ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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ぱかライブ祝い投稿。


ウーマン・ショック

「どうした、アルバ──!」

 

 教え子の異変へ、声を上げてしまう。恐怖へ取り憑かれたかのように走る彼女へ、問いかけずにはいられなかったのだ。

 

「諦めるな、君は特別なウマ娘だ」

 

 衝撃を迸らせるかのウマ娘よりもか、と弱気な自分が問いかけてくるが、どうにか飲み込む。己が信じてやれなければ、誰が彼女を信じてやれるのか。

 ターフへ脚を踏み入れたウマ娘へ、トレーナーができることは極端に少ない。だが、それでも──デュアルバインダーという愛バへ向け、ただ声を張り上げる。

 

「まだだ! 止まるなああああっっっ!!!」

 

 その思いが届いたのか、自分には最後までわからなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ──ただちに、逃走せよ。

 

 そう本能が叫んで数秒間、己でも信じられないほどのエネルギーを以て走っていた。

 

「うわああああああっっっ!!」

 

 今の自分の頭から、トレーナーに仕込まれてきたはずのフォームなどはすべて抜け落ち、ただ本能のまま、がむしゃらに前へ進むだけの存在と化したのだ。

 

 ──いや、ただ逃げているだけなのだろう。「恐ろしい何かが追いかけてくると思って走れ」とは、かつて徒競走に臨んだ際の教師の言だが、それの究極が今の状況なのだと思えた。

 

 とはいえ、その恐ろしい何かが実体になっているというラインまで行けば、ゴールまで走るどころではなくなってしまう。生きとし生けるものを突き動かすのに恐怖は最も手っ取り早い感情だが、それだけでは戦えないのも道理だ。

 

 もし順位に何の影響もないと断られたなら、すぐ右の内ラチを乗り越えてでも、ここから逃れようとしたかもしれない。

 

 それほどまでに怯えた子羊が望むには、勝利とはあまりに高尚でありすぎたのだ。

 

(来る、来る、来る──!)

 

 どれほど脚を回転させようとも、外から来る気配は遠のいてくれない。

 

「──ぁ」

 

 残り200mと示すハロン棒を過ぎて間もなく、ついに視界へ恐怖の対象が現れた。

 

『早くも! ドリップショックトが先頭に立っている!』

 

 こちらを一瞥もせず、並ぶこともなく追い抜いていく彼女。その様に──なぜだか安堵してしまう。自分を捕捉対象として見ているワケではなかった、と気付いたからだろうか。

 

 その瞬間、緊張の糸は完全に切れてしまった。

 

『外からリスペクトジパングも来ている! そこからダイロッカンがなんと、2番手に上がってきている!』

 

 そう読み上げられたふたりが、視界の左側へ飛び出すように現れる。追い抜かれたのだろう、だが自分には至極どうでもよかった。

 

『だが一気に突き放すか、先頭はドリップショックトォォッッ!!』

 

 その瞬間、勝者が決まった。やや遅れて自分もゴール板を駆け抜けたが、己がどの順位に着いたのかには驚くほど興味を持てなかった──後で掲示板を見ると4着に自分のバ番があった──。

 

『まずは皐月! 第一関門突破です!』

 

 遥か遠くに見える勝者──彼女がもたらした衝撃の悪夢から解放されたことに、安堵しているしかなかったからだ。

 

「聞いてない……こんなのがいるなんて」

 

 独りでに減速がなされたことで止まった脚、もとい膝へ手をついて呆然と洩らす。

 

 クラフト(ネームド)たちから逃れるため選んだに過ぎなかったはずの道。そこへ三冠に値する存在が立ち塞がるなど想像しているはずもない自分には、そうして運命への恨み言を吐いているしかなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「アルバ!」

 

 半ば呆然と控え室へ戻った自分へ、トレーナーが駆け寄ってきた。

 

「すみません、抗うことも、できなかった……」

 

 ぽつりぽつりと溢すと、彼は、いいんだ、と言ってこちらを椅子に座らせてくれた。

 

「あんなのと……あと2回も戦うんですか?」

 

 気まずい沈黙が流れて数秒、自分はそう問いかけた。ダービー、菊花賞──クラシックのGIはあと2冠残っているが、そこにかのウマ娘が出てこないとは考えられない。

 その言葉を受けたトレーナーの顔は、自分が俯いていたために見ることはできなかったが、間違いなく狼狽えているに違いなかった。おそらく彼も感じた、いや感じてしまったのだろう。衝撃迸るあの走りに抗う術など、無いに等しいことを。

 

「ああ……だが、チャンスならある」

 

 意外にも前向きな言葉を吐くトレーナーに内心で驚いたが、職業柄、そう言わざるを得なかったのかもしれない。

 

「あんな勝ち方をしたんだ、単なる末脚勝負にしようとは他のウマ娘も考えていないはずだ、まともに走らせまいとマークに遭うことは間違いない。そこを突ければ──」

 

 そこまで聞いて、バカな、と言いかけ口を噤む。あんな怪物、何人で囲んだところでそれごとぶち抜かれるようにしか考えられなかったからだ。距離適性の有無に賭ける、とでも言われた方が、まだ飲み込みやすいと思えた。

 

(クラシックが終われば、シニア級も? あのウマ娘と……いつまで……)

 

 同期としてこの年を走ればそれで終わり、なんてはずはない。一線を退くそのときまで付き合う可能性すらある。それまで自分は、彼女に敗北し続けなければならないのだろうか──。

 

(なにも、考えたく……ない)

 

 そう内心で呟きながらも、後ろ向きに空回りしてやまない頭脳はどうにも停止してくれない。

 

 そのとき、控え室のドアの開く音が遠慮がちに響いた。おそらくウイニングライブの案内か何かで職員が訪れたのだろう。

 

 分かっていて飛び込んだ世界ではあるが、バックダンサー──即ち敗者に対して肉体的にも精神的にもまったく配慮がなされていないこの制度には毒のひとつでも吐きたくなってしまう。

 

 早いところ寝床に転がり込み、こんな苦悩から解放されたかった。だがこの身は、しばらく休息を許されそうにない。




アドマイヤグルーヴってどう略すんだろ。アヤグ?アグル?でも後者だとエ『アグル』ーヴと被るしなあ。
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