ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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二週連続投稿なんて今回だけなんだからね。


それぞれのトライアル

「『皐月賞』にはもう一手必要だ」

 

 それは、今まで先延ばしになっていた次走の相談の際にトレーナーが口にした言葉だった。

 

 出走を表明したウマ娘たちから、実際に走るメンバーを決めるとき、重視されるのが収得賞金というシステムなのだが、これに則れば現在の自分は、メイクデビューを勝ったばかりの新人と同列に扱われてしまうのだ。

 

 重賞なら上から2着まで、それ未満なら1着の場合のみ収得賞金にプラスが入るというのが大まかな基準だが、自分はデビュー以降の2戦で、これにいずれも抵触していない。

 

 言葉を選ばずに表現するならば、前走、前々走の結果は少なくともこのルール上において全くの無駄だったのだ。なるほど、それでGIに出るというなら、心もとないことこの上ないだろう。

 

 だからこそ「もう一手」か、と納得した自分は、机上のプリントへ目を落とした。

 

「それで最も手っ取り早いのが、これらだと?」

 

 皐月賞トライアル、と題されたそれには、いくつかのレース名らが記載されている。

 

 あるのは『弥生賞』、『スプリングステークス』、『若葉ステークス』の3つだ。

 

「ああ。ここで結果を残せば、まず出られる」

 

 怪我でもしなければな、とも添えながら口にするトレーナーの言葉に考え込む。

 

 これらいずれも、特定の順位以内に入れば皐月賞へ優先的に出走ができるというレースだ。

 

 先述の3つの中で最もグレードが低いのは若葉Sだが、唯一のオープン戦であるそこは2着以内でのフィニッシュが求められる。

 

 ほかのふたつは3着まで、と条件は緩むものの、グレードの上がるGIIのレースだ。

 

 単純に戦歴を振り返れば、いずれも十分達成できる課題に見える。ただし懸念材料があるとすれば、いずれも1800、2000mというように、実戦では未経験の距離であることだ。

 

「距離的には……どれでも無理はなさそうですか?」

 

 三冠という一応の目標を掲げる上で、2000mのレースを期したトレーニングはそれなりに積んできている。実際に練習コース上で、十分完走可能というのも検証済みだ。

 ゆえにこれは、客観的な後押しが欲しいという意味合いの質問だった。

 

「ああ。今までのトレーニングからして、十分適性ありと言えるよ。ペースに気をつければ……というのは、あのGIを見ておいて無粋な心配だろうしね」

 

 その言葉を受け、ビジョンを明確にした自分はいよいよ考え込んだ。

 口にされた通り、プレッシャーのかかる舞台でハイペースの展開を受けても掛からなかった自覚はある。末脚を切る決断が遅かったのは否めないが、それさえクリアすれば──。

 

「──ここは若葉ステークスで。手堅くいきましょう」

 

 まだ欲張ってはいけない、だが本番と同じ距離を試す価値はある──その決意を持って選んだ道。

 

 その結論の意味を知るのは、少し先になってからだった。

 

 ライバルに悪夢を伴って衝撃を与える次世代の英雄と、戦わずに済んだ幸運、戦えなかった不運。そんなふたつの意味を宿す選択を取ったことなど──いや、それを突きつけられていたことすら、神でも観測者でもない自分には知りようがなかったからだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「なんで私まで勝負服を……」

 

 練習コースの上で、自分は呆れ気味にそう溢した。

 それを受けて隣で笑い声を上げているのは、同じく勝負服を身に纏うハートだった。

 

「Sorry.サイズ合わせの慣らし、頼みたかったの」

 

 併走を頼まれたときと全く相違ない言葉にため息をつきながら、事の顛末を思い返していた。

 

 もともと承諾するにあたって、ここに勝負服を着てくるかどうかは、ちょうど手入れに出してしまったこともあって曖昧にしていた。しかし、直前になって返却されてきたそれを受け取っていたらしいトレーナーが、ここぞとばかりに着用を勧めてきたのだ。

 

(おおよそ、()()にそそのかされたのかな)

 

 何やら強硬的だったトレーナーの口振りを思い出しながら、細めた目でハートを見つめる。

 すると、まるでシラを切るようにこちらから視線を外した彼女は、友人らしいギャラリーへ向け語り始めた。

 

