ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない 作:アウラセイヴァー
「え〜っと、目印のところは……」
若葉Sから数日経ったあるとき、メサイアと待ち合わせをしていた自分は市街地をうろついていた。
スマホの地図アプリを起こしてみれば目的地が近いと察した自分は、前日に同アプリのパノラマ写真で下見をした風景を探す。
しかし、それを一致させる前に、見覚えのある人影を認め、そこへ駆け寄った。
「メサイアさーん!」
約束の10分前だというのに、すでに到着していたらしい友人へそう呼びかける。
「すみません、待ちましたか?」
「……いえ、今来たところですから」
何気なく訊いてみれば、そうかわしてくるメサイア。そんなはずはないだろう、と思ったものの、突っつく理由がなかった自分は曖昧に返事をすると向こうの言葉を待った。何せ、こちらは呼び出されただけに過ぎないのだ。
「では行きましょう。まずは昼食でもいかがでしょうか」
間もなくメサイアはそう口を開いてきた。時間帯的に無難な申し出だったので、ひとまず頷いておく。まずは、と言ったからには他にも向かうところがあるのだろうか。
すると、食事処は決まっているらしい彼女に着いていく形で、自分は歩き出した。
「この度は誘いに応じてくださり、ありがとうございます。友人の勝利祝いを、個人的にしておきたかったのです」
「そんな、気を遣ってもらわなくても」
「とんでもありません。……年始では、不義理を働いてしまいましたので」
ふと、そう口にされて記憶を辿る。思えば年賀の菓子を届けに行った際に、彼女が実家を空けていたことがあった。あれから間もなく飛んできた、とんでもなく堅い詫びのメッセージはよく覚えている。
「もう済んだことですから。確か、シャカールさんという方と出かけていたんですよね?」
「……はい。入学前から、よくお会いしていた方です」
フルネームをエアシャカールという彼女は、クラシック二冠を戴いたクレバーなウマ娘だ。
自分よりも古くからメサイアとの関係があるらしく、時折自主トレーニングを見てもらう程度には親密であるらしい。
「自分も会ってみたいものですね」
「そうですね、是非ご紹介したいです」
そんな口約束を交わすと、ある店舗の前でメサイアは足を止めた。
ここです、と視線で示されたのは、風情のあるカフェだ。
「この後もしばらくお付き合いいただくので、昼食は軽いものに留めようかと」
そう注釈を入れてくる彼女へ首肯で応じつつ、自分たちは店へ入った。
手頃なカフェラテとサンドイッチを注文すると、二人席に着いて料理を待つことになった。
『いや〜、きたるトリプルティアラ路線、役者がそろいましたね!』
先にやってきたラテを片手に、振る話題を迷っているとき。ふと耳に入ってきたのは、そんな何らかの番組の音声だった。
『まずは現在大注目中のウマ娘、ラインクラフト! 先日のGIIレースでは鮮やかな末脚で勝利しました!』
声の方へ振り向けば、知った顔がビルの大型ディスプレイへ映し出されている。
『ラインクラフトとの激闘が記憶に新しいエリートウマ娘、デアリングハート!』
続いてスポットが当たったウマ娘も、馴染み深い存在だ。クラフトのときにGIIと前置いたからには、『フィリーズレビュー』に出た順で有力バを紹介しているはずだ。なら次に登場するのが誰かはすぐに分かった。
『母に違わぬ堅実な走りで常に上位健闘! 活躍に期待が高まります、エアメサイア!』
まったくの予想通りな答えに歪む口元を、ラテを啜ることでごまかす。
メサイアも同じ仕草をしていることから、考えたことは共通しているのだろう。
『何より、『フラワーカップ』で目覚ましい活躍を見せたシーザリオ!』
最後に、といった調子で呼ばれたのは、別のレースで名を上げたそのウマ娘だった。トリということは、彼女が最も有力視されているのだろうか。
『彼女はすごいですね。闘志あふれる走りっぷりで、他を圧倒する迫力があって……!』
『ええ! まずは『桜花賞』。どんな激闘が繰り広げられるのか、大変楽しみですね!』
称賛を示すやり取りをアナウンサーがそう締めると、番組は彼女らのVTRへと移っていった。
「負担、などと思ってはいませんよ」
