ミッドチルダ上院は下院に比べて、荒れる事が無い。悪く言えばクラブ的で実際の審議や会議以前に、人脈や慣習がかなりの割合を占める。
良くも悪くも事前に決着に持ち込むスタイルで、本会議は結果を公に知らしめるという一面が濃い、というのが政治評論の弁だった。
開始時刻共に、今回の主催を務める副議長がミッドチルダと時空管理局への宣誓を行い、議員たちの唱和がそれに続いた。
一見して落ち着いた老人ながらも、どこか周囲からの敬意を集める人物が一人。
議会中継の画面にあまりに有名な彼のプロフィールが表示される。
伝説の三提督の一人、レオーネ・フィルス。管理局の法務顧問相談役である彼もオブザーバーとして本会議の場に臨んでいた。
「提督、か……」
「どうされました?」
「いえ。単にファンなんですよ。指揮官としても彼らは伝説的ですからね」
ブラウの口から、つい漏れた呟きはティアナからの興味を引いていた。
特に何かある訳でもなく正直に応じる。新暦の黎明期、彼らの活躍は伝説的だ。
提督とは管理局では部隊長も兼ねた艦長の事を差すが、多数の艦船を駆る艦隊の司令官、原義の提督の称号に相応しいのか彼らだけという説すらある。
まずは、いくつかの異論の余地のない法案が即決で通っていた。
医療法の一部改正、廃棄都市の道路撤去に関する規制緩和、技術進歩に伴う魔法エネルギーの利用推進など。
時空管理局との人事確保に関する連携強化、これには待ったが入った。
『理想もよろしいですが、コストとして支払われるのは国民の安全と生活です。地上に対する海への戦力偏重、これが解決されない限り危険な提案と言えるでしょう』
アレス・デューラー議員を中心とする一派だった。
議論妨害も辞さない勢いであり、反対意見を通した締めに彼が行った演説には疎らながらも拍手が伴っていた。
「ああ……ほんまにあかんというか、これ何とか通らんかな」
「はやて、情勢的にこれは通るような法案じゃないよ」
ブラウ達と同じく中継を見守っていた、はやてはこの場面を見て、お預けを喰らったタヌキ……といった表情を見せていた。
一方、同席しているフェイトは法慣習の知識があったので冷静だった。
これはプロレス的で、野党に見せ場を与えている面も大きい。慣習として提案されては毎回、通らない類の法案ではあった。反対派が論拠とする海と地上の戦力比問題が解決しがたいテーマである事の証左でもある。
とはいえ、野党も勝ち星ばかり与えられている訳ではなく、抱き合わせで出した管理局に大しての行政権限の拡大については容赦なく延期送りとされていた。
「ふむ……例年通りに見えるな。そんなはずは無いんだが」
「仕掛けてくるとしたら終盤か、例の改正案だろうね」
密命を帯びて次元航行艦クラウディアを率いる、クロノ・ハラオウン提督。
彼もまた友人であるヴェロッサを伴い中継を見守っていた。
長丁場となる本会議は滞りなく進み、ついに報道でも注目の的であった第五世代デバイスやAEC武装に関する改正案を論じる段階へと進んでいた。
「武装の規制緩和、本命が来たね……」
「政治の事はよくは分からねーですけどね」
高町なのは教導官が呟けば、それに副官的な位置のヴィータ三等空尉が応じていた。
「でも得物の事は分かる、でしょ?」
「まあ騎士としては当然、アイゼンにも無関係じゃねーですから」
『Jawohl.』
機動六課を通して、というより、なのは周辺では上官と部下の間でも敬語を使う習慣があまり育たなかったが、いくらか取り繕うようにはなっていた。
彼らも教え子共々、中継に時間を割いていた。教導隊としても貴重な勉強機会という訳だ。
まず大枠はあらゆる武力強化に反対するタイプの議員を覗けば、ほぼ満場一致となった。
この辺りは既定路線だ。問題は開発および使用規制緩和の範囲だった。
こちらは激論となっていた。
『遺憾ながら、対魔導技術による犯罪は増加の一途を辿っています。しかしながら、特定の企業が持つ特定の技術を前提に規制緩和するというのは、あまりにも不公平です』
『えー……二種の武装は劇薬であり、いかに犯罪対策といえども強大な力である事には変わり在りません。開発にも運用にも慎重を期すべきであり――』
発言の切り取り対策か。やや冗長な言い回しが目立ち、野党の率直な物言いよりは魅力がなく映るが、どちらも同等の論拠は備えていた。
「公平と秩序の対立ですね。ランスター執務官はどう思われますか?」
「え……? そ、そうですね」
雑談レベルではあったものの、急にブラウに水を向けれてティアナは抜き打ちテストでも喰らったような様子を見せていた。
執務官は法務でも上位の専門家であり、見解を求められるのは自然な事ではあった。
「月並みな回答になりますが、対話による調整という形になるでしょう。公平な競争を妨げてはいけないし、それによって秩序が損なわれても問題ですから。具体的な落としどころとしては期限や段階を設けて、広範な緩和を行う形になるのでは」
「なるほど。しかし、あえて掘り起こされませんが対話にも利得があり、闘争と同じか、それ以上に勝ち負けが存在しています。しかも闘争の結果よりも正当化され、本当に適切だったか顧みられる事は少ない」
ティアナの一般に適切な見解を受けて、ブラウは穏やかながらも指摘していた。
一見、平和で理性的なアプローチに見えるからこそ、たとえ結果がどのようなものでも、安易に最善だったと認知を歪めやすいのだ。
