八神はやては特務六課設立を控えて、多忙な業務をこなしつつもミッドチルダ政府本会議に向けての動きは注視を続けざるを得なかった。
なにしろ、当時どれだけ未熟さを実感したとしても、予言絡みで彼女が率いた部隊には実績がある事には違いはないのだ。
「打てる手は打った……と思いたいんやけどなぁ」
次元航行部隊、本局。次元間に建造された巨大要塞といった風情で内部の施設は充実しているものの、気軽に街に繰り出してランチという空気でもない。
その一角にて請求した資料を手に取り、はやてはぼやいていた。
割けるリソースはともかく管理局の全面的な協力により、議会場の警備は万全。
さらに、もっとも目立つ動きをしていた警備会社オルクス・サービスのルード・オルランド……推定ブラウ・クラレンスの動きも止め、信頼できる監視役を付けている状態にある。
傍らでは、緑髪に白スーツが目立つ青年、ヴェロッサ・アコースが資料に目を通しては肩を竦めて、すぐに見るのを止めてしまった。
優秀なのだが資料と向かった地道な積み重ねが似合うタイプではない。
「裏の動きも探ってはみたけど、活発にはなっているものの、本会議に影響が出る程の脅威とはならないという見込みだ。これは、ほぼ単独で地上本部を攻め落とす程の戦力を用意できたジェイル・スカリエッティが特殊過ぎる例というだけなんだが」
埋め合わせという事か、ヴェロッサはフィールドワークの結果を報告した。
内容も当然で実際、一般の犯罪組織ではまず管理局と交戦するほどの戦力を質、量共に確保する事は難しいだろう。
規格外の技術力を有していたスカリエッティでさえ、その裏には最高評議会……管理局自体からの支援が存在していた。
「調査活動、おおきにな。やっぱり裏社会には新しい動きはなかった……となると」
はやては考え込んでいた。気になるのは予言の一文だ。
『法の刃により、秩序は二つに裂かれ』の降りは何を意味するか。
「フェイトちゃんやティアナを分析じゃなくて現場に回したのは失策やったかも知れへんな。やっぱり単なる武力じゃなくて、本会議で何か事を起こそうとしている……?」
「クロノも同じ意見だったよ。予言が管理局システムの破壊を意味するなら、それは正面対決ではなく……各次元世界の政府も交えた複雑な謀略になるだろう、と」
ある意味、JS事件は単純なパワーゲームだった。制約は厳しく、敵には未知の点が多かったが一方で強大な敵を倒せば万事、解決する一面がある。
それに対して今回は何と戦い、何を勝ち取ればいいのか。それすらも霞がかかっているようにも思える。
「じゃあ、それを前提に分析班が予測する最悪のケースは?」
「分断による一種の内戦。より具体的には、企業や各次元世界が独自戦力を保有するようになり、管理局が手だしできない環境で闘争が長期に渡り、繰り返される。おおまかには、こんな所だ」
ヴェロッサの解説に思わず、はやてはげんなりとした。
最悪のケースを要求したのだから当然だが、最悪だ。しかも解像度が高い。
「現実味のある最悪やなぁ……」
「困った事に、少なからず望まれている最悪でもある。管理局による武力の独占、という題目を信じるなら賛同者も増えるだろう」
「本当に独占できてるなら、こんなに苦労せえへんよ」
「査察部の人間としては、あくまで合意のうえで共同で運営されている組織という点がもっと認知されて欲しいと願っているけどね」
サボり魔査察官が殊勝な事をいうが、はやてとしては普段から真面目に勤めれいればミクロ単位では周知が進むのにと思わないでもない。
きっと指摘すれば、こういうのは大勢に影響を与える手段を考えないと意味が薄いよ、などと躱されてしまうのだろうけど。
「ロッサは忙しくなるとして……裏工作で合法的な手続きを歪めようとしているなら、この段階で私たちにできる事は何もないんやろうか?」
