ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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ちょっと筆が乗ったので。


激動クラフト競走録

「やあ、アルバ──なっ」

 

 それは、学園のコースへ姿を現したこちらを見るなり目を瞠ったトレーナーの第一声だった。

 

 メサイアとハートと過ごしてから一夜明けた今日、自分はダートコースにてトレーニングを命じられていた。ゆえにやってきただけだったのだが。

 

「何ですか、豆鉄砲喰らったような顔をして」

 

「いや……なんだか、変わったなと思って」

 

 堪らず突っついてみれば、そうのたまうトレーナーに苦笑してしまう。

 

 変わったもの──といえばすぐ思い当たるのは、やはり昨日のやり取りだろう。そこまで思い起こしたところで、()()()()()()()()()を果たしていないことに気づき、体を『気をつけ』の形で直立させると間もなく頭を深々と下げた。

 

「……ご心配をおかけしました。デュアルバインダー、本日より復調を宣言します」

 

「あぁ……ああ! おかえり、アルバ!」

 

 心底興奮しているように喜ぶトレーナーの声が聞こえ、顔を上げてみれば、瞳を潤ませる彼の顔が目に入った。

 

「そんなに泣かなくても……」

 

 そう慰めてみれば「泣いてない」と強がるトレーナーにまた苦笑を溢すも、いつまでも本題に入らずにいるワケにはいかない。

 

「ささ、私はもう大丈夫ですから、トレーニングを」

 

「……ああ、ちょっと待っててくれ」

 

 すると彼は、手にしていたクリップボードの紙を上から数枚ほど破り、こちらに見せてきた。

 

「これがダービーに向けての、トレーニングだ」

 

 そう宣言された目の前のプランは、脚を取られやすいダートゆえの、パワー強化の効果にフォーカスされたもので、確かに最近のトレーニングより強度が増されたものだ。

 

「本当はまだ調整程度になると思ってたんだけどね」

 

 今は丸められて掌中にあるのだろうプランに言及したトレーナーは、自嘲するようにこちらから視線を外していた。

 もしや脚への負担の少ないこのコースを選んでいたのは、故障のリスクに対する考慮があったのだろうか。

 

「でも、これはただパワーを鍛えるってだけじゃない。君には新しい戦い方をしてほしい、とも考えていたんだ」

 

 そう続けた彼は、再びこちらを見据えた。戦い方──今まで使ってきた先行策を捨てる、ということだろうか。

 

「ダービーで走る東京レース場の直線は、距離が長いぶん末脚を叩きつけやすい。だから追込……と言わずとも、差しのポジションで走ってみてほしいんだよ」

 

 その言葉に少し考え込む。全レース場の中でも上位に食い込む距離に加え、2mの高低差を誇る件の直線は、そこまでの消耗が大きい前目の作戦で挑むには高い壁でもある。ならひとつ位置を下げて、スパートのクオリティに注力する考えは分からなくはない。だが──。

 

「もっとも……それは道中、あのウマ娘の重圧に晒されやすいということでもある」

 

 わずかに眉をしかめると、懸念していたまんまのことを口にしたトレーナーへ、内心で苦笑を溢す。わざわざ前置いてくれたのは気遣いなのだろう。皐月賞で自分が演じた無様を、彼が見ていなかったとは思えない。

 されど自分には、退路などあろうはずもなかった。

 

「……戦えるか?」

 

「ええ……覚悟していることです」

 

 可否を問うトレーナーに了承を示す。真面目くさった顔で応えたのがまずかったのだろうか、まだ表情が強張っている彼に、あえてこう笑いかけた。

 

「そもそも、そんなに心配しなくてもいいかもしれませんよ? 皐月賞のときみたく、派手に出遅れてくれるかもしれませんし」

 

 おどけてやれば分かりやすく瞠目したトレーナーはややあって、こみ上げるような笑いを溢した。

 

「そうか……そうかもな!」

 

 そんな彼に、はにかむように笑みを返したあと、話は終わりと言いたげに手を数度叩いた。

 

「さあ、トレーニングを始めましょう。トレーナー」

 

「ああ! ……ん?」

 

 同意を返したと思いきや、自分ではない誰かに視線を吸われたらしいトレーナーへつられるように、自分も振り返る。

 

 そこには、自分たちがいるダートコースの外周にある芝コースへ降りてくる、クラフトらチーム<アスケラ>の面々がいた。

 

「……ティアラの主役さんたちがおいでなすったか」

 

 そう溢すトレーナーの声を背に受けて間もなく、こちらを見つけお辞儀をしてくるクラフトへ、控えめに応じる。

 

(なんか、表情が硬かったような……気のせい?)