「Hi♪ こんなにたくさん駆けつけてくれて、嬉しいわ!」

 

 まるでお披露目パーティーね、と笑うハートへ向け、彼女の友人たちも次々に口を開く。

 

「そりゃ来るよ〜、楽しみにしてたもん!」

 

「ん〜〜〜! ハート、その勝負服姿、最っっっ高!」

 

 そんな交友関係の広さを感じさせる賑やかさは、アメリカ帰りなハートらしいと言えた。

 

「Thanks♪ 期待していていいわよ? じゃ、着慣れるためにも少し走っておこうかしら。ね、アルバ?」

 

 そう言うとこちらへ視線をやる彼女へ、降参するように手を上げた自分は、せめてもの抵抗に精一杯皮肉げな声色で応じた。

 

「ええ。終わり次第、こちらのリハーサルにも付き合ってもらいますからね」

 

「フフフッ! もちろんよ。2000mなら、私も他人事じゃないし」

 

 半年後の秋華賞を脳裏に浮かべているのだろうその返事に、頷いて応じた自分は間もなく、ハートが次走に据えるという『フィリーズレビュー』と同じ1400mを競ることになった。

 

「ハッ、ハッ、ハッ──3、2、1……」

 

 互いに先行策を採る都合上、並ぶ形になっていると、息遣いに混じってふと聞こえたカウントダウン。それをギアチェンジの前触れであると捉えた自分は、脅かしてやろうとスパートを巻き気味に開始した。

 

「フッ!!」

 

「あら──fire!!」

 

 しかし、堪えていない様子で火を入れた彼女は、前に出た自分へ同格以上のスピードで迫ってきた。

 

「「ハァアアアアアアッ!!」」

 

 最後の直線に入って、意地だろう何かを全力でぶつけ合わせる。

 そうして自分たちは、体感のみを信じれば実にあっけなく、取り決めていたゴール地点を過ぎていってしまった。

 

「──Victory!」

 

 走った勢いのまま片足で踏み切ることで体をやや浮かせたハートは、スライディング気味な動作で向きを反転させることで減速を行っていた。

 

「……ぐっ」

 

 こちらは慣性に任せるようにして速度を殺しきったあと、ふらついた体を右足を前に出すことで杖とし、意識ごと引き戻す。

 

(負けた……! 小細工も通じずに……!)

 

 ゴール直前に、並ばれたと直感した頃には、ハートに先を越された覚えがあった。

 

「さすがに、切れ味が違うか……!」

 

「フッ、Thanks! 結構ギリギリだったけど、あなたに競り勝てたなら自信が持てるわ」

 

 驚愕からくる言葉を洩らせば、嬉しそうに返してくるハート。

 

 それはどうも、と応じると額の汗を拭いながら息を整えていると、彼女はふと観客席へ目をやっていた。

 

「あら、クラフトじゃない」

 

 ハートが洩らした言葉に惹かれて、自分もその方を見やれば、確かにこちらを遠巻きに見つめる知人がいた。思えば、実際に顔を見るのは久しぶりな気もする。

 

「……どうしたんでしょうかね」

 

「さあ? 茶会のお誘いかしら」

 

 問いかけてみれば冗談めかして答えたハートだが、見当はついているらしくクラフトのもとへ向かっていく。

 

 取り残されることを嫌った自分もついていくと、ハートはクラフトを目前に捉えるや否やこう話しかけた。

 

「Hi,クラフト! 私に会いにきてくれたの?」

 

「は、ハートさん……とアルバさん!?」

 

「はは……ご無沙汰してます」

 

 声をかけられるまでこちらの存在に気づいていなかったらしいクラフトは、ひどく慌てた様子で言葉を紡いでいた。

 

「えぇっと、いえその〜……これは全然、偵察とかではなくってー……!」

 

 そう目を泳がせながら続ける彼女は、本心を全く隠せていない。訊かれてもいない「偵察」というワードが飛び出したあたり、目的は明らかだった。

 

 せめて腹芸くらいは覚えてから来てくれ、と苦笑していると、ハートは意外にも寛大な言葉を吐いた。

 

