管理局、最速の魔導師の一角。フェイト・T・ハラオウンが愛用のデバイス、バルディッシュを構えてブラウの目前に立ち塞がっていた。
「フェイト・T・ハラオウン執務官です。武器を捨てて投降してください!」
ブラウはこの時点で、戦力比が崩壊していた事を悟っていた。
特にオーバーSランクは次元が違う。範囲魔法の一発で空戦魔導師が一編隊、壊滅しかねないのだ。これは頭数や練度で戦力を量れない事を意味する。
唯一、隙があるとすれば彼女らは平時に強大な魔力を行使を許可されていない事だ。
リミッターと呼ばれる出力制限により魔力が抑えられている。とはいえ、魔力の運用や集束技術はそのまま、魔力もAAA程度は維持している可能性が高い。
この点を考慮しても、誰の目にも結論は明らかだった。
後方の運送用トラックから事態を察したのだろう。グレンデル一家の運び屋、ロロ・アンディーブは控えめにではあったが、すでに勝算がなくなった事に言及していた。
「うーん、戦力的にちょっと厳しいわね」
「ロロ、君は下がって撤収の連絡を回してくれ。俺が時間を稼ぐ」
「りょーかい!」
徹底抗戦などという無茶を振られなかった事に安堵したか、即座にロロはブラウを置いてトラックのハンドルを回して、撤退していく。
ここでブラウはフェイトがトラックを追う可能性も考えていたが、彼女は被害の拡大がなさそうな今、首謀者の身柄を抑える事を優先したようだ。
ブラウは常人から見れば、絶対と言っていいほどの戦力を秘めた女性と対峙していた。
「ナカジマ三佐にも伝えた通り、これは不当な――」
対話の姿勢があると見せかけて、ブラウは即座に袖から火薬瓶を取り出し、投じていた。
不意打ちではあったが、即座に宙に雷撃が迸り、瓶は粉々に砕かれた。
「もう一度、言います。武器を捨ててください。話し合う用意ならあります」
「さすが速い――悪いけど、一方的に武器を突き付ける事を話し合いの用意とは認められないな。返事はこうだ、話し合うというなら『そちらこそ剣を退け』」
ブラウが強硬に譲らず返せば、フェイトの瞳が一瞬だけ揺れた気がした。
いや、まさか応じる気か。どれだけお人好しだ。対応に困るぞ、と思うが。
わすかに面持ちを下げて、しかし断固とした口調でフェイトは拒絶していた。
「それは……応じられません」
「だろうね」
断絶、しかしこれも一種の共感ではあった。非武装だの対話だのは醜悪な実態を隠す方便にすぎない、というのがブラウの価値観だ。
武力による隷属なしに法秩序は成立しない。その悪性を知らない者はどれだけ善良でも怪物となってしまう。その点、公開されている経歴から見ても彼女は違うようだ。
ここで停滞と沈黙が訪れた。
主導権のあるフェイトは武装を構えつつも、強硬手段以外の道を模索しているようにも見えたし、ブラウの方はもっと単純だ。
戦力で劣るし、あらゆる小細工が通用しそうにない。
しかし、時間経過はブラウも不利なばかりではない。
隙を見せない程度に、ブラウがちらりと後方に目線をやれば、ロロが親指を立ててきた。
撤収は上手くいきそうなのだろう。
ここでブラウは戦闘前、グレンデル一家との打ち合わせを思い起こしていた。
「まず、この戦闘の前提として敗北条件は特にないという事だ」
「は? とっ捕まれば負けだろが」
柄の悪いバンダナの男、カート・グレンデルは半眼になってブラウを睨んだ。
やる気あるのか、てめぇとなるは仕方ない事なのだろう。ブラウが説明を続ける。
