当たり前の事だが完全に実践する事は簡単ではない。
「さすが、楽には嵌められないか。だが……」
地力で押された今こそ最大の契機でもある。
クラナガンは彼らのホームであるが故に管理局側が有利ではあったが本来、市街戦にセオリーなど存在しない。
一時であっても、敵部隊が展開していた場所は未知の領域である。相応の犠牲を払う事にはなったが、ブラウはこの一瞬だけ敵方にそれを意識から消す事に成功していた。
ブラウは暗号で指示を飛ばすと、デバイスによる広域サーチに巧妙に偽装を噛ませて配置していた罠を発動させていた。
各所に展開した戦闘地点において、設置型バインドが発動。
魔力の鎖によって陸士たちが拘束されていく。
もちろん魔力で優る以上、引きちぎる事は容易。さらに集団戦なら味方によるケアも入ってくる。個人戦ほどにはバインドは有用ではないのだ。
しかし、ブラウの仕掛けた罠は巧妙だった。
「カウントを取れ――今だ、バインドを重ねろ!」
タイムラグはゼロ。設置バインドの上から重ねるように、前線においてブラスリッター側の魔導師が拘束魔法を放ち、その束縛を強固なものとしていた。
二重三重と縛られては、さすがに魔力で上でも脱出は一瞬とは行かない。
質の不足は戦力の集中で補う。基礎を徹底した類の奇策ではあった。
ここで劣勢だったはずのブラスリッターが一気に攻勢へと転じていた。
「魔力砲、三連斉射!」
本来、防御に回していた魔導師も駆り出しての総攻撃。それぞれの魔力が眩く輝く。
クラナガンの夜を無数の光芒が貫き、無数の光点が弾け飛んでいた。
『ベータ小隊、壊滅しました。非殺傷の攻撃のため生命に別条はありません』
『ガンマ小隊、人員に欠損あり』
陸士第108部隊、指揮車両。
モニターの映像が乱れ、次々と各部隊から届く凶報は悲鳴じみていた。
壊滅の二字が脳裏に過り、ゲンヤは表情こそ変えないが冷や汗までは隠せなかった。
被害が拡大しているとはいっても、戦力の大半は未だ健在。
しかし、それ以上に敵方の集団としての機能を削ぎ落す手腕が巧妙だった。
このままでは戦力を抱えたまま、部隊としては瓦解しかねない。
「ちっ……まだだ。地力じゃ、こっちが優勢だ! 日頃の訓練を思い出せ! この程度の状況は想定して鍛えてきただろうが!」
ここで頭脳派の指揮官であれば撤退や仕切り直しを選んだかも知れない。
しかし、ゲンヤは局員たちの底力を信じる選択をしていた。
ひたすら檄を飛ばして崩壊を防ぎ、かろうじて集団の形を維持し続ける。
勝ち筋がない訳ではない。実力が上で、ここは敵地ですらないのだ。
むしろ、消耗戦でも足止めして応援を待っても十分に活路が開ける状況だった。
「だが、防衛線の再構築には時間が掛かる。ロロ、準備は?」
「万端! ロロさんの能力に掛かれば、どんな電気自動車も爆速~」
そしてブラウもまた戦術で上をいった所で、依然と戦力差がある事は悟っていた。
ここでグレンデル一家の運び屋、ロロ・アンディーブが運送用トラックのアクセルを全力で踏み込んでいた。
彼女がエクリプスにより発現した能力は電力発生、あるいはそれに伴う電化製品の超強化。
本来、導線が焼き切れる程の電力を叩き込んでもなお、その機能を拡大できる。
電動自動車のタイヤが吼えた。
市販のトラックにあるまじき回転力で道路を噛み締め、火花を散らしつつも暴走する。
その先には道路上の封鎖、すなわち陸士第108部隊の本陣が存在していた。
単純な質量と速度、そして都市開発級の発電力を伴う魔力は108部隊に危機感を抱かせるには十分なものだった。
いかに高速と言えども距離はある。
前線指揮官の一人が素早く事態を把握すると、即断していた。
「迎撃せよ! 集中砲火!」
陸士第108部隊、本陣から無数の魔法陣が展開され、一瞬だけ間を置いて多数の光芒が破壊力を秘めて運送用トラックに殺到していた。
陸の部隊は海のそれに比べて、平均ランクは大きく劣る。しかし、車両一つを粉々に粉砕する程度の破壊力はたやすく用意できた。
しかし。
「
本来、トラック程度は容易に粉砕できる魔力砲撃が悉く、霧散していた。
魔力の結合で成立する魔法現象は、結合の破壊によって消滅する。
