目指せ人生一発逆転~アラサーがネット小説書いてみた 作:kuroe113
20XX年5月〇〇日
出不精で人見知り。
付き合いなどばかばかしいと普段から吹聴するコミュション。
そんな僕でも一切の付き合いがないという訳ではない。
もっともその付き合いの相手は兄なんですけど。
「今日はここかぁ」
狭い駐車場に足をおろし、少し歩いていくと大きな狸の置物がお出迎え。
僕の目の前にはのれんと書かれた暖簾がある。
親父ギャグ! と思われるかもしれないけど、これがこの店の名前だ。
僕は暖簾から目をそらした。
寒いおやじギャグに腹を立てたのではない。
同じ読みの文字が二連続で続くことに危機感を覚えたのだ。
連続で同じ文字を使えば読者がこの小説の言葉つかいが単調すぎると文句を言ってくる。
職業病のせいか、店に入る前に憂鬱な気分にさせられた。
暖簾を見るだけで、どうしてか憂鬱な気分になってくるのだ。
とはいえ、楽しい飲み食いの場だ。
湿っぽい考えもほどほどに、今日のしめはうどんがいいかなと気分を切り替える。
店の由来にもなった暖簾をくぐれば、和のテイストを持った外観からは一転。
活気と喧騒に満ち溢れた世界が広がっていた。
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
そこから生まれる熱量のせいで、陰の物の僕ではこの空間にいるだけで干からびてしまいそうだった。
一刻も早く、ここから逃げ出したい。でも、お腹すいてるし……。
危機感と空腹感。
それらを天秤に乗せた結果。
僕はどっかりとカウンター席に腰を据えた。
これで店の一員になったのだが、やはり疎外感は消えるどころか、強まるばかり。
「それでさ」
「へぇ、そうなんですか」
一方で、兄にとってはここはなじみの店なのだろう。
すぐに知り合いを見つけ楽しそうにおしゃべりに興じていた。
「お前知り合いも友達もいないんだし。話せる相手くらい作れよ」
そんな僕を見かねて、兄が気を使ってくるが……。
正直、余計なお世話だ。
でも仕方ない。
ここは頑張ってしゃれた会話の一つでも。
「それで、この肉って産地どこなんですか」
「もしかして、中国産か心配してます。ちゃんと日本産使ってますから」
以上、解散。
何とか注文をしたが女将はほかの客の所に流れていった。
なお、これでも自分なりに精一杯気を利かせた言葉を送ったつもりである。
僕としてはこの会話を話の起点にして話題を広げるつもりだったのに。
この失敗を機に僕は覚醒した。
やはり、無理はよくないなと。
友達つくり大作戦を諦め、スマホを開き小説を執筆していく。
あれ?
外に出たのに、家の中でやっていることが何もかわらないぞ!
まぁ、いっか。
執筆楽しぃ。
でも進まねぇ。
それに肩がこる。
心臓をドクンドクン言わせながら、そっと周囲の様子を探る。
スマホの中身を誰かに見られたくなかったのだ。
これから公開するし、金を取るわけでもない。
何なら、投稿前の下書きを誰かに見せたところで大した痛手でもない。
店の中で顔を見られるのも構わない。
だが、顔と作品。
両方を見られるのはきついっす。
もうやめちゃおうかな。でも、執筆速度ががが……。
そんな風に、思考が同じところをぐるぐる回っていても、時間というのはまっすぐに進むものだ。
「はい、どうぞ」
そっけない言葉と共に、焼き鳥を載せた皿が目の前に置かれた。
注文したのはももとつくね。
最初ということもあってか、いつも食べている好物を注文した。
初めての店で戸惑うが、やはり間違いなかったと見ただけで自分の選択の正しさを教えてくれる。
とはいえ、あと少しで切りがいいところまで執筆が進むので、すっきぱらを放置したまま指を動かす。
食い気よりも作家としての自分を優先した形であるが、焼き鳥からは香ばしいにおいが立ち込めている。
「はぁ」
画面に目を向けようとしても、結局、焼き鳥のほうに目を向けてしまい、進まない。
そのせいで、焼き鳥へ手を伸ばすのがますます遅くなる。
冷めてないだろうか。
そう思い、手に持った串を一度止めたのだが、顔に近づいたもも肉から熱気が感じられた。
レンジで冷凍ものをチンしただけでは到底再現できないだろう、その身のうちまで熱を通した一品だ。
それに、鼻を近づけたからこそ分かる。
炭火であぶったことで生まれる香ばしさ。
自宅でやろうにも、あまりにも手間がかかる。
店でしか味わえない一品だと。
「いただきます」
そういえばあいさつまだだったなと、でも我慢したくない。
なので口だけで食への感謝をつたえる。
空腹ももう限界だ。
大口を開け、串を口の中に放り込む。
ふわっ、じゅわっ!