 

 遠目ながらも、わずかに漂った違和感へ内心で訝しむも、それは自分が心配することではない、と思い直し首を振るのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「いつも以上にフォームを意識するんだ! 適度な反発力を得られるよう、一歩一歩を大事にしてくれ!」

 

「はい!」

 

 声を張り上げるトレーナーに大声で応じながら、ダートコースを駆け抜けていく。

 

 芝よりいくらか柔らかいこのバ場は、正確に踏み込めなければ適度なスピードを得ることができない。だからこそ、芝を走るときでもスパートの力強さを増すことに繋がるのだ──とは、トレーナーの言である。

 

 それからややあって、トレーナーの前を通過することで1周を終えた自分は、インターバルがてらクラフトの様子を見ていた。

 

 自分たちの居るコースからひとつ外を走っている彼女は、さほどスピードを出しているように見えない。お互いにトレーニングを始めてから、そこそこの時間が経過していると思うが、まだアップの最中なのだろうか。

 

(それに、随分難しい顔をしている。オークスだってそう遠くないはずなのに、どうして──?)

 

 快活なクラフトらしくない、と内心で首を傾げるも、自分には理由を見つけられなかった。

 

「そろそろいけるか、アルバ」

 

 すると唐突に問いかけてくるトレーナーに、遂げるべき本懐を思い出した自分は、頷いてスタートラインへ向かった。

 

「よーい……始め!」

 

 合図に従い、駆け出す。そしてこの後、コースの使用時間ギリギリまで、トレーナーによる内容の味変えも挟みながら、自分はトレーニングに明け暮れていった。

 

「──そこまで!」

 

 ゴール板代わりのトレーナーの声で、走りのスイッチを落とす。

 手前を変えたために、最初と反対側の位置へいるように見える彼へ歩み寄りながら、額の汗を拭った。

 

「……あと一周ならいけそうですけど」

 

 時間的にも肉体的にも、と言外に付け加えながら口にすると、トレーナーは「そうか」と言ってやや考え込むようにした。

 

「なら……いや、やめておこう。まだ精神的には病み上がりとも言えるんだから、これくらい気を遣わせてくれ」

 

 少し迷ったようだったが、結局彼の天秤は却下に傾いたらしい。食い下がる理由も特段ない自分は、そうですか、の一言でやり取りを片付けるのだった。

 

(あれ、クラフトさん、休憩してる──?)

 

 ちょっと水を、と言ってボトルを手に取り中身を喉へ流し込んでいると、外周のベンチに腰掛けるクラフトが見える。チームメンバーらしきウマ娘たちも固まっていたことから、向こうもトレーニングを終えようとしているのだろうか。

 

 ──すると、唐突に彼女と目が合った。

 

 間もなく、自身を奮い立たせるように大きく頷いたクラフトは、立ち上がって内ラチ──こちらにとっては外ラチだが──のところまで駆け、こちらへ声を投げてきた。

 

「アルバさん!」

 

 そう呼びかけるクラフトに、自分のみならずトレーナーやアスケラの面々も驚いているのが目に入ったが、彼女はややあってこう申し出てきた。

 

「私と、模擬レースをしてください! 2400m、左回りで!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「無理言ってごめんなさい、アルバさん」

 

 並んでターフに立つや否やそう詫びてきたクラフトに、曖昧に返事をする。

 

 あの瞬間から脳を支配した困惑は、未だわずかに燻り続けている。申し出の意味を解せなかったわけではない。むしろ十分に理解できたからこそと言える。彼女が口にした条件は、ダービー並びにオークスと同じものだったのだから。

 

 砂まみれで入ってはまずい、と精神を立て直す口実として替えてきたばかりの靴と上着へ視線を落としながら、自分は大きくため息をついた。

 

(何を狙ってる……?)