「偵察、大歓迎よ! よかったらもっと近くで見ていく? あと、訊きたいことがあれば言って。なんでも答えるわ♪」

 

「……いや、ちょっとちょっと」

 

 不用心どころではないように聞こえる物言いに、思わず口を挟んだ。偵察に来た相手へ、情報を残さず渡して帰らせる者がどこにいるというのか。

 

「……ライバルに手の内を隠さなくていいんですか?」

 

 知人同士の手前、声を潜めて告げると、当人には指を振って退けられた。

 

「心配ないわよ。私、それでも負けるつもりはないもの」

 

 な、と大胆な物言いにクラフトと二人して洩らすと、ハートは自信ありげにこう続けた。

 

「レースは私が支配する。ポジションは譲らない。『阪神JF』の時とは別人だと思ってね。強くなったわよ? 私」

 

 はっきりと放たれたその言葉は、明らかに確固たる何かを軸にしているものだ。

 

 次走はよろしく、と間もなくクラフトへ手を差し出したハートを、ただ横から見ているしかなかった。

 

 最初は気圧されるようだったクラフトも、やがて毅然とした表情で応じたことで、ふたりのハンドシェイクをしばらく眺めることになったワケだが、どうにもいたたまれない自分は意地悪ながら、咳払いをもってそれを解かせた。

 

「えぇっと……失礼ながら、私の条件の併走がまだ終わっていないのですが」

 

「あら、Sorry! じゃあ、またレースで会いましょう? クラフト」

 

 そう応えてハートはクラフトに対し踵を返した──と思いきや、ふと何かに気づいたように振り返るとこう告げた。

 

「ああそれと、さっきの言葉……jokeじゃないわよ? もっと見ていて、私のこと」

 

 それだけ言うと、今度こそ背を向けたハート。

 ちょっと、と意味もなく呼び止めながらついていこうとして、クラフトと不首尾に別れるのが忍びなくなった自分は、去り際にもうひとつやり取りを交わそうと決めた。

 

「……悩んでるんですか? 次走のこと」

 

 クラフトにとって、門外漢であろうことをしていたのがまだ引っかかっていて、そう突っついてみる。

 え、と大げさに洩らす彼女を見て、図星かと直感した自分はこう溢した。

 

「あなたなら、そう心配もないでしょうに」

 

 それは本心そのままのセリフだ。尤もな話、1400mは彼女がデビューから連勝を飾った2戦と同じ距離でもある。

 

「……シーザリオを気にし過ぎだ、って言われたの」

 

 ぽつぽつと口にされたのは、クラフトとそのトレーナーとのやり取りだった。

 チームメイトでもあるシーザリオの研究へ入れ込んでいるうちに、次走のライバルたちの対策を疎かにしている、と咎められたのだという。

 

「まぁ、そこまで難しい話でもないと思いますけど」

 

「そんな、トレーナーさんにお休みを頂いてまで来てるのに〜……!」

 

「え、いや……ああ、無神経でした。忘れてください」

 

 思ったままを溢せば想定よりも詰め寄られたことに動揺しながら、クラフトを鎮める。

 実際、彼女がなぜ悩んでいるのかは、自分にはあまりわからなかった。なるほど、終生のライバルと呼べるほどの間柄をまだ誰とも築けていないこの身では、見えているものは全く違うだろう。だが、本当にそれだけだろうか? 

 

「しかし、分かりませんね。あなたは今まで、出てる内のひとりだけに入れ込んでティアラのレースを見ていたワケでもないでしょう? なんで自分が走るときだけ……」

 

 決して浅くない関係を続けるうちに、クラフトがどれほどティアラに入れ込んでいるかはよく知っている。語る度に様々な世代を取り上げては想いを馳せている彼女が、個人しか見えないような狭い視野はしていないはずだ。

 そんなウマ娘が、自らのレースで、知人であり実力者であるハートらのことを蔑ろにできるだろうか。

 

 そう疑問が連鎖するままに呟いていると、目の前のクラフトは何やら面持ちを真剣なものに変えてこう問いかけてきた。

 

「今、なんて言った!?」

 

「え、その、無神経なことを言ったので、忘れてくださいと……」

 

「その()っ!」

 

 食い気味に訊いてくるクラフトにたじろぎながら、数秒前の記憶をたどる。

 

