目指せ人生一発逆転~アラサーがネット小説書いてみた   作:kuroe113

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第13話千尋

 ネット小説家あるある。

 まっとうな小説を書こうとすれば挫折する。

 

 

 

「その……。さっきは才能がないって言ってましたけど」

 

 急に豹変(ひょうへん)した態度。

 180度違う意見に何か裏があるのではないか。

 と思ったのだが、千尋さんが僕をだまそうとする動機もメリットもあるはずがない。

 頭では理解しているのに、それでも落ち着かず、麦茶を一口飲み込んだ。

 キンキンに冷えたそれが熱した心を冷やしていく。

 

「意見が変わったんだよ。

 特にさっきの発言。人気が出ないのを世間のせいにしたところには感心させられた」

 

 自信満々(じしんまんまん)に千尋さんが断言するが、話の内容のせいか褒められているというよりも、皮肉を言われているのではと思ってしまう。

 

 というか、見所ってどこだよ。

 僕には予想すらできない。

 その事実を前向きにとらえるというのなら、当初から求めていた、僕にはない視点で、僕の作品を評価している。

 つまり、理想の展開だ。

 発言を一言一句聞き逃すまいと耳をすませる。

 

「意外かもしれないけど。その感覚は、ネット小説を書くなら必要なんだ」

 

「そうなんですか。

 私の耳には、責めているように聞こえたんですが」

 

 他人事だからか、真剣に聞いている僕とは裏腹に、雫さんは枝豆をつまみながら会話にあいづちを打った。

 というか、あれ美味しそう。

 後で注文しようかな。

 

「別に、千尋ちゃんは怒ってなんかいないよ。

 ただ覚悟を試したかったんだ。

 本気でそう思っているのかどうかを知りたかったんだよ」

 

「すいません、意味が分からないんですけど」

 

「僕も」

 

 きっと、ここが漫画の世界ならば、僕と雫さんの頭上には?マークが浮かび上がっていただろう。

 

 とはいえ、

『さすがはVTuber話すのがうまいな』

 と、話の流れを理解できていないのに、引き込まれる現状に感心させられてもいた。

 

 さすがは話のプロだと舌を巻いた。

 

 

「少し話が飛んで申し訳ないんだが、二人は追放系主人公を知っているかな」

 

「もちろん」

 

「最近ネット小説で最も人気がある主人公のタイプですね」

 

 僕たちの答えはYesだった。

 これくらい、ネット小説をたしなんでいれば、だれでも知っている。

 

 ざっくりと説明するのならば、主人公が組織から追放された後になりあがるという、大人気のテンプレ展開の一つだ。

 

「二人とも知ってるみたいだね。なら、お話の流れを分かりやすく説明してほしいな」

 

「「え!」」

 

 無理難題(むりなんだい)に、僕たちは顔を見合わせた。

 

 雫さんは自信がないのだろう。

 枝豆を持ったままの手で、どうぞと、先をうながしてくる。

 

 僕はうなずくとともに、お駄賃(だちん)として、枝豆をひょいとつかみ取った。

 やっぱりおいしい!

 

 

「僕の考える追放系の物語はこんな感じかな。

1 主人公の紹介。

 主人公の能力、あるいは性格、活躍を紹介する。

2 高い能力を周りは理解せず、主人公は追放される。

3 追放され途方に暮れる主人公だが、ひょんなことから新しい居場所を獲得。

4 前の居場所では評価されなかった主人公の能力によって高い地位を獲得。

5 一方そのころ。主人公が以前所属していた組織に問題が発生する。

6 敵対者は落ちぶれ、主人公はより大きな活躍をする。

 この6つの展開が基本じゃないかな。

 1と2の順序が入れ替わることがあるとは思うけど」

 

「すごい、よく勉強してるね」

 

 そうだろう、そうだろう。

 ここについてはにゃんにゃんパラダイスで苦しみながら考え抜いたのだから。

 

 

「さて、ここで話を本題に戻すね。

 似ているとは思わないかな? 追放刑の主人公の発言と、お兄ちゃんの気持ちが」

 

「言われてみれば共通点はあるかな」

 

 というかあなた、よくそれをネットでバカにしてますよね。

 追放される展開があまりにも雑だとか、本当に有能な奴が仲間から追放されるわけがないだろとか。

 

「千尋も、よくこの設定には無理があるだろって非難してるけどね」

 

 偶然だろうけど、おんなじことを考えてない。

 もしかして、サトリ?

 

「そうですよね。数年間、集団行動(しゅうだんこうどう)している身内の能力を正確に把握できていないなんてありえませんし」

 

「こうしてみると、追放系作品て矛盾だらけだね」

 

 雫さんの同意に僕も乗っかる。

 

「でも、人気があるよね。

 だから、娯楽作品としては正解なんだよ」

 

 僕も、テンプレ作品には飽き飽きしている身だ。

 反論したいが、僕の作品がそうしたテンプレ作品よりも人気がないのも真実だった。

 

 

「その理由が分かる」

 

「その……」

 

 どうにか返答しようと立ち止まった僕を、千尋さんは置いてきぼりにして話を進めていく。

 

「ネット小説で一番大事なのは自己肯定感なんだよ。

 読者はね、疲れ切った自分を癒してくれる一時の憩いを求めているんだ」

 

「それだと、やりたい展開のためにストーリーを犠牲にしていませんか」

 

 一人、淡々と自分の考えを口にする千尋さんを雫さんが納得いかないと待ったをかけた。

 

「受ける展開ばかり、最終的には何をしても褒められる展開。そこに芸術性が見いだせないのですが」

 