 

 トレーニングの最中、様子がおかしいとは思っていた。だからと言って、クラフトがこんな行動に出る理由は分からなかった。レースは違えど同じ条件で走る自分を蹂躙して弾みをつけたい、とでも考えているのだろうか。

 

(……もしかして、前に言ったことを真に受けて──)

 

 そう自分の脳裏へ思い起こされるのは、皐月賞トライアルの前に彼女と語らった記憶だった。

 

 ──よかったら、私とも併走してねー!──

 

 ──え、ええ。引き立て役なら、慣れてますから──

 

 確かにあのとき、別れ際にそう言った覚えがあるが、本当にそれがきっかけなのだろうか? 

 

(──いや、これはチャンスなのかもしれない)

 

 ぐるぐると回る頭脳はしかし、そんな思いをよぎらせてきた。

 

 すでにGIひとつを制しているこのウマ娘(主人公)に、どれだけ自分の脚が通じてくれるのか。まだ底が知れないかの怪物との決戦に向け、有力バを仮想敵にできる絶好の機会と言えた。

 

「じゃ、じゃあ! 自分が合図、するっすよ!」

 

 そう金髪を1つ結びにしたウマ娘が、やや遠巻きに声をかけてきた。彼女もクラフトと同じく、チーム<アスケラ>のひとりだ。

 

 もう、考えていても仕方ない。首をひとつ回した自分は、スタートの体勢をとった。外ラチの向こうには、こちらを見守る自身のトレーナーや、シーザリオを初めとするチーム<アスケラ>の面々もいた。

 

「用意──スタート!」

 

 1つ結びのウマ娘の声とともに、自分とクラフトは駆け出した。少しすると、自分は迷わずクラフトの後ろに着く。

 

「──え」

 

 一瞬、驚いたようにクラフトが振り向いてきた気がした。これまで先行策を採ってきた自分だ、競り合いになると想定していたのかもしれない。

 

 その前後関係は特に変わることなく最初のコーナーを過ぎ、向こう正面、最終コーナーと差し掛かっていったそのとき、前を走るクラフトへ異変が起きた。

 

(なんだ、疲れ過ぎじゃない──?)

 

 本番のレースと違ってハロン棒がないので正確には分からなかったが、残り800mの地点だったと思う。そこからクラフトの呼吸のリズムが、自分と比べてかなり早まり出していたのだ。

 

 位置的に相手を風除けにできるこちらの方が消耗は少なくなるのは当然だったが、それでは説明がつかないほどだった。

 

(まだ直線があるのに、保つのか!?)

 

 クラフトがひと芝居打てるタイプではないと知っている自分は、そう驚かざるを得なかった。そんな中巡ってくる最終直線、体を外へ遠心力をかけたように持ち出すと、残ったエネルギーのすべてを叩きつける。

 

「っ、やぁあああああーーー!!」

 

 こちらが追い抜こうとしているのが見えたのだろう、呼応するように脚を使うクラフトが吠えるが、その背は驚くことにどんどんこちらに近づいてくる。

 

 ──やがて彼女を追い抜いてから、1つ結びのウマ娘の前を横切るまで何秒あったろうか。

 

 やがて脚を止めて見回す限りでは、自身のトレーナーやアスケラの面々がどよめいていたようだったが、その声は全く耳に入ってこなかった。

 

「勝っ、た……?」

 

 前方のどこでもない場所を見つめながら、呆然と呟いてしまう。

 ぶっつけ本番な後ろからのレースで、ひとつの形を見出した上で勝てたのだ。それも、相手はこれまで手が届かないと思っていた相手であり──しかし、肉体を沸騰させたのは歓喜ではなく困惑だった。

 

(おかしい、こんな簡単に勝てるはずがない)

 

 終始スリップストリームの恩恵に与れたとか、クラフトのメンタルに不安がみられたなどの材料はあったが、それでは勝因として納得がいかなかった。こちらとて、ブランクを抱えていたといってもおかしくない状況なのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……!! す、すごいね。アルバさん、いつの間に、差しの戦法を……」

 

「ああその、ええ……」

 

