ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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新年迎えてはや十日、なんだかまだ年明けた感じがしません。


届く『のか』その想い

「なんですかあれは?」

 

 それは、スタンド入り口付近に建てられた像を目にしたアルバの言葉だ。今年すっかり見慣れたウマ娘──ドリップショックトを象ったその像の周りに集る人々を見て気づいたらしい。

 

「……それだけ期待されている、というだけのことさ」

 

 教え子に、そして自身にも言い聞かせるように告げる。ここ東京レース場で行われる『日本ダービー』を前にして設置された()()()はURAの差し金であるらしいが、こちらにとっては屈辱極まりない待遇だ。

 

 行こう、と促してからしばらく、睨むように像へ視線を送るアルバの顔がひどく印象的だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「それで、こんなときに私と世間話ですか?」

 

 おおよそ客人へ向けるべきではない声色で問いかけた先は、クラフトを筆頭とするチーム<アスケラ>の3人だった。

 

 控え室に入って間もなく訪れた彼女たちは、自分の応援に駆けつけてきてくれたのだという。だが──。

 

「気持ちはありがたいのですが……今は少し、気が立っていて」

 

 乱暴な言葉がいくつもよぎる中、懸命に言葉を探しながら続けたものの、いかに取り付く島もない物言いをしてしまったかがわかり、内心で自嘲した。

 ダービーという国内最高峰の名誉を争う場という緊張に加え、自分たちを差し置いて異例中の異例ともいえる対応を受けているライバルを前にプライドが傷つけられたように感じていたのだ。

 

「アルバさん……」

 

 そうクラフトが力なく呟くのが聞こえてすぐ気まずい沈黙が流れたものの、断ち切ったのはこの中で一番の先輩の言葉だった。

 

「もう……おばか! ダービーの前に、そんな顔してどうするの!」

 

 ずい、と前に出てはまるで焦れったくなったように言い放つキングに呆けていると、大きく息をついた彼女はこう溢していた。

 

「……もう、そっくりね。昔の……いや、なんでも」

 

 自分に重ねているらしい誰かが何者を指すかを、懐かしむようにも、自嘲しているようにも見えるその表情から読み取るのは難しかったが、ややあってキングは言葉を続けた。

 

「いい? ダービーを制するのに必要なのは──何よりもまず、誰にも誇れる自分の走りをすることよ」

 

 そう言われて初めて、身が強張った。己の不義を、と表すと自虐的に過ぎるだろうが、道理に反した振る舞いをしていたことを突きつけられた気がしたからだ。

 

「今のあなたは、そんな自分であれているの?」

 

 挑発しているようなその言葉は少し意地悪に思えたが、和らげて口にされていればインパクトに欠け響かなかったかもしれないと考えると食ってかかる気にはなれなかった。

 キングの後ろから、何か口を挟もうとしていたクラフトを制するシーザリオの姿が覗ける中、自分は鈍く沸騰していた脳髄に心地よい冷や水がかけられるような感覚に包まれた。

 

「……そうですね。気、遣わせました」

 

 礼を告げると穏やかな笑みを返すキングに頭を下げると、続いて後ろのふたりに非礼を詫びた。大丈夫、の一言で片付けてくれたのがありがたかった。

 

「それで、あの人への対策は済んでいるんですか?」

 

「……それを今から試しに行きます」

 

 口火を切る問いかけをしたのはシーザリオだったが、そこに自分は要領を得ない回答をするしかなかった。事実、言及された圧倒的1番人気に凡百の対策が通じるかはまったくの未知数だからだ。

 

「きっと大丈夫! 前に走ったときのアルバさん、すっごく強かったから!」

 

「あれを勝ったうちに入れたくないんですが……」

 

 以前の併走の件を持ち出し告げるクラフトに苦笑いを浮かべるも、勇気づけようとしてくれているのが分かるだけに無下にしづらかった。

 

「でも、もし許されるなら──」

 

 ここで自分の中に、ある色気が生まれた。オークスをクラフトと観た際に濁してしまった()()()()()()の件を思い出したのだ。考えてみれば、その明確な答えを渡してやるのに現在ほど適した状況はない気がする。

 

「私があのウマ娘を倒せたら──」

 

