ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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ちょっと力を溜める回。


運命、衝撃の果てに…

『先頭ドリップショックト圧勝ゴールイン! なんとこのダービーで、後ろへ5バ身の差をつけ勝ちました!』

 

 カフェテリアでの食事の最中、悪夢のようなアナウンスが自分の脳裏をよぎる。同時に絶望的なまでの差を見せつけた二冠ウマ娘の顔が浮かび上がってきた。

 

 居てもたってもいられず、手元のお冷を喉に流し込む。氷も入ったそれはよく冷えていたものの、嫌な記憶を歪ませるには至らなかった。

 

「こんなときは、酒場の飲んだくれが羨ましい……」

 

 額を押さえながら、卓上のカレーを前に独りごちる。アルコールで酔えればいくらか楽になれたのかもしれないが、肉体的にも法令的にも許されない選択肢だ。尤も、前世でさえ飲酒の経験はなかったのだが。

 

「……ハンバーグでも付け合わせておくべきだったかな」

 

 スプーンが進まない現状をそう嘆いてみたものの、食欲の減退はどう考えても精神的なものであると分かっているだけにやるせなかった。

 現に手をつけている最中のカレーはルーと米の境目が分からなくなって久しいが、取り分けてから1割も減っているように見えない。

 

(何が『未来に繋ぐ物語』だ、あんなの抜きで綴るもんじゃない)

 

 ため息をつくと、かつて見た()()()()()()()()コマーシャルへの一節へ恨み言を並べた。クラフトたちが映っていたから逃げてきたはずの道に、こんな化け物がいる素振りは微塵もなかった。

 

(まさか無から生まれてきたのか? 冗談じゃないって)

 

 すると畑から採れるドリップの光景がふと浮かび鼻から笑いがこぼれたが、それで気分が上向ききるはずもなく、間もなく漏れ出たため息に押し流されてしまった。

 

(最初からああなる運命だったとでも思わなけりゃ、やってられないな……)

 

 かのウマ娘の存在が、クラフトたちから逃げた自分への罰だと考えるには傲慢が過ぎる。ならば、そのような陳腐な解答に行き着くしかなかった。

 

 運命──それをネガティブに口にする人間は気の毒だと考えていたが、今なら解る。降りかかってきた理不尽な災難へ納得いくだけの理由をつけられるなら、乱用されるのも当然だ。

 

「せっかくダービーで2着になれたのに、なんでこんなにヘコまなきゃならないのかね……」

 

 誰に聞かせるでもなくそう呟いた。嘆いているその結果は、望んでも得がたいもののはずで。実家へ凱旋でもして自分を誇りたいところだが、そんな気にもなれない。

 

(いや、もう答えは出ている。成長して、今までに見えなかったものが見えた。だからこそ気づいたんだ)

 

 ──あいつには勝てない。

 

 そんな絶望的な結論が、ダービーの日からずっと頭脳へ鎮座していた。そしてそれはトレーナーも同じなのだろうという確信もあった。あれから何事もなかったかのように普段通りのメニューを下してくる様が、むしろ居たたまれなくて仕方なかったのだ。

 

「どう、しよう」

 

 秋に迫る菊花賞の進退についてはまだ彼と話せていないが、もはやかのウマ娘との戦いは勝利を望むことそのものが億劫になる段階になった。まさか彼女が、三冠競走最長たる3000mの距離に倒れてくれるとも思えない。

 

 戦意が残っているワケではない。だが、路線を背き、鍛錬にまで付き合わせた挙句、成果なしにメサイアたちのティアラへ逃れるワケには──。そんなちっぽけなプライドのせいで、諦める勇気も絞り出せなかった。

 

『さあ宝塚記念のファン投票、最終結果では去年の年度代表ウマ娘・ゼンノロブロイがトップ。無敗二冠のドリップショックトがクラシック級ながら、そこに次ぐ形となっています』

 

 月末に迫るグランプリへ向けたニュースが共用モニターから報される中、自分はそこから気を逸らすようにカレーを一口喰らう。

 

 沈みに沈んだ精神下の胃袋は打ち止めを訴えていたが、文字通り冷や飯を食う羽目になるのは御免だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ──頂の栄誉は未だ手の内にない……そんな中の渡米は、逃げではありませんか?──

 

 幾日前に聞いた教え子の決意が脳裏に木霊する。チーム<アスケラ>のトレーナーは、間もなく突入する夏合宿のプランを前に考え込んでいた。

 

(……まだ日本の総てを背負うに足りない、ときたか)

 

 すぐ後の断り文句も続けて思い起こしながら、件の夜を回想する。

 あれはチームとしてふたつのGIを制したことへのパーティーを開いた日だった。途中から難しい顔になって会場を離れたシーザリオを追いかけてみれば、語られたのは己があり方へ揺れる彼女の想い。

 

 それを受けて自分が差し出したのは、世界のクラシック級ティアラウマ娘が集うアメリカのGIレース『アメリカンオークス』の招待状だった。かの国でまだ誰も成し遂げていない日本ウマ娘のGI制覇──そう歴史に蹄跡を残すには願ってもない誘いを前に、結局彼女は先述の言葉を以て日本に留まる選択を示した。

 

 ──秋華賞、エリザベス女王杯、ヴィクトリアマイル……これからのティアラのGIにて、私は必ず勝者たる己が蹄跡を残してみせます。アメリカはそれからでも、遅くありません──

 

 その後、いくらか晴れやかな表情になった彼女は、会場に戻りクラフトと時間を共にした。

 

「オークスで不完全燃焼だった分、アメリカで力を存分に発揮して、っていう思いはあったが……」

 

 そう呟くトレーナーの脳裏には、アメリカの地で4──5──6バ身と後続を引き離していくシーザリオの姿が映し出されていた。

 だが間もなく、本人が決めたことなのだから、と彼は首を振って映像を退けた。それに不確定要素の多い海外の舞台では、競走生活そのものを左右することになりかねない、という思いもあったのだ。

 

「兎にも角にも、次は秋華賞だ。春みたく、どちらかに肩入れ……なんて迷いすぎることがないようにしないと」

 

 変則三冠を狙うクラフトも出走に前向きな秋のGIへ向け誰にでもなく誓う彼は、もう一度夏合宿のプランに向かい始めた。

 

 

 

 

 

 迫るは熱意燃え盛る夏合宿。春を潜った各路線のホープたちへ、最後の冠がもたらすのは希望か、絶望か。




次回、夏合宿。
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