「出てるうちのひとりだけに入れ込んで、ティアラを見てるワケじゃないだろう、って……」

 

「それです!」

 

 ビシ、と指差して言われたそのセリフに、ワケも分からず立ち尽くす。

 

「あそこで戦うのはシーザリオだけじゃない……ハートさんも、メサイアさんだってそうだ!」

 

「ち、ちょっと、クラフトさん……?」

 

 ぶつぶつと呟いているクラフトを訝しんでそう呼びかけるが、どうにも彼女は気づいてくれない。

 

「ありがとう、アルバさん! 偵察、もっとがんばってくるね!」

 

 そう快活に口にするクラフトへ、曖昧に笑むことで返事とすると、身を翻した彼女を見送る。

 

「よかったら、私とも併走してねー!」

 

「……え、ええ。引き立て役なら、慣れてますから」

 

 動揺がまだ抜けないまま、走り去っていくクラフトへ手を振っておく。すると、コースからそこそこな大声が聞こえてきた。

 

「Hey,アルバ! いつまでおしゃべりしてるのー!?」

 

 いけない、とハートの言葉を受け、自身もスタンドから駆け降りる。

 

 クラフトの変わりようについては、あっという間に頭から抜け落ちていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「気づけてなかった、あの人たちの怖さを……だからこの機会なんだ」

 

 次の目的地に走りながら、クラフトは今しがた得た気づきについて振り返っていた。

 

(やっぱり、こういうときに何かをくれるのはアルバさんだね)

 

 よく一緒に行動する4人の中で、何事に対しても一歩引いた俯瞰的な視点を持っている点において、クラフトはアルバを信用している。向こうは気づいていないだろうが、彼女がふと溢した何かが決定打になることは決して少なくなかった。

 

「一緒に走れたらな、このティアラを」

 

 そう呟きながらも、かき消すように横に首を振った。

 思いのほか自分は、彼女に甘えていたらしい──そう思っているのは、共にティアラを駆ける他3人も一緒なのだろうか。

 

 同じチームのシーザリオや、目標を同じとするハートらはともかく、クラシックに夢があるというアルバとは、別の道を歩んでからやや疎遠になってしまっていた。最後に顔を合わせた日を、彼女のデビュー祝いの席まで遡らなければならない程度には。

 

(でも、あれからアルバさんもGIに出て……レコードの人の3着に入ってる)

 

 朝日杯FSに出た彼女と、阪神JFに出た自分とは、順位こそ同じではあるが、タイム的に見れば価値は違うとも取れる。朝日杯FSのシンガリと阪神JFの勝者のタイムが同じであったと言えば、その差がよく分かるだろうか。

 前者の展開がハイペースなものであったことは考慮すべきだろうが、それでも自分にとっては、()()()()を思い起こさずにいられない結果だった。

 

 ──言ってしまえば『ティアラ路線の子たちより、三冠路線のほうが、より強い』……そんな見られかたをすることが多いんだ

 

 それは年明けにトレーナーが口にしていた言葉だ。注目度においても、シニア級で両路線がぶつかった場合の結果においても、後者に軍配が上がってしまうこと──そう突きつけられた事実は、しかし自分にとっては『今』の話だ。それを『過去』のものにするには、決して避け得ない壁がある。

 

「どっちの道でも、『強いウマ娘は、強い』。それを証明するためには──」

 

 ──彼女も、超えなければいけないウマ娘だ。

 

 来年か、早くて年末か。そんな遠くない未来でアルバと競う自分を脳裏へ浮かべた自分は、次なる偵察対象──メサイアの資料へ目を落とした。

 

「よし、まずは目の前のレースに全力で取り組んでいかなくちゃ」

 

 エンジンをかけた自分の脳裏には、その超えるべき対象とやり合うハートの戦いぶりが焼きついていた。

 

「それにしてもアルバさん、最後の言葉はいただけないよ?」

 

 誰にともなく、彼女の別れ際の言葉へそう溢す。

 

 引き立て役、とは何事か。彼女も、この世代の主役のひとりだというのに。




主役を覗くとき、主役もまた、こちらを覗いているのだ。

次にどこまでやるかはまだ決まってないです。
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