ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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気づいたらアプリ5.5周年まであと1ヶ月ほど。


晩秋の華、蛮習のハナ

『秋の女王はラインクラフトー!! 変則三冠の夢、成されるー!!』

 

 まだそのアナウンスが、クラフトの脳裏から離れない。

 

 再び相見えたシーザリオたちと4人での対決──その果てに掴んだ悲願。それを成した地であるここ京都レース場へ先週ぶりに訪れたクラフトは、シーザリオとともにクラシック三冠の終着点『菊花賞』の観戦に来ていた。

 

(わたしは掴んでみせたよ……だからアルバさんも、きっと!)

 

 心の内で声援を送ると、クラフトはその友人へ視線を向ける。既にゲートを前にしている彼女の近くには、当然例の二冠ウマ娘もいる。人気順ではワンツーとなるどちらにとっても、ここは初の3000m。アルバも皐月、ダービーと負け続けたまま終わるつもりはないはずだ。

 

「やれードリップー!!」

 

「お前が三冠を獲るところを見に来たんだー!!」

 

 だが、スタンドから聞こえる歓声のほとんどが、そのライバルに向けられているのは事実だった。無理もない、なぜなら無敗三冠が懸かったレースなのだから。

 

『三冠ウマ娘と変則三冠ウマ娘! それが同年度に誕生か。実現したら史上初じゃないか? すっげぇな!!』

 

 秋華賞以前に通りすがりのレースファンから聞いたその言葉がクラフトの脳裏をよぎるが、首を振ることでかき消す。いまの自分は、変則三冠ウマ娘としてではなく、友人の勝利を願ういち観客としてここにいるのだから。

 

「……始まるよ、クラフト」

 

 隣の親友の声に頷きながら、クラフトは発走の瞬間を見逃すまいとスターティングゲートへ神経を集中させる。バックストレッチに位置するそれは、肉眼ではひどく小さく見えた。

 

『いざ、いまスタート!』

 

 やがてゲートが開くや否や響き渡ったそのアナウンスに、スタンドから歓声が響く。

 

『ドリップショックトうまく出ました!』

 

 真っ先に報じられたのはゲート難で知られる1番人気のスムーズな出だしだった。

 

『そしてデュアルバインダーが素晴らしいスタートを切っています!』

 

「わぁ……!」

 

 そして周囲を凌駕する友人のスタートぶりに、クラフトは色めきだった。

 元からスタートに難を抱えるウマ娘ではなかったものの、これまで以上に研ぎ澄まされた出だし──しかし、クラフトが目を輝かせたのはそこまでだった。

 

『内からリスペクトジパング、これをかわして約束通りシュバルツドアが……いや、デュアルバインダーが逃げます!』

 

 え、とシーザリオとふたりして洩らす。言及されたように事前に大逃げ予告をしていたシュバルツはともかく、アルバまで先頭に出てくるとクラフトは想像していなかったのだ。

 

 この3000mで、まさか大逃げを──それも既にいる大逃げウマ娘と競り合うでもなく、より前に行く形を貫こうというのか。無茶だ。相手が距離適性の壁へ屈することに賭けて控えた方が、まだ勝率は高いといえた。

 

「アルバさん、なんで……」

 

 結局、アルバが引っ張る形で進んだレースは1度目のホームストレッチを迎える。そして、客席の目前まで来てようやくその先頭──友人の鬼気迫る表情を見たクラフトは、背筋が凍るような感覚をおぼえた。

 

「ダメだよ……アルバさんっ」

 

 震えるような声が口を衝いて出る一方で、クラフトは直感してしまっていた。おそらくかのウマ娘は、ここを競走ウマ娘としての死に場所と捉えているのだ。

 

 その見解はシーザリオも同様だったようで、彼女も固唾を呑んでその動向を見守っている。

 

 振り返ってみれば人気上位のふたりが普段より前に出てのレースとなったこと以外はさほど驚きのない隊列のまま進んだ3000mの旅路は、やがて最終コーナーを回っての直線へ向かう。しかしそこからは、先ほどクラフトが想像した通りの展開になってしまった。

 

『デュアルバインダーの先頭はここで終わり!』

 