 小説家というのも、また芸術家だ。

 決まりきった展開、ありふれた特徴のないお話。

 どうにも、それらを執筆することが雫さんには我慢できないらしい。

 

 

「千尋もこの展開は美しくないと思っている。

 実際、千尋もこうした展開は無理あるあろって動画で語っているよ。

 でもさ、そこまでのリアリティを求めるのはネット小説ではなく文学作品の領域だ」

 

 雫さんの言葉には心底から同意する。

 そして、千尋さんの反論にもまた共感してしまった。

 はた目からには優柔不断に思えてしまうかもしれないが、きっと両者の意見がそれぞれ正しいのだろう。

 

「要するに、メディアの違いということ?」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。ネット小説ではだれもそこまでのクオリティを求めていないんだ」

 

「……」

 

 思い当たる節はある。

 実際に作品を投稿しているのだ。

 そうではないかと実感する瞬間というのは思いのほか多い。

 

 もっとも、それはそれで千尋さんが自分では全く思っていない話をネット動画で話しているという問題が出てくるのだが……。

 

「細部の描写よりも、大事なのはわかりやすい快楽だよ。

 どうしてかわかる?」

 

「ネット小説が隙間時間(すきまじかん)。会社への通勤《つうきん》時や昼休みの空き時間に読まれることが多いからだよな」

 

 ネット小説の投稿時間によって、視聴者の数が変動する点からもそれは明らかだ。

 

 

「そう、そして作品を読んでいるお兄ちゃんたちはみんな疲れ切っているんだよ、憂鬱(ゆううつ)なんだよ。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、仕事から帰っているときはそうなんでしょ」

 

「どうしよう、否定できない」

 

 隣を見れば、雫さんも静かにうなずいている。

 というか、これを否定できる人間を僕は知らない。

 

「そんな状態で、理解できるのかどうかわからない難しい作品を読みたいと思う」

 

「それは……」

 

 あ! 雫さんが丸め込まれた。

 今まではどうにかして反論してやろうって、口を少しだけ開けていたのに。

 それを完全に閉じたのである。

 

「だからこそ、ネット小説を執筆する上で、大切なのは褒めて褒めて褒めまくることなんだよ!」

 

「それが僕の作品に足りなかったことだと。

 確かに、主人公をほめる機会があまりなかったな」

 

 千尋さんはほめて見ろと要求して来たが、こういう意味だったのか。

 ようやくその狙いが分かった。

 

「つまり、身近な女性をほめることすらできない僕にはネット小説家の才能がないってこと?」

 

「その通りだよ」

 

 雫さんをほめて見ろって発言にここまで深い意味があるとは……。

 

「最初は何だこのパワハラはって思ったけど、まさかそこまで考えていたなんて」

 

「そうそう、千尋ちゃんはいつもお兄ちゃんのことを考えているんだよ。すごいでしょ、偉いでしょ」

 

「まじすげぇよ」

 

「天才的です!」

 

「合格!」

 

 やはりこれは試験だったらしい。

 ここまであからさまだから、何も考えていないのかもと思ったが。

 こうして僕と雫さんは無事に千尋さんが出した課題をクリアすることができたのだ。

 

 

「でもまだまだ、君たちはネット小説、その険しい道の第一歩を踏み出しただけにすぎんのじゃよ」

 

 可愛らしい声だというのに、老人口調。

 違和感がすごい。

 というか、いったい誰目線?

 師匠ポジかな?

 

「では次の質問じゃ。儂がどうしてお兄ちゃんに才能があるといったのかわかるかの」

 

 老人口調。気に入ったのかな?

 

「追放系主人公、それを求めている層と心境が同じだったからですか」

 

「その通り。

 お兄ちゃんたちだって感じているよね。どうして自分はこんなに頑張っているのに世間から認められないんだって」

 

 やめて、負け犬を自称する僕にはこれ以上なく突き刺さるから。

 

「その思いはね、現代人なら大かれ少なかれ共通してるんだよ。

 だから、自分は悪くない世間が悪いといった宣言に才能を感じたんだ」

 

 どうしよう、ここまで懇切丁寧に説明してくれているのに、まだ話の半分くらいしか理解できていない。

 

「まぁ」

 

「否定はできません」

 

 でも、その言葉に同意するし、心惹かれている。

 大体さ、現代社会は仕事量が多すぎるんだ。

 1日8時間労働ってなんだよ!

 

「分かってくれたなら後は簡単だ。

 作家というのは自分が共感できるものしか執筆できない。これだけ言えばわかるかな」

 

 まぁ。

 ここまで言われたら理解できる。

 

「読者に受ける作品を書くためには、読者の気持ちを理解しないといけないってことだよね」

 

「そうだよ。

 読者のことを理解できているから、お兄ちゃんには才能があるって思ったんだ」

 

 おお、高評価。でも、これ素直に喜んでいい奴なの。

 賞賛と侮蔑が同時に含まれてるよね、これ。

 

 

「でも、やはり私は好きになれません。

 そんなありふれた手法を使えば作品が死んでしまいます。

 皆が皆、受けるというありきたりな手に飛びついた結果、どうなったかなんて言うまでもないでしょう」

 

 それでも、納得できないという思いは確かにある。

 雫さんが反論を口にした。

 

「まあね。千尋ちゃんはそれを批判する立場だ。

 思うところがないとは言えない」

 

 雫さんと、千尋さんの論争。

 僕は個人的に雫さんの応援していた。

 僕自身もそれを批判してきたしね。

 

「でも、それをやらないとプロにはなれないよ」

 

 けれど、その一言ですべての批判が吹き飛んだ。




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