ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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ちょっと遅れました。GW最終日の締めとして読んでいただければ。


夢の結晶『らしき』もの

 阪神JF翌週の木曜日。自分はトレーニング前のミーティングをするため、トレーナー室を訪れていた。

 

「……ん?」

 

 入ってみれば、机に大振りな見慣れない荷物があった。見ればURA──レースにまつわるアレコレを運営する団体だ──を差出人としていたが、心当たりがなくしげしげと箱を眺め回していると、息を切らしたトレーナーが扉を開いてきた。

 

「もう来てたのか! ごめん、いてもたってもいられなくて迎えに行こうと思って、それで──」

 

「そんな大げさな……何があったんです? あれも気になりますし……」

 

 入れ違いになっていたというトレーナーをなだめながら、荷物を指さしてみると、彼は興奮冷めやらぬ声色でこう告げてきた。

 

「出バ表に……君の名前があったんだ! 出られるぞ、GI!」

 

 え、と洩らして目を瞠る。週末にあるGIレース──それは、朝日杯フューチュリティステークスを指す。

 

 枠が空けばよしという腹積もりで出走登録だけしていたのだが、どうやら入れてしまったらしい。

 

 ならば、と荷物に目を向ければ、トレーナーは予想通りの答えを吐き出した。

 

「それが君の──勝負服だ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「えぇ、こんなの着て走るんですか?」

 

 一式を着込んで、やはりアスリート用とは思えないデザインに戸惑う。

 

 全体的にサイバーチックな配色のそれは、ボディラインをさほど隠さないデザインをしていた。最も目立つのは、ショートパンツに取り付けられた、左下半身にかけて連なるメカメカしい装飾だろう。

 

 同梱されていた仕様書では『バインダースカート』と呼称されていたそれは、姿勢制御用のパーツであるのか、腰を捻るなりする度に動きへ追従してくる。

 

(こうしてる限りだと、ただのコスプレにしか見えないけどなぁ)

 

 一見すると運動には向かないようなこれも、いざ走れば力が貰えるというのだから不思議だ。

 

「似合ってるな」

 

「……そうじゃないと困りますよ」

 

 ある程度経ってから感慨深げに洩らしたトレーナーへ、苦笑をこぼす。

 

 シルエット、配色を決定したのは自分であるが、世界観のイメージなどは概ねデザイナーの手に委ねていたからだ。

 デビュー時に提出する競走者登録の書類にデザインイメージを記載することで、制作を行うURAへ希望を伝える形になるのだが、ビジョンを持てなかった自分はその過程を幾らかすっ飛ばしてしまっていた。

 

(カッコよければいい、って書いたのがまずかったかな)

 

 よく目立つデザインに、内心で過去の自分を顧みていると、トレーナーはひとつ手を叩いてこう告げた。

 

「よし、じゃあ今日はこのままトレーニングだ! それを着て走る感覚に慣れておこう!」

 

 どこか嬉しそうな彼に気圧されながら、頷いてOKを伝える。

 

 最初の岐路まで、あと3日。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 人気のない寮の自販機コーナーにて、自分は母からの通話に応じていた。

 

「……うん、日曜のね。GIなんだけど、枠が空いてたらしくてさ」

 

『変なウソはつかないの。あなたが引き寄せたものでしょ?』

 

 嘯いた一種の照れ隠しを、そう退けられながら会話は続く。

 今は咎められこそしたものの、声色を伺ってみれば随分と嬉しそうだった。おそらく少し前に送った、勝負服を着ている写真を見たのだろう。

 

『誰でも出られるものじゃないんだから、胸を張っときなさい』

 

「うん、わかった」

 

 苦笑気味に受け答えをしておくと、母は感慨深げにこう口にした。

 

『私、一生──いや、あの世に行っても自慢し続けるわ。あなたのこと』

 

「……大げさだって」

 

 唐突にも聞こえる母の言葉をそうかわすと、物ともせずにこう続けられた。

 

『私が立てなかった場所、そこに娘が一張羅を着て立つんだって』

 

 競走ウマ娘にとって花形となるGIという舞台。そこに母が立つことは、彼女の現役時代の内でただ一度もなかったのだという。

 

 生涯擦られるのであろう話題を提供してしまったことはやや想定外だったが、もともと前世の親不孝の贖罪をするべく踏み入れた面もある道だ、本意とすら言えた。

 

 それゆえに、悩まされてもいるのだが。

 

「ありがとう……でも正直、まだわからないんだ」

 

 感謝を告げつつ自分が切り出したのは、ある告白だ。

 

「心構えができてないっていうか……その、この間のGIに知り合いが出てたんだけど、その娘でも勝てないのかってなって、自分にチャンスがあるのか不安だというか……」

 

 弱気なことを口にしているという後ろめたさが、繰り出す言葉を曖昧にしてくる。クラフトらの阪神JFを引き合いに出して語った内心では、まだ脳髄に巣食う不安を騙すための夢をレースに見出せていないことへの不安で渦巻いていた。

 それをどれだけ見透かしたのかはわからなかったが、言うだけ言って口ごもっていた自分へ、母はこう呟いた。

 

『あなたらしいわ』

 

 え、と洩らした自分に向け、母は続ける。

 

『昔からあなたは、周りを見て気を遣う子だったのは知ってるわ……影響されやすいってのも』

 

 彼女の口振りは、随分と懐かしげだ。

 

『GIの前でも、とは筋金入りと思うけど』

 

「……ごめん」

 

 痛いところを衝かれたとばかりに詫びの言葉が飛び出してしまうが、母はさっきしたように流すとこう言い放った。

 

『あなたはそのままでいいわ。悩みながら進めるのが、若い娘の特権……なんて言ってみたりして』

 

「……今どきトレセンの教官さんも、そんな臭い話しないって」

 

 しかし締まらない言葉尻へ、苦笑気味に突っ込む。そうして互いに心からの笑いを溢し合うと、いよいよ用が済んだらしい母はこう声をかけてきた。

 

『じゃあまた……レース場ででも会いましょう』

 

「ええ、はい。ではまた」

 

 返事をふたつ重ねると、通話の切断ボタンへ指を添える。ただし、それが押されることはなかった。

 

『忘れないでいて。たとえ自分が知らなくとも、あなたは強い子だから』

 

「え……は、はい」

 

 いきなり突きつけられた言葉に、生返事が飛び出てしまう。すると間もなく通話は打ち切られた。

 

 電子音をひとつ鳴らすと携帯電話としての役目を終えたスマートフォン。やがてそれを握る右腕を、呆然と垂らした。

 

「……そんな勝手に言わないで」

 

 口を衝いて出たのは、母の言葉に向けてのものなのだろう。

 

「私は、そんな人間じゃない」

 

 絶望にも似た感情を抱えながら、そう静寂の中で独りごちた。




次回はGIらしいですよ。

さて、気づけば本作の評価バーに色がついていたそうです。
評価をくださった皆様、そしてお読みくださる皆様へ、いま一度格別の感謝を。
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