 顎が上がりきった友人が沈んでゆく様をそう報じたアナウンスから間もなく、一同がラストスパートにかかる。

 

『さあ14万に近い大歓声が起こった! 逃げ込みを図るのはリスペクトジパング!』

 

 終始2番手を走っていたシュバルツの後ろで控えていた彼女が、後続を大きく引き離すという展開になった最後の直線。

 

『一番外からドリップショックト!』

 

 1番人気の抜け出しが報じられるも、先頭まで5バ身差ほどもあろうかという距離を前に、観衆が「あわや」とどよめきかけた瞬間、3度目の衝撃がスタンドに叩きつけられることになる。

 

『捉えた! 捉えた! 捉えましたあと500m!』

 

 アルバの後退がすでに過去のものとなったらしい実況が叫ぶのは、飛ぶような1番人気の走り。まだ先頭にいるジパングにとって、その圧倒的な末脚から逃げ切るにこの距離はあまりに長く感じたことだろう。

 

『リスペクトジパング粘る! しかし先頭はドリップショックト!』

 

 前を完全に抜き去った1番人気に、アナウンスからも客席からも大音量が響き渡った。

 

『世界のウマ娘たちよ見てくれ! これが日本近代レースの結晶だァァ!!!』

 

 その高らかな口上とともに、三冠の称号はひとりのウマ娘の手に収まっていった。

 

『三冠ウマ娘ー!! 今まさに英雄が誕生した瞬間です!』

 

 歓声が、沸き立つ。しかしクラフトの目は、自身と同じく三冠を成した英雄ではなく、そのはるか後方でレースを終えた友人の方へと向いてしまっていた。

 

『なんと、シンボリルドルフ以来の無敵の三冠ウマ娘が誕生! これで変則三冠のラインクラフトに並び両路線での三冠が成される、まさに歴史的な日となりました!』

 

 アナウンスが続ける通り、三冠路線、ティアラ路線ともに歴史的な記録が成されたのだ。だが、クラフトが祝いの声を上げることはなかった。少なくとも、隣にいたシーザリオには聞こえなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『さて、それでは先日の菊花賞についての特集です!』

 

 興奮が収まりきっていないキャスターの声が、カフェテリアに響き渡った。ウマ娘たちのレースを扱うスポーツ番組のものに違いなかった。

 

『無敗三冠を成し遂げたドリップショックトの走りが記憶に新しいこのレース。その激闘の記憶を、ゲストの方々と振り返っていければと思います』

 

 画面の中で行われるそんな前振りを背に、アルバは焼き鮭の定食に手をつけていた。だが、それは彼女にとって食事というよりは、ただ目の前のものを胃にしまっていく作業だった。そうしているうちに、やがてテレビから放たれるのはレース評論へと切り替わっていた。

 

『それにしても、2番人気だったデュアルバインダーの大逃げは意外でしたね〜!』

 

『そうですね。ですが、初の3000mという長距離で仕掛けるには無理がある選択でしたよ。結果的に最後の直線まで保たずブービーまで着順が沈んでしまいましたから』

 

 物知り顔で語る自らへのコメンテーターの評論を意に介さず、アルバは付け合わせのキャベツを口の中に運んでいく。普段ならドレッシングをかけているところだが、今は味のことなどどうでもよかった。

 

「……」

 

 前方のどこでもない場所を見つめながら、アルバはシャキシャキとしただけの何かを咀嚼する。

 

 ──三冠をすべて逃したのだ、もう少し悔しいものだと思っていた。しかし今、胸の中にあるのは解放感だった。

 

 何かを諦めるのって、こんなに気持ちよかったっけ──。

 

「やっぱりすごいよね、ドリップさんの走り!」

 

「うん! ティアラでもクラフトさんが変則三冠をやったばかりだし、これからも、来年からも楽しみ〜〜っ!!」

 

 周囲では、そう惜しみない()()への賛辞が巻き起こっている。

 

 きっと自分を下したあのウマ娘も、クラフトも、シーザリオも、メサイアも、ハートも……それぞれの輝かしい未来を歩んでいくのだろう。だが、それはきっと、主役のみに許された旅路なのであって。

 

(ここに自分の場所は、もうない)

 

 空っぽになった食器を視界いっぱいに収めると、アルバは箸を置いた。大皿に残った鮭の骨が、朽ち果てた己自身のように見えた。

 

 水を飲みたいところだが、持ち上げたコップの中に彼はもういない。

 

「……」

 

 立ち上がったアルバは、喧騒から逃げるように返却口へ歩く。その頭の中ではすでに、この学園を後にした先のことを考えていた。

 

 ──本当にいいのか?

