管理局と一悶着あった後ではあったが、廃棄都市区画での訓練申請はあっさり降りた。
その一因としては、聖王教会のそれが代表するように、管理世界において民間の戦力というのは、さほど珍しいものではないからだ。危険視された団体と言えども、法的な手続きなしで不平等な施行はできない。
(一度は大規模な演習をしておきたかったが、贅沢は言えないか)
とはいえ、規模も装備の規制も不可避だ。
盛大に破壊と老朽化の進んだ、灰色の残骸を眺めながら部下たちの射撃訓練を視察しながらブラウは悟られないように小さくため息を付いた。
次の戦争を思えば、あまりにも心許ない訓練ではあった。
「撃ち方やめ!」
叫ぶと同時にデバイスの機能が各所に指示を届け、一瞬で射撃が停止する。
その
「このように随伴するのは少数に留め、大半は有事に備えての訓練に時間を費やしています。今回はあまり物々しいと議員の方々のイメージを損ねるという事もありますが。武装も民間としては厳しく、管理局と同水準の規格を遵守し――」
そして、ブラウはそつのない笑顔を作ると傍らの新たな監視役の様子を窺った。
無理もないが彼女はどこか上の空にも見えた。
「退屈ではありませんか? ティアナ・ランスター執務官」
「あ、いえ。お構いなく」
橙色の長髪に、生真面目そうな顔立ち。執務官制服を纏った姿はほっそりしていた。
ティアナ・ランスター執務官、かつて機動六課のフォワードを務めた人物の一人だ。
ブラウが以前、交戦したフェイト執務官とは直接ではないものの、部下で執務官としては補佐も経た密接な後輩という事になる。
「必要な事とはいえ、損な役割ではありませんか? 管理局から厳重注意を受けた直後……と言っていいのか、さすがに色々と自重させていただいている所ですから」
穏やかな雑談を装って、ティアナからの反応を窺う。
やや退屈そうにしていた事を申し訳なく感じたか、彼女は気まずそうに苦笑した。
「フェイトさ、いえハラオウン執務官から伺っていたのですが、本当にお若いんですね」
「よく言われます。しかし、機動六課時代の頃はあなたも似た年頃だったのでは?」
JS事件の主要人物のプロフィールを思い出しつつ、ブラウは問い返した。
実際は若干、事件当時のティアナの方が年上だが大差あった訳でもない。
「未熟でしたから。そつが無い雰囲気なんて、まったくありませんでしたよ」
「そうでしたか。意外ですね。機動六課には英雄的な印象がありますが」
「私たちは訓練校からの初勤務でしたし、そういうのは当時の隊長や副隊長の印象が強いんじゃないでしょうか。六課が特別な英雄というのは結果論の話で、大半は一局員が出来る限りの事をした、というだけなんだと思います」
月並みだが当事者らしい実感。ティアナの言葉にはブラウを頷かせるだけの力があった。
英雄の背景には、そうでない人々による無数の労力と知恵があるものだ。
しかし、やはり興味をそそられたのは六課の隊長陣の実情だった。
ブラウにしても実の所、先日にはフェイト・ハラオウン、それに潜伏していた時期には八神はやて、ヴィータとは一応の面識はあり顔が割れている。
縁がある、というよりも六課の面々がそもそも異様に顔が広いか、顔を売るのも仕事という事で努力している、というのもあるのかも知れないが。
「六課の隊長陣ですか。特に高町教導官は有名ですね。教導隊出身の方ですし、訓練はかなりキツかったんじゃないですか?」
「それはもう!」
最も面識が薄い一人である、高町なのは教導官に軽く触れたつもりだが……
なんか心の底からの同意が返ってきた。
ブラウ側の困惑を察したか、ティアナはこほんと咳払いをして話題を変えた。
「ルード・オルランドさん、あなたの経歴を確認させてもらっても?」
「もちろん、構いませんよ」
基本的にルード・オルランドという偽名に合わせた偽の経歴を話す事になるのだが、上手く作り過ぎるのも考え物だ。
どうあれ若干、十五才の少年が部隊を率いているのは不自然であり、人は相応に不自然な経歴を求めてしまうものなのだ。
「十歳の頃まで少年兵として非合法な軍務に従事、民間軍事会社に保護され第16管理世界リベルタにて国籍を習得。経歴と保護された際の縁から警備系の職に従事……で間違いありませんね?」
「はい」
「ええと、苦労なさってるんですね」
この経歴で苦労なら、本当の経歴は地獄という事になりそうだが。
ティアナの見せた労りは本物であるらしかった。この辺り、六課周りの人物はお人好しが過ぎるので、ブラウとしてはやり辛さを感じてはいた。
「実態としては、民間軍事会社に保護という点は混沌としていてリベルタのルード・オルランド以外にも身分も存在している、というのがこちらの見解ですが」
「ひけらかす事ではありませんが、それも事実です。故郷という物がないなら選択肢はあった方がいいだろうと勧めもありまして。三つほど異なる次元世界の籍を取得しています」
本当は管理世界で五つ、管理外で二つ、常用外や使い捨てを含めれば多数。