ブラウとロロ、二人のEC感染者を積載したトラックは極めて強固な対魔法防御を有していた。陸士たちのいかなる魔法を暴走を止める事は叶わない。
純質量のバリケードとして展開した装甲車が、その行く手を遮るが……
「――シールド展開」
ブラウが
分断の対象を選び、一方的に魔法の行使を行う。あまり注視されていないが、これもEC感染者のアドバンテージの一つだった。
「うーん、ずる賢いわね。ヘッドより先に会ってたら惚れてたかも~?」
「もしもの話より、今の関係を大切にするんだな」
軽口を叩きつつもロロは激しくハンドルを回転させて、破壊を撒き散らすようにトラックの車体を振り回していた。
車輪が激しく回転。道路を抉り、火花の線を描く。
陸士第108部隊の本陣を蹂躙し、やがてトラックの車体がゲンヤ・ナカジマ三佐を擁する指揮官車両に激突し、横転させていた。
いわゆる旗艦のように装飾が為されている場合もあるが、第108部隊場合は大半の装甲車と変わらない地味な指揮の中枢だった。
それでもブラウはデバイスに情報を収集させ、通信量からそれが指揮官用と察していた。
「指揮官車両を破壊する。防御手段のない非魔導師は退避しろ!」
非武装なら殺害すべからず。ブラウは戦場のルールに基づき、警告を発していた。
もちろん、警告を無視するなら犠牲になる人物は存在しない、と見なすしかない。
この点、警告した事自体が信用となったか。
ゲンヤ・ナカジマは小意地な態度は取らずに、ゆっくりとではあったが横転した指揮官用車両のハッチを開いて、その身をさらけ出していた。
内部保護の類の魔法でもあったか、せいぜい打撲程度で済んでいるようだ。
指揮官同士の対面だった。
片や年若い秩序の破壊者、片や老練といってもよい秩序の守護者だ。
絶対的な対立軸にも関わらず、両者には不思議と憎悪の類は存在しなかった。
「……お前さんがルード・オルランドか。やっぱり若いな」
ゲンヤからの第一声には落ち着きと複雑な響きが存在していた。
一瞬だけブラウは好奇心を抱いたが、慇懃に一礼すると表情を消した。
「対面できて光栄です、ナカジマ三佐。税金で購入した物を壊すのは心が痛みますが……」
ブラウはタクト型のデバイスから魔力刃を伸ばすと、瞬時に刺突を放った。
衝突でダメージを負った指揮官車両が完全にとどめを刺され貫通、火を噴いて爆散する。
無数の金属片と巻き上がる煙を眺めて、ブラウはようやく勝利を確信していた。
陸士第108部隊は戦力の半数以上が健在だ。しかし、それも指揮があってこそ。通信手段と共に部隊の機能は完全に殺されたも同然だった。
しかし、その刹那――瞬く間すらもない僅かな時間に。
眩い一筋の閃光が雷のように夜闇を切り裂いていた。
「これは……?」
攻撃ですらない。空戦魔導師特有の魔力光を伴う高速飛行だった。
しかし、攻撃などよりも致命的なものを齎す閃光ではあった。
彼女の到来を悟り、ゲンヤは小さく感嘆の息を吐いていた。
「思ったより、早かったじゃねえか……フェイトお嬢ちゃん」
聖王のゆりかご事件の英雄、あるいは伝説という言葉が使われるかも知れない。
どこか儚げな美人だという俗的な評判もあれば、執務官として手腕も人格も備えており、難事件を解決に導いた功績も存在していた。
しかし、この状況下では彼女がオーバーSランクの魔導師、すなわち単騎で戦略を揺るがしかねない存在という事が重要だった。
ブラウは最悪の展開に、思わずうめき声を漏らした。
「フェイト・T・ハラオウン執務官です。武器を捨てて投降してください!」
輝くような長い髪が夜の風になびき、黒衣に白い外套がよく映えていた。
友軍には希望を、そして敵には等量の絶望をもたらすエース。
管理局、最速の魔導師の一角。フェイト・T・ハラオウンが愛用のデバイス、バルディッシュを構えてブラウの目前に立ち塞がっていた。
stsの配信を今見返すとやっぱり細部が色々と面白かったりしますね。
クロノたちの会話に内政干渉という単語が登場しているので、やっぱり管理局は司法や軍事を委託されているけど、たぶん行政にはあまり口出しできないんじゃないでしょうか。
(全力で悪用中)