ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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お久しぶりです。
世間はお盆だそうですね。


届く『はず』この想い

「……なんか、異様じゃないですか?」

 

 都合が悪いことに気がついたような教え子の声が、鼓膜を揺らす。

 

 クラシック三冠の始まりの地、中山レース場を前にしたデュアルバインダーは、どこか異質な盛り上がりを前に気圧されているようにも見えた。

 

 ──その空気感は、無敗でこの舞台を迎えた1番人気によって生み出されたものなのだろうか。

 

 トレーナーとして二度目となるGI。今度こそ、という思いが自分の中に満ちていた。年末に挑んだ朝日杯FSのときは、担当の心の内を図りきれずに悔いの残るレースをさせてしまった。それは避けなくてはならない。

 

 ならば、まずは毅然とした振る舞いを見せて彼女を安心させなくてはいけないだろう。

 

「そうかな? クラシックのGIともなれば、観る人もみんな気合いが入っているものだよ」

 

 努めて平常を装った声色でそう返してみれば、アルバはジトっとした目をこちらへ向けた。

 

「去年に自分が笑ったこと、気にしてるんですか?」

 

 そう言われて、朝日杯FSのくだりが脳裏によぎった自分は一瞬、頭が真っ白になった。それが命取りだった。

 すると、まるであのときのように苦笑いを溢したアルバは、どこか意地の悪い表情を浮かべるとこう続ける。

 

「行きましょうか。まだ何も始まってはいませんし」

 

 またも朝日杯FSの焼き直しのような振る舞いを見せた彼女に、苦笑いを溢すしかなかった。

 

 そうして仕方なくアルバと並行して歩いていく道中。二度目とあって余裕があったのか、彼女といくつか言葉を交わすことができた。

 

「今日は友達の子らは観に来てるのか?」

 

 ここで指したのは、よくアルバが共に行動している、エアメサイアたちティアラ路線のウマ娘だった。

 以前デアリングハートと併走したときなど、何人かは自分も顔を合わせているだけにそう訊いたのだが、アルバは考え込むようにすると、テレビ越しに、と言って首を横に振った。

 

「そうか……いや、この間のチーム<アスケラ>の祝勝会で集まったばかりと聞いていたからね」

 

「いやいや、不仲になったとかじゃないですよ? 皆さん、とてもよくしてくれますから──」

 

 そう断りを入れる彼女としばらく話し込んでいると、やがて自分はこう首をかしげた。

 

「でも、やっぱり不思議だな」

 

 それが唐突な物言いに聞こえたのだろう、わずかに目を瞠るアルバへ、こう続けた。

 

「君の周りにはティアラの子ばかりだ、なんで今の道を選んでるんだ?」

 

 それは何も、たったいま初めてした質問ではなかった。

 

 スカウトする前から、彼女は件の4人と行動を共にしていたし、そのグループが総じて持つ夢も知っていたはずだ。

 その関係に背くだけの理由を、まだ自分は知らない。だからこその問いかけだった。

 

「三冠が欲しいからですけど……でも、それじゃ納得できないから訊いてるんでしょう?」

 

 何度も聞いた()()()()()を口にしつつも、何度目かというこちらの質問へ苦笑を溢しているようなアルバ。

 

「なら……ひとつ、おとぎ話をしましょうか」

 

 少なくとも今までには聞いたことがない口振りに、思わず呆けた視線を向けてしまう。自分から訊いてきたのに、と突っ込まれなかったのは幸いだった。

 

「少なくともあの人たちは……私より才も、夢も、何もかもを示している身です。同期の中で突出した実力もある」

 

 どこか自虐的な意図も交えながら4人を賛美するアルバ。まさか、と洩らしかけるが、その時間は与えられなかった。

 

「そこへぶつかるにはリスクが大きい……と、考えてもおかしくないのではありませんか?」

 

 断言こそしなかったが、思いつく中では最も寂しい答えに息を詰まらせる。

 それを感じ取ったのだろうか、アルバの表情は慌てたようなものへ変わった。

 

「じょ、冗談ですよ? 別に皐月賞が簡単だ、と言いたいワケでもありませんし──」

 

「あ、ああ……」

 

 発言を取り繕うアルバへ、思わず生返事をしてしまう。

 今まで「三冠が欲しい」としか駆ける理由を話さなかった彼女が、わざわざ口にしたことなのだ。本気にしない方が無理というものだろう。

 

「それよりも、今日の1番人気は手強いのでしょう? 無敗でここまで来て、ああも騒がれるものですから」

 

 そのアルバの口振りは、明らかに話題を逸らそうとしているように見えるものだったが、こうなった彼女はこれ以上真意を話そうとはしないだろう。

 

(君は、走ることをどう感じているんだ?)

