目指せ人生一発逆転~アラサーがネット小説書いてみた 作:kuroe113
ネット小説家あるある。
感想を書いてくれた相手に、自分の作品に関する感想も書いてくれと期待する。
「雫さん」
涼子にいろいろと吹き込まれたせいだろうか。
ただ、名前を呼ぶだけで胸が苦しくなる。
「この思いは……」
初めて感じる感情に、それを何と名付ければいいのか分からない。
愛情だとか、恋なのかもと思うのだが、どうしてか違う気がする。
無理やりこの思いに名前を付けるとするならば……。
それでも、その思いに無理やり名前を付けるとするならば……、
「申し訳なさだ!」
やっぱり、貰いっぱなしはよくないよな。
感想に、アドバイス、知人の紹介。
色々してもらったのに、僕は彼女に何も返せていない。
これは由々しき事態だ。
「この気持ちを清算するためにも、もらいっぱなしというのはまずい」
何をすればいいのか、答えが出たからこそ心晴れやか。
「さっそくお返しをしたいが、いったい何をすればいいのだろうか」
何かプレゼントをと思ったのだが、生憎と、僕には女性が喜びそうなプレゼントなど思いつかなかった。
「お返しの鉄則から考えると、自分がもらったらうれしいもの……。
食べ物系かな」
実際、おみやげでストラップとかもらっても結局使わないし、かさばるしで失くしたり処分したりする薄情者が僕だった。
処理が面倒なので、貰えるとすれば食べ物系が一番うれしかったりする。
「でもなぁ、食品関係、金目の物を送るのも……」
金銭的なやり取りは一切なし。
この状況で、こちらだけ金銭的な贈り物をするのはどうかと思う。
「金がかかるのはNG。それでいて雫さんが喜びそうなもの……。
そうだ!」
答えが出た。
元来ひねくれもので、それがどんなものであろうとも、多少なりともひねりがなければならないという思いがあったが、こういう時こそシンプルイズベストだ。
雫さんが送ってくれたものと同じもの。
感想を送ればいいんだ。
何かひねったものをプレゼントにしたいと考えたからこそ、答えにたどり着くまで時間がかかったが、考えてみると答えは初めから見えていた。
「雫さんの作品を読んで、それに評価と感想を書き加える」
涼子に散々語ったが、底辺ネット作家にとって感想と評価程貰ってうれすぃい物はない。
そうと決まれば……。
連絡を取ろうとしたとき、手が震えた。
仕方ないだろ、僕はボッチなんだ。
連絡をして、雫さんの迷惑になりやしないかと心配になったのだ。
小説の感想をお願いした時は、向こうから出来上がれば知らせてください的なことを言ったからお願いできた。
でも、自分からモノを頼むことはできない。
「今の時間、連絡しても大丈夫かな。
もしかしたら友達と遊んでいるかもしれないし。
それに、雫さんは僕にあえてアカウントを知らせなかった。
隠したい理由が……」
ボッチという人種は自分が話すことが面倒だから話しかけることができないのではない。
相手のことを考えすぎてしまった結果として、話しかけることができなくなってしまう人種なのだ。
20XX年2月〇日
休日。
ああだこうだと考えすぎてしまったあげくに、僕は結局、彼女にメッセージを送ることはなかった。
未練がましく、見っともなく、彼女の家の近くを行ったり来たり。
正確には、彼女の家の近くで用事があって、少し遠回りしただけなのだが。
何かの偶然で、彼女とまた出会えることを期待していた。
もし、出会えたら。また小説の話をしたかった。
その上で、彼女の作品について聞きだすのだ。
「分かっていたけど……、出会うわけないよな」
まぁ、こんな見っともないことをしているけど、結果は単なる無駄足だったんだけどね。
これを変体行為を見られなかった幸運と捉えるのか、無駄足をふんだ不運と捉えるかは議論の余地があるだろう。
やはり現実にラブコメ展開は存在しないらしい。
何気なく、家の角を通り過ぎるも、そこには食パンをくわえて走っている女の子はいない。
というか、食パンくわえて走っている女の子なんて見たことがなかった。
「でも、今の自分の姿を小説のキャラに例えるなら」
とそこまで考えて、出てきた考えがエロ小説で出てくるNTR役の彼氏、あるいは竿役だった。
どっちにしろろくなもんじゃねえ。
「さすがにこれはまずい」
自分の現実を客観視できたからこそ、もうここにはいられないと、少しだけ車の速度を上げた。
「あ~ぁ! 結局無駄足を運んだだけだな」
さんざん動き回ったせいで疲れた。
ついでに腹も減った。
