書き残された世界たち   作:EC夕張

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空から、ひとつ欠けた。


第一余天体の実在性について

第1節

 

 本書は、すでに否定された学説に基づく記録である。

 発表当初より、その前提は荒唐無稽だとされ、検討に値しないとの見解が大勢を占めた。

 いくつかの学会では正式な討議の場すら与えられず、個人的好奇心の産物として一蹴された。

 

 それでも私は記す。この記録が後に残ることを、願ってやまぬからである。

 

 私が主張するのは、かつて我らが世界において、特異な巨星が存在していたという説──すなわち、第一余天体の実在である。

 

 それは夜の周期に応じて現れ、一定の運行をもって天空を巡っていた。

 観測は不可能、文献にも記録はほとんど残らず、現代においてその存在を信じる者は皆無である。

 だが私は、幾つかの散在する痕跡と、あまりにも整合する神話的表象の反復から、それがかつて確かに在ったとしか思えないのだ。

 

 

            ※

 

 

第2節

 

 私が初めてこの仮説を抱いたのは、学術的発見の瞬間というよりも、むしろ、いくつかの「気がかり」が奇妙に重なったときだった。

 

 その最初は、沿岸部に残る旧神殿跡の調査記録だった。

 満潮線から明らかに遠すぎる位置にありながら、石組みは潮汐儀礼を目的として設計された痕跡を持っていた。

 いまでは届かぬ海が、かつてはそこまで来ていた──それだけでも奇妙だったが、問題はそこではない。

 祭壇を囲む石板の列が、現在の太陽周期や星の運行とはわずかに異なる向きを向いていたのだ。

 

 同様の偏差は他の遺構にも見られた。

 北方の山岳地にある環状列石では、夜に合わせて灯火を捧げるという奇妙な儀礼が記録に残されていた。

 それは明らかに、何か周期的に現れる夜の光を対象としたものであったにもかかわらず、現在の夜空にそれに該当する天体はない。

 

 古文書ではそれを「夜の目」と呼んでいた。

 もちろん、多くの学者はそれを比喩──夜を見守る神格、あるいは星座の象徴と解釈している。

 

 だが、もしそれが象徴ではないとすれば──かつて、夜に光をもたらす何らかの天体が存在していた可能性が、浮かび上がってくるのではなかろうか。

 

 

            ※

 

 

第3節

 

 散在する記録を比較するにつれ、いくつかの一致が目につくようになった。

 例えば、北西部の山岳地に点在する祠群は、現在の星座に照らせば奇妙な偏差を示す。

 特に、第二列祠郡に属する五基は、方位・間隔ともに明確な周期運行を仮定しない限り、合理的な説明がつかない。

 だが、ひとつ未知の天体が存在していたと仮定すれば──それらの配置は、驚くほど自然に整合する。

 

 また、沿岸部においては、潮の位相と一致しない周期で行われていた旧祭儀の記録が残っている。

 当初は農耕暦と結びつけられていたが、より短い周期性を持ち、「光の欠け満ち」に対応する記述がわずかに見られる。

 

 加えて、数種の神像に見られる円環状の装飾──一部は「輪環」「天の眼」として祀られているが、その光彩の刻みは明らかに「欠け満ち」を示すとしか思えない。

 だが現在では、それをもって「暦の象徴」あるいは「永遠の印」と解釈するのが一般的である。

 

 また、いくつかの古碑文や祝詞の中には、空が裂け、光が崩れ、天より「何か」が降ってきたとする記述が見られる。

 今日では象徴的な神話言語と見なされているが、もしそのような表現が、実際の空の変化を反映したものであったとすれば、天上の相貌にかつて、何らかの劇的な変動があったことを示しているとも読み取れる。

 

 さらに特筆すべきは、南方の地層から出土した白銀色の鉱石である。

 記録によれば、落雷や“天の割れ目”の直後に現れたとされ、その一部は神殿の芯柱として祀られていた。

 現地では神聖視されており、組成分析は実施されていないが、既知の鉱石とは色調・密度・磁性が著しく異なり、周辺土壌との関係もまた、地質学的観点から説明が困難である。

 

 これらの事例を個別に見れば、偶然と片付けることもできるだろう。

 だが、空を巡る光、周期、偏差、儀礼、そして「落ちてきた物質」。

 あまりにも、多くが一致しすぎている。

 

 

            ※

 

 

第4節

 

 これらの観点に基づき、私は「第一余天体」の実在を前提とした仮説をまとめ、正式な形で提出するに至った。

 論考としての構成には一定の自信があった。個別にはどれも、検討に値する資料であるはずだった。

 

 複数の学術組織に報告を試みたが、そのいずれもが、正式な審査には至らなかった。

 最初に提出した地方学審議会では、「分類未定の仮説」として差し戻され、審議そのものが保留された。

 続いて出席した東部史暦学会では、私の発表直後に予定外の休憩が挟まれた。質疑応答は行われず、後日の記録にも残らなかった。

 

 最も明確な反応を得たのは、都市天文協会での口頭発表だった。

 議長により議題の要点が読み上げられた際、数人の出席者が顔を上げた。

 彼らが注視していたのは仮説の構造ではなく、その前提だった。

 

「かつてこの空に、特異な巨星が存在していた。私はその天体を、仮に第一余天体と名付けた」

 その一文を提示した時点で、以降の論旨は、ほとんど届いていなかったように思う。

 

 後日、提出された講評では、「空にあったものが消えるという想定は、神話的でありすぎる」「象徴としての解釈を無理に実在へと結びつけようとする意図が看取される」といった語が並んでいた。

 

 痕跡の整合性、周期性の偏差、出土物の異質性。

 私にとっては、ひとつずつ蓄積された観測の断片であったが、彼らにとっては、「ありもしない天体を補うために引き寄せられた資料」にすぎなかった。

 

 仮説の構成よりも、その起点にある着想そのものが異常だと見なされたのだ。

 そして私の説は、静かに議論の対象から外れ、私の名も名簿から消えた。

 

 

            ※

 

 

第5節

 

 これが、私の到達し得た範囲である。

 仮説に不確かな点があることは承知している。

 だが、各地に残された構造や記録、儀礼の痕跡、周期の偏差、出土物の性質──それらを整合的に説明し得る構図として、私はこの仮説を選んだ。

 

 否定はされた。受け入れられもしなかった。

 それでも、記録として残す意味はあると考えている。

 

 論としての検討に値するか否かは、他の判断に委ねられるだろう。

 本書の構成と照合に、少しでも再検討の余地が見出されるのであれば、それでよい。

 

 第一余天体。

 この空に、かつてそう呼ぶべき何かが在ったとする仮定は、現時点では証明されていない。

 

 だが、それを仮定として立てることで、あまりに多くの事象が整いすぎるのだ。

 

 以上をもって、記録の結びとする。

 

 ユリス・カロン




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ところでこれは全く関係のない話なんですけど、
火星サイズの天体の衝突で月が粉砕する可能性はあります。
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