歯を立てればつくねの柔らかな肉が崩れ、閉じ込められていた肉汁が口の中に広がる。
口の中で噛み進めるごとに、肉のうま味だけではなく、ほのかに香るゆずの匂いが鼻孔を刺激する。
きっとほかにも、このシンプルな肉の玉の中に隠し玉を仕込んでいることだろう。
さっぱりとした塩の味付けだからこそ、見せの人間が仕掛けたちょっとした手間が直に感じ取れる。
「ああ、これだけでも来たかいがあった」
慣れない環境に戸惑いはあれど、それでもおいしい飯が目の前にあれば大抵のことを許せてしまう。
それは日本人としての性なのか、それとも僕が単に食いしん坊なのか。
どちらが正解なのかはいまだにわからない。
ただ一つ言えることはここの焼き鳥がおいしいということだ。
次はもも肉だ。
そんな風に油断したのがいけなかった。
「それ、な〇う!
もしかして小説を執筆してるんですか」
おお、神よ。
今だけあなたの頬をぶん殴ってもいいですよね。
クリスチャンではないが、思わず神に悪態をついてしまった。
「……」
慌てて机の上に置いたスマホの画面を切る。
人と関わりたくないから、当然僕は『無視』を決め込んだ。
それを抜きにしても、この軽い口調。
きっと、ぼくとは気が合わないだろうな。
自分の直感がこの人物と関わるなと教えてくれる。
じっと、その人物が立ち去るのを待つが動いてくれない。
仕方ない、くらえ必殺!
「ま……ぁ」
私はつまらない奴です攻撃。
向こうの返答に、たった一言で返す。
効果は、相手が会話を広げられずに詰む。
僕が女将にやられたこととまったく同じことを行ったのだ。
しかし僕はそんな短い言葉すらまともに発することができないでいた。
それほどまでに話しかけた人物が意外だからだ。
それは若い女だった。
大きな丸眼鏡。身長は平均より少し低いだろうか。
会社の同僚と飲みに来たようで、ビジネススーツを着込んでいるし、背後には似たような恰好をした人物が座っている席がある。
「実は私も、な〇う小説を執筆してるんです。
実際にな〇うで小説執筆してる人と出会うのはこれで二人目です」
「まじで」
こいつ同類かよ。
男子高校生のように、話しかければこいつ自分に気があるんじゃないかと疑う歳でもない。
が、意外なところで見つけた同士に不覚にも心臓が高鳴った。
誰だよ、こいつとは話が合わないと思ったやつ。
「卯月雫です」
「如月新字です」
もう、今日の投稿はいいや。
スマホの画面を閉じ、目の前の素敵な女性との会話に全力を費やすことにした。
「こっちが急に話しかけているわけですから、執筆したままでも構いませんよ」
「いや、それはさすがに……」
「ああ! 執筆は他人に見せたくないですよね。分かります」
特に意味のない建前だったけど、あっさり見破られた。
怖い!