「え、いや、その」
唐突に口を開いたメサイアへ、どう返せばと答えに窮する。その様子がおかしかったのだろうか、彼女は笑みをこぼしながらこう続けてくれた。
「母から受け継いだ走りを、堅実と讃え、見てくださる人がいる──それだけのことですから」
注目にも動じずに告げるメサイアの姿は、確かに主役と称されるに足る器を有しているように見えた。
そうですか、と短く応え、またふたりしてラテを啜っていると、注文したサンドイッチがテーブルへやってきていた。
様々な具が入ったそれを手に取っては咀嚼していると、先ほどの番組は次の場面を迎えているようだった。
『──ということで特集VTRをご覧いただきましたが……桜花賞、やはり注目なのはラインクラフトとシーザリオでしょうか!』
『そうですね。ティアラ路線の中ですと、その2人の実力が頭ひとつ抜きんでていることは、間違いないように思います』
再び目をやれば、そんなことを口にしていたコメンテーターらを眺めていると、さあ、と口にした司会者へカメラが向けられていた。
『そんな大注目の2人ですが、まさかの同門! 同じチーム<アスケラ>ウマ娘同士、ということで──その担当トレーナーさんにお越しいただいてます!』
そうスポットを当てられたのは、なんとクラフト、シーザリオの師である男性だった。たびたび彼女らから話は上がる人間だが、顔を見たのは初めてかもしれない。
『トレーナーさん、『桜花賞』に向けどういったご指導を?』
『……それは──』
必然ともいえる司会者からの質問へ、答えに窮しているようだったが、このトレーナーはやがてこう話していた。
『……もちろん、担当ウマ娘の勝利に向け、全力で指導していきます。ラインクラフトとシーザリオ、両方に対して……です』
まだ言うべきことを迷っているようにも見えたが、結局、彼はこう回答を締めた。
『どちらが勝っても嬉しいですし、どちらにも……勝ってほしい。ですから、2人を──平等に扱い、指導していくつもりです』
すると間もなく、司会者らへ発言のターンが移ってしまった。知った顔が消えた画面から目を逸らすと、自分はラテの残り香が混じる吐息とともに、こう溢した。
「大変ですね、トレーナーって」
テレビに映った彼の思いが、なんとなく透けて見えたのだ。有望株をふたり持ってしまったがゆえの、苦悩というべきものが。
「そうですね。片方を贔屓に、というのは許されない職ですから」
そんなメサイアの相槌に、同意の笑みを漏らす。
3つもあるティアラだ。教え子ふたりで分け合えるように、と考えてもおかしくはない。だがそれでも、互いが全力を発揮できるよう指導が求められるのがトレーナーなのだ。そこに苦しめなければ、いちチームを率いることは許されないのだろう。
それをメサイアの前で口走るには今更だろうか、などと考えを巡らせていると、彼女はこんなことを口にしていた。
「……私が勝つので無用な心配だ、というのは意地悪ですかね」
生真面目な友人にしてはシニカルな物言いへ、思わず失笑してしまった。
VTR前のやりとりでもそうだったが、久しぶりに一対一で語らう彼女は、余裕を感じさせる言葉をよく放っているような気がする。
「随分な自信で」
「友人の前で意地を張りたい、というだけかもしれませんよ?」
突っついてみれば、今度は笑んで答えるメサイア。見ない間に随分と変わった、と友人にまた失笑を漏らす。
「自分の前でくらい……なんて言うのは偉そうですかね?」
途中で着地点や声色を修正しながら、メサイアへ問いかける。
気負うな、と断ろうとして思い直したゆえの言葉だった。
「妙な言い方ですね、これではどちらの祝いか分かったものではありません」
言い出したのは私ですが、と笑みながらも痛烈な物言いをしたメサイア。確かに、とばかりに自分も笑い返すのだった。
(この感覚、懐かしい)
久方ぶりに友人と言葉を交わす中で、エアメサイアは内心そんな感情を覚えていた。
祝っているようで、結局こちらが気を遣われている。自分が主役になることにはどうも慣れていないらしいアルバは、こういった状況でも控えめな態度を崩さない。以前アルバの初勝利を祝った際にも、結局クラフトらの会話が中心になっていた。
(肩肘張らずにいてくれるのはありがたいのですが)
