ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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明けましておめでとうございます。
結局、新年明けたあとの投稿になってしまいました。

追記
大きな史実改変があります。苦手な方はブラウザバックを。


盛夏の星、成果の犯人(ホシ)

『本日のメインレース、出走者の本バ場入場です』

 

 アナウンスが響くターフの上に、続々と一張羅を纏うウマ娘らが姿を現す。同世代がダービーと同じレース場で繰り広げるGI、ということで訪れていたここは、ティアラ路線を象徴するとすら言える舞台だ。

 

「わああっ……! シーザリオが来るよ、アルバさん!」

 

 隣で出走者らを見守るクラフトが、知己の登場に声を弾ませる。

 ひとりずつご紹介していきます、と前置いて各ウマ娘のトピックがアナウンスされてからさほど間もなく、その注目バに番は回ってきていた。

 

『チーム<アスケラ>を束ねしトレーナーがこのウマ娘に教えてきたこと、すべてはこの日のためです。2枠4番のシーザリオ』

 

 そう読み上げられてコースに出る彼女は、1番人気として舞台に立つ身だ。すると運命の因果と言うべきなのだろうか、続いて姿を見せたのも知己のウマ娘だった。

 

『数々の名ウマ娘を送り込んできた『天才』トレーナーの教え子・エアメサイア』

 

 シーザリオのひとつ外からの発走となる彼女は、人気順では2番手となる。やがてターフへ踏み入るとウォーミングアップがてら駆け出した出走者らを見て、さらに続く声がふたつあった。

 

「シーザリオ……レースの前から、Spiritに溢れている──な」

 

「ええ。クラフトが勝った後ですので、きっと張り切っているんです♪」

 

 クラフトのひとつ向こうでやり取りをする彼女たちは、それぞれ名をシンボリクリスエス、キングヘイローといい、前者は本人に請われて努めたトレーニングパートナーとして、後者は同じチームに属している先輩として、シーザリオに関わった間柄であるという。

 どちらも語らったことはない相手だったが、特にキングについて認識の中の振る舞いと差があることに気づいた自分は、クラフトに声を潜めて告げてみることにした。

 

「……キングさん、思ったより丁寧な方なんですね」

 

「えっ!? あ、あはは……いつもはもっと自信満々で素敵な感じなんだけど、ほら。クリスエスさんの方が先輩だから」

 

 単に学年の違いである、と答えるクラフトに納得の声を洩らすと、今一度キングの方を見やった。伝え聞く限りでは『ただならぬ生まれの高飛車お嬢様』という印象だったが、先輩後輩で対応を分けるタイプというのは意外だ。いや、ただならぬ生まれだからこそ、関係に応じた礼儀を厳しく仕込まれていたりするのだろうか──そんなことを考え込んでいたからだろう、こちらの視線に気づいたらしいキングは、自分の方を向くとこう語りかけてきた。

 

「どうしたの? 一流たる私に見惚れちゃったのかしら?」

 

「あ、その……」

 

 自分との間にクラフトを挟んでいるためか、やや身を乗り出すようにして話すキングへ言葉を詰まらせる。そして返答を聞き届けもしないまま、彼女はこう続けた。

 

「ふふっ♪ でも今はそのときじゃなくてよ? 観るのはあの娘たち……でしょ?」

 

 そう言って視線で示す先は、ターフのウマ娘たち──シーザリオらのことだろう。しかし彼女には悪いが、肩を持つ方ははっきりさせなければいけなかった。

 

「……あー、キングさん。あいにくと自分はシーザリオさんだけを応援しているつもりはありませんよ? どちらかといえば──」

 

「──知ってるわよ、あなたとメサイアさんの関係くらい。でも、この間うちの部室に押し入っておいてその言い草は、ちょっと冷たいんじゃない?」

 

 言い切る前に被せられると、少し前の出来事を掘り返されて再び言葉を詰まらせた。クラフトと同門なのだから耳に入っていない訳はないだろうが、初対面に恥部を掘り返されるのは中々に堪える。

 

