ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない 作:アウラセイヴァー
腰を据えてご照覧あれ。
あの日から、自分の中の何かを信用できなくなった。それは運命と呼ぶのが一番近いだろうか。
その事柄に行き当たった途端、自動的に
「どうも、ラインクラフトです!」
「シーザリオです。よろしくお願いします♪」
「Hi♪ デアリングハートよ、メサイアのFriendさん?」
それは他でもない友人・メサイアによって引き合わされた面々の第一声だった。
画面越しに垣間見た世界を重ね、腰を抜かしかけた忘れがたい瞬間だ。
敵わない相手と知っているなら、距離を置けばよかったのかもしれない。しかし、そんな出鱈目な理由で紹介を蹴る無頼にはなれなかった自分は、目線が揃うはずもない関係をずるずると続けてしまっていた。なぜこうも縺れ込んだのかといえば、脇役にさえ徹せれば居心地がよい場所だったからだろう。
ようやく決別の一歩を踏み出せたのは、各々がデビューを意識しだす『本格化』を迎えて間もない頃だった。
「私が目指すのはトリプルティアラだ。未来へ向けての『器』を成すために」
それは、思い出のレースと将来への抱負を語らう場に付き合っていたころだ。
まず普段より堅い口調のシーザリオに──クラフト曰く
指導者であった母に憧れたという彼女は、自身もその舞台へ上がることを望んでいたのだ。将来のレース界の礎になるべく、まず果たすべきと目したのがその栄誉だったのだろう。
「Oh……アハハ! 言っとくけど、トリプルティアラは譲らないわよ!」
「私も、譲りはしません。あの場所へは、望みを果たすために行くつもりですから」
「わたしもみんなに譲るつもりはないよ。だから──」
そして、その栄誉は他三人も欲するところだったらしい。最後に言ったクラフトが、各々へ彷徨わせた視線を自分に向けたところで、分水嶺が迫っていることを悟った、悟ってしまった。
「トゥインクル・シリーズではよろしくねっ、シーザリオ、ハートさん、メサイアさん、アルバさ──」
「──あの!」
言い切られるワケにはいかなかった。なけなしの勇気を、そこで振り絞る。
「自分は……クラシック三冠の方を目指すんです、なのでそちらには行けません」
割って入るようにして発したのが、その台詞だ。
言及した道への執念はないものの、それでもまさか彼女らに挑むワケにはいかなかった。
一瞬呆気に取られた顔をした四人だったが、頷くようにしたクラフトはこう告げた。
「……うん、わかった! それがアルバさんの道なんだね!」
いつものように微笑むクラフトに、チクリと胸へ痛みが走る。いっそ咎められれば楽になれたのだろうが、彼女はそうしてくれるタチではない。
「私たちとは対になる道……か。うん、アルバさんならきっと、輝けると思います」
途中で
「いち友人としては遺憾ですが……ティアラを駆け抜けた先にでも、お相手願えれば」
「そうね。にしても、私たちの前でその宣言とはいい度胸で……フフッ、Jokeよ!」
いつもと変わらず丁寧な物腰のメサイアと、悪戯っぽく笑うハートも続く。
どこまでも彼女らは、善良であるのだ。心臓が締め付けられるような感覚はよく覚えている。
すると、何やらズームアウトしていくように認識範囲を広げていった視界が、横一列になった四人を等しく映し出す。
その瞬間、景色が別物に変わってしまった。気づけば目の前にあったのは、トレセン学園へ入学してから毎日見ている天井だ。
「寮……あぁ、夢か」
早朝の日が淡く照らす二人部屋を見回して、ようやく意識が現実に移ったと察することができた。
想定より若干早い時間だったが、もう肉体は睡眠を要求してくれそうになく、気怠い頭で上半身を起こす。
ゆっくりと寝床を立つと、デスクへ置いていた髪飾りを手に取った。
文房具のクリップを二つぶんあしらったようなそれは、かつて両親から貰い受けたものだ。
独りでに、と形容して差し支えないほど染みついた動作で、髪飾りを左耳へと持っていく。
初めて着けるときに母が手本として見せてくれてから、ずっとそうしている。
