目指せ人生一発逆転~アラサーがネット小説書いてみた 作:kuroe113
ネット小説家あるある。
小説を書いていると時折、自分の性癖を開示している気分になる。
「……エリアンさん。教えてくれたらよかったのに」
ついに判明した衝撃の真実。
一度、知り合いなのかもしれないと思ったことはあった。すぐ、そんな偶然あるわけないと論理的に否定したが、直感こそが正解だったらしい。
まるで、おとぎ話の運命の赤い糸だ。
子どものころは一度たりとも信じたことがなかったのに、大人になった今、初めて信じてしまいそうになる。
「本当に縁とは分からないものだ」
この一件で不満を感じたのは確かだが、責めようなどとは思わない。
ネット小説家やVTuber。それらに限らず、素顔を隠し配信なり投稿する面子にとって、身バレは下手なホラーよりも恐ろしい。
「でも、これは困ったぞ」
僕の当初の目的はここに破綻した。
お礼の為、雫さんのアカウントを知りたかったのだ。
小説を読んで、感想なり評価をすることで、これまでの数々の好意に対するお返しとする。
いつも動きが遅いといわれる僕だが……。
今回は動きが『速すぎた』のだ。
「感想やお金以外のプレゼント、でも、金銭的な贈り物に関しては……」
指を甘噛みしながら、何か別の策はないかと思考を巡らせた。
そもそもの話。
雫さんからは何か形があるものを受けとったわけではない。
お返しをしようというのは自己満足のためだ。
感想と評価でお礼するつもりだった。
もう、それらを渡しているならばよいのではとも考えたが、一度お返しをすると決めたのだ。
実は、もうすでに贈り物していたから、やはりプレゼントは取りやめますというのは……、どうにも気分が乗らない。
もういいや、と思おうとしても、心に突き刺さった小さな棘が抜けないのだ。
もはや、自分の視点では物事を解決できそうにない。
こういう時、家族や知人になりきって物事を決断すべきだろう。
雫さんは……、送る本人だから無し。
涼子なら、『何でもいいから、渡せ! 渡せ! 渡せ! 渡せ! 渡せぇ!』
……、こりゃだめだ。
無言の圧がひどかった。
あれこれ考えたが、答えは出ない。
こういう時こそ伝家の宝刀、後回し。
あれこれ女のことで悩んでいるから暇人に見えるかもしれないけど、僕は結構忙しかったりする。
今日の分の小説の投稿とか、個人サイトの更新とか。
好きだ、と雫さんが褒めてくれた作品を軽やかに書く。
その上で、いくら彼女の後押しがあるとは言っても、その信頼を裏切るような発表を暗い気持ちで発信する。
Kore117
今書いている作品。あと4話で完結!
読み専1
今、20万字だろ。あんたすげえよ
読み専2
人気は出てないけど、15万字以上かけている時点で上位1パーセント入ってる。
読み専3
おめでとう、おめでとう、人気は出なかったけど。
Kore117
ねぇ、祝福されてる? それともけなされてる?
読み専4
祝福してる、祝福してる。
読み専5
あんたまじすげえよ。
読み専6
か~ら~の!
Kore117
聞きとうない、もう、これ以上の非難など聞きとうない!
読み専7
あ~、めんご、めんご。
読み専8
でも次回作に期待してるのは事実だから。
読み専9
頑張ってください
読み専10
実際、長編なんて書けるやつそうはいないしな。
読み専11
……? いまな〇う見たけど大体みんな長編書いてない?
読み専12
それはね、長編を書ける奴の投稿頻度が異常なまでに早く目につくだけや。
読み専13
実際は、長編書くのに約9割が挫折しとる。
読み専14
長編書くのはものすごく難易度が高いんやで。
読み専15
プロットの作り方、言葉選び、執筆速度。
読み専16
努力とセンス、その二つがそろわない限り長編なんて無理無理!
読み専17
つまり、人気は出てないけどすごいってことでいいの。
読み専18
すごいすごい、あんたらだって、卒業論文で散々苦労したしょ!
読み専19
あ~、あれよりも遥かに文字数が多いもんな。
読み専20
あれは大変やった。
読み専21
まじで大変やった……。
「こいつら、人気出なかった、人気出なかったと!」
事実だけど、事実だけど!
言いかたぁ!
励ましとも罵声ともとれる微妙な文言に、奥歯をガリっと、噛みしめてしまう。
が、心のどこかで『良かった』とも思ってしまう。
もしも、作品を続けてほしいという訴えがあれば……。
僕は一体どうしていただろうか?