 やや遅れてゴールを通過すると、息を切らしながらこちらへ語りかけるクラフトへ曖昧な返事をして間もなく、「手加減したのか」と訊こうとしてやめた。ひと芝居打てるタイプではない、とは先ほど振り返ったばかりだったからだ。

 

「……どうしたんです? あなたにしては随分、キレがない」

 

 代わりにそう問いかけると、クラフトは分かりやすく俯く。無言を貫く彼女を訝しんでいると、唐突に自分の中で閃くものがあった。

 

「……あなた、まさか」

 

 この事実を突きつけることは、彼女の夢を否定することに等しい。だが、口にせずにはいられなかった。

 

「オークスほど……長くは走れないんでしょう? 己の脚に身を焼かれるから」

 

 ──距離適性の壁。それこそが勝因となったものであると結論付けた自分はそう言い放った。

 思えばこれまでのキャリアでクラフトが走ってきたのは、いずれも距離にしてマイル以上に及ばないレースたちだ。彼女の快速は、それより長い距離では活かされないのではないか。

 

 な、と瞠目するクラフトは、その後視線をさまよわせた。それを数秒見つめてようやく、己が何を口にしたか気づいた自分は、慌てて詫びに入る。

 

「す……すみません! 出過ぎたことを……」

 

「い、いえいえいえ! 私も、気にしてたことだから……」

 

 そう尻すぼみになりながら返すクラフトとの間に、気まずい雰囲気が流れる。そのとき、トレーナーたちが徐々にこちらへ向かってきているのが見えて、強引ながらフォローを入れ会話を打ち切ることにした。

 

「その……忘れてください、あなたの道はあなたにしか決められないはずですから」

 

 それだけ言い残して、自分は己のトレーナーのもとへ歩いていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あれ、そういえばトライアルって出なくてもいいんでしたっけ」

 

 ある日、トレーナー室にて資料の整理を手伝っている際、自分はそう問いかけた。

 

「ああ、君は皐月賞の4着に入ってるしな」

 

 肯定するトレーナーの言う通り、同レースの4着までのウマ娘にはダービーの優先出走権が与えられている。

 トライアルに出る分の消耗を避けられるという意味では好ましい状態のもとに自分はあったのだ。

 

「でも、出る面子を調べる価値はあるだろうね。勝ったウマ娘が君の相手になるワケだし」

 

 そう彼が言い出したので、キリのいいところまで整理を進めると未来のライバルの分析へ入ることになった。

 

 『青葉賞』、『プリンシパルステークス』といったダービートライアルに出走表明をしているメンバーを調べ上げているうちに、トレーナーからこんなレース名も飛び出す。

 

「ダービーの前といえば、NHKマイルカップもあるな」

 

 それは三冠競走と同じく、クラシック級のウマ娘のみに出走が許されるGIレースだ。

 

 名前の通り1600mというマイルの距離を争うレースながら、そこから続けてダービーに向かうケースも多くなっているという。その流れは、界隈では『MCローテ』と呼ばれるらしい。

 

「去年はそこからダービーも続けて勝つ、なんてこともありましたよね……ん?」

 

 自分たちのひとつ前の世代を席巻した『大王』の記憶を思い起こしながら、今年の顔触れを眺めていると、見逃せるはずのない名前がそこにはあった。

 

「え、な……なんで」

 

 脳裏が驚愕に染まる。いるはずのないウマ娘だったからだ。誰よりもティアラへ思いを募らせていた彼女が、なぜ──。自分が目にしている光景が現実味を失い、体の感覚までもが薄れてゆく。

 

 

 ──ラインクラフト路線変更! 異例の変則二冠へ──

 

 

 やがて突き動かされるように、自分は部屋を出た。

 

「おい、アルバ──!」

 

 呼びかけるトレーナーの声は届いていない。ただ自分は駆けていく。もしや自分が、あるべき道を歪めてしまったのではないか? そんな思いが、あるウマ娘のもとへ脚を向かわせていた。




だが史実である。

1/17 追記
皐月賞におけるダービーへの優先出走権は、クラフトたちの世代である2005年地点で4着までというルールだったので、そこに合わせての修正を行いました。
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