 

 内から湧き出るその問いかけに、首を振りながら。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「本当に……いいんだな?」

 

 廊下を歩くアルバの隣から、確認するかのようなトレーナーの声が聞こえた。それはこの話を持ちかけたときから何度も聞いたセリフだったのだが。

 

「……はい」

 

 あまり力のこもっていない返事をしたアルバの手に握られていたのは、トレセン学園の退学届──さすがに親の捺印なしでは出せないので事前に家族へ話は通している──だった。もうレースに関わる気のない自分が、これ以上ここにいても仕方がなかった。相談を持ちかけた担任にはえらく心配されたが、話し合いの際にクラフトら含むクラスメイトにはしばらく黙っているよう取り決めてもらってある。

 

 メンタル的な要因も大きく菊花賞から1ヶ月ほどの時間を要したが、ようやくドリップの悪夢から本当に解放されることができる。尤も、退学届の提出から実際に学園を後にするまで、もう1ヶ月はかかるだろうが。

 

あの子(クラフト)たちとはまだレースで走っていないんだろう」

 

「申し訳ない、と頭を下げてきますとも」

 

 すんなりとは行かないだろうが、とアルバは内心で直感しながら口にする。

 旧知のメサイアには特に心配をかけてしまったし、平手打ちで済めば安い方かもしれない。

 

「なあ、アルバ。……俺以外の誰かが、君を再び立ち上がらせてみせるって言っても、ダメか?」

 

 その言葉に、アルバは微笑むだけだった。

 

「そうか……」

 

 それっきり、トレーナーはなにも言わなかった。やがて理事長室の前に立つと、アルバは深く息を吐いた。扉の向こうにいるのだろう理事長──肩書きに似合わぬ幼齢ながら豪放磊落な性質の彼女は、自分にどんな言葉をかけるのだろうか。自分で決めたことなら、と送り出してくれるのか、勿体無い、と引き留めてくるのだろうか、それとも──。

 

 しかし、ノブに手をかける前に、その扉は向こう側から勢いよく開かれた。

 

「え──」

 

 気圧されてアルバが後ずさると、ひどく慌てた様子の成人男性が理事長室から出てきた。バッジをしているところからしてトレーナーだろうか。彼がかけていたサングラス越しにでも焦燥ぶりが透けて見える様子だったが、向こうはこちらには目もくれず、どこかへ走り去っていった。動揺もそこそこに、アルバが部屋へ入ろうとすれば、またも慌てた顔の人物が飛び出してきた。

 

「ちょっと、トレーナーさん!」

 

 先ほど出ていった男性を呼んだらしいその人物は、学園の理事長秘書として知られる駿川たづなだった。

 

「駿川さん、なんですかこの騒ぎは?」

 

「デュアルバインダーさんとそのトレーナーさん? いえ、その、実は……」

 

 たまらずアルバが問いかけてみれば、どうやら自分たちの前──といっても数週間も前のことだそうだが──に退学届を出した生徒がいたのだという。しかし、詳しい事情を訊けないまま雲隠れしてしまったそうで、その担当トレーナーに話を訊こうとしている最中だったらしい。慌てて出ていったところを見るに、事情を知らないのは彼も一緒だったということなのか。

 

 そこまでたづなが説明したところで、走り去る同僚の背を呆然と目で追っていたアルバのトレーナーが後ろでこう呟いていた。

 

「あいつ……スティルインラブのトレーナーだったハズじゃ……」

 

