書き残された世界たち   作:EC夕張

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 陽は、まだ燃えている。
 ただ、もう長くはないだろう。


紅の時代

 

黎光(れいこう)歴1347年 澪月(みおつき)

 

 黎光歴一三四七年、澪月の始まり。

 今年は、陽の立ち上がりが例年より早く、空気の乾きも強い。南斜面に自生するアラナ草が例年より十日ほど早く花を咲かせたことからも、季節の進みが幾分急であることがうかがえる。

 

 見習いのカデルが「空が赤い」と言い出したのはその日の午後だった。

 軽く聞き流しかけたが、彼の言葉にふと胸をつかれるような違和感を覚え、翌朝私は主観測台にて測定を行った。

 結果、燈彩(とうさい)値が、ごくわずかではあるが、例年よりも高く出た。機器に異常はなし。誤差と言ってしまえばそれまでだが、過去数年分の記録を照合してみると、年ごとに微細な上昇傾向があった。

 

 「陽の力」ではない。「陽の質」が変わっているような印象を受ける。

 それが何を意味するのか、まだ断言はできない。

 

 

 報告文の写しをここに残しておく。

【簡易観測報告:黎光歴1347年 澪月12日】

 主観測台にて確認。燈彩値、前年比にて+0.002。

 明確な異常とは言えぬが、過去記録との照合により、継続的な変化の傾向を認める。

 誤差の範囲を超えぬが、念のため推移を観察する方針とする。

 担当:リュカ・エステル 天文士

 

 

 この報告に対する反応は無かった。王都の観測本院は、変化が確証をもって示されぬ限り、日々の「揺らぎ」と見なす方針を変えない。

 街では新年を祝う祭が盛大に開かれている。陽の恵みを神へと感謝する声、踊り、音楽。人々にとって陽とは常に祝福であり、穢れのないものだ。

 誰も、陽が変わってしまう可能性など、想像もしていないだろう。

 

 私は塔で観測を続ける。

 この塔の任は、現象の是非を判断することではない。

 ただ、見たことを記し、未来に残すことにある。

 

 

           *

 

 

黎光歴1352年 焔月(ほむらづき)

 

 五年前の報告以来、私は陽の色と強さについて、季ごとの記録を詳細に残すよう努めている。

 一年を通じて変化を観察するには、陽が最も高く昇るこの時期が最適である。夏の観測は、特に例年との比較に重きを置くべき時期だ。

 

 黎光歴一三五二年、夏の中頃に差しかかった今、今年の陽は明らかに「長く」、そして「深く」照っている。

 最も陽の力が強い日――「至陽日(しようび)」において、地表の温度は記録開始以来最高を示した。観測水晶の示す熱値が一瞬だけ振り切れ、再調整を余儀なくされたのは、この塔においても初めての出来事だ。

 それでも王都本院からの応答は変わらず、「陽の位相差に由来する揺らぎ」として扱われた。

 

 今年の記録において私が特に注目したのは、陽の沈み際に生じる「残光」の長さである。

 日が地平に沈んだ後も、空にわずかな明るみが長く残るようになった。まるで陽そのものが、以前よりも粘性を帯びた何かになったかのようだ。

 

 こうした変化は、民の暮らしにも影響を及ぼしている。

 低地の畑では、麦が途中で枯れ落ちる例が相次ぎ、水場に近い作物だけが辛うじて実をつけた。

 街でリュート奏者は歌う、「陽が土を急かしている」と。

 

 陽が土を急かす。

 この言葉は、詩ではなく観測の端緒となるものだ。

 民の感覚にこそ、兆しが現れることもある。

 

 私は改めて、陽の昇りと沈みの角度、照射時間、色味、空の濁りを日々記録している。

 そのすべてに共通するのは、陽が赤く、長く、そして重いということだ。

 昨年の数値に比して、明確に体感でも把握できるほどの差が出始めている。とはいえ、まだ決定的とは言えない。

 陽は、あまりにも緩やかに変わる。

 

 

以下は、今節の記録から要点を抜粋した報告文の写しである。

 

