ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない 作:アウラセイヴァー
スピード更新なんて今回だけなんだからね!
──桜花賞迫る、日曜のトレセン学園。
「オォウ、神様仏様三女神様ァ……どうかあの子に力を、デース!」
「ふふ、エルったら。──しかし、レースへ挑むウマ娘たちの幸福を祈る気持ちは、こちらも同じ……ですよね、アヤベ先輩?」
「え、ええ。なんで挟まれてるの、私……?」
画面越しにGIレースを一目見んと、カフェテリアは休日ながら賑わっている。
──自分はやや後ろの位置で、モニターを見守っていた。
手頃な壁へもたれかかると、ちびちびとお気に入りの乳酸菌飲料を啜っている最中、隣をあるウマ娘が通過していった。
「『桜花賞』……そんな時期か──」
あまり抑揚のない声で呟いたそのウマ娘は、女性にしては長身なスタイルをしており、焼けたのか元来のものか、褐色の肌を有する出で立ちをしていた。
特に個人的な関わりはないが、自分は彼女の名を知っている。なにせこのウマ娘は、自分がデビューする前年に有馬記念の連覇を果たしているのだ。
「あ、シンボリクリスエスさん! そうですよ、4月といえばっ!」
そう自分が浮かべた通りの名を呼んだのは、同期らしいウマ娘たちとモニターを見守っていた日本総大将・スペシャルウィークだった。
「特に今年は、強い子が多いって言われていて、すごく盛り上がっているんですよ〜」
「Hmm──お前の期待する──ウマ娘は?」
「そうですねぇ……6番の子とか、みんなすごくいい脚を持ってるんですけど……」
言い淀む様子の彼女だったが、このあと誰を挙げようとしているのか、自分にはなぜか分かった。それは後ろからだとはっきり見えるボブカット上の白い編み込みが、画面の向こうの知人に重なったからだろうか。
「ズバリ! 私はシーザリオさんに注目中です! あのギラギラ〜って闘志がいいなぁって」
思ったまんまの人物を挙げたスペに苦笑しながらも、自分は今まさに1番人気の有力バとして紹介されている画面の中のシーザリオを見やる。
「……そうか」
それだけ言うと、スペの隣に座したクリスエスは、そのまま観戦を続けるようだ。
「ハウディ! クリスエス! ワタシもレース、隣で見せてクダサーイ!」
やがて、またひとり加わって騒然としだす前のグループ。誰もが浮かれる、華やかな第一幕は、いま始まろうとしていた。
大外枠のジュニア級チャンピオン──阪神JFでクラフトを下した相手だ──のゲートインから間もなく、レースはスタートされた。
『揃ってスタートを切りました、18人の優駿たち』
特に出遅れなく始まったレース。誰が行くのか、という序盤の争いで、クラフトの動きが目に留まった。
(外目スタートなのに、もう前にいる)
早くもハートらがいる好位置へ取りついていった彼女へ、内心で呟く。
外から2番目の枠に入ったクラフトのスタート位置を考えれば、そこから内に切れ込む距離ぶんのスピードを上げてレースに入ったことになる。阪神JFのように入れ込みすぎてしまったか、と思った自分だが、すぐさま誤りだと思い直した。
スタートから間もなくコーナーを迎えるトリッキーなコース形態を有するこのレースは、最初のコーナーまでに隊列がダンゴ状態のまま伸び切りづらいために、アウトコースを走らされやすい外枠のウマ娘はコーナリングにあたって距離のロスがよく発生する……と、以前トレーナーが言っていたからだ。
「いま前に入っておかなければチャンスはない、と思ったのかな」
結局コーナーに入る前にポジションを確定させたクラフトは、内のハートとともにレースを進める格好となった。メサイア、シーザリオは後ろで待つ形になったものの、外へ位置取った前者はともかく、内に控えることになった後者は明らかに窮屈そうにしていた。
『あっと!? ここで外からエアメサイア! エアメサイアが位置を押し上げていく!』
やがて最終コーナーの中ほど、といったタイミングで動いたメサイア。それに呼応するように後続が差を詰め出す中、いよいよ局面は最終直線に入った。
『ラインクラフトがスパート! 内からデアリングハートも加速して先頭に立った!』
先行していたふたりが脚を切り出し、後ろから迫るライバルを振り切らんと気迫をみなぎらせる。
『さらに外からエアメサイア! 外からエアメサイアが迫ってきたっ!』
悠々と先頭へ迫るメサイアだったが、このレースの1番人気も黙ってはいない。
『そしてやはりシーザリオがきた!! シーザリオ、内を割って追い上げるっ!』
やがて知人同士の4人で優勝を争う展開になると、間もなく先頭へ代わったクラフト、抜かれながらも粘るハート、そこへ襲いかかるシーザリオ、外から迫るメサイアといった格好になった。
『デアリングハートか!? エアメサイアか!? ラインクラフトか!? シーザリオか!?』
四つ巴となった決戦に、アナウンスが叫ぶ。
そのとき、自分には──まるで阪神JFのときのように、クラフトの叫びが聞こえた気がした。
──わたしがっ! 勝つんだああああーーーーっ!