 

 その疑問は、アルバと出会って間もない頃から抱き続けてきたものだ。

 

 ──だが、それを知る力は、まだ自分にはないのかもしれない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

(……やっぱり話すべきじゃなかったかなぁ)

 

 少し前のやり取りを思い返しながら、自分はため息をついた。

 

 控え室に入るや否や、トレーナーとの確認事項のやり取りもそこそこに更衣スペースへ入った自分だったが、そこをかれこれ朝日杯FSのときより、時間にして数分増しで占領している。

 

(あとはこれを履くだけだけど、まだ出るには気まずすぎる)

 

 最後に残ったパンプスを見つめながら、カーテンの向こうにいるトレーナーを想像してうな垂れる。

 

(……軽率だった。向こうは仕事なんだ、こんなの受け入れられる考え方じゃない)

 

 遠回しにしたとはいえ、同期のライバルに怖じ気づいたと示唆したのはまずかっただろう。新人とはいえ、相手は自分の他にも数多のウマ娘を導いていく職の人間なのだから、戦意なしと見られればこちらが首を切られかねない。

 

 それでも仄めかしてしまったのは、思いのほか自分がトレーナーという存在を神聖視してしまっていたからだろうか──そこまで考えが行ったところで、首を振って思案を打ち切った。

 これを失望の材料として片付けてしまうのは、あまりにも不遜が過ぎる。

 

「……はぁ」

 

 2度目のため息を吐くと、ようやくパンプスへ足を滑り込ませる。

 

 1着を獲って帰ってこれれば、この気分も晴れてくれるのだろうか。

 

 何度か床を叩いて踵を合わせてやると、立ち上がって姿見へ自分を映す。

 

「……」

 

 いかにも辛気臭い顔をしている鏡の中の自分を見ると、ふらっと口端に両の人差し指を当て、押し上げるように『笑顔』をとらせた。

 

 やがて、苦笑とともにその行動を打ち切ると、トランクケースから飲料水を探っていた自分の目にあるものが映る。

 

(これ……あの人の)

 

 それは学園を発つ前に、寮のデスク上にあった折り鶴だった。いつかのデビューの日のように同室の先輩が折ってくれたのだろうか、とここまで持ち込んで来ていたそれは、今回は書き置きも兼ねられているのか、一部分に『心』のひと文字が覗ける。

 

「……」

 

 激励の品を丁重に持ち場へ戻すと、ペットボトルを取り出して口をつけ、中身を半分ほど呷る。

 

「……ぷはっ」

 

 不安もろとも、という勢いで飲み下した水分は、さっぱりと全身に染み渡っていくような気がした。

 

 姿見へ映った──いくらか鋭い顔つきになった自分と目を合わせると、すぐさまそれに背を向け、カーテンに手をかけるのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『三冠の資格を携えた18人が集まりました、本日のメインレース『皐月賞』! 発走の時間が間もなくと迫っています!』

 

 パドックでの顔見せを終えたウマ娘たちが集まる中山レース場のターフ。

 

 外ラチの向こうを見れば、熱気が渦巻くスタンドが目に入る。ホームストレッチからのスタートとなるのは前走の若葉Sも同じだったが、ボルテージは比べ物にならない。それは各ウマ娘にとって、一生に一度となるクラシックの舞台だからだろうか。

 

「お久しぶり、デュアルバインダーさん」

 

 唐突にフルネームを呼ばれ振り返ると、そこには前走で顔を合わせたウマ娘がいた。

 

「リスペクトシナノ……この名、まさか忘れてないわよね?」

 

 挑戦的に口にされたその名に、もちろんと頷く。すると、青を基調とした勝負服を纏うこのウマ娘は、啖呵とばかりに続けた。

 

「あなたもろともぶち抜くわ、覚悟しておいて」

 

