ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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そんなに動きがある回でもない。なのに時間がかかった模様。


彼女ら『でも』

 デビューから一夜明けたある日、自分はメサイアによって食堂へ呼び出されていた。

 食事会の準備をしているので最後のひと押しを、と頼まれていたのだ。

 

 引き受けた理由は特に大したものではない。トレーナーから今日はまるまる休息を言い渡されていたのもあって、気分転換になるだろうと思ったからだ。

 

「失礼……うわっ!?」

 

 部屋へ入るやいなや、自分を出迎えたクラッカーの音に仰天する。

 後ずさった自分が室内に見たのは、したり顔のメサイアといつもの三人だった。

 

「初勝利おめでとう! アルバさん!」

 

 そう快活に祝ってくるクラフトに面食らっていると、メサイアが傍まで来てこう囁く。

 

「……ひと押し、ありがとうございます。今日は貴方のために整えていただいた場です」

 

 その言葉で、サプライズを喰らっていたことをようやく察した。

 

「まだデビュー戦なのに、大げさな……」

 

「Why? 私たちの中では一番乗りなんだし……なーんて、半分方便!」

 

 困惑も抜けないまま返してみれば、ハートはそう気分よく口にする。

 でしょ、と間もなくこちらから視線を外した彼女が見ていた先には、大ぶりな皿を抱えたシーザリオがいた。

 

「はい♪ 今までアルバさんを、こうして祝うことはなかったですから」

 

 キャラメルの香りが漂うフレンチトーストをテーブルへ置きながら、彼女はそう言って微笑んだ。

 

 今まで避けてきた立場になってしまった自分は、別離を決め込んだ負い目がある手前、曖昧に笑むしかなかった。

 目立たないように、と言いながらも関係を切らなかったツケと言うべきなのだろうか。

 

「まあまあ座って座って! 初めてのレースはどうだったか、とか色々訊きたいんだー!」

 

 突っ立っている自分の背を押すようにして、センターの席へ着かせるクラフト。

 

「そうね。随分と熱いレースだったし、ぜひ聞かせてくれるかしら。Winner?」

 

 間もなく別の椅子に座ったハートは、そう挑戦的に問いかけてきた。

 

「ええ♪ おいしいデザートをたくさん作っておきましたから、ゆっくりとお話しましょう♪」

 

 穏やかながらも、そうシーザリオも続く。見ればテーブルには、タルトやクッキーなども並んでいる。料理上手な彼女だ、もしや全て手製なのだろうか。

 

「ということなので、今日は祝いの他にも色々語らわせてください」

 

 するとメサイアが、総括するように告げる。一連の流れを無下にはできず、降参の意味も込めた笑みを漏らしていると、ふと彼女はこう続けてきた。

 

「……あの言葉をくれた日のように、勇気づけられるレースでしたから」

 

「えっ──?」

 

 意図を掴みかねて間抜けにも洩らす自分だったが、そのあと追及する暇は与えられなかった。

 

「よーし、まずは乾杯しちゃおう! 質問もいろいろ用意してきたから!」

 

 気づけば隣を陣取っていたクラフトが、そう音頭を取っていたからだった。

 にんじんジュースが注がれたコップを手渡されると、間もなく彼女はこう叫んだ。

 

「アルバさんと……未来のわたしたちの勝利を祝ってぇ〜……カンパーイっ!」

 

 声高らかな彼女に倣い、控えめにコップを持ち上げる。

 

 パーティの終わりまでは、まだまだ長い。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『レイヤーフルール、いま1着でゴール! 2着は1バ身ほど離れてデュアルバインダーです!』

 

 敗北を突きつけるアナウンスが、疲労の押し寄せる肉体へ浴びせられる。

 

 10月の頭のオープン戦『すずらん賞』。そこで自分は、2戦目にして初の敗北を喫することとなった。

 

 特に不利もなく進んだレースだったが、好位置よりやや後ろから上がってきたウマ娘によって差し切られてしまったのだ。

 レースを制した1番人気は、この前に2勝を収め、重賞でも存在感を示した有望株だ。経験値的に分が悪かったのは事実だった。

 