『ラインクラフトっ! ラインクラフトが1着でゴールインっ!』
クラフトの声が木霊した瞬間、レースは──ひとつめのティアラは、一番にゴール板を駆け抜けた彼女の手に収まっていた。
見れば、ほぼ差がなくゴールインしていた4人に、そして出走者全員に、画面の向こうのスタンド、そしてカフェテリアの観戦者全員から惜しげもない歓声が送られた。
「……今度こそ、獲れたんだな、クラフト」
ここにきて『主役』としての器を示した彼女へ、漠然と洩らした。
一生にただ一度、『桜花賞』の戦いはこうして幕を閉じるのだった。
「失礼しまーす……」
扉の隙間をすり抜けるように、体をこじんまりとさせながら自分が入った先は、桜花賞を制したクラフトの祝勝会の場だった。週末のレースへ向けてトレーニングの予定が立て込んだこともあり、すでに後半と言えるタイミングでの参加となってしまったのだが。
「なんかティアラの人ばっかりだなぁ……」
美浦寮の長や、生徒会の副会長など、自分にとってはあまり馴染みのない顔も揃う会場。しばらくうろついていると、主役の姿を認めた自分は迷わず駆け寄った。
「あ、アルバさん!」
こちらに気づくなり声をかけてくれたクラフトに、どうも、と手を上げて応える。
「遅れてすみません。GI初勝利、おめでとうございます」
「うん、ありがとう!」
無難に祝いの言葉を切り出した自分に、クラフトは微笑みかけてくれた。見ればその近くには、メサイアら同期の姿もある。
「しかし……正直、安心しました。ジュニア級のときは、クラフトさんでも無理か、と焦れたものでしたから」
「あははぁ……でもでも、こうやってティアラウマ娘にちゃんとなれたし! なりたい自分に一歩近づけたかな、って!」
思ったままを言ってみれば、苦笑も交えながら目標を達成した喜びを語ってくれるクラフト。
やがて、メサイアさんたちも来てるよ、とほか3人のところへ引っ張られていったので、そのまま顔を合わせることになった。
こちらを見るや否や、各々が歓迎の言葉をかけてくれたのだが、応じているうちにあることが気になって仕方なくなった自分は、不躾を承知でそのまま口を開いた。
「しかし、シーザリオさんはともかく……メサイアさん、ハートさんのふたりがいらっしゃるとは」
ここは究極、自分を負かした相手を祝う席なのだ。知人とはいえ参加は躊躇われるものだろう、と問うと、メサイアらふたりは気丈にもこう語ってくれた。
「讃えるべきを讃えてこそ、レース走者ですから」
「Yes.複雑な気持ちがないワケじゃないけどね」
敵わないな、とその言葉を受け苦笑を溢してしまう。失礼を詫びると、話題を変えてしばらく話したあと、唐突にもこちらのレースの話題が持ち上がった。
「そういえば、来週はあなたの皐月賞ではありませんか」
それは、思い出したように呟いたメサイアの言葉だった。クラフトの祝いなのだから、と退けようとした自分だったが、他でもないクラフトが食いついてきたので、そのまま話題は続いていった。
「もし、あのウマ娘がこのまま出てくるならば……気をつけた方がよいかもしれません」
出てくるであろうウマ娘について話し合っている最中、考え込むようにしたメサイアがそう仄めかす。
その理由とは、と誰からともなく問われると、彼女はこう話した。
「どうやら、これまでに重賞含む3勝を圧巻の内容で制した……と」
はあ、と解らない声を洩らしてしまう。桜花賞に挑む以前のシーザリオも同じような戦績を辿っていたし、よくある話だ、と思ったからだ。
「後方からすべてを撫で切るその末脚は世に知れ渡り、支持する人々は多いと聞きます」
「ああ、あの人ですか」
後方から、と戦法を聞いて、ようやく確かな答えが浮かび上がった。
以前『若葉S』を制したあと、同じく皐月賞トライアルを制したウマ娘らをトレーナーと分析したことがあったのだが、そのときに持ち上がった名だろう、と思ったからだ。
「でも、こうしてティアラを走る皆さんを見たあとじゃなぁ……」
あまりにも鮮烈に争った彼女らの桜花賞を回想し、漠然と洩らす。何せ、
そんな薄暗い感情に浸ってすぐに、クラフトらの視線がこちらへ集中していることに気づいた。
「言うじゃない、アルバ」
そう挑戦的に笑むハートに、思わず困惑してしまう。
「まったくですね。……いや、それほどの走りを見せられた、と己を誇るべきなのだろうか」
途中で口振りを
「いやいや、まだ戦ったこともない相手ですし、油断どうこうを言える段階でもないんですけどね」
そう手を振って発言を打ち消してみたものの、内心ではどこか楽観視してもいた。
「でも皆さんは……ああ、いや。なんでも」
口走りかけた言葉を引き戻し、はぐらかす。主人公なのだから、と続けるのは、いくらなんでもメタ的な物言いが過ぎる。
(でも……この娘らの裏にそんな強いのがいることある?)
かつて自分が画面越しにクラフトらを見たとき、少なくとも
もし、三冠を達成するようなウマ娘が現れるなら、それこそ
「でも、アルバさんから……クラシック三冠を走る人から、印象に残ったと言ってくれて嬉しいよ」
すると、クラフトの言葉で意識を引き戻される。こちらに向けられていたキラキラと輝く視線は、自分の嘘を鏡に映されているようで居心地が悪かった。
「私たち……きっとオークスでも今くらいの、いやそれ以上の輝きを見せちゃうから、あなたも頑張ってね!」
そう笑う彼女に、思わず俯いてしまう。買い被りすぎもいいところだが、その道を望んだのは自分自身だ。そう割り切ると、努めて朗らかに返した。
「まあ……それくらいやれないと、申し訳が立たないですよね」
口振りがどうにも懺悔がましくなるのは、真の意味でクラフトの願いを叶えてやれない後ろめたさからだろうか。
そのあと、日が落ちるまで続いた祝勝会は、心中に突っかかった何かが取れないまま時を過ごしていくのだった。
──決断の行く末を知るための一歩は、すでに踏み出されていた。
今度こそしばらくお暇を頂きます。
お読みくださる皆様へ、最大級のリスペクトを。