休める場所けん、腹を満たせる場所を探して見つけたのが、全国、いや、全世界でチェーン店を持つハンバーガーショップだった。
最初、僕はドライブチェーンで、全てを済まそうとしていた。
ちょうど昼時ということもあってか、ドライブチェーンの前には複数の車が止まっている。
従業員なのか、それともアルバイトかは分からないが、少しでもこの列を早期に解消しようと、独特の、門のようなマークをかぶった作業員が一人一人、車の窓を叩き注文している。
早く、自分の番が来ないだろうかと、その光景をぼんやりと眺めていれば、見つけた。
「あれ、これって雫さんの車」
そこにあったのは、あの居酒屋で見たのと同じ車だった。
「いや、まさかね」
車の外見についてはしっかりと覚えていたのだが、ネームプレートについてはあいまいだった。
「無駄に期待はするなよ、新字」
偶然、同じ車種がここにあったと考えるのが普通だ。
だからこそ、会えるなんて端から思っていなかった。
思っていなかったのに……。
「いらっしゃいませ!」
若い店員の元気な声を耳にする。
客が来るたびに挨拶をする。
こんな大勢の客が来ているのに、喉が痛くならないのだろうか?
そう、この声を聞いたということは、結局僕は誘惑を振り払うことができずに、店の扉をくぐっていた。
とにかく目新しいものをと、新商品をセットで注文する。
さすがは世界的な人気店。
自分がそもそも苦手な商品だとまずいと感じることはあるが、それでも、外れを引いたことなどなかった。
さて、どんな味だろうと期待を膨らませトレイを片手に歩いていれば、
「あ!」
「え!」
雫さんがスマホを覗き込んでいた。
僕は当たりを引いたわけだ。
ちらりと横目で僕の姿を見て驚く姿を見て、僕の勘も捨てたものではないなと思ってしまう。
「その、こんにちは」
「ええ、こんにちは。こんなところで会うなんて偶然ですね」
「そうですね」
ネット画面に張り付いていたせいで、運転時には必ず装着している眼鏡に雫さんの姿が映った。
その姿はいつも通り。
特にこちらを疑っている様子は見られない。
ストーカーまがいのことをやっていた自覚があるから、顔に出ているのではないかと思ってしまったが、大丈夫そうだ。
「それで、千尋さんからのアドバイスを受けて、作品はどうなりました」
「それはその」
開幕の話題が、これでいいのかと思ってしまうが、天気の話題をされても困る。
それに、この話題については当初から話そうと決めていたことである。
「まだ、目に見えた変化はないかな」
手慰みに中指と人差し指を突き合わせながら、隠してもしょうがないので真実を口にする。
「こちらの状況はどうなんだ。
人気は? 執筆は進んでるのかな?」
よし、本当に聞きたかったことをここで聞けた。
それも誰にも疑われることのない流れで。
僕はひそかに、心の中でガッツポーズをとった。
「それは……その」
ゴールは目前だというのに、雫さんは口ごもり、形のいい眉をほんの少し下げた。
『もしかして、地雷ふんだ』
豹変した姿を見て、何かやらかしたかもという不安が到来した。
「ま、まぁ、私は人気作を作ろうなんてことは考えていませんし。
ただ、自分が思うメッセージを世間に向けて発表したい、ただそれだけですし」
机に腕が置かれ、そのせいで雫さんの注文したホットコーヒーの水面が微かに揺れた。
「僕の方だってそうですよ。
書いているときは自分が好きなことを、読者も自分が読みたい作品が好きなんだろって思いながら執筆していますし」
ストローに口をつけると、冷たいシェイクが体温を下げてくれる。
「全くです。
作品の品質、やりたい展開を犠牲にしてまで人気取りなどしたくありませんよね」
ようやく、波が収まったコーヒーの水面を、雫さんはそっとつかむ。
「……」
僕のほうは、冷たいものを一気に飲んだせいで訪れる、頭の痛みにやられていた。
「うん、おいしい」
と、笑顔を見せる彼女が二重の意味でうらやましい。
やっぱり冬場に冷たいシェイクを頼むんじゃなかったという後悔と、安易にキャラをほめるという手段をとったせいで作品の流れをゆがめてしまった後悔。
その二つと無縁で、個人としての正解を選んだ彼女がたまらなくうらやましい。
「まぁ、私は人気とかまったく気にしていませんけど。千尋さんのアドバイスを取り入れた結果はどうですか」
「やってみたけど、正直……。
評価、感想、お気に入りに目立った変化はないかな。
ネット上の付き合いがある皆にきいたら、少しだけ読みやすくなたって」
「それはよかったじゃないですか!