さざ波のように揺れ動く心に問いかけても答えは出なかった。
机の上に置いてあった、数枚のカード。
それを僕は手に取って、ゴミ箱の中に捨て去った。
そこに書かれていたのはキャラクターの口調や性格をまとめたものだ。
小説を書いているときに、いちいちこのキャラはどんな性格だっただろう、この口調であっているのかなと、プロットで確認するのが面倒だったから作ったものだ。
第一章を書き上げ、次の第二章で使うべく、まっさらなカードが何枚もあったのだが、どうやら、無駄な努力だったらしい。
カードをできる限り視界に納めないよう、雑にゴミ箱の中に突っ込む。
ああ、これで自分の小説が終わったんだなと、実感する。
嬉しいようで悲しい。
泣きたいのに、どこか笑えて。
疲れているのに、晴れ晴れとしている。
凡そ、一言では表現しきれない複雑な思いが胸の内で渦巻いていく。
読み専31
すごく面白いです。これで辞めちゃうんですか。
精神的にも、肉体的にも、疲れ切っていた。
これ以上、執筆なんてできやしないと体は理解しているのに、とても眠れるようなコンディションではない。
あと少し、執筆するかと、ネットを見れば、つけっぱなしの画面から、これまで来て欲しかったのに、絶対に来るなと神に願っていた文言が見えたのだ。
「これだからネット民は!」
気がつくと、パソコン画面に罵声を浴びせかけていた。
これだから、これだからと。
何度も何度も、にっこりと笑いながら。
諦めると決めたのに。
みんなが心暖かく送り出してくれたのに。
空気も読まずに、無責任な言葉を投げかけてくる。
そんなネット民を、僕はどうしても嫌いになれなかった。
ゴミ箱に足を向ける。
手を突っ込んだところで、顔をそむけた。
ゴミ箱の中には、おやつというかなんというか、食べたリンゴの芯が捨ててあるからだ。
紙はリンゴの汁でべったりだ。
ま、まぁ、もともとこの作品の執筆やめるつもりだったしぃ……。
不思議と、手は汚れ切っているというのに、心のほうはもうこの面倒な問題に頭を悩ませる必要がないのだと晴れ晴れとしていた。
20XX年2月〇〇日
「この作品大丈夫かなぁ……」
今の作品と決別。
しかし、人という生き物は一つの悩みが消えた程度で不安が消えるという単純な生態などしていない。
その不安というのは、今書いている作品が人気になるだろうかというものだった。
今の作品を書く前の僕ならば、自信満々に作品を公開していたことだろう。
今でこそ、人気でなかったなという評価に納まったけど、投稿する前は、この作品絶対に受ける。
これで僕も書籍化作家の仲間入りだと本気で思っていたし。
つまり、今の僕は自分で自分の感性が信用できないのだ。
作品を書いている合間合間にプロットを書き進めている。
プロットはだいぶ様になったといってもいいだろう。
……自分で読んでみても面白いと思う。
問題は、その面白いと考えていた作品が大爆死を迎えたという事実だった。
とにかく最初の1話は完成した。
これから推敲が必要だろうけど、その1話が本当に面白いか客観的に判断してくれるだれかを僕は求めていた。
その誰か。
もう、目星はついていた。
僕がやるべきことは単純で、雫さんに
『この作品見てもらえませんか』
というメッセージと共に、作品のプロットを送信することだ。
「でもなぁ」
ならどうして送らないのか。
理由はプライドですが何か!
いやさ、たった今、彼女にいったいどんなお返しをすればいいんだろうってあれこれ考えていたんだよ。
この状態でさらにお願いするのはどうなんだと考えてしまいましてね……。
「送る! 送らない! 送る! 送らない!」
最後の踏ん切りがつかないから、メールの前でぶつぶつと、あれやこれやと文句を言う。
こんなに悩むなら、さっさと送って楽になってしまえ。
メールにも時間がないなら見なくていいと断りを入れているんだし、気楽にいけばいいのにと思うけど、そんな風に気楽に考えられる性分なら、この年までボッチをやっていないのだ。
あ~、ダメだぁ~! 決心がつかなぁい!
