ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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今月最後の投稿。

前回、前々回と他作品ネタを仕込んだのに誰も感想で触れてくれなくて寂しい今日この頃。


明けない年はない

 新年早々に訪れたのは、メサイアの実家だった。

 

「あけましておめでとうございます」

 

「あら、バインダーさん! あけましておめでとうございます!」

 

 チャイムを鳴らせば出迎えてくれたメサイアの母親へ、新年の挨拶を切り出す。

 思えば愛称でない呼び方をされたのは久しぶりかもしれない、と考えていると、メサイアが姿を現さないことに気がつき、訊いてみることにした。

 

「おや、メサイアさんは?」

 

「ごめんなさい、あの子は外に出てしまっていて」

 

 聞く限りでは、どうやら入れ違ってしまったようだった。掘り下げてみれば、古い知人と出かけてしまったらしい。

 ならば仕方がない、と手短に本題へ移ることにした。

 

「こちら……母から。ぜひ召し上がってくださればと」

 

 紙袋から年賀の菓子折りを取り出すと、そのまま手渡す。

 

「おや、ありがとうございます! そうだ、うちもおみやげあるから、上がっていって?」

 

「あー……では、お邪魔します」

 

 少しばかり予想外な誘いだったので戸惑ったものの、どちらにせよ後の予定はない。大人しく世話になることにした。

 

「今日はごめんなさいね、もしかして初詣の誘いだった?」

 

「いえ、それを渡しに来ただけです。……神頼みは、昔からその気になれなくて」

 

 そうやり取りを交わしていると、リビングへ通されるや否やソファへ着席を求められた。

 

「はいどうぞ。外、寒かったでしょう?」

 

 間もなく温かい茶を差し出され、礼を述べると一口啜る。

 そこに宿されていた熱が、冷えた肉体へ染み渡っていくようだった。

 

「それと、おみやげのコーヒーよ。お母様にもよろしく伝えてくださいな」

 

「ああはい、どうも」

 

 一息つくと手渡された土産を、そう応えながら受け取る。箱状のそれは、重さからしておそらく豆の類だろう。

 

 すると向こう側のソファへ着いた相手は、自身と同じく湯呑みを手にしながらこう会話を切り出してきた。

 

「メサイアがあなたの話をしていたわ」

 

 間もなく彼女は、自身が走ったGI『朝日杯FS』をメサイアが観戦していたこと、人気薄を覆し好成績を収めていたと嬉しそうに激戦を語っていたことなど、そんな愛娘の一面を語ってくれた。

 

「嬉しいですけど、なんだかくすぐったいです」

 

 間接的に自分の話をされているのだ、ついむず痒くなって口走ると、メサイアの母親の控えめな笑い声が響き渡った。

 

「楽しそうなのよ、久々に会ったあの子は」

 

 ひとしきり笑うとそう溢した彼女は、いち親としての嬉しさが満ちてたまらないようだった。

 

 その後しばらく談笑したところで、いよいよお暇を、というタイミングを迎えたある時。

 

「お願い、っていうとちょっと今更かもしれないけど」

 

 ふと切り出されたそんな言葉に目を丸くしていると、メサイアの母親はこう自分へ願ってきたのだ。

 

「あの子と……友達でいて。どうか、これからも」

 

 思いの外ありふれたその願いに、苦笑気味な息を漏らすと、自分はこう応えた。

 

「不肖の身でよければ、いくらでも」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「──なんてお話をしていたんですよ」

 

 そう言って回想を終えた自分の目の前には、まるで正月というイメージのど真ん中といった空間へ模様替えがなされたトレーナー室が広がっていた。

 

「そうか、充実した年末年始だったようで何よりだ」

 

 今の今まで自分の土産話を聞いていたトレーナーは、そう応えてくれた。

 

 久方ぶりの帰省を済ませて学園に戻った頃、彼から「年始らしいことをしよう」と連絡を貰った自分は、この部屋を訪れていた。

 

 そうだ、と思い出したように立ち上がったトレーナーは、どうやら本題に入ろうとしているらしい。

 机上を漁った彼は、まず筆をこちらへ投げ渡すと、半紙を突き出してきた。

 

「さあ、ここに新年の抱負を……なんてね」

 

 どうやらトレーナーは、書き初めを持ちかけているらしい。

 

「書道なんて小学生出てからやってないなぁ……」

 

 筆をまじまじと見つめながら溢していると、トレーナーは墨汁や下敷きだのを運んできていた。

 