「確かに、そういう側面はあると思います。しかし、直接的に利得をぶつけ合ったら誰にも収拾できない事になりかねません」
「ええ、対話がベターな選択である事は否定しませんよ。ただ、より良いだけの選択を繰り返せば長期的には大きな歪みを産むんです」
対話による調整、適切な妥協点、そう言われつつも切り捨てざるを得なかった事柄が消えてしまう訳ではない。一度だけなら良いが、何度も繰り返されれば、それだけ軋轢は集中し増大していく事すらあり得るのだ。
「最善の選択、最善だったはずの過程が最悪の結果を生むことも、ある」
これから起こる事を示唆するように、ブラウは纏めていた。
『増大する犯罪組織の戦力への対処は急務であり、我々ミッドチルダの人間が管理局と共有しなければならない重大な使命でもあります。ただ不公平だと指摘するのは、一面的な利害を見たものであり、実際には当たらないと申し上げます』
この宣言が実質的に議論の決着点を指し示していた。
不公平とされる指摘点にも、十分な理由と是正の予定が見込まれており、現時点で考慮すべき点は一切存在しないという事だ。
野党の主張が受け入れられた部分は皆無に近い。
規制緩和を阻止する動きに対しての事実上の勝利、完勝とさえ言えた。
次元航行艦クラウディアで息を呑んで本会議の行方が見守られていたが、この瞬間を向かえて一気に場の空気は弛緩していた。
「圧勝じゃないか。上層部の押し引きが予想以上に効いていたと見るべきかな」
「それはそうだが……空気が異様じゃないか?」
「ああ……だけど広範に影響を及ぼす法案はないし、もう今日は閉会だろう」
違和感を覚えるクロノに対して同調するも、ヴェロッサは結局は楽観に傾いた。水面下での工作はあっただろうが、議題がなければ影響の及ぼしようがない。
会議の終わり間際に一気に詰める議会戦術だった。
一度、閉会を挟めば空気がリセットされ圧勝ムードからの振り戻しを避けられる。
『では、恒例となりますが閉会の前に司法および軍事を時空管理局に信任するものとして、議員方には決をいただく事となっております。時空管理局を信任する方は挙手を願います』
管理局への信任。これは慣習上、全員挙手で本会議が締められる。
しかし――例年を思えば挙がった手の数はあまりにも疎らだった。
全体の三割程度、過半数を割った。あまりにも少なすぎる。
一部の議員は何らかの覚悟を抱いて席についており、また他の議員はこれから起ころうとしている出来事に緊張を通り越して、戦慄を覚えているようだった。
どよめき、やや間を置いて沈黙。
それを破ったのは野党でも一勢力を誇るデューラー議員だった。
『副議長、発言の許可を願えますかな』
『……どうぞ、デューラー議員』
あきらかに躊躇いを示す間があったものの、副議長はデューラー議員に発言を許可した。
デューラー議員は起立し、恵まれた体格も活きたか見回すだけで、ざわめく議場を沈黙させる事に成功していた。
『本来、皆様の賛同を以って本日は閉会の運びとなりますが、時空管理局への信任が前例のない過半数割れとなった以上、このまま解散というのは厳しいのではないでしょうか』
ここで言葉を切り、議場全体を見回す。
野次の一つもなく、帰ってきたのはただ重々しい沈黙だけだった。
『そこで……本日の議題に一つの法案を加える事を承知願いたい。その議論を通して、信任投票における各々の意図を明確化できるのではないか、と信じています』
――時空管理局および管理世界、脱退に関する法案
さすがに失笑の声が挙がった。
実効性も何もない、一部の政党の顔を立てるだけのパフォーマンスのためだけに存在していた法案だった。典型的な税金の無駄と称された議題といっていい。
実務的、文化的、歴史的経緯……あらゆる観点から見ても現実性がなかった。ミッドチルダの管理世界脱退という妄言は。
デューラー議員は朗らかな笑顔で応じたが、口調は真剣そのものだった。
『もちろん承知の通り、管理局法には管理世界への所属は各次元世界の合意に基づくものだという記載があります。いわば、この法案はその前提の象徴として置かれていたもの、とも言えるでしょう。だからこそ、その現実性の無さににも関わらず、我々は今まで議論を重ねてきました』
そう現実性はない。その一方で可能か不可能でいえば管理世界からの脱退は可能なのだ。
デューラー議員は力強く、決定的な問いを声を張り上げて放っていた。
『故に今更、些末な議論は不要でしょう。今、問われるべきは意志と覚悟です。本当にそれがあるかどうか、各議員方は議決を以って示していただきたい』
家庭の映像機、街角のモニター、個人携帯デバイスの投影機能。
世界、立場を越えてその瞬間を見守っていたが、共通して見守る事しかできない。
時空管理局、本局。巨大な権限を誇るその中枢ですら観客の域を出なかった。
モニター越しにデューラー議員は発起した議決を眺めて、ただ呻いた。
リンディ・ハラオウン総務統括官もまた思わず口元に手を当てていた。
「まさか、こんな……」
疫病のように拡がる動揺の中で、揺るがずに現状を直視する老人がいた。
伝説の三提督の一人、ミゼット・クローベル本局統幕議長は普段、好々爺然とした穏やかな表情を険しく引き締めて、表層上は平和な時代の終わりを予感していた。
「やられたわね。まさか、こんな手で来るとは」
ミッドチルダの管理局脱退を問う議決は過半数を優に超え、七割に賛同され可決した。
新暦81年――これが後の史書にミッドチルダ独立と記される大事件の序章だった。