「たんに話しかけられたからスマホを閉じただけだよ」
だから、素直に認めるのが嫌で、意味のないウソをついてしまった。
「そうなんですか、もう投稿してるんですか」
「まぁ。
たったの二話ですけど」
短編をいれればもっとだけど、ついさっきまで執筆していた作品が頭に残っていたせいで、ちょっと矛盾が出た。
「その作品のタイトルはなんですか」
「すいません。
顔を知られた相手にそれを教えるのはちょっと……」
向こうに迫られると、僕は一歩後ろに下がってしまう。
こんな風にぐいぐい来る感じに改めて苦手意識を感じてしまう。
でも、すごい嬉しい。楽しい。
ネット小説家ってものすごいディープな存在だからね。
この界隈、横のつながりというのはないに等しいのだ。
例えば近所の誰かがネット小説執筆してても、本人が公言しない限り分かるはずもない。
こうして同士に出会えるだけで興奮してしまうし、非常にうれしかったりする。
「今は本一冊分、十五万字を目標にしてるんだ。
まぁ、どうすればそこまでかけるのか迷走してるんだけどね」
「すごいですね。
長編を書けるなんて。私の場合そこまで集中力も気力も続かないので、短編しか書けないんですよ」
「へぇ、どんな作品を」
「すいません、ちょっと」
いや、そっちもかい!
まごつく彼女を見て、心の中でそう思ったけど、これはしょうがないよね。
「それにしても長編を執筆なんてすごいです。
私も長編を書こうとしたことはあるんですが、挫折してしまい。
短編作品の執筆だって途中で投げ出した作品が何作品もありますし」
「本当に大変だしね。まとまった文字を書くのは。
僕も今の長編作品で挫折しそうになってるし」
最初は、一日に一更新をしようと決めていたのに、開始一日目で音を上げてしまった。
「雫さんは、挫折をどうやって乗り越えたんだ?」
だからこそ、これを聞かないといけないと思った。
自分の執筆に生かすために。
「私の場合ならば、プロットを学んで、それをしっかり作りこむことで挫折を克服しました」
「へぇ、そうなんですか」
僕もプロット、物語の骨組み。つまり下書きを作りこんでいる。
なのに、執筆が止まりそうになっていた。
「こちらも、思い思いの場面をプロットとして書いてるんだが……。
上手く場面場面をつなげられなくて」
そのせいでどの順番で話を書くのか戸惑ったり、書いたけれど、これ使わなくてもいいやって場面が出てきている。
「そうだとするならば……。
あなたはどんな風にプロットをまとめているんですか?」
「ノートに思いついた場面を記載している感じだね」
「ノートですか。
私も最初はそれでやっていたんですけど、訂正するのが大変で。
今ではパソコンにそのまま書いています。ドキュ〇ントとか、どこでも編集できて便利ですよ」
すまねぇ、僕の感性はおじいちゃんなんだ。
そんな便利なものがあるなんて、知らなんだ……。
よし、後で調べよ。
「あと改善点を上げるとすれば……。
プロットはどんなタイプを使っていますか?」
「……?
プロットのタイプって何?」
その問いかけに僕は首をかしげてしまった。
プロットのタイプとは何ぞや!
疑問を口にすれば、
「プロットの作り方なんてもの、人それぞれですしね。
作家の中にはプロットを作らないって人もいるそうですし」
と、こちらのフォローする前置きを語ってくれる。
やだ、この人優秀なんだけど。
「プロットの型を簡単に説明するならば……。
どんな順番で物語を並べるか、そのテンプレートといったところでしょうか。
私の場合ならヒーロズ・ジャーニーを使っているんですけど。
色々なタイプがあって面白いですよ」
「???」
さっぱりわからん。
でも、ためになる。
未知の情報がここまで叩きつけられるということは、調べれば賢くなれるということだ。
これも後で検索してみよう。
最初追い返さなくてよかった。
もし、あそこでその選択肢をしていればと怖くなってしまう。
それほどまでにこの会話は実入りが多いものだった。
「雫さん」
もっと、この女性と話をしたい。
そう思ったのに、背後で彼女の同僚が遅いと呼びかける。
今日はこれまでだな。
「そうだ、ラ〇ンの交換だけでも」
最終的に、連絡先を交換して、今日はそれっきりだった。
別れた後、スマホに登録された新しい連絡先をニマニマと眺める。
これを私用で使うのは初めてかも。
何せ友達いないし。
でも、ラ〇ンか。
本当に、ネット小説を執筆し始めてから新しいことが次々に起きる。
それが自分にとっていいことなのかどうかまではまだ判断できないけど、今日はいい日だ。
しかし、帰り際。
「お前楽しそうに女の子と話してたよな。今回はおごれよ」
と、兄に嫉妬され、会計を押し付けられた。
とほほ。
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