「戦略目標は計画進捗を誤魔化すための偽装だ。過度に立場を悪くする必要はない。もし、追い詰められたのなら投降して構わない」
どう転んでも後の事は考えてある。
しばらく拘置所にでも入って、満足させてやるさ。そう気楽に纏めたが、負けは負けという事でストリート出身のカート・グレンデルはあまり歓迎しない表情だった。
もちろん、やるからには負ける気はなかった。事実、陸士第108部隊の指揮系統を破壊するまでには至っていた。
そして、事態はたった一人の魔導師によって覆り、状況は敗北時のプランまでに追い込まれようとしていた。
「やっぱり……ルード・オルランドは偽名で、あなたがブラウ・クラレンスですね」
長く対峙しすぎていたか。ブラウの顔立ちを眺めて、フェイト・T・ハラオウンはそう切り出していた。
執務官は注視すべき広域次元犯罪者のリストを記憶している。
ブラウもその一人という訳だろう。
とりわけ過去のクラナガン潜伏時の事件は時空管理局の面子を強く傷つけていた。
「あなたには大規模テロ未遂と質量兵器規制法違反の疑いがあります」
「法廷で通ると思うのならご随意に」
フェイトの疑義は大して意味があるとは思えなかった。ブラウは肩を竦めて応じる。
『ルード・オルランド』はヴァンデインの伝手で第16管理世界リベルタに発行させた正規の身分だ。ブラウはこういった身分を七つは保有している。
入管に利用した正規の身分なだけに、別の身分を使っていた時の罪を問う事は難しい。
しかし、どうやらフェイトの意図は法的なものでは無かったらしい。
「それと、これは私事だけど……」
目を伏しつつ、口調を柔らかなものに替えて。
躊躇いつつではあったが、フェイトは致命的な一言を投げ掛けていた。
「ヴィヴィオやトーマもあなたに会いたがっている」
「――――…………」
■ ■ ■ ■
実の所、ミッドチルダ行政や時空管理局内部にもブラウたち、ブラスリッターの協力者というものは存在する。でなければ、少々の脅迫や情報操作といった程度の活動で政治において有効な活動とはならないだろう。
つまり、それはよほどの口実を用意しなければ、ブラウ達を拘束した所で管理局自体に圧力がかかり、さほど長くは拘束しておけない。
敗北し拘束されても致命的はでないとは、そういう事だ。
「ヴィヴィオやトーマもあなたに会いたがっている」
「――――…………」
きっと、予想外の言葉だったのだろうとフェイトは察した
過去のクラナガン潜伏時、彼にも交友関係が存在していた。無限書庫を訪れた学生という身分で、フェイト自身が後見人を務める高町ヴィヴィオは友人の一人だった。
ブラウ・クラレンスの冷静で慇懃な態度に狂いが生じていた。
目を見開いて硬直すると、恥じるように首を振って表情を隠していた。
「そうか、ハラオウン執務官。本気で気遣ってくれる事はわかる。悪いけど……」
戦場における空気の質が、変わった。
「負けてやる気がなくなったよ」
発せられたのは殺意、虎の尾を踏んだとフェイトは察していた。
しかし、必要な事だとも思う。ブラウと呼ばれる少年の人物像は、当人が巧みに一線を引いていて輪郭が掴みにくい。ここで初めて本性に触れた、という手応えを感じていた。
「……兵は神速を貴ぶ」
ブラウは軽く
そして、軽く地を蹴ると高速飛行に移行する。
「神速果敢――ヘイズフリッカー」
あえて魔力刃の制御を半ば手放した流動する斬撃。
先手を譲る形で、フェイトは