とはいえ、正直に申告する義理があるはずもなく。事実を適切に混ぜ込むのが巧妙な嘘である、という基本からブラウも外れていなかった。
「多重国籍を認めている次元世界政府は多いですし、選択制にしてもルードさんは選択を行う年齢には達していませんから、問題となることはまず無いでしょう。しかし……」
待機状態らしきカード状のデバイスにスクリーンを表示させ、ティアナは資料に目を通し、やがて鋭い視線をブラウに向けた。
「ブラウ・クラレンス。この名前に聞き覚えは?」
「ハラオウン執務官から。さすがに調べましたよ。ただ正式に指名手配されている訳でもないようで、事実確認とまではいきませんが」
「ブラウとあなたが同一人物である、という疑いを我々は持っています」
「直球ですね」
正攻法だが決して悪い手ではない。
穏やかな態度を見せつつ、ブラウは警備会社のルード・オルランドという仮面を改めて深く被りなおす事を迫られていた。
「否定はなさらないのですか」
「ええ。というより、立証されていない以上は反証を提示する段階にないでしょう」
あくまで態度は変えずに、のらりくらりと返す。
まさか、顔が似ているから処断する訳にもいかないだろう。
管理局側が守るべき一線は把握している。ルードの身分も先ほど、ティアナ自身が確認したようにリベルタで正式に取得したものだ。一方的に管理局が否定するのは軽微ではあっても内政干渉になりかねない。
「ブラウ・クラレンス、彼が過去この名前で活動していたのは……」
「――クラナガン大規模テロ未遂ですね」
遮るように続ける。
次のカードという事か、ティアナはブラウにとっても因縁浅からぬ事件に触れていた。
さすがにポーカーフェイスめいた微笑みを保つのに意識する必要はあった。
「ご存じなら話が早いです。ご意見を伺えますか?」
「警備の者として、という事ですか。さて情報も限られますし、局の優秀な分析よりも鋭い考察はできないと思いますが……」
あくまで他人、ルードという立場から当時の
数百の人命を人質に取った首都高層に張り巡らせた対空戦網――最悪の空戦殺しを突破する事は叶わず、結局の所は限定空戦持ちに事態は収拾されたのだが……
「一つは首都航空隊の対応能力を探りたかったのでは?」
これは説得力のある説だろう。徹底的な空戦魔導師への対策が目に見えた事件の特徴だ。
それでもティアナが納得したようには見えなかった。
「いわゆる威力偵察、ですか。それに一つという事は他にも?」
「ええ。といっても憶測になりますよ。現状、競技選手とはいえ民間人ですから名前を出すのは憚れますが高町ヴィヴィオさん。当然、面識はありますよね?」
彼女の内心で若干の緊張感が走った事をブラウは察した。
とはいえ、十分に配慮の姿勢は見せている。警戒し過ぎるのも不自然と思ったか、ティアナは落ち着いて応対を続けていた。
「はい、幼い頃から。といっても、高町教導官の他には寮母のアイナさんやフォワード陣でも年少組のエリオやキャロの方が親しいかも知れないですけど」
「それなら彼女の事情もご存じでしょう。隠している訳ではないようですが」
「それと何の関係が」
「彼女も事件に巻き込まれましたが……発想の逆転ですよ。本当の標的は彼女で、大規模テロは管理局の部隊の足を止めるためのブラフだった、という考え方です」
ティアナは真面目そうな双眸に困惑の色を浮かべていた。
裏に駆け引きがある訳でもなく、本当に反応を選びかねた様子だった。
「だから憶測です。陰謀論の世界ですが、彼女を造った存在が何者でどういう目的を持っていたのか公表されていないか、局でも不明か、というのが現状ですよね?」
ブラウは落ち着かせるように穏やかな口調で続けた。
高町ヴィヴィオ、彼女がどれだけ事件の重要人物であっても現在は民間人だ。保護のため、詳細は公開しないというはあり得る。
だが、一方で非公開情報というのは探る者が現れる事を避けられない。
「ブラウ・クラレンスはそれを探ろうとしていた、と?」
「さて。それでは説明が付かない婉曲さもあると思いますが、真実は闇の中ではないでしょうか。ここで憶測を捻り回した所で、真相が判明する事はないでしょう」
「……そうですね」
ルード・オルランドとして、結論を出す事を控えればティアナもそれに同意する。
少々、話し過ぎた気もするが彼女にとって何らかの成果があったも不透明な所だ。
整列する警備会社オルクス・サービスの面々を、ティアナは横目で眺めてから、ふと思い出したように続けていた。
「たしか入管情報にあったのですが、あなたにはマケランという部下が居ましたね?」
「ええ、彼とは別行動で。クラナガンやその周辺のリスク調査を頼んでいます」
滑らかに応対しつつもブラウは内心で、着実に彼女らの調査が進んでいる事を察した。
ブラウ自身の事を知られるのは仕方ないとして対策しているが、副官であるマケランについてのそれは不十分であるかも知れない。