この朝イチのルーティーンを終えると、思考はいくらかクリアになったような気がする。
どうやら寝食を共にしている同室は外へ出てしまったらしく、姿が見えない。
自分に構わずともよい、とは前日──というより初めて顔を合わせたとき──から取り決めているが、それでも出迎えがないのは寂しい。
特に自分がデビューを迎えるにあたって、数日のあいだ遠征する都合から、しばらく会うことがないのだ。
「ま、早いところ荷物をまとめて……ん?」
気持ちを切り替えて、という瞬間に、あるものを目にする。それは同室のデスクの上にあった品だ。
そこには『心願成就』と記された書き置きとともに、やや不器用に作られたであろう折り鶴があった。
『ただ今ここ新潟レース場では4Rの未勝利戦を終え、次のメイクデビューへ向け場内も盛り上がっています!』
ターフへ響くアナウンスが、かすかに聞こえてくる。自分はまさにそのレースへの用意のため、控え室へ入っているところだった。
「舞台は1200m……電撃戦だ、いつも通りに行こう。前目につける作戦で」
すでにゼッケンを携える体操服へ着替えていたこちらに、トレーナーがそう指示を下してくる。
正直なところ、さほどこのレースを楽観できているワケではない。今の学園へ入学できるだけの才に恵まれたのは承知の上だが、模擬レースではメサイアら四人に幾度となく下されているので、こうして他人と競い合って勝つ、というイメージが自分の中で固まりきっていないからだ。
そんな不安が入り混じる中、返事代わりの首肯を返せば、彼は緊張しているととったらしく、こう励ましの言葉をかけてきた。
「──大丈夫だ。もし自分に自信が持てないというなら、君を信じた俺を……信じてくれ」
そんな、どこか臭い台詞を受けて苦笑してしまう。しかし、無垢さすら感じさせるトレーナーの視線を浴びていると、自分はすでに人ひとりの人生を巻き込んでいるのだ、ということを唐突に思い出した。
ならば、そんなひとりのためにくらい、走ってやるべきだろう。
そう決意した瞬間、暗い感情は十分押し隠せるまでに衰えていった。今度こそはっきりとした想いとともに頷いたこちらへ、彼は親指を立てて応えてくれた。
その瞬間、待っていたかのように開いた扉から、職員らしき人間が姿を現した。
「間もなく時間です。準備をお願いします!」
その言葉に従い、間もなくこの控え室を後にする。
そしてパドックで顔見せを終えた自分を、地下バ道を出た先で迎えたのは、夏の熱気の中で生い茂る真っ青のターフだった。
『さあ入場を終えた出走者が、すでにスタート地点へ集まっています。初出走初勝利を掴むのは誰か!』
目前に立つゲートを見据えた15人が闘志を高めんとしているころ、そのアナウンスに伴って客席から歓声が上がった。
『1番人気は3番プライズデギン、2番人気は7番リオラズワルド、3番人気は最内枠のセカンドアモーレです』
その上位人気のコールはお決まりのものらしく、今日も例に漏れなかった。ここでは呼ばれなかったものの、聞いた話によると自分は7番人気にいるのだとか。
『いよいよ発走まで間もなくです、ファンファーレをお聴きください』
そのアナウンスが響いてすぐ、場内へ軽快な吹奏楽の音色が響き渡る。
すると枠入りが始まっていたようで、周囲の足がゲートに向かっているのが見えた。
自分も続いてゼッケンの数字・8番のもとへ入ると、ひとつ、ふたつと足音が減っていき、やがて大外枠となる15番がゲートインを終えたタイミングで、周囲の空気は戦いにおけるそれへと変貌する。
気休めに首を1周回すと、いよいよ扉越しに広がる舞台へ向け意識を集中させた。短距離戦では、序盤に遅れを取ることは許されない。
『各ウマ娘、ゲート入って体勢整いました』
発走を前に、静寂に包まれたこの空間が続いたのはどのくらいだっただろうか。
『──スタート!』
カッと開いたゲートから、一斉にウマ娘らが解き放たれる──。
『あーっと3番! プライズデギン、出遅れです!』
──ただひとりを除いて。
1番人気のスタートミスへ、会場がどよめく。
1分そこらで決着がつく短距離戦で、それはあまりに大きい失態だ。
(今は前に行って──いや右から来る、マズい……!)