たしかに的確に受け辛い近接魔法、しかしブラウの魔力量では無謀が過ぎる。
夜の風を引き裂くように、金色と白の刃が交錯し――金色の魔力が散る。
「……っ!?」
絶大な魔力差にも関わらず、フェイトは打ち負けていた。
戦斧が弾かれ、空戦の姿勢が崩される。
ブラウは重ねて二撃、三撃と刃を見舞っていたがフェイトは高速軌道で悉くを回避する。
明確に違和感を覚えたのだ。危険性を把握できるまで打ち合いは避けたい。
速度に任せて
「データによれば、ブラウには魔力資質がない……そのはずだけど」
『Affirmative.The numbers show that too.』
(はい、数値もそれを示しています)
技術の進歩は凄まじく、そして手にした者に平等だ。
とはいえ、その上限にはかなりの制約があるはずだった。
ブラウが行使する近接魔法の威力は、その限界を遥かに上回る。
もちろん実際の所、手品には種がある。ブラウは流動化した魔力刃に、EC感染者特有の粒子攻撃を重ねて偽装していた。
すでにフェイトはEC感染者の情報を得ていたが、それでも魔法を交えた実践的なトリックを初見で見抜けるほどではなかった。
とはいえ、打ち合いを避けるだけでは相手の拘束はできない。
「バルディッシュ、ザンバーフォーム!」
『Yes sir』
斧状の通常フォームから、巨大な魔力の大剣へとデバイスがその姿を変えた。
最大出力、威力上の本気ともいえるデバイスの形態だった。
打ち負けるというのなら、さらなる火力で押し切る。
直後、瞬時にフェイトは残像を残して敵の視界から姿を消していた。
「――!」
魔力が衝突し、衝撃が迸った。
側面からの斬撃をブラウは即座に予測し、同じく魔力刃で打ち返していた。
状況は様子見から一変し、たちまち壮絶な打ち合いが始まっていた。
縦横無尽の高速軌道でフェイトは雷の大剣を打ち込み、ブラウは最大効率で捌き、時にはフェイントを交えて刃とシールドの突破を計る。
幾度と魔力と衝撃と撒き散らしながら、刃を重ねてフェイトは呟いていた。
「速い、ですね」
「どこが。速さならそちらの領分だ」
ブラウは理不尽と受け取ったようだが、フェイトの言葉に嘘はなかった。
こちらが純速度であるなら、ブラウのそれは先読みと思考速度だ。
純粋な速度では遥かに優っているにも関わらず反応されてしまうし、要所の位置取りでは追いつかれてしまう。
互いに弾き合う形で鍔迫り合いは終わり、航空剣技の応酬が再開された。
主導権自体は速度で圧倒的に上回るフェイトが握っている。
幾度と角度を変え、強烈な斬撃が閃光となってブラウに襲い掛かる。
その大半をブラウは防ぐだけで精一杯だったが、一方でフェイトも容易に崩せない。
何度目かの斬撃を、ブラウは
刹那の判断。
間にシールドを挟み、フェイトの
「……!?」
大剣の間合いの内側、加速状態からブラウが魔力刃を一閃させる。
咄嗟にフェイトは魔法陣、シールドを展開。魔力が激突し、激しく明滅した。
「さすがに、決めさせてはくれないか……!」
魔力には圧倒的な差がある。さすがに攻め切る事もできず、ブラウは弾かれた。
しかし、ここで均衡が崩れ、攻め手が入れ替わっていた。
有利な間合いをブラウは外させない。移動速度にこそ開きはあったが、大剣形態の使用に追い込まれた事で攻撃速度ではフェイトが劣る。
魔力の刃が次々と複雑な弧線を描き、フェイトの防護を削り落としていく。
しかも、優位点はそれだけではない。
(加速の起点が潰されてる……!)
