ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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気づけば10話目で大変おめでたくもありますが、ストックがまったく貯まらないジレンマも抱えています。


挑戦のひととき

『ラインクラフトだ、ラインクラフト! 1番人気ラインクラフトもここで上がってきた! デアリングハート、エアメサイアも追いすがる! これは接戦! これは大接戦ですっっっ!!』

 

 そんな興奮気味なアナウンスが響き渡った。だが実際に聞こえているワケではない。自分の頭の中でのみ、そう叫ばれているのだ。

 

『さあ皐月賞への切符を争いますは、ここ『若葉ステークス』! いよいよ発走です!』

 

 今度こそ現実に告げられたそのアナウンスを受け、左方へ見える観客たちが沸き立つ。

 舞台は先週の『フィリーズレビュー』が記憶に新しい阪神レース場。スタンドの熱気をダイレクトに受けるホームストレッチへ集った自分たち15人は、発走地点であるゲートを前に闘志を高ぶらせんとしていた。

 

 ゲートの向こうに見えるゴール板へ飛び込むクラフトらの姿がオーバーラップされる中、自分は思わずこう呟いていた。

 

「そろそろ、シーザリオのレースも終わってるかな」

 

 友人に想いを馳せて、という調子で放ったものの、あまり意味はない発言だった。通信機器を持ち出せるはずもない今、その結末を知る術はないからだ。

 

 同日の中山レース場では、彼女が出る『フラワーC』が開催されている。発走は向こうが5分早かったので、もう決着自体はついているだろうが──。

 

「調べるにしても、後でいいな」

 

 意味のない思案を打ち切った自分は、頬を叩くと5のゼッケンを纏う今回の1番人気へ目を向けた。

 

 名をリスペクトシナノという彼女は、今年に入ってからの2戦で安定した成績を残すウマ娘であり、それもシーザリオへクビ差まで迫った『寒竹賞』や、重賞である『きさらぎ賞』の3着というインパクト十分なものだ。

 後方からのレースを得意とするそうなので、終盤にかけての競り合いで警戒すべき相手といえるだろう。

 

 そう現状を認識した自分がスパートのシミュレーションを繰り返していると、一行のゲートインが始まる頃になった。

 

『1番人気はリスペクトシナノ、2番人気に2番のダイロッカン、3番人気は大外枠のデュアルバインダーです』

 

 間もなく読み上げられたのは、恒例の上位人気紹介だ。思えばここで呼ばれた──トップ3の人気に入ったのは、これまでで初めてだった。やはりGIの掲示板に載る、という実績は想像より重いらしい。

 

 心なしか、ここに来るまでに他の出走者たちから視線が集まっていたような気がする。

 

「……どうすればいい」

 

 もしかすると、自分の走りを対策されることまで想定しなければならないかもしれない。

 

 先行策を用いる自分にとって、内へ切れ込むための距離を多く要する大外は相性が悪い枠だったが、そういった序盤のコース取りに蓋をされづらいという意味では、幸運だったと言えなくもない。

 

「後は、自分にこの距離の素質があるかどうか」

 

 その言葉に込めたのはスタミナの不安ではなく、実戦で通用するかという懸念だ。

 幸いにも、本番に等しい併走はハートとの慣らしで経験できている。問題は、あと13人を同じ調子で相手取れるかどうかだ。

 

「……行けばわかるさ、危ぶむなかれ」

 

 そう唱えてゼッケンを背負い直した自分は、最後に残った枠へ向け歩みを進めた。

 

『さあ、最後のデュアルバインダーがゲートに収まりました』

 

 足を踏み入れるや否や後ろの扉が閉まり、いよいよ緊張の世界へ締め出される。

 まるで扉が戦場を隔ててくれていたかのように殺気立っているこの空間は、GIを越えてもなお慣れない。

 

 首をひとつ回すと、幾分かクリアになった視界が、コース一杯に広がる芝を映す。

 

『若葉ステークス、今──』

 

 スタートの体勢を取ったのは、そのアナウンスの直前だった。

 緊張の糸が張り詰めた者にとっては爆撃にすら等しい開閉音に弾き出されるように、コースへ身を投じる。

 

『──スタート! 全員まずまずの飛び出しです』

 

 まず自分たちを出迎えたのは、スタンドの歓声だった。意に介している暇はなかったのだが。

 初動は慎重にならざるを得なかった。内や前に行こうと焦って、掛かるなり進路妨害を取られるなりしようものならやってられない。

 

『最初にハナを取ったのはコットンザネクスト!』

 

 すると前へ出ていったのは、朝日杯を共に走ったウマ娘だった。記憶──それに頼らずともゼッケンに書かれているが──によれば最内枠であったから、そのままインでレースを引っ張ろうと企んだのだろう。

 

 こちらは途中である程度外へ煽られる誤算こそあったものの、1度目のゴール板を過ぎる頃には、前目にポジションを確定させることができていた。

 

『11番のスウハイマーテル、6番ブレスカンカーが2番手を争います』

 

 最初のコーナーへ入る頃、前のウマ娘らを読み上げるアナウンスが入った。

 自分は呼ばれたふたりの後ろで内の7番──彼女も朝日杯組だ──と並ぶ形でレースを進めていた。

 

『4番手争いはツリウムフライ、その外にデュアルバインダーです』

 

『人気バの中では唯一先団につける形ですね』

 

