激突寸前に、一触即発の事態は本局査察部からの介入を受けていた。
フェイトとブラウは戦闘の手を止め、乱入者である女性に目を向ける。黒髪で、地味な印象はなく、どこか妖艶さを湛えた女性だった。
フェイトは記憶の糸を手繰った。管理局の複雑な人事を全て記憶している訳でもないが、彼女については記憶にかすめる物があったのだ。
「貴女は、たしか古代遺物学会の……」
「エリクシル査察官です。ハラオウン執務官、このような形での対面は残念ですが、お目に掛かれたことを嬉しく思いますわ」
時空管理局は巨大な単一の組織が、多数の管理世界を統治しているイメージを持たれがちだ。
それは間違っているとはいえないが、あくまで多数の次元世界や各組織の監督に基づくといった側面が存在している。
その典型が本局査察部、人員は少なからず他の組織からの出向で構成されており、例えば八神はやてと縁深いヴェロッサ・アコースは聖王教会の立場から査察を行う、といった役割を求められている。彼個人の場合、あまり積極的ではないのだが。
エリクシル査察官の場合は古代遺物学会。いわば、管理局による遺物回収が適切であるかどうか、学術的な視線も絡めつつ規定と照らし合わせる役割だ。
こちらも古代遺物管理部に属していた機動六課時代には縁はあった。
もっとも六課の担当であるレリックは古代遺物である事に疑いの余地はなく、この面からの査察を気に掛ける必要はあまり無かったのだが。
「失礼ですが、この案件は貴女の専門外となるのでは」
「ええ。一応、ECの事件に関しては古代遺物が絡みますが、今回については出向元ではなく本局の意向が強いものとなっています」
フェイトは眉を潜めた。執務官としては喜ばしくない横槍だ。
いかなる意図が働き、今回の介入に至ったかエリクシル査察官は端的に述べていた。
「ECは特務課の担当となる重要案件であり、新装備も必須。規制緩和の過程でいかなる強制介入や内政干渉を疑われる余地があってはならない、と」
「それが局の弱みになると、付け込む形で彼らが動いている事を否定できません」
「ええ、ハラオウン執務官。承知しておりますとも。しかし、わたくしも議論をしに来た訳ではないのです。両者ともに私共の仲裁を受け入れていただければと」
つまり本局の意向としては事情を問わず矛を収めろ、という事だ。
実態はどうあれ穏便な提案だ。組織人としては武力行使を命令される以上に逆らい難い。
「……仲裁の条件は?」
少なからず感情的になっていたブラウだったが、フェイトたちのやり取りの間に頭が冷えたか、表情を消して尋ねかけていた。
彼はフェイトと違って局の意向に従うにも、それは条件次第という訳だ。
「執務官は逮捕、またあらゆる拘束を手段として放棄する。そして、あなた達、警備会社オルクス・サービスは……」
待ち受けていた質問だったのだろう。
エリクシル査察官は微笑み、独唱するような響きで仲裁条件を語りだしていた。
「現行の攻撃的な活動を縮小。また、管理局による監視も受け入れてもらいます。合法的な業務というのなら問題はないでしょう?」
この条件をブラウは澄ました表情で流していた。
だが、痛み分けだとフェイトは推測した。たしかに犯罪者を拘束し、状況を正すという意味では譲る事となった。しかし、活動の阻止は成功。
しかも再発を防ぐために監視まで付けられるのなら、やや有利な条件か。
「なるほど。ハラオウン執務官が条件を呑むなら、こちらとしては監視を受け入れたうえで現行のチームを解散してもいい。そちらの返答は?」
それでもブラウは即答し、逆にフェイトは判断を迫られていた。
本当にこの条件の仲裁で正解か。何か見落としがあるのか、それともブラウ側はこの条件下でも有効な二の矢でも持っているのか。
どうにか思考を纏めると、絞り出すようにフェイトは質問を発していた。
「……仲裁が有効となる期間は?」