「……あのときはどうかしてたんですよ。要件といってもクラフトさんに無礼を働いただけでしたし」

 

「そんな、無礼だなんて……」

 

 自嘲するように返すとそうクラフトも混ざってきて、そのまま3人で話し込んでいると、クラフトがなにやらこう切り出してきた。

 

「そういえば、なんだけど」

 

 これまでから少し声色を変えた彼女からは、少し躊躇っているような素振りも見受けられる。しかし、その裏までは読めず内心で構える自分に投げられたのは、こんな問いかけだった。

 

「いつになりそうかな? この間みたいに、わたしとアルバさんがレースで走れるのって」

 

 それは間違いなく、本番での勝負の申し出に他ならなかった。

 

「……すみません。今はまだ、そこまで考えられそうになくて」

 

 すぐにでも、とは口が裂けても言えず、クラシック三冠を背景に答えを濁す。だが、もしすべてが終わったあと、かの強敵を下し、クラフトたちに背いた言い訳をできる日が来るのであれば──そんな甘い未来を思い浮かべた自分は、そこそこに気が大きい言葉を続けていた。

 

「年末……いや来年の私が、あなたたちと対するにふさわしいウマ娘になれていれば……必ず」

 

 そこまで言うと、クラフトはやや呆気にとられたような顔をした。不思議がっていると、やがて首を左右に振った彼女は、やや自嘲するような素振りで「ごめんね」と前置くとこう言った。

 

「催促したいワケじゃなかったの。ちょっと不安だっただけで」

 

 不安? と首を傾げると、クラフトは続ける。

 

「この間の部室での話、やっぱり気になっちゃって」

 

 またも掘り返された恥部に苦笑を浮かべると、クラフトは慌てたように前置きで使ったばかりの言葉を繰り返していた。

 

「でも安心した! わたし、あんなアルバさんを初めて見たから、ちょっと思ったことがあって……」

 

 やがてペースを取り戻すとそう言った彼女は、こんなことを続けようとしていた。

 

「もしかしたら、アルバさんがわたしたちと走ることを──」

 

『──さあ、今年度もやってきました。うら若き乙女たちにとって、あまりに過酷な2400』

 

 だが肝心の本題は、そのアナウンスに阻まれてしまった。気づけばゲート付近に集っていた出走者たちへ開幕を告げるように、前口上が響き渡る。

 

 それを皮切りに空間が熱狂へ支配されるのが感じられ、歓声が外耳からクラフトの言葉を弾き出す。

 

『苛烈な春を競う『オークス』──いよいよスタートです!』

 

 結局この日、クラフトの真意を聞くことは叶わなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『──向こう正面に入り、落ち着いたペース』

 

 中盤に入ったレースは、スローペースの様相を呈していた。

 

『シーザリオは後方3、4番手。エアメサイアは遥か前方、中団のいい位置につけました』

 

 スタートから間もなく、出脚上々に外から進路を被せたメサイアによってバ群に閉じ込められる形となったシーザリオは苦しい展開を強いられていた。

 

「…………」

 

 思う展開にできていない現状に唇を嚙むシーザリオだが、それで状況が覆るワケではない。やや遠いライバルの背を追いながら、終盤を意味する曲線へと脚を踏み入れる。

 

『スローペースのまま、一団が第3コーナーへと入っていきます』

 

 未だ囲まれたまま隊列に変動はなく、追い込みを考えなければならないところまで来てしまった。

 

『依然としてシーザリオは後方のポジション取り! ここでいいのかどうか!?』

 

 懸念するようなアナウンスが飛んでくる中、シーザリオはスパートのイメージを膨らませる。前目のウマ娘らの消耗が少ないこのペースでは、いくら直線の距離が長いこのレース場でも差し脚が届かない可能性が高くなる。

 どうする、と肉体に語りかけると、意識はある選択肢にフォーカスする。

 

(今なら外からまくる選択肢もあるが……)

 

 バ群を大回りすることになるが、同じくスローペースの中で窮屈に走らされ敗れた桜花賞の二の舞は避けたかった。

 行くか、と脚を踏み込んだそのとき、シーザリオは目を見開く。

 