件のディスプレイに自分たちティアラ路線の話題が映されたのがまずかったのだろうが、こうもこちらの話となっては祝い甲斐がない。
──いや、内心では見透かされているのかもしれない。こうして祝いにかこつけて友人と過ごすことで、焦りをごまかそうとしていること、そして虚勢を張るような物言いも、その一環なことを。
(でも、そうだったとして貴方は、いつも気づいていない顔をしてくれる)
思い悩んだとき、進むべき道に迷うとき、そこで隣に座す彼女は、どこまでも自然体でいてくれる。
『私が昔に見たヒーローは、基本の技を決め手にしていました』
それは、かつてアルバが口にしていた言葉だ。
母の血を引く者として、堅実かつ着実に。基礎を忘れずに突き進む──そう誓った矢先に突きつけられた、長き時間という壁。幼き身で相対するには途方もなく高いそれへ、挑むことは正しいのだろうか。そう吐露した自分に、彼女はそうこぼしたのだ。
いま思えば、アルバにしては珍しい趣味、と突っ込むところだったと思う。だが少年漫画を読み耽る程度には創作上のヒーローへ憧れがあった自分は、それをツボな話だと捉えるのみだった。
(確かそのヒーローはウルトラ……なにがしと仰っていましたか。いつか見てみたいものです)
引き合いに出される程度にはアルバにとって馴染み深いらしいその存在の全貌を、自分は未だ知らない。だが、友人の言葉を通じて力をくれたそのヒーローのことは、非常に好ましく思っていた。
しかし、その概要を尋ねるたび、ふふ、と笑ったっきり彼女は何も答えてくれなくなってしまう。
「……あの、メサイアさん」
すると、アルバの声が意識を現在に戻した。
一口齧ったらしいサンドイッチを片手に持つ彼女は、何やら負い目を感じているような表情を作っている。
「私は、見ての通り役に立たないヤツです。あなたと一緒に走ってやることもできなかった」
唐突に放たれたそんな言葉に、思わず呆けてしまう。友人にしては弱気なことを言う、と思ったからだ。いまの彼女は、先ほどまで回想していた姿と、どうやっても重なってくれない。
「でも……こうやって何気ない時間を一緒に送れるくらいには、古い付き合いのつもりです」
友人の意図が読めず、ただ続きを待つ。
「だから、その……祝いでなくても、呼んでくださいね。悩みを聞いてやるくらいは、できるはずですから」
着地点を迷っていたようだったが、結局そう言い切ったアルバ。
一連の発言を、控えめな友人の自虐と捉えた自分は、苦笑をこぼしながら返答を組み立てざるを得なかった。
「ええ、そのつもりです」
ひとまずそう応えれば、安堵したような表情を作るアルバ。だが、ぶつけてやらなければならない言葉が残っていた自分は、「ですが」と前置いてこう続けた。
「そんな打算で作るものではないでしょう。この関係は」
そう言うとわずかに目を瞠ったアルバ。ピンと来ていないのだろうか、と思った自分は、ラテを一口啜るとこう告げた。
「別の道を立って往く……得てして友人というのは、そういうものです」
ですから、と言葉を止め、迷った。それは一瞬だったかもしれないし、数分の間だったかもしれない。だが、この間柄を「友人」と形容したのなら、そう呼ぶに相応しい厳しさを持った言葉も必要だろう──と結論づけた自分の口からは、思いの外すんなりとこう飛び出した。
「役に立たないなど……私の友人を侮辱するのは、おやめいただけませんか」
そう言い切ると、明確に表情を後悔に歪めたらしいアルバが目に映った。
「そうですよね……そうだよ」
苦笑ともとれるような顔を作ると、俯いて洩らした彼女は、めっきり押し黙ってしまった。
「ふふっ」
これでは本当に祝いどころではなくなってしまう、と思った自分は、あえて大袈裟な笑い声をひとつ洩らした。
「では、改めて願いましょう。私と……今日という何気ない時間を、過ごしてくださりますことを」
そう乞い直せば、また目を瞠ったアルバ。しかし、含み笑いを経たらしい彼女は、至極穏やかな表情でこう返した。
「ええ、喜んで」
それを聞いて満足の笑みを作った自分は、机上に残っていたサンドイッチの片方を手に取った。
──こうして、窓から射し込む柔らかい日光の中で、自分たちは幸せな時間を過ごした。今日という長く短いひとときを。
桜花賞、どれだけ映そうか迷い中。