ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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初投稿から1ヶ月経っている、という事実に今さら気づいて愕然としている今日この頃。


いつもよりちょっと勇敢に

『枠入りは順調に進んでいます、16人のウマ娘が、ゲートに収まっていきます』

 

 アナウンスをバックに、すでに持ち場へ入った自分はターフをただ見つめていた。

 隣を見ればやはり居た1番人気の横顔に、そこはかとない気迫を感じ取りながらも意に介さないよう努めつつ、その時を待つ。

 

『大外枠のカマルウイングが収まりまして、16人の体勢完了です!』

 

 後ろの扉の閉鎖音が止み、静寂に支配された空間は過剰なまでの緊張感を演出していた。

 すでにスタートの体勢を取った都合上、首を回す代わりに一度力強く瞬きをすることで気休めとすると、神経のすべてを目の前の芝へ集中する。

 

『朝日杯フューチュリティステークス、いまスタート!』

 

 ゲートが開いたのはすぐだ。

 レースは出遅れなく、横一線で始まる。

 

『16人が揃ったキレイなスタートを見せました!』

 

 ミスのない始動に安堵している暇もなく、思考は先行争いへと向いていた。

 

 駆け出して1秒も経たないうちに、隣の1番人気は視界から消えた。控え室でトレーナーから聞いた通り、後方からのレースを試みたのだろうが、それを振り返って確認する余裕はない。なぜなら、彼女と代わるように現れた3番のウマ娘が前に出てきたからだ。

 

『まず先手を取っていくのは、デュアルバインダーと外のツリウムフライ』

 

 逃げに出る可能性が高い、と事前に伝えられていたため、さほど動揺はしなかった。自然と競り合う格好になっていくと、もうひとつアナウンスが響く。

 

『トルネードティーも上がって前に取りついていった!』

 

 さらに外から、この駆け引きにひとり加わったのだ。これまでと違いゼッケンがないので分かりづらかったが、彼女は8番のウマ娘だったはずだ。3番人気でこちらも逃げウマ娘、と伝えられていたので強く記憶に残っていた。

 

 ペースを作る打算のない自分は、わずかに速度を落とすと3番手の位置に収まった。欲を出すなら向こう正面に出るまで牽制を続けたかったが、すでに先頭のふたりは自分の後ろ──つまり先行集団に2、3バ身をつけている有様で、追うには消耗が大きいと判断したゆえだった。

 

『しかし少し下がったデュアルバインダー、その後ろはカットフュージョンが内にいて、外のコットンザネクストと4番手を争う構え!』

 

 すぐさま自分の後退を報じたアナウンスは、以降の順位に目をつけているようだ。

 聞けば自分に続いていたのは、奇しくも運命と、宿命と戦う──そう啖呵を切り合っていたふたりだった。

 

「運命に、負けたくないんだあぁぁっっ!!」

 

「私は私の光を走りきるぅァァァっっ!」

 

 すぐ後ろから聞こえる叫びに、肩を擦り合わせて争う彼女らの姿を脳裏に浮かべると、少し前にも知ったばかりの事実を今一度認識する。

 

 そうだ、もし──たとえいち個人の栄華を記す物語であったとしても、その世界にいる者らには関係なく、各々が願い焦がれる姿へ向け生き抜き、積み重ねてきているのだ。

 

(下せる、と思うのは傲慢なのかもしれない、けど──)

 

 ──ならば、こちらも相応の覚悟を持って当たらせてもらわなければ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 賑やかに響く大歓声を背に、客席の最前列を陣取っていたエアメサイア。

 友人──今は出走者としてターフを駆けているが──の母親と偶然にも隣り合わせていたそのウマ娘は、挨拶もそこそこにレースの動向を目に焼き付けていた。

 

「……壮観ですか、この光景は」

 

 視線は先団で競り合う友人へと固定しながら、ふと問いかける。

 そのアバウトな問いをわざわざぶつけたのは、自分が頂上で覇を争う姿を他でもない母に見せたい、と願うひとりだったからだろうか。

 

「あの子がいる所が、そうじゃないことなんてないわ」

 

 視界の外で首を横に振る隣人は、そう感慨深げに答える。

 メサイアにとっては予想していなかった言葉ではあったが、自分の母もこう答えるのかもしれない、となんとなく想像し得ただけに、すんなりと飲み込むことができた。

 

「獲ってほしいと思いますか? このレースを」

 

「さあ? 分からないわね」

 

 続いて投げかけたその問いは、意外にもあっさりとかわされた。

 でも、と前置いた彼女は、はにかみ笑ってこう答える。

 

「あの子が頑張ってくれれば、十分かも」

 

 今度は顔を突き合わせていたために、はっきりと見えたその表情は、とても晴れやかだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『緩やかなカーブ、3コーナーに入っていくところ!』

 

 展開は佳境を迎えようとしていた。

 あれから先頭争いへ早々に決着をつけたトルネードティーをハナとしたこのレースは、かなりのハイペースで進んでいた。自分は外に控えたツリウムフライと並走しながら、間近に迫る仕掛けどころを探る格好だ。

 

(思ったより消耗が大きい、早まれば──!)