【観測記録:黎光歴1352年 焔月15日】

 地表温度、記録開始以来最大値。観測装置に一時的障害あり。

 残光時間、前年同日比で四分延長。

 陽光の赤味と照射の質、全体に濃く変化。

 畑における作物被害報告と併せ、気候変動として整理すべきか。

 担当:リュカ・エステル 上級天文士

 

 

 この変化が緩やかに進行しているという確信を持ちつつある。

 それでも、断言には至らない。このようなときこそ、記録者は騒がず、騒がせず、ただ観測を重ねるのみだ。

 

 それに、私にはまだこの陽の変化が、何を意味しているのか分からない。

 だが確かに、この陽は、かつての陽とは違ってきている。

 

 

            *

 

 

黎光歴1367年 萠月(もえつき)

 

 今年の春は、遅れている。それも、ただの遅れではない。

 

 黎光歴一三六七年。異変の兆しに初めて気付いた年から、すでに二十年が過ぎた。

 ここ十年、春の訪れは徐々に不確かになっていたが、今年は特に遅く、観測所の庭に咲く早咲きのシュレー花すら、未だ芽吹く気配を見せない。

 

 空は晴れている。しかし、陽の光は日に日に鋭さを増しているように感じられる。

 光そのものは強くなっているのに、地上は温まらない。

 皮膚に刺さるような明るさがある一方で、冷たい風が吹きすさび、朝の霜は昼になっても残ることがある。

 これは、私の主観だけではない。

 

 

【観測記録:黎光歴1367年 萠月13日】

 地温、同月平年比で-4.2。凍結層は昨年比でやや深まる。

 銀環(北天星帯)の位置、暦と比較して1.1日の差異。

 日中光強度、快晴時において平均で率にして3.7の上昇(ただし日照時間は短縮傾向)。

 各地の芽出祭(がしゅつさい)、南部地方で遅延報告複数。発芽不良の声、例年より多し。

 担当:リュカ・エステル 主任天文士

 

 

 観測結果が示す通り、天の星々――特に北天の銀環星帯の軌跡に、わずかながら乱れが生じている。

 これは、空の構造そのものがわずかに変化しているのか、あるいは、我々の大地の位置がわずかに狂いはじめているのか。書院内でも意見が分かれており、結論は出ていない。

 

 いずれ、四季そのものが失われるのではないか。

 そんな声が、まだ囁き程度ながら、観測員の間でささやかれている。

 陽の力は確かに増しているのに、地上は冷えていく。

 この矛盾こそが、何か大きな変動の予兆ではないかと、私は思う。

 

 村では、春を信じる者と、もう来ないと言う者とがいる。

 かつて常識だったものが、年ごとに「例外」に書き換えられてゆく。静かに、確実に、それは進行している。

 全てを「神の御心」とする者もいるが、私は、理の外にあるものほど、冷静に記さねばならないと考える。

 

 この帳は、未来の誰かに渡すためのものだ。

 理が失われようと、記録だけは遺さなければならない。

 

 

            *

 

 

黎光歴1387年 焔月

 

 今年、空が赤くなった。

 

 比喩でも誇張でもなく、まさしく天の色が変わったのだ。

 至陽日の終わり、本来なら薄金に霞むはずの西空が、燃えるような紅に染まった。

 目を細めても、星が見えないほどの光――まるで、陽が二つあるかのようだった。

 

 

【観測記録:黎光歴1387年 焔月12日】

 日中光量、直射で率にして平均8.6の増。紫端域での強調傾向続く。

 朝夕の空色に赤化現象、連日観測。平均持続時間:初回で12分、現在は1時間を超過。

 夜間気温低下、氷結日が例年の倍に。

 星帯の暦差:2.9日。北西方角において観測困難。

 担当:リュカ・エステル 王立天文書院第二観測塔副主

 

 

 二十年前に春の遅れを記した時、私はまだこの現象を「異常気象」だと片付けることができた。

 だが今や、天候は完全に四季を裏切っている。

 陽の力は、もはや季節に関係なく降り注ぎ、地表を焼き、そして夜は凍る。

 まるで世界がゆっくりと、空の裂け目へ引き込まれているかのようだ。

 