『わたしは、”わたしだけの道”に挑んでみせる』

 

 それは親友と袂を分かった夜に、彼女が誓ったあの言葉。

 

『そこで、わたし自身を刻んでみせるよ』

 

 なぜかその誓いがいま、クラフトの笑みとともに脳裏へ強く思い起こされた。

 

 ──私の道。そう呟いてシーザリオが往ったのは、バ群を掻き分ける茨のコース。

 

『さあ、コーナーをまわって最後の直線! 各ウマ娘が一斉にスパート!』

 

 大歓声のホームストレッチへ突入した一同──シーザリオの少し前では、注目バのひとりが動き始めていた。

 

『ここで抜け出してくるのはエアメサイア! 満を持して怒涛の追い込み!』

 

 絶好の位置から現れたのはそのウマ娘。咆哮とともに末脚を切るや否や、ひとりふたりと容易くかわさんという勢いだった。

 

『伸びる伸びるエアメサイア! 3番手から2番手! そして先頭に並びかける!』

 

 やがて逃げを打っていた11番へすら手をかけようとするほどのスパートだったが、それを1番人気が黙って見ているはずはなかった。

 

『しかし外からシーザリオ! シーザリオが上がってきた!』

 

 包囲網の一瞬の緩みを逃さず進出した彼女は、アクセルも全開に先頭を急追。

 

 あとひとり、と前で勝利を確信しつつあったメサイアが目を瞠る中、シーザリオは瞬く間に先頭争いへと加わった。

 

「うああああああーーーーっ!!」

 

 勝利がため、救済がため。再び叫ぶメサイアの後ろで、3番人気だったウマ娘とともに肉薄していたシーザリオが活路をその瞳へ映していた。

 

「進め……」

 

 ひとつ呟くと、目の前で輝いてやまない軌跡を追って──彼女は駆け出す。

 

(己が走った道を越えて……さらなる進化へと)

 

 そう誰にでもなく誓う後ろでは、まるで彼女が走った跡へ続くように、数多のラインが紡がれては重なってゆくかのようだった。

 

「繋がる道へ……!」

 

 ありったけの想いとともに芝を蹴り出したシーザリオは、理をひとつ飛び越える。

 

『プワソンダヴリル! プワソンダヴリル! プワソンダヴリル! エアメサイア! エアメサイア粘る! しかしシーザリオ! 外から一気にシーザリオ!』

 

 末脚を以て争う三強の名を叫ぶアナウンスをバックに、局面はゴール板まで百メートルを切るところまで進んでいた。

 

『まとめてかわ──』

 

 未だ粘る先頭(メサイア)へ、シーザリオが手をかけたそのとき。

 

「未来をッ、掴むのはッ──私だァァァッ!!!」

 

 ──彼女には、自身と同じトリプルティアラへ挑んだ過去を持つ母がいる。もしメサイアが、惜敗に喘いだ()()()()の無念を晴らさんと進むだけの”復讐鬼”であったなら、敗北を以て勝負を決されていただろう。しかし、彼女の内に起こったわずかな変化が、世界の理を塗り替えようとしていた。

 

(持ちこたえろっ! もう少しだけ保ってくれ!)

 

 その影響だろうか、メサイアの肉体のすべてが軋みを上げていた。仮に一秒もの間この状態を続けたならば、彼女は自滅しているかもしれない。だが、それに満たない刻であろうと、ゴール板を目の前にしては十分すぎる時間だ。

 

(私の望む──私のための、未来へ……!)