「次のミッドチルダ上院、本会議まで。もちろん他の捜査を制限するものでもありません。本件はあくまで、この諍いがミッドチルダ行政法の改正に波及するのを防ぐためのものですので」
つまり捜査の結果、他の余罪が見つかり、それが内政干渉として見なされない論理を用意できれば依然とブラウの逮捕は可能ではあった。
やはり不利な条件ではない。全ては順当、なのだろう。
それだけに仲裁に応じなければ査察はあらゆる手段で妨害を試みるだろう。
その点では両名とも詰みに近かった。
「分かりました。こちらも仲裁に同意します」
フェイトも首肯して査察による仲裁を受け入れた。
ブラウはこの結果を冷静に受け止め、エリクシル査察官も思い通りに事が運び微笑んだが、彼らにとってそこからのフェイトの提案は予想外のものだった。
「それならブラウ、いえルード・オルランドさん。合意が成立した事ですし、任意の同行にお付き合い願えませんか?」
そう、拘束はできないが任意の聴取は話が別という訳だった。
激しくやり合ったとはいえ、相手はまだ十代半ばの少年だ。
フェイトにとって敵意を解いて微笑む事はそれほど難しい事ではなかった。
こればかりは本気で予想外だったらしく、ブラウは素で瞬きしていた。
「……? 応じる理由がない」
「本当にそうかな?」
例えばなのはや、はやてなら。きっと説得なんて無駄な試みはしないだろう。
もしかしたら少し笑うかも知れない。それでもきっと、揃って思うようにやってみるように送り出してくれるのだ。
「たしかにあなたの事は分からないけれど。でも、あなたが友達の名前を出された事を本気で怒れる人なら、背を向けてはいけないものがあると思う」
彼の複雑な一面を呼び起こすように、フェイトは語りかけていた。
単純に犯罪者としてのプロファイリングでいえば、ブラウの性質は冷静さと大胆さの双方を兼ねた遂行者だ。その力量に限界はあっても隙は無い。
しかし、それでもあるのだ。極めて個人的で、感情的な一面が。
明らかに踏み込んだ一言に、仲裁を買って出たエリクシル査察官は整った眉を潜めた。
「ハラオウン執務官、挑発するような発言は……」
「いや、構わない」
静止を振り払うように、ブラウは前に出て真っ向からフェイトと対峙していた。
あるいは各々の役割を取り除いた、個人としての初めての対峙だったかも知れない。
「なんと言えばいいかな……ハラオウン執務官、あなたは誰かと助け合って生きてきた人で、それを一番大切な事だと思っている。それが悪いとも思わないけれど」
ブラウは言い淀みつつも続けた。その様はやはり年相応に見えた。
相手を否定したくはないが、かといって賛同もできない、そういう物言いだ。
「そういった関係性とは別に、自分の全てを賭して何かを成し遂げたい人間もいるというだけの話だ。正しいか間違っているか、人を救うか傷つけるか。そんな事とは無関係に、本物の願いを抱いた人間が」
モラルを越えた先にある、本物の願い。
理解できない訳ではなかった。そういう願いを抱いた母を少なくない時間、見てきた。そしてフェイト自身もそういう母を振り向かせないと願ってきた。
それに対して、フェイトの態度は奇しくもブラウのそれと重なった。
否定してはいけない。でも、このままで良い未来に繋がるとも思えない。
「それは……一度、立ち止まるべきだと思う。他の誰よりも、あなた自身の為に」
「かも知れないな。だが、それを選ばなかった。それだけの話だ」
結論付けるようにブラウは言った。
平行線だ。互いに真っすぐだからこそ、決して交わらない。
「では、事後処理もあるのでこの辺りで失礼する。局の監視というのはエリクシル査察官、あなた自身で行うのか?」
「ええ、本来は適切な人員が充てられるのでしょうが、それが決まるまで野放しという訳にもいかないでしょう? それに陸士第108部隊の事後処理にも執務官の助けは必要でしょうから」