「……そうですか、お手柔らかに」

 

 そう応えた自分は、挨拶もそこそこにゲートの方へ視線を向ける──とそのとき、1番人気の姿が目に留まった。

 

「どうしたの? ……ああ」

 

 こちらの表情の機微を読み取ったのだろうか、そう声をかけてくるシナノは、自分と同じ方へ首を向けると納得したように洩らす。

 

「注目しないワケないわよね、無敗の追込使いなんて」

 

 その通りだ、と内心で頷いておく。件のウマ娘は、これまでにいずれも2000mで勝利を収めている。前走にあたる弥生賞は、ここ皐月賞とそっくりそのまま条件が同じなのだ、期待しない方が無理というものだろう。

 

「ですが、付け入る隙がないワケではない……そうでしょう?」

 

 そう同意を求めたのは自分だ。決して慢心ではない、最終直線が短いここ中山レース場は追込ウマ娘が不利という傾向があるし、前述の弥生賞での決着も、辛勝といえるハナ差で終わっていたことを知っていたからだ。

 わずかに目を瞠るシナノの顔を目に映すと、不躾ながら返事を待たずに続けた。

 

「……先週のGIに混ざれ、と言われるよりはマシです」

 

 何より、ドラマあふれるもうひとつの道の主人公たちを、自分はすでに見ていた。そう遠回しに桜花賞のことを口にすると、シナノは大笑いしている様子だった。

 

「ま、向こうも粒揃いだって話はあるものね。特にシーザリオさんは、私が負かされた相手だし」

 

 そうさっぱりと口にするシナノは、ひとしきり笑うと、深く息を吐きこう溢した。

 

「私、あの人に勝ちたい」

 

 確かな情熱を瞳に覗かせる彼女は、例の1番人気を見やるとさらに続ける。

 

「私を差し置いて人気者になっちゃってさ。見る目がない、って世間に示してやりたいの」

 

 そう言い切るシナノは、やがてこちらへ視線を戻すと、ふっと笑んでこう口にする。

 

「だから、あなたにも差されてもらうわ」

 

 自分のことはついでとばかりに言う彼女へ、思わず苦笑いが溢れる。

 

「負けるつもりはありませんが、せめて追い抜くときはズバッと一瞬でお願いしますね」

 

 諦めがつくなら早い方がいい、と思ってそう告げてやると、シナノは先ほどしたように笑っていた。

 こうして因縁にケリをつけ合うと、間もなく発走のときは目前へ迫っていた。

 

『いま、スターターがスタート台につきました!』

 

 すると、ゲートの脇にある、ゴンドラを載せたようなトラックへ、赤い旗を携えた人間が立っていた。

 彼が旗を振って間もなく、遠いウイナーズサークルから吹奏楽が響き渡る。GIのファンファーレだった。

 

『8万人がこの目で見ようと集まった、未来の夢の三冠ウマ娘! スター誕生のステージへようこそ!』

 

 ボルテージも最高潮に達する中、最内枠に入るシナノとここで別れようとした瞬間、1番人気の異変が目に入った。

 

 あれ、と視界に映るのは、何度もつまずくように歩く彼女だった。

 

「これは……ゲートで何かあるかもしれないわね」

 

 それは、自分と同じく違和感を抱いていたらしいシナノの声。

 

「……そのまま見かけ倒しであってくれよ」

 

 あいにく、強敵との戦いに燃えるクチではない自分は、そう祈るほかに感想を持てなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『──最後に、こちらはゆっくりと落ち着いた状態で、エクストラワルツ』

 

 悠々と最後に残った大外枠に入るウマ娘の名が、アナウンサーに読み上げられる。直前まで、場内がどよめく程度には16番のウマ娘がゲートインを嫌っていたためだろうか、ようやくレースの用意が整いそうだと安堵しているような声色だった。

 

 もう、いつゲートが開いてもおかしくないだろう。12番の枠に入っていた自分は、最後にふたつ外にいる1番人気の横顔──足元を気にしたのか前は向いていなかったが──を拝むと、いつものように首をひとつ回したあとにスタートの体勢をとった。

 

 そこから発走までは、随分とすぐのことだったと思う。

 

『さあゲートが開いた!』

 