「まあまあ。あくまで願掛けだから、気楽に」

 

 彼はそう言ったが、抱負など問われてすぐに思いつくものでもない。

 

 ──いや。頭の中に、ある二文字がよぎる。それはこれから一年、避けて通れるはずのない称号だ。

 

「そうですね……なら、私の名前にちなんで、『二冠』とでもしておきましょうか」

 

「おいおい、そこは『三冠』と銘打つところだろう?」

 

 あえてとぼけてみれば、そう突っ込んできたトレーナーに笑い声を溢しながら、彼が注いでくれていた墨汁を筆へ染み込ませる。

 

「まあ、誓うだけならタダですしね」

 

 そう言って半紙に筆先を置く。

 

 自分が書き記したのは、確かに『三冠』の二文字だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 トレーナーと抱負を記して間もないある日、自分は市街地の道路にてランニングに勤しんでいた。

 芝よりいくらか硬質なアスファルトの感触を足裏に覚えながら、一定のペースで駆け抜けていく。

 

(生身で車を追い越していくのには、まだ慣れないな)

 

 視界の右側をゆっくりと流れていく自動車を見送りながら、そんな取り留めもないことが頭によぎる。

 ウマ娘はたぐいまれな運動能力の都合から、こういった場所での走行時は車道に隣接するレーン──自転車専用道路ならぬウマ娘専用道路だ──にて制限速度に則った振る舞いを求められていて、自分が走っているのもその上だった。

 

 そういった法が存在する程度には、ここはウマ娘を中心で回っている世界であるので、こんな会話も毎日のように聞こえてくる。

 

「先週のレース見たか? 京都の──」

 

「この間デビューした娘のライブが──」

 

 走行中なだけに、実際に耳に入るのは断片のみだが、通行人の話題はたいていウマ娘にまつわるものばかりだ。

 

「おっと──」

 

 そんな中、交差点に入ろうとしたところで、前に黄信号を捉え減速を効かせる。

 リズムを失うのを嫌った自分は、停止しながらも足踏みを繰り返していた。

 

 間もなく左右の信号が青のランプを灯すと、目の前を数多の車両たちが横切っていく。

 

 それを次々見送っていくと、すぐそばで自分と同じく信号を待つ通行人から話し声が聞こえた。

 

「そういえば、知ってるか? チーム<アスケラ>のあの娘」

 

「ん、2連勝したっていう娘か?」

 

 口振りからして、彼らはシーザリオのことについて話しているのだとわかった。

 昨年の末にデビューを飾った彼女は、つい先週にも『寒竹賞』なる中距離のレースで勝ちを重ねたばかりだった。

 

「そうそう、その娘が3月のGIII『フラワーカップ』を狙ってるんだってさ」

 

「へえ。2000mの前走から、じわじわ『桜花賞』に向けて距離を縮めてきてるってことか?」

 

 言及されたシーザリオの次走は、ティアラ路線組によく用いられる、3月後半のレースであるらしい。距離は1800mで、本番である『桜花賞』にじっくり照準を合わせにいくにはちょうどよい舞台だろう。

 

「ああ。短いとこから攻めるクラフトとは、まるで逆なんだよ」

 

 そう引き合いに出された彼女は、ほぼ同時期に開催されるGII『フィリーズレビュー』への出走を期している身だった。なるほど、1400mの本レースは、確かに『桜花賞』を基準とすればシーザリオの次走とはキレイに正反対と言えた。

 

「熱くないか?」

 

「ああ、そりゃそうだ。だって──」

 

 その後、彼らが言わんとしていることは手に取るように分かった。同じ領域で競う者同士になんらかの対比を見出せば、それがどのような関係に収束するかは目に見えていたからだ。

 

「「──マンガのライバルを見てるみたいだからな」」

 

 自分は何度もぶち当たる形で相対していたその結論に、思わず眉を顰めてしまう。

 すでに左右の信号は赤を灯そうとしていたので、スタートのイメージを膨らませていた自分だったが、そこへ、まるで先ほど抱いた感情を叱りつけるように不都合が叩きつけられた。

 

「あれ? あの娘、年末のGIに出てた娘じゃ──」

 

 例のふたりから視線を感じたのと、前の信号が青を灯したのはほぼ同時だった。後者を──前者だったかもしれないが──ゴーサインとしてアスファルトを蹴り付けると、通行人も隣の車両もすべて振り切る勢いで、自分は交差点の向こうへ駆け抜けていった。




ステゴ顔見せだ。わーい。
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