 王都の東方にあるエスファの谷では、夏季に雪が降ったという報が入った。

 一方で西の境界山地では、雨季に干ばつが続き、作物の全滅が確認されている。

 均衡が、完全に崩れている。

 

 民は、空の変化を「終焉の炎」と呼びはじめた。

 神官たちは古文書を紐解き、これを「赤暦(せきれき)の再来」と結びつけている。

 預言者を名乗る者が現れ、王宮の門前で「天の業火から逃れる術は神への帰依のみ」と叫び、民衆が集まっているとも聞く。

 信仰が現実を覆い隠す時、人は己の判断を手放してしまう。

 

 だが、私はただ記す。見たものを、感じたものを、そして記録に残された「理」を。

 我らの世界が何を迎えようとしているのか、答えはわからない。

 だが確かに、この変化は「ゆっくりとした破滅」であり、目に見えぬ速度で、確実に進んでいる。

 

 

【私的記録】

 朝の光に白色が失われつつある。赤と橙ばかりが目立ち、空は焼けた鉄のようだ。

 街の子らが「夜が冷たい」と言った。彼らにとっての夜は、もはや小春日和ではない。

 観測塔の塔石に、新たな亀裂。これは寒冷収縮の結果か? 塔の南面はすでに修復が困難。

 書院の年若い生徒の中に、「この空の変化が、陽の鼓動だ」と記す者あり。詩的すぎるが、記録には残しておく。

 

 

            *

 

 

黎光歴1402年 静月(せいげつ)

 

 この年、夜が来なかった。

 

 このような記録をつける日が来るなど、思ってもみなかった。 

 空を測る者として、六十余年観測を続けてきた私にとって、これは何よりも異常で、何よりも明瞭な「終わり」の徴候だった。

 

 

【観測記録:黎光歴1402年 静月3日】

 日照時間:実測で連続の光照が三日間持続(連続日数測定不能)。

 明度:最大照度が前期比で2割2分増。夜間の星帯完全消失。

 気温:昼夜平均34度(地点:南央)。

 空色:連続紅橙状態。天頂部に明滅する領域あり。周期定まらず。

 担当:リュカ・エステル 王立天文書院第二観測塔主

 

 

 私はこの数年、これを「過渡光位(かとこうい)」と名付けて記録してきた。

 陽の力が頂点に達し、それを保ったまま定常に移ることなく、微かに明滅する奇妙な状態。

 その様相はあまりに巨大で、あまりに静かで、まるで空全体がひとつの器官のように脈打っているかのようだった。

 

 塔の上で、私は昼でも星の観測を続けようとした。

 だが、星はもう見えない。影も薄い。

 すべてが、陽の支配下にある。

 

 

【私的記録】

 かつては夜毎に測定していた基準星「ナト星」の姿、最後の観測は黎光歴1399年澄月(ちょうげつ)

 塔の東側斜面にて温泉の湧出。岩盤温度の上昇を示唆。地下圧の変化か。

 至陽日が曖昧となり、暦の区切りに意味を持たなくなりつつある。

 空の「脈動」は周期性を欠くも、体感上は息をしているように感じる。

 老いた我が身には、これを恐怖とは感じぬ。不思議な、安らぎがある。

 

 

 書院はすでに閉鎖された。王都も、四年前には行政機構が機能停止したと伝え聞く。

 もはや観測報告を送る宛てもない。私は今、自身の帳面に向かって語るように、記している。

 

 空が変わったのは、きっととても昔のことなのだ。

 私が気付いたのが遅かっただけで、理は、遥か以前から語られていた。

 

 

【観測記録:黎光歴1402年 静月26日】

 本日、観測塔の影が消えた。

 南からの陽と、北空に漂う紅光とが、影を打ち消し合った結果であると考える。

 影なき地に立つ我らに、もはや「昼」も「夜」も意味をなさない。

 これは恐らく、空の最後の季節である。

 

 担当:リュカ・エステル 王立天文書院第二観測塔主(旧職 名簿未更新)

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ところでこれは全く関係のない話なんですけど、
太陽の寿命ってあと50億年くらいらしいですね。
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