 

 そんなデジャヴを覚える叫びを心中でかき鳴らし、メサイアはただひた進む。

 彼女にとって、己が全力を叩きつけるこの瞬間はいち走者として何物にも代え難い。だが望む栄光のためには、それを終えなければならない。しかし、あとにして思えば、あまり意味はないジレンマだった。

 

『──せない! エアメサイアーーーー!!』

 

 ──栄光を手にした瞬間も、同じほどに代え難かったからだ。

 

『エアメサイア! 1番人気を破って堂々のオークス制覇です!』

 

 勝者を讃えるアナウンスが響く中、彼女を追い抜かした──それをするにはあまりに遅かったが──シーザリオは、潤む視界の中で膝に手をついた。

 観客にしてみれば、数秒にも満たない叩き合いをしただけにしか見えなかっただろう。だがシーザリオにとっては、想いと策謀と実力のすべてをぶつけあった駆け引きを長い間やっていた気分だった。

 

「……違えてしまった」

 

 だが、そんな反省会を始める暇もなく彼女を責め立てたのは、かつてクラフトと交わした約束だった。

 

「展開はなにひとつ思い通りではなかった。それをただ()()()()()だけで……満ち足りてしまったか」

 

 包囲網を抜け出しあわやというところまでの肉薄、だがそれだけだったとシーザリオは振り返る。されどそれ以上に、自分を下したのは勝者の走りがあってこそだろう、という思いも先行していた。

 

「……いや。貴方は……”貴方たち”は強かった」

 

 メサイアを、そして彼女の中にあった数多の人々を讃えることで、勝者への賞賛としたシーザリオ。

 

 こうして、ふたつ目のティアラを争う戦いは本来と異なる形で決着した。だが、それをメサイアもシーザリオも──この世界の誰ひとりも知ることはない。しかし、もし彼女らにとって皮肉なことがあったとすれば──。

 

「アルバさん、シーザリオが……!」

 

「メサイアが……やった……!?」

 

 この結末の主犯も、同じだったことだろう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 オークスから幾日か経たある晩、自分はハートに請うて山での共同トレーニングへ励んでいた。

 

「Hey、アルバー? 風邪引いても知らないわよー!?」

 

 ハートの叫びが木霊する中、手頃な岩へ座すと身を滝に打たれながら精神統一に取り組む。

 

(…………)

 

 己を呼ぶ声すら意識から弾き出し、思考を無に近づけていく。

 

 ──負けられない理由が、またひとつできてしまった。メサイアのオークスを見たあの日、シーザリオと共に見慣れぬオーラを放つ瞬間が見えてしまっていた。もし自惚れでないのなら、あれはメサイアが見せてくれた見本のように思えてならなかったのだ。

 

 そこで走るのが安直な精神論になるあたり、イメージの貧困さが浮き出ているようで気恥ずかしいが、そう言ったところでこれしか思いつかないのだから仕方がない。

 メサイアからなんらかの少年漫画を借りてくればインスピレーションが広がって幾らかよかったかも、と内心で苦笑した。

 

(いけなっ、寒っ……)

 

 漏れ出た笑みと代わって入り込んだ滝の冷たさに身を震わせると、気を入れ直す。

 

 そうしてしばらくの間、精神修行に励んでいたあるときだった。

 

「……っ! アルバ、上ッ!」

 

 最初に危機へ気づいたのはハートだったそうだ。自分がいるところの滝口から流れ降ってきたらしい丸太が、頭を目がけふたつも落下せんとしていたという。

 

「────!!」

 

 それらが脳天へ直撃する一瞬前に、まずひとつを上半身の姿勢制御のみで避けきると、致命打となりそうなもうひとつを側面へ片腕をやるようにして明後日の方向へ努めて穏やかに跳ね飛ばし難を逃れる。

 

「……Wow」

 

 そうハートが呟いたのをきっかけにようやく我に返ると、ガバッと立ち上がって己が手のひらを見やる。

 

「……見えた?」

 

 理屈の範疇で語るものではない何かへ覚醒したことに気づいた自分は、大いなる手応えを感じていた。

 

「すごい、もう何も怖くない」

 

 今週の日曜に迫ったダービーへ向け、確かな階段を登った瞬間だった。




下手に領域(ゾーン)のことを語ると安っぽくなる可能性があるので(実際扱いきれてないかも)いまいち書きかねています。ちゃんとシンデレラグレイ読むべきかなあ。

キング、本作では初登場らしい。取り巻き(というよりチームメイト?)の娘はひとり出してた覚えがあるのですが。

シーザリオにもちゃんと見せ場は作るのでちょっと待っててください。
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