「無傷か……単純な攻撃ならそうだろうな」
第一波の砲火を終えて、管理局側は隊列を乱しすらしない。
だが、まだブラウが思い描いた絵図の範疇を出ない。
(魔導師の集団戦は撃墜合戦じゃない。その本質はリソースの削り合い)
弾幕を掻い潜り、シールドを突破し、BJを始めとする常時性のフィールドを貫き、敵を見事に撃墜する……魔法戦の華だがよほどの手札がなければ、そうそう実現しない。
むしろ、泥臭い削り合いをいかに効率的に行うか。
それが戦術家の技術だ、というのがブラウの持論だった。
特に制空権の維持はコストが高く管理局――というより、体制側の勢力の多くは過剰リソースの投与でそれを成立させている面があるのだ。
「建造物を盾に! あいつらは都市ごと解体する能力は持っていても、実行する権限までは持っていない。相手の制限を利用しろ、全力出させるな!」
時空管理局に確立された戦術があるなら、不正規軍にも不正規軍のセオリーがある。
特に空戦魔導師に建造物の盾は有効なのだ。
「配備は進んでいるな!? 対魔導師用、多属性攻撃パターンAを用意――撃て!」
正面は質量砲弾に任せ、熱光線と雷撃が大気を焼きつつ介入部隊へと襲い掛かる。
しかし、その悉くがシールドで止められ、無傷の域を出ない。
「さて――」
ブラウは
大層な魔法を行使する素養などないが、暗号通信さえ行えれば十分だ。
攻撃指示――職人芸といえるレベルのさりげなさで、散発的だった多属性攻撃が複数の集中点を作っていく。さらに攻撃魔法の軌道を歪曲させて、敵部隊全体のシールド発動数も増加させた。
管理局側が危機感を抱かない、ぎりぎりのラインを見極め、タクトを持つ手を止める。
「攻撃パターンは維持、防御方針も維持しつつ、ガジェット・ドローンを召喚せよ」
指示に応じた魔導師達によってシンプルな形状の機体が次々と召喚され、やがてこちらの部隊の隙を埋めるように、対魔導フィールドを展開する。
管理局側の警戒が強まる……とブラウは読んでいた。ただし、ドローンへのだ。
対衝撃、対熱、対電、多面対応……極めて巧妙に、凡庸な攻撃から消耗を誘うように移行された攻撃パターンは、並では見破る事すらできない。
(さて、これで時間を稼げれば、相手の戦力を削れるはずだけど)
まるで、薄めた毒のように。
消費魔力の加速が管理局の介入部隊を侵しつつあった。
一方、ブラウの誤算だったのは、一般的な指揮官よりも一歩引いて俯瞰的な立場を持つ存在だった。つまりは戦技教導官、高町なのは一等空尉。
彼女はまず、敵集団がこちらの権限を把握している事を理解した。
(上手くこちらの弱みを突いてくるね。それに、この多属性攻撃は……)
ブラウのそれは巧妙に指揮者を騙す手管だが、なのははその指揮者を教導する、つまりは客観的に状況を把握しやすい立場にあった。
「部隊の魔力消費状況は?」
「開戦直後ですから、まだまだ潤沢……いえ、潤沢ではありますが、消耗速度が想定以上ですね」
航空戦技には連携や集団戦も含まれる。ゆえに部隊単位の教導という職務も成り立つが、その専門的な指揮や戦術への理解には限界があった。
敵の思惑全ては読めない。しかし、警戒すべき点は的確に抑えている。
「それだと、このまま切り崩せないと拙い事になるかも知れないね」
「かも知れません。が、それは向こうも同じ。むしろ魔力量でこちらが有利なのでは?」
「うん……これは経験則だけど、小さなものでも時間と隙は与えてはいけないと思う。負けるとは思わないけど、取りこぼしが起きるから」
なのはに過ったのは漠然とした、嫌な予感だった。
近いのが、友人でもあり上司でもある八神はやて二佐との部隊単位の模擬戦。才能があり努力も経た指揮官と対峙した、独特の怖さだ。
どこまで伝わったかは分からないが、三尉は頷いて同意を示した。
「分かりました。ですが、いざ切り崩すとなると簡単ではありませんね」
「大丈夫。機動に長けた人達を先攻させて敵主力を攻撃する――もちろん危険な役目だけど、センターガードには私が出ます」
風が変わった……いや、変わったと感じさせる何かがあった。
三尉も付近を飛行する局員たちも、肌で実感していた。
華麗かつ優秀、そして時に理屈を超えて勝利を確信させる存在。
そういった魔導師を”エース”と呼ぶのだと。
「貴女ほどの名手なら、部下達も安心して背中を任せられますよ」
三尉は心からの経緯を込めて、管理局の白きエースを送り出していた。
■ ■ ■ ■
管理局側の介入部隊は、機動力の高い機動班を結成。
その意図は正面突破。
シンプルゆえに地上のブラウが把握することは難しくもない。
(来た……!)