そんな後ろのアクシデントなど知る由もない自分は、好位置を取るべく競り合いを始めていた。
『先頭を行くのは9番ノワールクリムゾン、その外に12番ムラナカセンと6番シンエイナインティ、そこから7番リオラズワルド含む3人が横1列になって──』
その順位のコールはわずかにしか聞こえなかったが、思うように前に出られていないと認識している自分には重くのしかかる声だった。
スタート直後、今はハナに立っているウマ娘に前を横切られたため、控えざるを得なくなってしまったのだ。
視界に映る人数からして、自分は7、8番手というところだろう。
前は2番人気のラズワルドと内のもうふたりに塞がれているが、間もなく差し掛かるコーナーの明けに誰か──この場合は外のラズワルドと言えるか──がコースを膨らますなりすれば、進出のチャンスはある。
『さあここからコーナー、プライズデギンはかなり後方をひとり往っていますが大丈夫か!?』
『いやー、もう回ってくるだけで終わりそうですかね』
1番人気が来ない、とようやく気づいたのはそのアナウンスを聞いたときだった。
最大の不安要素が消えたのは不謹慎ながら好ましいが、それはほかも同じこと。
周りをある程度囲まれる中でのコーナリングに神経をすり減らしながら、前を塞ぐ3人をじっと注視する。
『4コーナー、13番ロザリナと9番イスコルシーアが前に出るかというところ!』
その声が聞こえたのと、視界の両端からウマ娘が飛び出したのは同時だった。とうに折り返し地点は過ぎているのだ、スパートをかける者がいてもおかしくはない。
前の3人からひとり落ちてきていた──思い返せば3番人気のウマ娘だった──のを決め手に、ならばと加速を行おうとした瞬間、もうひとつレースへ動きが起こる。
『ラズワルドも仕掛けた! 前ふたりを捲って先頭へ向かう!』
注視していた内のひとりがギアを上げたのだ。
もう前に出るしかない、とひとりだけになった壁を越える。
『さあ直線だ! 逃げるノワールクリムゾンはもう一杯!』
ようやく脚を踏み入れたのは、極めて平坦な直線だった。
すでに先頭に手をかけるラズワルドの後ろで、こちらもひとりふたりと追い抜かしていく。
不利を覆して3番手まで来たのだ、自分を褒めてやりたいところだが、満足してやるワケにはいかなかった。
(引けるところまで引いたんだ、ここで勝てなくてどうする──!?)
ちっぽけなプライドだろうが、自分にとってはそれが全力を出す理由付けのすべてだ。
『このまま行くのかリオラズワルド、しかしデュアルバインダーも追いすがる!』
ようやく3番手を振り払えた自分は、ラズワルドの背を追うのみとなった。
今さら相手のスタミナ切れは望めない、あとは全力が届くかどうかだ。
『グングンと伸びるデュアルバインダー! 間に合うのか!』
叫び声と呼ぶのが最も近い音を吐き出しながら、徐々にラズワルドへ迫る──が、その背中は自分には見えていない。
前に進むことへ全神経を捧げてしまった肉体が、ゴール以外の何もかもを認識してくれないからだ。
『しかしリオラズワルドも譲らない、譲らない! ふたり並んでゴールイン!』
自分が前と並んだのは、その瞬間であったらしい。
間もなく割れんばかりの歓声によって、自分はゴールだけの世界から解放された。
そこからしばらくの距離を走ったところで、肉体は崩れ落ちた。背中から芝へ倒れ込むと、息も絶え絶えに天を仰ぐ。
しかし、ここでレースの結末を知らなかったことを思い出した自分は、掲示板を目に収めんとした。
全力の反動なのだろうか、起き上がることもままならず、首を向けてどうにか目標を探す──というところで、唐突に誰かに担ぎ起こされた。
「なに寝転がってるの、ほら」
相手は先ほどまで競っていたラズワルドだった。肩を貸してくれた彼女が指差した先を、反射的に見やる。
微妙にピンぼけしていた視界の焦点をどうにか合わせると、そこにはとっくに確定の二文字を灯す掲示板があった。
「……ぁ」
うめき声に等しい何かを漏らしながら、その事実を受け止める。
そこでは自分のゼッケンと同じバ番──8の数字を勝者として表していたからだ。
「……どうして泣くの」
前腕で両目を覆い隠すようにした自分へ、ラズワルドが問いかけてくる。涙を流した事実はなかったが、実際そうしてもおかしくないだけの感情は渦巻いていた。
1番人気が全く走らなかった幸運はあったものの、思い通りのレースができない中で勝てたのだから。
大粒の汗のほかで湿っていない顔を隠したのは、内に抱えた別の思いを見透かされたくなかったからだ。
(やっぱり、あの娘たちさえいなければ……)
そのドロドロとした感情とともに、掴んだ勝利を噛み締める。
それが、初めて戦場たるターフへ足を踏み入れたときの記憶のすべてだった。
レース描写のさじ加減がよく分からない今日この頃。
評価、感想など、反応すべてが非常に励みになっております。
改めて、読者の皆様へ格別の感謝を。
7/22 追記
遠征の描写をちょっと修正。なんかメインストーリー見てると、皆レースのときは前乗りしてるらしいので。