 自分が何事もなくスタートを切ったその瞬間、スタンドから歓声──そう呼ぶには焦りが滲んでいたが──が上がる。

 

 前に出るべく内目のウマ娘たちへ意識を割いていた自分には、その原因が分からなかったが、すぐに響いたアナウンスが答えを渡してくれた。

 

『ちょっとよれた! ドリップショックトのスタートがどうだったのかというところ』

 

 口にされたのは、まさにスタート前まで気にしていた1番人気の名だった。どうにも様子がおかしいと思っていたが、出遅れてくれていたらしい。

 

 前目のレースをしてくるウマ娘ではないので、致命的とまではいかないだろうが、タイムロスは否定できない。掛かって脚を使ってくれれば上等、とまで皮算用を描いたところで、すぐさま件のウマ娘を思考から弾き出す。わざわざマークに走る択を採らなかった自分には、それよりも向き合わなければならないことがあった。

 

『いま1コーナーに向かって先行争いに入っていく各ウマ娘!』

 

 こちらの内心を見透かしたように、アナウンスが戦況を評する。

 すぐさま前に出ようとしてきた15番に競りかけつつ、先頭を見ればあるウマ娘がすでに前へ出ていた。

 

『スピードで押していこうというのか、6番のオオイナルワクセイ』

 

 そう読み上げられた彼女は、ここまでの2戦をどちらも逃げで制している身で、6番人気ながら無敗優勝が懸かるウマ娘だった。

 アナウンスはそのまま2番手のコールへ──映る前に、後方の注目バへとフォーカスしていた。

 

『さあそして、14番のドリップショックトは後方から2人目』

 

 再び呼ばれた彼女は、すでに出遅れの分は追いついてきたらしい。

 後ろから3人目のウマ娘に取りつこうとしている、とすぐに報じられたため、勝負を投げたワケではなさそうだ。

 

『1コーナーのカーブです。さあドリップショックト、後方2人目からどんな展開になっていくか』

 

 まだ注目を1番人気へ注いでいるらしいアナウンサーに、随分とお熱だ、と苦笑する。

 

 いけない、と目の前の先頭へ意識のすべてを向けた。外の15番に追い抜かれることなく2列目の位置に収まることのできた自分は、今のところ理想的な立ち上がりといえる。

 

(悪いポジションじゃない、このままラストに飛び出しを狙えれば──)

 

 ──勝てる、と強気な自分が続けてのたまう。無論、そう簡単に事が運ぶとは思っていない。しかし、1番人気の出遅れに、イメージ通りの立ち上がりにと、都合のよいことが続いていた自分は、気が大きくなってしまっていたのかもしれない。

 

(走ったのは1600mだったけど、メサイア相手でもギリギリまでやれたし……いけるか? いやいけてくれないと困る、じゃなきゃここに来た意味がない──)

 

 あとにして思えば、自分はもう少しこの世界について知っておくべきだった。

 

 クラシック三冠とトリプルティアラ、このふたつの道がなにゆえ隔たれているのか、そして交わったときのパワーバランスはとか、判断材料にできるものはいくらでもあったはずだ。

 

 ──アルバさんから……クラシック三冠を走る人から、印象に残ったと言ってくれて嬉しいです──

 

 以前、そうクラフトが口にしていた意味を、自分は正しく理解できていなかった。

 

 ここは果たして、本当に望む()()()だったのだろうか? 

 

 だがそれを悟るには、自分の目は理性という名の幻想で曇りすぎていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『さあ先頭の後ろには4番のヴァジュラパーニがつけました、その外にデュアルバインダー、シンエイヤナギが行って──』

 

 向こう正面に入ろうとしている先団を評したアナウンスが、カフェテリアへ響き渡る。

 

「Hmm──いつも通りの先行策ね、アルバ」

 

 順位を読み上げるや否やすぐに名を呼ばれた、画面の中の知人の名を受け、ハートが呟く。

 

「どのみちマークをしても意味はなかったでしょう、正道を行くのも立派な手です」

 

 そう真っ先に続いたのはメサイアだ。波風の立つスタートを見ての結果論という印象が強い言い方ではあったものの、追込を志す1番人気へ調子を合わせるには、アルバの脚質は前目に過ぎるのも事実だった。

 

「吉と出るか凶と出るか……いずれにせよ、容易く獲れないのがGIだ」

 