フェイトが高速移動で仕切り直そうとする度、大剣やシールドによる防御に追い込み、時には巧みに位置を入れ替えて、ブラウはそれを潰してくる。
得意の一撃離脱が潰され、相対的に不利な近接の切り合いに持ち込まれていた。
魔力に開きがあっても不利な交戦を続ければ、じわじわとその差は埋まっていく。
しかし、フェイトにも高速戦以外の手札がない訳ではなかった。
何度目かの打ち合いで互いが弾かれ、しかしブラウは強引に距離を詰めてくる。
「今……!」
フェイトは一度、刃を引くと軽やかに身を一転させた。
魔力の煌めきが散り、最小の円軌道で超近接からブラウの魔力刃を弾く。
ほぼ同時、環状の魔法陣が足元からフェイトの前方へと瞬時に複数展開されていた。
機構音と共に、バルディッシュからカードリッジが排出される。
「!?」
「雷光一閃――プラズマスマッシャー!」
その刹那だけ、閃光がクラナガンの夜景を照らし出した。
雷光を伴う砲撃魔法が激しく吼え、ブラウを含む射線上を薙ぎ払う。
熱、放電、拡散魔力……少なくない余波を残しつつも。
フェイトは会心の一撃だったという感触を得ていた。しかし、デバイスの分析は直感通りの結果を返さなかった。
『No direct hit.』(直撃していません)
「あのタイミングから……」
近接戦で足を止めてからの近距離砲撃。
今の流れは砲撃の専門家である、なのは相手にも五分が取れる自負がある。
だが、実際に砲撃魔法の影響が消えて、視界が開ければまだブラウは飛行状態のまま、戦闘態勢を取っていた。ダメージも大きくない。
未だに雷撃の影響が点々と大気上に表れているが、フェイトは異常を察した。
「放電が彼を避けてる……バルディッシュ、分析できる?」
『Magnetic control observed.』(磁力制御を観測しました)
意外な分析結果に、フェイトは困惑気味に眉を潜めた。
理論上ではミッドチルダ式ではさほど難しくないが希少な魔法だ。
というのも、力学的な加速に比べて用途に乏しく、習得機会もさほど無いからだ。
しかし、雷撃を歪曲にするほどに磨き上げたなら、あるいは魔力差を無視した現象による防御手段として活用できるのかも知れない。
特に電気の変換資質持ちにとっては天敵かも知れない。フェイトは予感したが。
『But it seems to be over.』(しかし、決着のようです)
短時間とはいえ、圧倒的な格上相手に魔法戦を演じて代償がないはずも無かった。
ダメージが蓄積し、大規模な磁力操作で限界を迎えたのだろう。
ブラウのデバイス、
ブラウは破損したデバイスに視線を向けたが、その表情は読めない。
ひとまず武装解除には成功した形だ。なによりフェイトは相手を傷つけずに済んだ事を、内心で安堵しつつ執務官としての態度は崩さなかった。
「これ以上の抵抗は無意味です。投降してください。法に則った待遇も保証します」
「……」
フェイトが再び、降伏を勧告するがブラウの反応は遅かった。
しばし遅れてブラウは正面からフェイトの視線を受け止めると、自嘲気味に破損したデバイスを一転させた。
「お前たちは、魔導師は正しく世界から愛されている。技術が発達しても、世界を殺す毒を呑んだとしても、そうでない人間は所詮この程度だ。それでも……」
ブラウは無造作に破損デバイスにコマンドを打ち込む。強制的な
激しく明滅し不完全ながらも、白い魔力刃もまた再構成される。
「言ったはずだ。負けてやる気はない」
「……分かりました。それなら、こちらも全力で応えます」
ただならぬ執念を感じて。フェイトもまた覚悟を決めた。
いかなる時も相手を傷つけずに、最小の被害で制圧するのが魔導師の理想だ。
しかし、それが全てではない。少なくとも、フェイトの知る魔導師たちは時に傷つけ合う事を選んで、それでも自分達だけの答えを探していた。
ここまで来れば、決着は
苦戦に対応する形で
二度も後手に回る気はない。高速戦の本領、ただ相手よりも一瞬だけ速く、閃光の刃を叩き込む。ただ、それだけを期して――金色の閃光が夜空に瞬いた。
ブラウもまた、破損デバイスに許された最後の一撃、全てをカウンターに賭ける。
金色と白が激突しようとした瞬間――
「はい、両者ともそこまで。これ以上の戦闘行為は認められないわ」
無数の黒いバインドが二人の中間に割って入り、彼らを動きを中断させた。
フェイトもまた離脱し、乱入者の容姿を確認する。
面識はない。ミッドチルダにはあまり居ないタイプの艶やかな女性だ。
黒髪で、一般局員とは異なるタイプの女性用スーツを着こなしている。
ただ、掲げた身分証には時空管理局、本局査察部の文字列が記されていた。