 ターフから控え室へ戻って、半ば放心していた自分へ、トレーナーはこう切り出してきた。

 

「……戻ったら鍛え直そう」

 

 再スタートを、と意気込む彼へ、曖昧に頷く。

 なにも今だけではない。ここからは例外なく、勝利の味を知ったウマ娘らが集う場で戦うのだ。わかっていたようでそうでなかったその事実の重さを知り、打ちひしがれそうになる。

 

(あの娘らがいなくたって、こんなにも辛いのか)

 

 突如目の前へ横たわった壁の高さが、ここにきて自分を苦しめる。

 

 ここで勝てたらGIを考えるのもいい、と出走前は笑い合っていたトレーナーの顔も、今はどうにも冴えない。

 

 だが、このまま感傷に浸る暇は与えてもらえない。なぜなら、すぐ後にレース終わりの恒例であるウイニングライブが開催されるからだ。

 

「……失礼。ライブにあたって、集合のお知らせに参りました」

 

 すると間もなく部屋へ現れた関係者へ呼ばれ、ふらふらとこの場を後にする。気を遣ったのか、落ち着き払った様子で接する彼に連れられる形でステージへ向かった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 すずらん賞の翌週より、いよいよ4人の物語は動き出したらしかった。

 

 同月、はじめに始動したハートが2戦をかけて1勝を挙げる。クラフトも5バ身を着ける圧勝で初戦を飾ると、翌月のGIII『ファンタジーS』にも勝利。また、その月末にはメサイアが初戦をものにし、デビューを残すのはシーザリオのみとなった。

 

「『チーム<アスケラ>の新星! 戴冠へ、ティアラ路線のキーパーソン!!』とは、随分と……」

 

 スマートフォンの液晶から存在を主張するその見出しは、何気なく目にしたニュースサイトのものだ。

 

 端末をポケットへしまうと、目の前に広がるターフへ視線を移す。

 

「2連勝ですよ? 当然でしょう」

 

 隣にいたメサイアが、苦笑気味に肯定を返してくる。

 彼女と自分は、あるレースの観戦のため阪神レース場を訪れていた。

 

『ジュニア級女王の座をかけて、若きウマ娘たちが初のGI──阪神ジュベナイルフィリーズに挑みます』

 

 今日のメインレース──各々にとって、最初にして最高峰の舞台へ向けた口上が響く。

 

 ジュニア級で出走可能なGIにおいて、双璧を成すマイルレースが存在する。その片方がこのレースだ。『桜花賞』と条件がそっくりそのまま同じであることから、ティアラ路線を目指すウマ娘が挑戦することが多い──もちろん自分は出走を蹴っている──。その舞台へクラフト、ハートのふたりは挑もうとしていた。

 

『1番人気ラインクラフトは、これまで2戦を圧勝──早くもクラシックレース本命と言われています』

 

 メサイアと話していた通りの内容で、恒例の人気順の紹介を始めるアナウンス。

 すでにファンファーレを終えた場内は、間近となった発走へ沸いていた。

 

「勝つのは誰だと思いますか?」

 

「クラフトさん、ハートさんのワンツーで終わりでしょう」

 

 漠然と問いかけるメサイアに、迷うことなく返す。

 これから彼女らが挑む舞台は、あまた存在するグレードの中でも最高峰に位置するものだ。スターたちが栄華を争う物語として劇的なのは、その主役ふたりの一騎打ちの他にないだろう──それにしてもハートの人気順は11番手と低く見えたが──。

 

「買っておりますね、ふたりを……まあ、あの人も同じことを言うのかもしれませんが」

 

 含み笑いを交えて言うメサイアは、ふとガラス張りのスタンドへ視線を移していた。

 おそらく見ている先には、来賓席でレースを見守るシーザリオがいるのだろう。

 出走ウマ娘の関係者には、自分たちがいる一般スペースとは別の席が用意されている。彼女はクラフトと師を同じくしているので、そこでの観戦を許されているのだ。

 

『すべてのウマ娘がゲートに収まりました』

 

 いよいよ枠入りを終え、城内へ静かなる熱狂が渦巻く。

 

『阪神ジュベナイルフィリーズが今──スタートしました!』

 