「うん。それに、ここはコーナーがきついトリッキーなコースだから、気をつけないとアクシデントに巻き込まれちゃう」

 

 真剣な表情で溢すシーザリオやクラフトも、食い入るようにディスプレイを見つめている。

 

 そうこうしている内に最終コーナーも近づくレース、アルバは依然として2列目の位置を崩さずに走っていた。

 

「まくるか、堪えるか、後方はどう出る……?」

 

 直線の距離が短いレース場だ、追込ウマ娘がロングスパートに出るパターンも少なくない。そんな懸念がメサイアの口を衝いて出る。

 そうしてバ群の後方へ目を向けた瞬間だった。

 

「……いない? いや──」

 

 後ろから2番目の位置にいたはずの1番人気が見当たらず探そうとして、すぐに気づく。

 

『59秒台で通過していっているか1000m前半、すーっと外からドリップショックト、その後ろに──』

 

 見ればバ群の中腹あたりに手をかけているそのウマ娘に、言い知れぬプレッシャーを感じてしまった理由は説明できない。

 

(いけない、アルバさん、どうか気づいて──)

 

 画面の向こうの旧友へ願いながら、メサイアは両の拳を握り込む。

 

 しかし、もしその思いが届いたとしても、たとえいま見ているものの行く末を伝える機会が与えられたとしても、後に突きつけられる結果は変わらなかっただろう。それを悟ったのは、すべてが終わったあと──いや、始まってしまったあとのことだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『3コーナーのカーブにこれから向かっていきます』

 

 最後の直線へ向かうコーナーを前に、自分はスパートのタイミングを窺っていた。

 少し前までこちらを追い抜けないと見てか息を入れに下がっていた15番も外から襲いかかってきており、これまでで最も神経を使うコーナリングを強いられていた。

 

『大外からはマインハーベスト、前へ前へと行っています!』

 

 自分から見て、ふたりを挟んで外にいる朝日杯ウマ娘も、その存在を主張していた。

 

 だからと焦ってトップスピードまで持っていけば、コーナーがきついこのレース場では逸走にも繋がりかねない。

 そうならないギリギリを自らの脚に求めてはや数秒、ようやく待ち望んだ景色が近づいてくる。

 

『いま残り400の標識も過ぎて、直線コースへこれから向かって参ります!』

 

 すぐ隣から、という勢いで届く大歓声に包まれながら、短くも雄大なホームストレッチへ足を踏み入れる。

 

『横に大きく広がってくる中──』

 

 バ群だったものを評したのだろうそのアナウンスから間もなく、芝を蹴る力を倍加させようとした、そのときだった。

 

「──え」

 

 それは自分でも驚くほど、呆然とした声だったと思う。

 唐突に衰える色彩とともに引き延ばされた時間感覚──生のGIを見るたび、走る度に味わってきたその体験が、ここにきて現れたのだ。

 

 だが、今まで味わってきたそれらとはまったく異なる体験に、強烈な違和感を覚えた。

 

 自分の心臓はいま、うるさいくらいに跳ねている。最高峰の闘争に高揚しているのか? 違う。全力を叩きつけられることに興奮しているのか? 違う。この感覚は、そんなポジティブなものではなかった。

 

 本来生きとし生けるものすべてに備わる、危機を察知する本能──文明の発達とともにヒトが眠らせてしまったそれが叫んでいることに気付くまで、どれほどかかったことだろう。

 

 視界の左側へ、青色の光が認められる。それこそが、自分の本能を叫ばせているものに違いなかった。外のハーベスト──ではなく、より外から迫るウマ娘から放たれるプレッシャーが形となったものだったのだ。

 

 それはかつて、阪神JFでクラフトが纏っていたオーラによく似ていた。主役と評されるに足る者のみが放てるものに違いなかった。ならば、なぜそれがこんなところで見えているのだろうか。なるほど、かのウマ娘が主役と呼ばれるべき存在だからだ。

 

 まさか、と驚愕する。そのとき自分は、直視してきたようで目を逸らし続けてきた事柄へ、ようやくぶつかることになった。

 

『ここが! ドリップの! 晴れ舞台となるか!』

 

 GIという頂に座するのが、クラフト(ネームド)たちに限らないのだということを。




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