計画は着々と進んでいるようだった。ようだった、というのは徹底した秘密主義やその規模から当事者ですら全貌を把握する事は困難だったからだ。
ミッドチルダ上院、本会議が開かれる当日に向けて各議員たちへの工作は当初の予定数に達し、次元世界を根本から覆す大事業は計画参加者の一人、アレス・デューラー議員の領分に移っていた。
無論、ブラウ・クラレンスの仕事もここで終わりではない。
むしろ計画実行直後に前線指揮官として最大の難所を迎える事になる。
暫定的な監視者の立場に収まったエリクシル査察官は、ヴァンデインが用意した宿舎で客人面しつつも寛いでいた。
顔だけは良いだけに図々しい態度も絵になってしまう。
彼女もまたブラウ達と同じく、計画参加者の一人だ。現状は査察の立場を利用して、管理局の動きを牽制する事が役割となる。もっとも本来の専門分野は古代遺物だが。
彼女は紅茶に一口付けると、安っぽい味に渋面を作ってから尋ねかけた。
「それで、今回の件での管理局の戦力評価はどうだったのかしら」
「どうとは?」
「例えばブラウ、あなたが単騎でオーバーSランクに対応できるか、というのは」
実に魔導師的な発想だった。
集団戦闘を軽視するわけでもないが、最終的には個体戦力こそが勝敗を決する鍵であるというのは。オーバーSランクとなれば、さほど間違った話でもないが。
しかし今回は話が別だ。ブラウは明確に切って捨てた。
「無意味だ。次の衝突は部隊戦闘の次元じゃない。俺ごときの個人戦力で結果が左右される事はないよ。そもそも、そんな暇はないんじゃないか」
「そうね。じゃあ質問を変えましょう。近いうちに起こるミッドチルダ
実際には大小の衝突はあるだろうが、次に大局を決する戦闘の規模。
ブラウやエリクシルだけでなく、計画参加者の見解は概ね一致していた。
管理世界では見られなくなった大規模艦隊戦。もちろん、凄惨な古代ベルカ末期に比べれば花火のようなものだが、それでも魔導師の部隊戦とは比較にならない。
「不確定要素が多いな。特に追い込まれた管理局がどれだけ禁を破るかに左右される。それを踏まえて、予想するなら……」
率直な質問に、ブラウは若干の思考を要した。だが、これだけの計略を張り巡らせても依然と不確定要素は多く、時空管理局の規模は桁が違っていた。
結局の所、ある一線を越えれば知恵にも思考にも限界はあるのだ。
それでもブラウは断言していた。
「俺が勝つだろう」
「不確定といいつつ言い切るのね」
「まず戦略が酷いからな。たった一戦だけで趨勢が決まり、膨大な戦略は勝つためではなく一戦を成立させるために費やされている。これじゃ直接、指図する奴が断定ぐらいはしてやらないと、命を張る連中は何を信じていいか分からないだろう」
弱小勢力が末期に陥りがちな決戦思想というやつだ、とブラウは思う。
奇跡的な一勝が全てを覆す事を、予想ではなく期待に基づき万事が進めらている。
「あら、『連盟』への批判かしら?」
「ただの事実だろう。全ての前提が不利な決戦に勝つ事から始まるなんて戦略構想とはいえない。狂ったギャンブルだ」
見方によっては鋭いエリクシルの指摘にも、ブラウは遠慮を見せなかった。
おそらくは時空管理局が分析しているような、真っ当な構想によって管理局システムに大打撃を与えるような……これはそういった真っ当な計画ではない。
ある意味、典型的な戦争だ。それも狂った前提、狂った思考を膨大な資産と技術、そして人命を投与して推し進めるような。
それを直接的に預けられる立場としては文句の十や二十は言いたくなるのだ。
「それも必要な事、いえ歴史の必然よ。救世主として崇められる、かつての聖王にも何の保証もなかったのだから」
エリクシルの返答には宗教的な響きが存在していた。
多くの次元世界を巻き込み行われた、古代ベルカ戦争。それを超規模の遺物、聖王のゆりかごと共に終結させた聖王オリヴィエは救世主として崇められている。
だが、いかに聖王のゆりかごが強大といえども、混迷とした戦乱における諸王の古代兵器や禁忌兵器を制圧できるか。できるとして、先に命が燃え尽きないか。
結果のみが語られ、そこに何の保証も無かった事は黙され語られない。
「冗談じゃない。結局、聖王は死んでいるんだぞ」
心底、嫌悪の混じった表情でブラウは吐き捨てていた。
エリクシルは現在進行形の万事を、後世から見た歴史と捉える悪癖がある。当事者から見れば未来のため生贄になれ、と言われている事を理解できないか、意にも介しない。
ブラウは計画の実行者として『連盟』の席を置いてはいるが、その地位は決して高くない。
勝ったとしても、その結末が英雄か体の良い生贄か。それは紙一重だった。
「少しでも保証を増やすため、当事者として最善を尽くさせてもらうさ」
ある意味では宣戦布告を行い、ブラウは部屋を立ち去る。
同じ計画参加者でエリクシルには後の役割がある。だからこそ時間も取るが、こんな益体の無い話よりもやるべき事はいくらでもあるのだ。
その去り際にエリクシルはどこか冷たい微笑みは消して。
遠い先を眺めるような目つきで、相手には聞こえないよう小さく囁いていた。
「ブラウ・クラレンス。私たちは期待しているのよ。あなたが予想している以上に。管理局システムの破壊の遥か先――この世界の天蓋を墜とす事ができるのか」
原作キャラが居ない回は避けたいのですが、字数調整が上手くいかなかったやつ。