ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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ハート誕生日おめでとう投稿。


迷走する虚栄心

「ふぅ……! いけない、すっかり夜になっちゃった……」

 

 夏合宿中のある夜、メサイアが砂浜を清掃して回っていたときだった。

 

「でも……うん。これで清掃範囲は、すべて完了ね」

 

 辺りを見回すとそう呟いた彼女は、やや遠くの合宿所へ視線を向けた。

 

「すぐに戻れば、雨に降られずに済むでしょうか」

 

 続けて空を見上げてみれば、薄いながらも曇り空が夜天を覆っていた。

 天気が崩れるかもしれない、と事前に知っていたために折りたたみ傘を持ってきていたが、乾かす手間を考えれば使わずに帰った方が都合はよい。

 だが、訪ねなければならない人がいたメサイアは、首を振ると目的地の整理を始めた。

 

「……その前に、戻って美化委員長に報告を……おや?」

 

 そのとき、砂浜でひとり黄昏ているアルバを見つけた。

 

 近づいてみれば、彼女はどこか虚ろな目をこちらへ向ける。

 

「ああ、あなたでしたか……」

 

 疲れきったような声色は、今までの付き合いの中でも初めて聞いたような気がする。

 

 こんな夜更けに何を、と問うてみれば、アルバはわずかに目を伏せてこう答えた。

 

「少し、潮風に……あまりに星が綺麗なので」

 

 星──そう聞いて見上げる前に、気づく。なにせ、いま天を覆う曇り空で星など見えるはずもないからだ。

 何か本心を隠そうとしていることは明白だった。

 

「どうなさったのです? 随分悩んでいるようですが……」

 

「……実を言うと、考え事をしていました」

 

 メサイアが問いかけてみれば、そうアルバは力なく笑った。

 

「あのバーベキューのあと、キングさんは私にこう仰った……本当に今の道を、誇りを胸に歩めているのか、と」

 

 口にされたのは、メサイアにとって預かり知らぬやり取りの一幕。キングといえばアルバと同じクラシック三冠を駆けたウマ娘であるし、先達として通じ合うところもあったのだろう。だが、それにしても妙な問いかけだ、とメサイアが疑問を投げかける前に、先ほどより思い詰めた顔になったアルバはこう吐き捨てた。

 

「そうだ……もっと早く、気付くべきだった」

 

 その言葉の意味は、メサイアにはまるで分からなかった。いや、アルバも分かってもらおうと思って話しているのではないのかもしれない。

 

 いや、と何かが引っかかったように言葉を止めた彼女は、消え入るような声でこう洩らす。

 

「とうに気付いていながら、自分をごまかしてきたのかも……」

 

 一体この友人は、何に気づき、何を知ってしまったというのだろう。メサイアの頭にぐるぐると困惑が廻るが、何も頭の中で繋がってくれない。

 

「ですが、はっきりと分かりました。夢を偽って、逃げた先に……戴くべき栄光などないのだと」

 

 顔を上げるとそう告げたアルバだったが、彼女の双眸を見たメサイアは内心で慄いた。こちらに顔を向けてはいるものの、焦点はどこにも結ばれておらず、その目はただ何もない虚空の一点を見つめているのみだったのだ。

 

「夢を追いかけている気になって、私は……幻想を見ていたのかもしれない」

 

 そう言うと、泣き出してしまったようにアルバは俯き黙ってしまった。

 

 わずかな潮の音を添えたのみの、生涯で最も重たい沈黙が流れる。だがそれは、幸いにも張本人の声で破られると、間もなく貼り付けたような笑みを浮かべた彼女がこう口を開く。

 

「寮に戻りましょうか。よければ袋を──」

 

 手を差し出すとメサイアが保持していたゴミ袋を預かろうというアルバだったが、すぐに思い直したのか、彼女は手を引っ込めると発言を翻す。

 

「──いや、もう少し歩いて……頭を冷やしてきます」

 

 そう言って踵を返そうとしたアルバへメサイアが声を投げようとして、彼女が突き出した掌に堰き止められる。

 

「先に戻っていてください……あまり私に構って、雨に降られれば大変ですから」

 

 そうこちらを気遣う彼女の顔は、古くからメサイアが見てきたそれとよく似ていたが、安堵する材料にはなってくれなかった。

 

 ぽつぽつと降り出した雨の中、やがてメサイアが来た方向と反対側へ歩いていくアルバの背は、ひどく小さく見えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふっ!!」

 