 始まりは出遅れなく。早々に縦に伸びた隊列の中、熾烈な先行争いが繰り広げられていた。

 

『注目のラインクラフトは先団の後ろ、7、8番手を進みます』

 

 ピンクを基調とする勝負服──GIのみ着用する固有の衣装だ──を身に纏う1番人気は、アナウンス通りの位置を走っていた。見ればハートは、その外に居る。

 

『その外にデアリングハートが行っています、内をついては7番のヤマノオバコ、真ん中に10番ジェガンシルクが続いている、1バ身差で──』

 

 そこまで順位がコールされたところで、客席がどよめく。クラフトがつまづいて体勢を崩していたのだ。

 すぐに持ち直したものの、心臓に悪い光景だった。

 

『さあ、各ウマ娘第3、第4コーナー中間地点! 徐々にペースが上がってきました!』

 

 やがて順位を後ろまで呼び終えたタイミングで、コーナーへ足を踏み入れていた一同。

 ここからは迫る直線へ向け、スパートを考える時間帯だ。

 

『ここでラインクラフトもペースを上げた! 外目を回り、一気に差を詰める!』

 

 いよいよ先頭へ向かった1番人気へ、客席もボルテージが高まる。前が開かないのだろう、迂回する形をとった彼女だったが、再び、そして三たびとよろめく。

 

「スピードを出し過ぎです、クラフトさん……!」

 

 難しい顔のメサイアが、横から洩らした。まだコーナーのところから加速して、コースを膨らませる事態にすらなっているのだ、無理もなかった。

 

『ラインクラフト、先頭とは4、5バ身! これはちょっと苦しいか!?』

 

 煮え切らない1番人気へ叫ぶアナウンス。

 

 スパートの渦中──自分は、クラフトの叫びを聞いた気がした。

 

 

「このくらい……どうにかしてみせるっ!!」

 

 

 そこで、彼女の周りから一瞬、色が抜け落ちる。

 

「……くっ!」

 

 突如視界へ躍り出た閃光を遮らんと、右の手のひらを盾にする。

 

 やがてその光が朧げなオーラとなってクラフトの周りに集束したことで、ようやく目の当たりにすることができた戦況は、まさに激動と言ってよいほどの変化を迎えていた。

 

『きたきたきた! ラインクラフト! ラインクラフトが一気に差を縮めていくっ!』

 

 グングンとギアを上げていった彼女は、すでに前にはふたりを残すのみとなっていた。

 

『しかし前も粘る!』

 

 つい先ほどまで彼女の前に横たわっていた差は、とてつもない加速を見せる姿を前にしては、あまりに小さく見えた。

 

『並ぶか!? 並ぶか!? 並んだ!』

 

 やがて横一列になった前3人を、実況はそう評する。ハートがそこに来ないことはとうに忘れ、視線を捕らえて離さない異常を、ただ目に焼き付ける。

 

『並んだところで、ゴーーール!!』

 

 そのまま、3人はゴール板を駆け抜けていく。

 

 ──今ここに、18人の戦いが決着したのだ。

 

『この3人! きわどい勝負になりました! ラインクラフト、人気にたがわぬ怒涛の追い込み!』

 

 ミスを犯しながらも先頭へ確かに詰め寄った彼女へ、アナウンス、そして客席からも、賞賛の声が飛ぶ。

 間もなく踏ん張った左足を軸にしてターンすることで、スピードを殺していた彼女は、掲示板へ視界の焦点を合わせていた。

 

 場内に漂ったのは、緊張の一瞬。しかし自分に突きつけられたのは、あまりにも呆気ない結末だった。

 

『──しかし、僅差の3着!!』

 

 頂上に灯った5の数字──8番人気のウマ娘のバ番を見て、思わず口を覆った。

 

『わずかに届きませんでした!』

 

 木霊するアナウンスの最中、ある事実が脳裏を駆け巡る。

 

(あの娘らでも、獲れないの──?)

 

 主役と呼ぶ他にない彼女らすらも飲み込む舞台──GIという壁の高さを目にした自分は、呆然としているしかなかった。




ぱかライブが迫っているようで。
頑張って視聴していきましょう。
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