 飛び出したその固有名詞に、アルバは思わず視線のみで振り向く。

 スティルインラブ──その名前には覚えがあった。ティアラ好きのクラフトが度々口にしていたからだ。メジロラモーヌ以来、史上2人目のトリプルティアラ達成者である。秋華賞と同日に開催されたGIIIレースを最後にトゥインクルシリーズを退くことを明らかにしてから動向が知れなかったのだが、まさか退学騒ぎになっていたとは意外だった。彼女ほどのビッグネームが自主退学で雲隠れとなれば、もう少し学園内で話題になってもよさそうだったが。

 

(……いや、いま重要なのはそこじゃない)

 

 こんな騒ぎが起こっているのに、火に油を注ぐ真似をするのは気が引けた。

 ゴタゴタに乗じて提出しフェードアウト、という線も考えたが、それはさすがに目の前のたづなが気の毒だった。

 

「ええと、アルバさんは理事長室に何か御用がおありだったのですか?」

 

「い、いえ。何でも」

 

 とっさにアルバは退学届を背に隠し、散策中のふうを装った。すると「そうですか」とやり取りを片付けたたづなは、駆け出していった方のトレーナーをその脚で追いかけていった。とてもただの人間とは思えないほどの速度だった。

 

「……出直しましょう。トレーナー」

 

 アルバは自身のトレーナーにそう耳を打った。するとすぐに頷いたところを見るに彼も同じ意思だったようなので、別日に仕切り直すことをその場で決め、結局この日は解散することになった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「よ〜〜し、もういっぽーん!!」

 

「お、言ったな〜? じゃああたしもーっ!」

 

 活気あふれる学園の練習コース──それを見下ろしながら、アルバは黄昏ていた。

 

 別に寮に帰ってもやることがないし、わざわざトレーニングをする理由もないからだった。

 

 無論やめる理由もなかったので、そのまましゃがみ込んで見ていたところだった。

 

「……おや。君はデュアルバインダーくんではないかな?」

 

 唐突に隣から声をかけられた。貫禄のある低い声だったので、年配の男性かと思ってアルバが振り向いてみれば、推察していた通りの人相の男が立っていた。

 

「……あなたは?」

 

 アルバにとっては未知の人物であったので、要件を求めるより先にそんな言葉が口を衝いて出た。

 

「おっと失礼。私はトレーナーの端くれさ」

 

 男性は襟のバッジを指で弾きながらそう告げた。

 

「今さらな話だろうが、ダービーの走りは見事だった。大本命をバ群内に追いやったポジショニングと終盤のスパート……世代が違えば、間違いなくダービーウマ娘となるに値する走りだった」

 

 続けて放たれたのは、そんな賛辞だった。

 アルバにしてみれば、可能なら記憶から抹消してしまいたい過去を揺り起こされ、咽せにも等しい苦笑が溢れそうになった。そんなつもりはなかったろう初対面に対してはさすがに無作法となる振る舞いだったので、どうも、と返すことで押し殺してこの社交辞令を片付けた。

 

「それで、今日はトレーニングではないのかな?」

 

 そんなことか、と内心で呟きながら、アルバはどうやり取りを終わらせたものか、と思考を回転させ始めた。

 

「……いえ。しばらく休養をいただいておりますので」

 

 無期限の、と内心で付け加えながら、アルバはそう告げた。そのまま別れを切り出そうとすれば、男はこう言い放ってきた。

 

「……それは、菊花賞の件があったからか?」

 

 菊花賞の件? とアルバがおうむ返しをしてみれば、男はこう話した。どうやらアルバとそのトレーナー間の不和が以前から取り沙汰されており、菊花賞の大逃げ強行がトレーナーの腹いせによる指示だったという見解が横行しているとのことだった。

 

「実際、君ほどのウマ娘がああも無茶をするとは想像できなくてね。私もいちレースファンとして心配していたというところだ」

 

 あまり信じたくはないが、男の流言というわけでもなさそうだった。彼の声色は、「心配していた」と言う通り真摯なものであったからだ。

 

「……無茶もなにも、あれは私が独断でやったことです。トレーナーは付き合わされただけに過ぎない」

 

 独りよがりに巻き込まれた挙句、無能の誹りを受けるようでは彼があまりに報われない──そんな思いがアルバの口を動かすが、男の表情はさほど変わらなかった。

 