「そうだね。何もないとは言わないけど、カリム姉さんやもう少し上の地位のある人が顔を繋いだ方が効果的だろう。ただ、まだまだ油断はできないよ」
労力はとにかく節約する彼が、まだ仕事があるというのなら間違いはない。
八神はやてはヴェロッサの言葉を受けて、資料を纏めなおすとデスクを立っていた。
「うん、分かった。監視対象に出し抜かれたら元も子もあらへんし、本会議の警備にしても万全に万全を重ねた方がいい。出来る事、探していかんとね」
■ ■ ■ ■
大方の予想通りというべきか、ミッドチルダ政府本会議まで時は穏やかに進んだ。
無論、水面下では無数の意図と駆け引きが交錯したに違いないが、事態を左右し得る主要人物は互いに指した手を潰し合い、推移を見守るしかない状況となっていた。
春を目前とした晩冬の時分に、ミッドチルダ各地の議員が招集され、立案から審議を繰り返された法案や改正案の最終的な議決が行われる。
特に今回は下院通過済みの大型の法案が複数控えており、世間からの注目度は高かった。
特に話題の的となっているのが、今後の時空管理局の戦力強化の中枢を担う、第五世代デバイスとAEC武装に関わる規制緩和だ。
増加の一途を辿る、犯罪者の
こういった不安と実態の整合も兼ねて開発も加速させよう、というのが今回の規制緩和の意図ではあった。
「これも一つの決戦か……」
部下の目がない、という事もありブラウの呟きには憂鬱な成分が含まれていた。
合法、非合法問わず手は尽くしたが、望みの議決が行われるかどうか、まったくの不透明なのだ。
ブラウたち、ブラスリッターが扮する警備会社オルクス・サービスはアレス・デューラー議員の依頼という形で野党議員の護衛の名目で道中、護送したが直接的な国家の警備については専門の衛視が行う。
この辺りは事情が複雑で、彼らは名目上は陸の管理局員ではあるが一部の聖王教会関係者にIDが振られているのと近似していて、ミッドチルダ政府の自立性が尊重されている形だ。
警備として入り込めない。ブラウたちはどうするのか、と言えば議場の周囲に展開する形で有事に備える、という名目を取る事になる。
「この辺りは管理局の方々と仲良く部外者、という事になりますね」
「仲良く、というのは語弊がありますが……」
監視役のティアナ・ランスター執務官に何気なく話しかければ、一線を引く態度ではあったが否定も肯定もしなかった。
ミッドチルダの中心部となる議会場はやはりクラナガンの中央区にある。
管理局の施設に比べれば、ずいぶんと慎ましい。もっとも地上本部は建造物として巨大すぎるというのがブラウの認識だったが。
「さて、配置が適切か確認したら、その後は万が一に備えて会議中継を見守る予定ですが、ランスター執務官はどうされますか?」
「可能であれば、オルクス・サービスの中核の方々に挨拶を、と思ったのですが」
それを聞いて、隠し過ぎたかとブラウは思う。
主力面子はともかくとして、マケランにすら顔を合わせていないのは、やり過ぎだったのかも知れない。もっとも散り散りになり選択の余地はなかったが。
「申し訳ない。こちらも機会があればと思ったのですが、どうも誰も彼も忙しい時期でして。顔合わせすらできない状況で」
「いえ。では、中継についてはご一緒させていただいでも?」
「構いませんよ。規制緩和される新武装についても、お話いただけるかも知れませんね」
「それは守秘義務がありますので」
彼女はおそらくAEC武装を運用する新設部隊への誘いが来ている、とは思うのだが当然ながら外部に話せるような事ではないのだろう。
配置の最終確認を済ませると、ブラウは自身も配置についてモニターを見守った。
ここからは計画参加者の一人、アレス・デューラー議員の領分となる。
彼のお手並みを拝見させてもらう事になるだろう。