 そのやり取りを受け、額に皺を寄せた。

 詳しい位置取りを知ったのは今からある程度後の話だったが、少なくとも後方に居たとなれば、警戒するメンバーがスパートをかけてくるタイミングを図れないことになるからだ。

 

(……粘れるかな)

 

 背後からのプレッシャーをひしひしと感じながら、自分はバックストレッチへと向かうのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「──ここまでは予定通り」

 

 寮の共有スペースでレースを観戦していたメサイアはそう溢した。

 

「……15番の娘よね、あなたの知り合い」

 

 物静かに確認を求める声が、後ろから差し込まれる。

 声の主はアドマイヤベガといい、かつてダービーの栄誉をものにした名ウマ娘だ。

 

 メサイアが頷いて応えると、隣から活発な声援が聞こえてきた。

 

「でっかくいくべー! ほら前に、前にー!」

 

 画面の向こうに居るひいきのウマ娘へ向け、そう声を送るのはスペシャルウィーク。こちらもダービーウマ娘で、アヤベの直前の世代で争ったひとりだ。

 

 シーザリオと親交が深い彼女は、もともと先ほどまで画面に映していた『フラワーC』を目当てにしていたのだが、この『若葉ステークス』の8番とも顔見知りだったらしく、そのまま観戦を続行している。

 

「……アヤベ先輩も、どなたかお知り合いがいらっしゃるのですか?」

 

 スペの様子を見ているうちに、ふと気になったメサイアがそう問いかけた。

 そもそもアヤベは通りすがりの身であったし、ソファに腰掛けもせず立ち見に徹しているのが不思議だったからだ。

 

「1番人気の娘。私に憧れてる、って着いて回られたことがあったの」

 

 そう躊躇いがちに肯定したアヤベは、やがて件のウマ娘へ根負けして併走にも付き合ったことまで明かしてくれた。

 

「後ろからレースをするところまで真似してる、とは思わなかったけど」

 

 困ったように笑みを浮かべるアヤベの視線の先では、中継がちょうど後方集団を主に映しているところだった。

 

「うわぁ、後ろからの圧がすごそうですね」

 

 その顔ぶれを見たスペが悩ましげに呟く。アルバを除く6番人気までの有力バが、軒並み最後方へ位置取っていたからだ。

 

「こうなるとやりづらそうね、お友達さん」

 

 それはメサイアにかけたのだろうアヤベの言葉だ。

 

「……その理由は?」

 

「簡単な話よ」

 

 問いかけるメサイアに対し、アヤベはそう前置くと口を開いた。

 

 大まかな身体構造においてヒトと大差がないウマ娘という種族は、視野角についてはヒトのそれに準じている。

 

 ウサギに代表される、首を動かさずともほぼ背後まで認識可能な多くの草食動物の視野と違い、ヒトやウマ娘のそれは前方へフォーカスできるよう作られているのだ。

 

「見えない後ろの人よりも、前にいる方を確実にマークする、と考えても不思議じゃないわ」

 

 それが上位人気のうちのひとりだけとなれば尚更だと、アヤベは言い放った。

 

「ひとり前に行かせて、そのまま意識外から差し切る……というのがシナリオでしょうか?」

 

 追込ウマ娘──特に1番人気の狙いをそう推測したメサイアだったが、そこまでは分からないと言いたげにアヤベは首を振った。

 

「何にせよ、勝てるかはあの癖が直っているかどうかね」

 

 そう言ったアヤベは会話を打ち切りたいようだったが、一緒に言及された新たな1番人気の前提が引っかかったメサイアが訊き返す──までもなく、答えを提示された。

 

「あの娘、前に立つとちょっと気を抜いてしまうから」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 4コーナーへ入ったバ群は、大きな動きを迎えていた。

 

『さあここで位置を上げるデュアルバインダー、後ろから追込勢もやってきているか!』

 

 進路に蓋をされることを嫌った自分が脚を切り出すと、それに伴うかのように周囲の足音へ重みが増し出したのだ。

 

『外からリスペクトシナノが一気に詰め寄る!』

 

 加速を試みる傍ら、外に持ち出しているらしい1番人気の気配を探る。

 

 自分が先頭を辛くも追い抜いたところで、件のウマ娘はすぐに視界へ現れた。

 

『さあそのままデュアルバインダーとの叩き合いか! 13番のイデノセーフティーも来ているが──』

 

 アナウンスはそこから聞こえなくなった。肉体を圧砕するような空気抵抗を振り切るように、隣のウマ娘を下さんと走り続ける。

 

 最後に見てから2分も経っていないのに懐かしく見えるゴール板を捉えたそのとき、ついにシナノの背がわずかに映る。

 

「──やった」

 

「まだだッ!!」

 

 それがシナノが洩らしたのだろう言葉に対してのものかは、よく覚えていない。しかし、確かにこれをトリガーとした自分は、エネルギーのすべてを炉に焚べた。

 

『競り合う競り合う! 皐月賞へ勝利を以て向かうのはどちらだー!』

 

 ゴール板へ向かう自分たちふたりを、アナウンスはそう煽ったらしい。

 

 上がりそうになる顎をなんとか引き戻しながら、目の前まで来たゴール板を──。

 

『しかしデュアルバインダー! デュアルバインダー1着でゴールイン!』

 

 ──そこに飛び込むように、駆け抜けていった。




来週こそ投稿されない、はず。

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