「仮にそうだったとして、それこそトレーナーの責任というものだろう。管理するウマ娘の統制が取れずに無茶をさせるようでは、君たちを預かる者として申し訳が立たない。そのために我々は、このバッジをぶら下げて君たちに命令をするのだから」

 

 それらしいことを言われていたが、今のアルバにはほとんど聞こえていなかった。ただ自身のトレーナーへの誤解を解きたい一心だった。

 

 だが、そうさせるための言葉が思いつかなかった。さっき言ったことがすべてだからだ。件の大逃げは一言も相談もせずに独断で、私欲のために行ったことなのだ──それ以上、何をどう弁明すればよいのだろうか。

 

 そうしてアルバが二の句を継げずにいると、男は懐からメモ帳を取り出し、さらさらと何かを書き込んでいた。

 

「……もし、君にその気があるなら、私のチームの練習を見に来るといい」

 

 やがて彼は、そのページを破ってこちらへ差し出してくる。そこには彼が率いているらしいチームの名と、連絡先が記されていた。

 

「デュアルバインダーというウマ娘がこのまま終わるのは惜しい。君が立ち上がる手伝いを、私にもさせてもらえないかな?」

 

 その言葉を受け、アルバの脳裏にあるセリフが再生された。

 

 ──俺以外の誰かが、君を再び立ち上がらせてみせるって言っても、ダメか?

 

 今日、自身のトレーナーが口にしていたそれを思い起こし、アルバは視線をさまよわせる。

 

「……よいお返事はできないと思いますけど」

 

 指の2本で紙を挟みながら、そう返事をするしかなかった。

 実際、こちらはもう退学を決心している身だ。乗り気になれると思えなかった。

 

 構わない、と告げてその場をあとにした男の背をしばらく目で追ったあと、アルバは貰ったばかりの紙へ視線を落とした。

 

(あの人に相談するべきか? でも、それじゃあ──)

 

 ──きっと、こちらのためといって呑んでしまうだろう。

 

 つまむ紙の端を歪めながら、アルバは惑う。

 

 ──本当に、このまま終わっていいのか?

 

 もう走る気はない。だというのに彼女は、その紙を破くことも、捨てることもできなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「有馬記念……ドリップさんも出るって」

 

「うっそ、もう四冠目いくの!? てか無敗っていつまで続くんだろ……」

 

 年末のグランプリが迫る頃、学園は三冠を成し遂げた英雄の動向の話題で持ちきりだった。有馬記念での出走を表明したかのウマ娘は、出走基準である投票数でも既に圧倒的な優位が見込まれている。久方ぶりの無敗三冠の称号も相まって、その熱狂ぶりは、有馬でのドリップ1着を既に計算した上で何バ身突き放せるかという議論に興じている者もいるほどだった。

 

「……フン」

 

 噂ひしめく廊下ど真ん中を歩きながら、あるウマ娘が鼻を鳴らした。

 

 いまはシニア級のウマ娘としてトゥインクルシリーズを駆ける彼女もまた、有馬記念への出走を期している身。しかし、無敗三冠を携えてやってこようというかの英雄に──このウマ娘は本能の昂りを抑えられずにいた。

 

「そうだ。お前が強くあればこそ……お前と戦うことで、俺ももっと強くなれる」

 

 強敵と戦うことへの欲望──心を侵食するそれに身を任せようとしてしかし、脳裏に浮かび上がった同室の姿を思い起こした彼女は、意識を平常へと引き戻した。

 

「ハッ……これではアイツを甘いと笑えんな」

 

 思わず自嘲するような声色で呟く。

 最近は言葉すら交わせなくなった同室が見せた、心の内の叫びにならない叫びが現れた表情。自身に義憤ともつかない感情を呼び起こさせたその変化に、思うところがないと言えば嘘になる。

 

 ──その節目が、かの衝撃の三冠劇だったとすれば、文句のひとつでも言ってやりたくなるというものだった。

 

「同室を苛めてくれたんだ。手加減など期待するな、英雄」




次は有馬記念か……

風呂敷たたみに苦戦中。
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