 ここで自分の言いたいことを察したのか、驚きがクラフトの顔に表れた。だが正面から受け止めなければならないと考えたのだろう、しっかりと視線を合わせてきた。

 

「ダービーウマ娘になれたら──」

 

 このとき一瞬、間を空けてしまった。それが命取りだった。そのコンマ数秒のあいだに、照れ臭さや恥ずかしさが激烈に心を侵食し、一気に言葉を喉の奥の奥まで押し込んでしまったのだ。そんな感覚を最後に、自分の肉体は蝋人形のように硬直してしまった。

 

「……?」

 

 一向に言葉が吐き出されないこちらを訝しんでか、クラフトの表情には明らかな困惑が浮かんでいた。

 最後に声を発してから数秒は経過しているのに、まばたきはおろか呼吸している感覚すらないので、クラフトの目には世界が止まったように見えているのかもしれない。

 

「そこまでですよ、アルバさん」

 

 猶予として認められる領域をはるかに超えた時間のあと、シーザリオが割って入ってきた。ゆっくりと視線のみをそちらへ向けると、不思議なほどに穏やかな笑い声を洩らした彼女はこんなことを口にする。

 

「そういうのは終わってから聞かせてくださいね?」

 

 ハートさんやメサイアさんと一緒に、と添えながら口にするシーザリオに、ようやく自分は「ああ」と声を紡ぐことができた。

 

 やがて、タイムリミットを知らせにきた係員によって不首尾に終わったその啖呵は、レース後の自分に決着を託すこととなる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 つい先週観たばかりの場所へ自分が立つとは。そんな不思議な感覚に包まれながら、地下バ道を抜ける。

 そしてダートコースへ踏み入るか、というところで歓声が上がる。ひとつ前のバ番のウマ娘へ向けてのものだった。

 

『さあそしてやってきた! 鳥だ飛行機だUFOだ、いやいや違う! ドリップショックトだ!』

 

 そう芝居がかった口調で呼ばれたのが、断然1番人気にして自分からひとつ内となる3枠5番から発走のウマ娘。三冠確実を謳われる彼女は、もし賭けをするなら「どう勝つか」が焦点だと評されるほど英雄視されているという。

 

『愛のアルバムへあなたと共に、レコードを綴るかデュアルバインダー!』

 

 芝コースに入るや否や他ウマ娘に続き駆け抜けていくドリップを尻目に戦場へ踏み入ると、そう自分へ飛んでくるアナウンスが聞こえる。ただでさえ本命バのひとつ後に呼ばれるのに、こんなところで愛どうこうとのたまわれると気が散って仕方ないので勘弁してほしかった。

 

(問題は、それを抜きにしてもなおあり余るこの緊張感)

 

 13、4万にも上る観客が押し寄せるという目の前のスタンドは、はっきり言ってこれまでと比べものにならないほどの熱気を孕んでいる。一生に一度、というのは今まで出たふたつのGIもそうだったが、この舞台はどうにもその意味合いを重く感じさせてくれる。

 

(ベストの状態も策もある、あとは通じるかどうか)

 

 とはいえ未知への開眼というあまりにスピリチュアルが過ぎるものを当てにしてしまっているあたり、かなりメチャクチャな根拠の自信だと思う。そんなものを赤の他人に叩きつけるため、華の都・東京は府中のレース場へ乗り込む──それが、ダービーに出走するということである。

 

「自分に、あのステージへ上がれる資格があるなら──」

 

 ──クラフトたちと、戦う決心がつく。そう内心で、勇気と呼ぶのが最も近いものを奮い立たせる。もし自分が望む最高の形でここを制すことができたのであれば──クラフトやシーザリオのふたりには宣言し損ねてしまったが、トリプルティアラの終着点たる秋の2000mへ、ダービーウマ娘という華をもって挑むのもいいかもしれない。

 

『──そういうのは終わってから聞かせてくださいね?』

 

 不意にシーザリオの声が聞こえ、背後へ振り向く。だがそこにあったのは、自身の後に続く7番の姿でしかなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『青い空を守りきったファンの切なる願いは、クラシックの舞台に巨星の煌めきを求めます。レースの祭典、クラシック級究極の18人によるダービーデーです』