このまま有利な消耗戦を展開するのがプランAなら、管理局が短期決戦を断行した場合の各個撃破がプランB。指揮者として、流れは読めている。
機動班の数名はエース級ではないにせよ速い、しかし突出した分はブラウ達、ブラスリッターによる多属性攻撃の集中に晒される。
魔力に勝っても、空戦ゆえに全方位から攻撃を受けては限界がある。
しかし、そこで無数の魔力弾と砲撃が弾幕を形成――
多属性攻撃を迎撃していた。
機動班の背後には、多数の砲撃補助ビットを引き連れた女性魔導師が足元に魔法陣を構えて、援護射撃を行ったのだ。
このままでは機動班に無傷のまま近接戦に持ち込まれ、こちらの陣形が破壊される。
(管理局お得意のセンターガードとアタッカーの組み合わせか。だが、それは通さない!)
教導の題材にも使えそうな、優れた手並みだったが実戦では必ずしも正解ではない。
すでに対応は用意してある。ブラウはそれを起動するだけだ。
「敵を巻き込み、結界魔法を展開! 突出した敵前衛を孤立させろ!」
複数人による結界魔法、それも防御ではなく分断を意図した行使だ。
廃棄都市、各ポイントに配置していたブラスリッター側の結界魔術師が複数、デバイスの杖を構えて構築済みの術式を一斉に展開していた。
「なっ……!?」
「これは……」
半球状の光の壁が形成され、機動班は完全に孤立する。いかにランクで上回っていようとも、時間と頭数を使った結界は短時間では破れない。
これではセンターガードを中心とした連携は成立しない。
出力は戦術で補える。
それを実践するのが、ブラウの卓越した手並みだった。
「孤立した局員にバインドを!」
もちろん、奇策による優位性は何重にも活かせる。たとえば、結界で機動方向が限定された空戦魔導師は容易に動きを読むことができる。
指揮棒型デバイスを通して、ブラウはさりげなく指示を出していた。
多数の魔力砲撃が迸り――そして機動班が回避に頼ったその先には設置型の多重バインド。速度自慢の魔導師たちは次々と動きを封じられていく。
(ひとまず、初手は勝ちか)
まだ出鼻を挫いただけ、そこから戦術的な勝利に繋げなければならない。
そう思考しようとした矢先に、空気が一変した。
センターガードを勤めていた女性魔術師が髪を風で靡かせつつも、杖を構えていた。
斜線を補強するように幾重にも環状魔法陣が展開される。
(高威力の魔力砲撃……! だが)
複数人で構築した結界は容易には破れない。
それはブラウの見解であり、常識でもあった。
しかし――
『Divine buster, extension』
「ディバイン――バスターッ!」
杖デバイスが二つカードリッジを吐き出した所で、収束した魔力は一閃の砲撃となって解き放たれていた。
そして、次の瞬間。
結界は一条の閃光に貫かれ、一瞬遅れて悲鳴を上げるように震えて、亀裂が広がっていく。
(貫通した……!?)
僅か数秒で大規模結界は粉々に砕け散っていた。