ゲヘナには、多くの変人がいる。どこでも構わず温泉を掘り出したり、気に入らない飲食店に爆発テロを仕掛けたり、よく白目で「なんですってー!」と叫んでいたり。風紀を守るはずの風紀委員会でさえ、わざわざ豊満な胸部の側面をはみ出させている変態がいるくらいだ。ゲヘナはもはや変人の
そんなゲヘナには、いくつかの共通認識がある。『万魔殿のイブキちゃんには手を出すな』だったり『立派な角を持ったチビを見たら逃げろ』だったり。
中でも特徴的な共通認識は、『軍刀を持った女に手を出すな』である。
風紀委員の先輩は、苦笑いと一緒に教えてくれた。友達の元スケバンは、肩を震わせて話してくれた。温泉開発部の部長さんが、精神崩壊しながらなんか言ってたけどよく分かんなかった。
とにかく、軍刀を持った人には間違っても攻撃してはいけない。みんなが口々に言うその警句の意味を、今日、初めて私は目にした。
「怪我はないか?」
暴走する装甲車が、ひっくり返ている。攻撃手段だった機銃は縦に真っ二つ。もはや攻撃も逃走もできなくなったテロリストを背に、彼女は私に手を差し伸べてた。
肩ほどに伸びた少し不揃いの赤髪を揺らし、優しげに微笑んでいる彼女に私は憧れた。
彼女の名は、上泉イセ。ゲヘナ最強生徒論争を二分する、その片割れの巨星である。
「まただ!また一人うちの子が軍刀が欲しいって言い出した!どうしてくれるのさ────イセ!」
「知らないよ」
私の数少ない友人の一人、銀鏡イオリが押しかけてきた。これで何人目だと思ってるんだーっと怒鳴りつけるイオリを適度にあしらいながら、軍刀の手入れを進める。
現在、私はゲヘナ学園の二年生だ。部活には入っておらず、また近頃の噂のせいで友達は非常に少ない。こうして私の家に突撃してくるのなんて、イオリだけである。
『軍刀を持った女には手を出すな』。全く誰が言い出したのやら。おかげで獲物が少なくて退屈している。
先程部活には入っていないと言ったが、別に放課後すぐに帰宅しているわけでない。学業が終われば、その後は武者修行の時間だ。軍刀片手に街を闊歩し、不良やらなにやらを見つけて戦うのだ。
私としては遺憾なのだが、どうやらこの修行が自警団的な活動と捉えられているらしく、街の人々や普通に生活しているゲヘナ生からはちょっとしたヒーロー扱いだ。そんな私に憧れる者も少なくなく、主に風紀委員会に入っては軍刀が欲しいと口々に言うのだと。
「軍刀くらいいいじゃないか」
「買ってあげても訓練じゃ使わない実践じゃ練度が低くて使えない!無駄なの!」
「確かに」
何人か自分で買ったと言っていたが、戦場で振っているところを見たことはない。練度が低い、なるほど大問題だ。
「そろそろ弟子の1人でもとったらどうなのさ」
「まだ早いよ弟子なんて」
「またそれ・・・これ以上強くなってどうする気さ」
「夢の続きを果たすの」
「で、その夢ってなんなの?」
「教えない」
「なんだよもー!」
不貞腐れたように言いながら、その足は玄関へ向かっていった。仕事に戻るのだろう。
途中で、あっそうだと足を止めた。
「もうすぐ”エデン条約”の調印式だ」
「私も出ろって?」
「多分ね。何があるか分からないし、戦闘要員は多いほうがいいから」
「頭に入れとくよ」
そうして、イオリは今度こそ仕事に戻っていった。
こういう風に風紀委員会の、というか万魔殿からの依頼で警備やら作戦やらに当たることは稀にだがある。風紀委員会との共同はさすがに初めてだけど。
しかし、エデン条約か。トリニティ・・・剣崎ツルギに聖園ミカ・・・楽しそうだ。いやいや抑えろ抑えろ、これで調印式を台無しにしたらゲヘナとトリニティ両方が敵に・・・ありか?