 

 ハイペースゆえか、GIというプレッシャーがそうさせているのか。トレーニングで1600mを走ったときとは比べ物にならない疲労を覚えていたゆえに、スパートの判断は慎重にならざるを得なくなっていた。

 しかし、そう現状認識に囚われた一瞬で、状況は大きく動いていた。

 

『外から一気に襲いかかってくる各ウマ娘!』

 

 プレッシャーを感じて左を見やれば、フライ越しに何人ものライバルらが位置を上げてきていた。

 遅かった──と直感する頃には先頭に詰め寄っていたフライに阻まれる形で、外に出る手段を失った自分は、せめて走行距離を抑えんとインを取るのが精一杯だった。

 

『歓声が一気に高まってボルテージ上がる中、外を通ってマインハーベスト!』

 

 気づけば2番人気の7番がここに来て現れ、悠々と先頭へ手をかけているところだった。

 いよいよ直線に入ると、インで堪えたのが功を奏したか、外のフライがまるで後ろに下がっていったかのように視界から消えたことで、進出を図ろうとコースを左へずらす。

 

『4枠が内外で現在は先頭という形で、いま直線コースへ向かって参りました!』

 

 だが、そうアナウンスがなされる通り、そのふたり──ティーとハーベストだけモノが違うといった様相だ。自分もスパートを試みるが、すでにスピードには埋めようのない差があった。

 

(やっぱり、自分には──)

 

 そこそこ後ろ向きに生きてきた身だ、限界はわきまえている。そこに限りなく近いところまで引き出せたとて、前の彼女らを越せる道理はないとも直感していた。

 

 まだ自分は腹を決めきれていないらしい。

 

(──いや、散々諦めてきたんだ、まだ重ねるのか?)

 

 かと言って身を引けるほど、潔くもなれなかった。

 

『ここでハーベスト先頭に立った! マインハーベスト先頭に立った!』

 

 聞けば先頭争いは決していたようだったが、もはや関与できる位置になかった自分は、視界の両端をうろつく別のふたりへ、せめて3番手を渡すまいとしていた。

 しかし悲しいかな、刺客はすでに意識外からも襲いかかっていた。

 

『外から一気に! マインライブリー、ニーベルングあたりも来ているが──!』

 

 ゴール板まで数十メートルあるかという中、その両名──先頭と似た配色の勝負服をしたウマ娘と1番人気が外にいるのが見えたのだ。

 

 すでに敗者になることが確定事項であろうとも、なり方というものがある。

 

「せめて、これぐらいはあァァッ!!」

 

 意地が叫ばせたのだろうその言葉を引き金に、右脚を思い切り踏み込む。

 

 一瞬であるのにとてつもなく引き延ばされた時間感覚によって、脚力を受け止める芝の感触を味わっていると、唐突に世界から色彩が衰えていくのが分かった。

 

(この感覚、どこかで──)

 

 思考をレース以外に遮られている暇はないはずだったが、脳裏に強くよぎったのは先週の似た体験だ。

 

『このくらい……どうにかしてみせるっ!!』

 

 そう叫んでとてつもないスパートを見せたクラフトの姿が、このときはやけに鮮明に見えた。

 

 間もなく、肉体がグッと前に押し出される。その体験からコンマ数秒の間に感じたことは、どうやっても思い出すことができない。

 

 後から諸々の事象を繋ぎ合わせてようやく分かったのは、そのとき踏み出した1歩が、全く異質なものであったことだけだ。

 

 こうして前にふたりを視界に捉えたまま、自分はゴール板を駆け抜けていったらしい。

 

『──抜けているのはマインハーベストォォッッ!!』

 

 歓声が、沸き立つ。

 

 負けた、負けたのだ。劇的な体験を経たにしては冷淡な幕切れだった気もするが、思考がまとまってくれない自分にとっては、ひどくどうでもよかった。

 

 遠い先頭に自分が見たのは、天を仰ぎ猛々しく左腕を突き上げる1着の姿だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「よく頑張った、3着も立派な結果だ」