小学校の頃に夢見た友達100人できるかな計画は、夢のまた夢だった。
というか、100人ってなんだ。
そんなに友達がいたら、友達とのコミュニケーションの時間で四苦八苦するだろうよ。
そんな自分の迷いを、天が肯定するかのようなワンが遊びに来ていた。
ごろごろとのどを鳴らしながら、僕の足にしがみついてくる。
前に進むべきか、それとも後ろに後退すべきか。
決心がつかなくなっていた僕には正に渡りに船だった。
これからの作品の展開のことなど知ったことかと、ワンを抱き上げ文字の通りに猫かわいがりする。
その猛攻に、ワンは不機嫌そうに一鳴きした。
「さあ、ご飯だよ。好きなだけお食べ」
「疲れただろう、一緒に布団の中でゴロゴロしようね」
そんな風に構いに構いまくった挙句に、しばらくワンもおとなしくしていたのだが、最終的にこちらをうざいと思ったのか、布団の中から脱出するべく動き出した。
最終的に、がりがりと爪で体をひっかかれ、もういいやと解放した。
ワンが逃げたせいで、いつまでも現実逃避するわけにもいかないなと、再び机の前に座って作業を再会する。
「送る! 送らない! 送る! 送らない!」
でも、やることといえば単なる現実逃避。
ブツブツと独り言を囁きつつ、マウスをおもちゃにする。
これだと、ベットで寝っ転がっているほいうが、体力と集中力が回復する分、いくらかましといってもいいだろう。
「あ!」
このままだったら、十分くらい、意味のないお悩みの末に時間を浪費していただろう。
しかし、その悩みを、ワンの一撃が断ち切ってきた。
構いすぎた結果、逃げだしたと思っていたのだが、どうにも、まだご飯が足りないらしく、性懲りもなく、飯をたかるべく、机の上に飛び乗ったのである。
その時、驚いた拍子に、僕はマウスをクリックしていた。
その結果は、メールの送信という形で現れた。
大慌てで、メッセージを止めようとするが、時はすでに遅く。
最終的に僕は、頭を抱えるしかなかった。
☆
誰も招いたことがない秘密の部屋。
その部屋の持ち主がただのしがない地方公務員と言われても信じないものは多いだろう。
至る所に本や資料が散乱し、机の上には無数のファイルが置かれている。
何も知らない人が、この部屋の持ち主がいったい誰なのかと想像を巡らせばきっと、何かしらの研究者と答えるに違いない。
「なるほどなるほど」
雫はオカルト雑誌を手に取りながら、気になった場所を切り抜きファイルにしていく。
これこそが『今』の友達にも、そして同僚にも彼女が自分の部屋を明かさない理由だった。
そんな風にして、一人黙々と作業を進めていく。
やがて、雑誌丸々一冊を読み終えた後にこれ以上得るものはないと判断したのか、これから捨てるための準備として、他の本のたぐいと一緒に、家の近く、大体徒歩五分程度の距離にあるコンビニで買ったビニールのひもで括り付けた。
そうして片付けが終われば、彼女のもう一つのライフハックである小説の執筆にとりかかる。
「あ! 新しい感想が」
自分のアカウントを確認すれば、感想が書かれている。
自分の考えに賛同してくれる同士が生まれたのだと、期待してページを開くのだが、感想を書いていたのは見知らぬ顔見知りから、つい最近、見知った顔見知りに変化した知人だった。
(どうにも最近、感想を書いてくれる人物に、新顔がないのよね)
雫は返信を荒い手つきで実行する。
そして、感想を書き終えたところで、偶然だとは思うのだが、メールが届いた。
「ハンバーガーショップで話したけど、もしかしてもう、真作のプロットが書けたの?」
思わず、驚きの言葉を口にした。
文章の量を多少確認したが、少なくとも数万文字はあるだろう。
ハンバーガーショップでの会合から、おおよそ10日経過しているが、たったそれだけの時間でこれだけの文章をまとめられるというのは、素直に感心させられた。
時間があれば読んでほしいとメールには書かれている。
(無視してもいいけど、数少ないネット小説仲間だし)
仲間の頼みである、時間がかかるが無碍にすることもできないと、雫はファイルを開いた。
「バーガーショップで話していたから予想はできていたけど、ネット小説家のネット小説って、ずいぶんと責めているわね」
少なくとも、最近人気になっているジャンルとは違う。
かなり責めたジャンルであることが見て取れた。
「というか、信二さんは書籍化作家を目指しているのね」
小説を書くのは好きであるが、それに人生をかけようなどとはサラサラ思っていない彼女からすれば、こんなに早くプロットを書いたのだ、その情熱が本物であるとは感じる。
「よくやるなぁ」
彼女にとってネット小説の執筆というのは単なる趣味である・
はっきりと言って、それ以上でもそれ以下でもない。
書籍化して、これだけで生きていこうなんて気はさらさらない。
そこにあるのは、単に自自分の思い、情熱を誰かに伝染させたいという熱い思いだけなのだから。
「でも、だからと言って、ただ安全志向を求める私にとって、その情熱は少しダメまぶしいな」
そう、あこがれはしないが、雫は素直に、新字に対してうらやましさとも尊敬ともわからぬ感情を抱いていた。
だからだろうか、会って、小説について語りたいですというメッセージを送ったのは。
そしてすぐに返信。
その時はおごらせてもらいますという嬉しい知らせがやって来た。
(きっと、パソコンの前で、新字さんはこれデートかもってドキドキしてるんだろうな。いや、もうそんな年ではないってわかってるけど、人間関係が希薄そうだし)
そういって、彼女は静かにほほ笑んだ。
☆
「女性と二人で、食事!
これって、デートじゃん」
そして画面の向こうでは、雫の予想通り、新字はこの文面に慌てふためき、顔色を大きく変えていた。