さすがにダメか。
あーくそ、最近満足に刀を振れてないから戦闘欲求が抑えられない。こんなんじゃ、千年無双なんて夢のままだ。
「せっかく”最奥”まで見れたのに・・・このままだと辿り着けない」
手入れも終わり、いつも通りの輝きを取り戻した刃身に私の顔が写る。あいも変わらずつまらなそうにしていたが、どこか焦りを感じているようだった。
軍刀を持って庭に出る。草木はなく、ただ広いだけのそこが、私の鍛錬場だった。
息を整え、集中し、描く。
「宮本武蔵」
長身の男が現れる。二刀を引き抜き、両の腕から無駄な力を抜いてだらりと下ろした。これが、最初の彼の構えだ。
一瞬の静寂。
そして、示し合わせたかのように同時に走り出し、ながい打ち合いが始まった。
夢想鍛錬。勝手に名付けたこれが、私の日課だ。あの夢で見た傑物達を夢想し、現実に投写して戦う。何度も何度も続けるうち、いつの間にかそこにしっかりと相手がいて、質量を持って襲ってくるようになった。
やがて、世界が歪み出す。
まるで、私があの合戦に参加したかのような錯覚。現実が食い破られ、白幕で囲まれたあの戦場が舞い戻る。血の匂いが鼻腔を擽り、死の気配が身を包んだ。
そうだ、この感覚だ。最高の舞台だ。
けれど、楽しい時間というのはいつも早く過ぎ去るもの。終いが近い、そう感じた。
互いに距離を取り、仕切り直し。次の一撃で、私か武蔵。どちらかが、死ぬ。
腰を落とし、水平に倒した切っ先に手を添えて、幻想の槍を構える。対して、武蔵はクラウチングスタートの要領で両手を地につけ、準備を整えた。
そして、最後の一撃が交差した。
幻覚が晴れる。日が傾き、夜を知らせる赤が空を覆っていた。余韻もそこそこに、軍刀を納めて家に戻る。
下手だ、下手だった。まだまだ伊勢守には届かない。もっと上手くならないと。”最奥”にさえ至れない。どれだけ夢想鍛錬を続けてもこれ以上を目指せる気がしない。
やはり現実の強者と命を懸けた経験が必要だ。身近なとこだと空崎ヒナが該当するんだけど。今喧嘩売れば絶対過労で倒れると思うのでさすがに抑える。
待て、訓練って体なら戦えるか?さすがに死合とはならないだろうが、少なくともヒナとやれる。
アリだな、よし。
「ってわけで軍刀術の指導することになったんでよろしく」
「昨日弟子とらないって言ってなかった!?」
「あ、銃剣も教えられなくはないよ」
「聞いてない!?」
全く、相変わらずイオリは騒がしいね。さすが切り込み隊長、張り上げる声は誰よりも大きい。ということで今日から調印式まで近接戦闘の教官をすることになった。
自腹で買ってた子がいたのが驚いたね。そんなに使いたい?そっかそんなに使いたいかぁ。嬉しいこと言ってくれるね飴ちゃんあげる。
「イセなんかおばあちゃんみたいだね」
「イオリ校庭100周行ってらっしゃい、教官命令ね」
「私別に軍刀使わないのに命令!?」
なんて言いながら走ってるあたり本当に真面目ないい子だねイオリ。さて、彼女のマラソンが終わる前に基礎くらいは教えておこうか。
まずは型。素振りに次ぐ素振りで、正しい型をひたすら体に叩き込む。最初は正確でも、少しずつ粗が出てきたりズレてきたりするからね、随時そこは修正する感じで。
ある程度様になってきたら次は足運び。歩く走るじゃ身につかない武術独特の歩法は、さすがに皆慣れないようで。
あとは木剣での打ち合い。ただし超ゆっくりで。型を確認しつつ、実戦形式で軍刀の戦い方を学んでもらう。
これの繰り返し。
身体作りなんかもできたらよかったんだけど、調印式まではあと一ヶ月ちょっと。時間がないので今回は省略だ。
型というのは案外馬鹿にならないもので、これをしっかりと覚えて使えるようにするだけで、そこそこ
「はぁっ・・・はぁっ・・・おわっ、た、イセェ・・・」
「速いねさすが切り込み隊長」
そんなあなたには労いのスポーツドリンクをあげましょう。え、そもそも走らされなければこんなことには?教官に逆らう気かもう100周追加するぞ。嫌なら巡回でもしときなさい。
さて、そういや天雨アコから報酬の話をしたいとか言われてたな。何にしようかなんて決まりきってる。
「んじゃ、ちょっと外すから。サボらないでね」
目的地へ向かいながら、心を踊らせる。なんせあの空崎ヒナと戦れるんだ。
彼女の実力は既に目にしている。まさに凄まじいと言う他ない、圧倒的な戦闘力。その知名度も相まって、出撃するだけで抵抗の意志をなくす者もいるほどだ。
「ってことで私ヒナとやりたいんだけど」
「全然ダメです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「やらせて」
「ダメに決まってるじゃないですか、この変態」
変態はどっちだこの妖怪ヨコチ痴女め。
「それより報酬です」
「だから報酬代わりにヒナとやりたいの」
「だからダメですって普通に金銭とか物品とか要求して下さいよ!」
「嫌だよ私ヒナとやるためにこの仕事受けたんだよ!?」
「知らないですよ諦めて下さい!」
「いや!ヒナとやるの!」
「駄々を捏ねるな変態!!」
「うるさいこの妖怪ヨコチチはみ出し女!!」
「な!これは機能性を考慮した上で───」
「騒がしいわね、アコ。どうかしたの?」
「委員長!」
とてつもない気配を感じて見てみるとやはりというか、そこには焦がれてやまない空崎ヒナが。
いやしかし、いつ見てもすごい”圧”だ。本人は普通にしてるだけなんだろうけど、それでこの風格なんだから、ゲヘナで悪さするやつは苦労するだろうな。
お前もシバいてるだろって?確かに。
「で、何があったの?」
「いえ、その・・・じ、実は・・・」
「ヒナ、やろう」
「な!?」
残念だったな妖怪チチダシ。お前じゃ話にならんから上に話を通させてもらうぞ。
「それは、戦いたいってこと?」
「え!?」
「え、そう言ってるつもりだったけど」
「はい!?」
「「何をそう驚いているの?」」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
なんだこいつ。顔どころかチチまで真っ赤にして。変態みたいな格好してるし変なこと考えてるんだろうな。つまり変態じゃないか。
「で、お返事は?」
「訓練の範疇でいいなら」
「よっし!」
いかん、嬉しさのあまりガッツポーズをしてしまった。なんだヨコチチそんな変なものを見る目をして。言っとくがお前のほうが変なのだからな。
「少し、準備をしてもいい」
「もちろん」
笑みが抑えきれない。隠れた欲が表に溢れだしてくる。最高の気分だ。
だから、空崎ヒナ。
「全力でやろうか」
「訓練の範疇ね?」
「あ、はい」