 

 控え室に戻るや否や、手近な椅子へ座り込んだ自分へ、トレーナーはそう声をかけてくれた。

 

 曖昧へ頷くこちらに、どんな表情を向けていたのかは分からなかった。しかし彼は、他の椅子を引き寄せて隣へ座すと、間もなくこう溢していた。

 

「レコード、だったらしい。1着の娘」

 

 驚きの声は漏らさなかった。ハイペースで進んだレースだったのだ、不思議なことではなかったし、掲示板で自分の順位を見たついでに目にしている事実だった。

 

「あそこまでされちゃ、仕方ない。次に向かって切り替えていこう」

 

「……トレーナー」

 

 笑いかける声色に違和感を覚え、ここでようやくトレーナーの顔を視界に収めた。見れば彼の眼は存分に泣き腫らしていたし、歯を食いしばるような面持ちは、どう考えても言った通りのことができている人間のそれには見えなかった。

 

「そんな顔で言っても、説得力ないです」

 

「……ああ。す、すまんっ」

 

 突っ込んでみれば次に放ったのは、そんな上擦った声だった。

 反射的だったのだろうが、謝罪を口にしたことで堪えきれなくなったらしいトレーナーはいよいよ泣きじゃくった。

 

「俺が未熟だったんだ、本当に、すまない……」

 

 トレーナーはそう詫びたが、自分には責めるだけの材料はなかった。

 トレーニングの強度をより上げていたとしても、故障に泣いた可能性は否定できない。ライバルの分析も的外れではなかったし、事前の準備にミスらしいミスはなかったと言える。誰がどう揚げ足を取ろうと、結果論で片付けられる自信があった。

 

「……私が悪いんです。ここに来るための気持ちができてなかったから」

 

 出走前は引っ込めていた自虐が飛び出したのは、疲れからだろうか、それともトレーナーが弱みを曝している姿をみたからだろうか。

 

 それは違う、と食ってかかってきた彼を片手で制すと、ぽつぽつと溢した。

 

「ずっと誰かを基準に走ってきました、あの娘が無理なら自分も、とかそんな感じに」

 

 誰か──いつかのクラフトを強くイメージする中、事実はわずかに伏せながら語っていると、ふとやるせない感情が湧き起こってきた。

 

「……自分が特別とは思っていませんでしたよ、もっと上の娘がいくらでも身近にいたんですから」

 

 なのに、と続けようとして、視界がぼやけるのを知覚した。

 

「なんですか、3着って……こんな自分でも届くのかもしれない、なんて思ってしまうじゃないですか」

 

 皮肉にもクラフトが挑んだときと同じ着順、体験。それを経てしまった今、内心では諦めていた栄光に手を出せるのでは──。そう身の丈以上の望みを抱いてしまうのは傲慢なのだろうか。

 

 そこまで言うと、溢れた涙を処理しようとして顔を覆った自分は、隣から鼻を大きくすする音を聞いた。

 

「届く、届くんだよ。君なら」

 

 そう語りかけてきたトレーナーは、努めて気丈な顔つきで手を差し伸べていた。

 

「だから、君を選んだんだ」

 

 その手のひらを見て、走馬灯のように邂逅の記憶が駆け巡る。

 

『君が知らなくても、君は特別なウマ娘なんだ!』

 

 あの日、トレーナーが自分へ口走ったのはそのセリフだった。

 

 言葉は漏らさなかった。思えばあの日もそうだった。同じくあの日したように、ただ彼の手を掴みとる。

 

 「獲りたい」とか、「獲れるかも」ではなく、GIを「獲るしかない」と強く決意したのはこのときからだった。

 

 身勝手なエゴなのかもしれない。だが、逃げ出した臆病者にも──いや、そうだからこそ貫かなければならない意地は確かにあるのだ。

 

 そう気持ちを固める結果を以て、この一年は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『さあ、今年もいよいよ大詰め。総決算にちなみまして、皆さんがご覧になったレースの中で最も印象的なレースをお伺いしたいのですが』

 

『私は……先週のメイクデビュー、ですね』

 

『えっ!! メイクデビュー……ですか? GIでも海外競走でもなく……?』

 

『とにかく……すさまじい衝撃を受けました。デビューこそ遅くなりましたが、圧倒的な力を持ったウマ娘だったんです。まさに──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──次世代の英雄だな、と感じました』




奴、始動せす。

さて、これまで週1で更新してきましたが、ペース落とします。

期待くださる皆様には返す言葉もございませんが、何卒ご容赦を。

追記
UAが1万超えました。皆様ご覧いただきありがとうございます。
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