 天に昇らんとする朝日を背に、浅瀬から浜辺へ向け駆け出す。普段より脚が重く感じるのは、まさに浸かっている水の抵抗ゆえだろう。『波打ち際ダッシュ』と呼ばれるそのトレーニングは、パワフルなスタートダッシュ力を鍛えるための手法だ。

 

 全身が海水を離れると、走ってきた勢いのまま、浜辺でこちらを見守っていたトレーナーの隣を通過する。

 

「……よし、ここで一息入れよう」

 

 スピードを殺しきって振り向くと、そんな彼の声が聞こえた。聞き慣れているよりいくらか覇気が抜け落ちたようにも聞こえる声色だった。

 だがそれを気にすることもなく自分は、明確に疲労を訴える脚部に鞭を打って、ボトルを取りに向かった。

 

「……なぁ、アルバ」

 

 やがてちびちびと水分を摂取し始めた自分に、トレーナーが話しかけてきた。

 

「どうしたんだ? スタートをより強化したいって言い出して」

 

 それは、今日のトレーニング方針を申し出たときにも投げかけられたセリフだ。「スタート強化」のテーマから手法を弾き出したのは彼なのだが、その意図について仔細を話してはいなかったからだろう。

 

「……次のレースで、やりたいことがあって」

 

 それもまた、方針を申し出たときにも口にしたセリフだった。

 

「やっぱり……前で走りたいな、と思ったんです」

 

 ここにきてようやく()を話した自分に対し、トレーナーは脳裏にダービー以前の先行策をよぎらせたことだろう。

 

「あの人のプレッシャーの届かないところに……と思って」

 

 声が尻すぼみになっていくのを感じながら口にすると、彼の表情はみるみる曇っていった。

 

「あの人っていうのは……誰のことかな?」

 

「決まってるでしょう。最後の一冠……辞めると言った覚えはありません」

 

 わかりきっているだろうに訊いてくるトレーナーへ苦笑しながら返せば、彼は堪えているように俯いてしまっていた。誰と訊かれたのになんの名も明言しなかったのは、それを怖がったための気遣いだったのだが。

 

「なあ……無理する必要はないんじゃないか?」

 

 どこかすがるような声色で問いかけるトレーナー。さすがの彼でも鼓舞のしようがないらしい現状に改めて虚脱感を覚えたあと、自分は緩やかに首を横に振った。

 

「無理だなんて……もう今更でしょう」

 

「今更って……君は迷っていないのか?」

 

 続けて問いかけてくるトレーナーに再び苦笑をこぼす。まだ内心を整理できているワケではないが、いっそのこととばかりにそのまま垂れ流すことにした。

 

「そんな。迷ってますよ。あのウマ娘と戦い続けることが、本当に正しいことなのかどうか。でも……戦うことが避けられないとわかってるような気もするんです。どうしてでしょうね? あの人に負けるのは、こんなにも嫌なのに……」

 

 そう言ってみればますます表情を暗く沈ませていくトレーナーに、自分は選択の失敗を悟った。

 

「……」

 

 ここまでなんだろうな、と思った。もはや自分にもトレーナーにも、走る先にあるべき輝かしい未来など見えていないのだ。この気まずい沈黙がなによりもの証拠だった。

 

「……失言でしたかね。まあ、仕舞いと決めずに走ったダービーを最後にするのも居心地が悪いですから」

 

「さ、最後って……」

 

 何度目かの戸惑いを見せるトレーナーに、また失敗を悟った自分は曖昧な笑みをこぼしてごまかした。

 

「はは、これこそ失言だったでしょうか? 忘れてください」

 

 間もなく「そういえば」と浅瀬へ目を向けた自分は、ここぞとばかりにトレーニングの続きを持ち出すことにした。

 

「そろそろ続きに行きましょう。すみませんが、これを片付けておいてください」

 

「あ、ああ」

 

 持っていたボトルをトレーナーに手渡すと、そのまま海へ向かう。

 

「これでも、感謝してるんですよ。今日だけのことじゃなく」

 

 すれ違いざまにトレーナーへそう告げると、自分は水面へ脚を踏み入れる。

 

「……」

 

 間もなく指定の深さに辿り着いたものの、浜辺の方へ振り向くには時間がかかった。

 

「──ふっ!」

 

 ようやく体勢を整え、駆け出す。

 

 

 

 

 

 ──夏が、あっという間の夏が、終わる。




ハートが出てくるとは言っていない。

実は夏の間にとある野球イベント(ヴ三姉妹ネタ)を入れようとしていたのですが、なんかそういう雰囲気じゃないのとヴ姉妹の家庭設定と食い違う恐れがあったのでやめました。
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