私も私で、もっと人気が出ないかと色々と工夫をしているんですが……。
全然だめで」
おい! さっき人気なんて興味がないっていったばかりなのに。さっそく矛盾しているぞ。
本音と建前は別と言ったらそれまでだけどさ。
「そうだよね。ネット小説で人気になろうとしたら色々と独自の工夫が必要だし。
ジャンルの設定、長いタイトル、その他にも……」
指を降りながら、思いついたものを数えていく。
「分かります、わかります。
ネット小説は作品数が公開されるスピードが速すぎて、更新されたと気がつかれませんし、たいていの人間がランキングに乗った作品しか読みませんし……」
それに便乗する形で、雫さんは指を立てながら、対処すべき問題を数え上げていた。
「こうしてみると、ネット小説の世界って面白いですね。
それこそ、そのまま小説の題材にしても違和感がないくらいには」
『確かに面白い』
誰に向かってでもなく、僕はそうつぶやいた。
もう雫さんも、昼時だからごった返しているほかの客も、僕の目には映らない。
「……そうだな。独特の世界だし、ネタも随時更新される。
書いてみれば多くの共感が得られるか……も」
これは、雫さんに話しかけているように見えて、実際はただの独り言だった。
視線の先で雫さんがこちらを興味深そうに眺めているのに、気がつくのに遅れてしまったのがその証拠だ。
「本当に、そう本当に面白い作品がかけそうだ」
「その表情を見るに、大丈夫そうね」
ようやく、自分の世界から現実世界に返ってこれたのは、この一言がきっかけだった。
……?
どういうことだ?
「ネット小説家っていうのはまだお金が発生していないからね、何かあっやら辞めてしまう人が多い業界なの。
あなた自身もこれからネット作家として続けることができないんじゃないかって不安だったんです」
「いや、書いていくよ。これからも」
「でも、最近少しだけ作品の執筆量が減少しているわよ。
続けていいのか迷いがあるんじゃない」
すごい、図星だ。
「でも今のあなたは自分の作品を今すぐにでも形にしたいって目をキラキラさせている。
その情熱がある限り、あなたはきっとネット作家の道を歩み続けられるだろうなって思ったのよ」
つまり、
「雫さんはぼっくが小説の執筆を取りやめるんじゃないかと思っていたんですか」
ようやく、彼女が何を心配していたか理解できた。
「ええ、ですがもう心配していません。
あなたは心の底から作家であると分ったから」
なんだろう、ほめられているのは分かるけど。あなたは実は変態だったんですね、わかっていますよって言ってるようなものだよね、これ。
もともと食べるのが速い僕はもうすでに頼んだものをすべて平らげた。
一方で女性かつ、食が細いのか雫さんのトレイにはまだハンバーガーが残っている。
知り合いということもあり、最後まで待とうと思ったのだが。
「もう行ってもいいですよ。
あなたには書きたい物語があるんでしょう。
こういった時は私でも夢中になりますからね」
そう、背中を押してもらったので急いで店を出た。
そして、思いつきを一気に形にしていく。
ノートを猛烈な勢いで埋めていく中、ある一つの事実に気がついてしまった。
そういえば、雫さんのアカウント名を聞くのを忘れてた!
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