 

 そうアナウンスの口上が響き渡る中、ホームストレッチのゲートの前へ集った出走者たちは運命の刻を待っていた。

 

 スタート台へ登るスターターが赤旗を振って間もなくファンファーレが奏でられると、客席の歓声はピークへ達する。

 

『スタンドを訪れた13万、ファンの気持ちはひとつです。さて展開の予想はいかがでしょうか?』

 

『そうですね。あんまり飛ばす感じのはいないので、ハイペースというのは考えづらいですね。前に出るとすれば、前回先行できなかった5枠10番の──』

 

 実況解説のやり取りが聞こえる中、ひとりずつゲートインが進んでいく。

 

 自身も6番の枠へ入るとすぐに聞こえた閉鎖音を背に、隣の1番人気を御するべく講じた策を反芻していた。

 

(この枠に入ったからには、先手を取って蓋をするしかない)

 

 脳裏に浮かぶのは先週のオークスの立ち上がりのシーン。狙うのは出脚上々に内のシーザリオをバ群へ閉じ込めたメサイアの再現だ。

 

 しかし正直なところ、通じてくれるかは五分五分だった。いくら路線が違うとはいえ、先週に公衆の面前で行われたばかりの大謀へなんの警戒もしていないとは思えない。それに、もし皐月賞のような出遅れをされたのであれば、せっかくコースを被せてもなんの影響も及ぼせない可能性すらあるのだ。

 

(自分で言っておいてなんて穴だらけ。これは策というより大博打、かな)

 

 苦笑をこぼすと、横目で1番人気の顔を見やる。パドックではかなりの暴れっぷりを見せていたのだが、ゲートインになった途端に落ち着いた様子だ。

 

(あの像を作った人には恥をかかせてしまうけど……倒させてもらう)

 

 何も頼みの綱は蓋閉めだけではない。そうレース場へ入る前に見た彼女の立像を思い起こしながら、打倒を誓う。もし勝てたのならば、どうクラフトたちとの対戦を仄めかすか考えておかなければならない。

 

(でもリベンジとか言われたら面倒だなぁ……ま、いま考えても仕方ないか)

 

 仮にキャリア通してドリップに追い回されることになれば、という最悪のシナリオが頭をよぎるが、それは未来の自分へ託すことにした。

 気づけば最後に残された大外の枠へゲートインが行われているところだった──何の因果か皐月賞のときも大外だったウマ娘だ──。

 

『レースを愛するすべての人に──』

 

 いつものように首をひとつ回してスタートを待つと、それから間もなくゲートは開いた。

 

『──日本ダービー! 衝撃、そのスタートは!?』

 

 しかし2400mの旅路は、落胆から始まる。

 

『ドリップショックトは、ややまた後ろの方からのスタートということになりました!』

 

 ゲートから弾き出されるように素早く飛び出し、4番のウマ娘へ身を寄せたまではよかったものの、振り向けば肝心の1番人気は出遅れで遥か後ろという始末だ。

 

『さあ先手を取るのはやはりユニバースカット』

 

 やっぱりか、と歯噛みしながら前を窺うと、10番のウマ娘がハナを奪おうとしているところだった。隣の4番も前に行こうとしていたので見送ると、間もなく2・3番のふたりを内に抱えてのコーナーとなった。

 

(順位は……ちょうど真ん中あたり?ドリップは……後ろで囲まれてくれているのか)

 

 いい位置だ、と自分はほくそ笑んだ。前で争う9人の隊列はまだ横に広がっている格好だが、さすがに最終コーナーまで進めばかわしやすい程度には縦に伸びてくれるはずだ。それに外に誰もいないこのポジションであれば、いまは後ろで四方を囲まれているドリップが外を回ったときに牽制をかけるのも容易い。

 

(いや、油断するな。相手は想像を超えてくるタイプの敵だ)

 

 いいことづくめに胡座をかいた先が皐月賞という結果だったろう、と自分は強気な己を抑え込んだ。

 まるで前の集団と自分たちを隔てるようにスペースが存在している中、レースを続けていくのだった。




決着一歩手前までいこうと思ったのですが、今日はここまで。
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