「クソが! なんでだよ! そんなこと確定していなかっただろうが。私はこのままよくわからん女ぶっ殺して、お金もらって遊びに行く予定だったのに。この忌々しい可能性が! 私の世界に入ってくるなよ! 可能性は可能性らしく、身の程わきまえろって言ってるんだよ!! ああ、クソクソクソッッ!!!」
唸るような癇癪。片手で髪を掻きむしり、怒りで表情を歪ませている様はまさしく子供。深く被った灰色のパーカーから覗く、白い長髪が微かな風で揺れ、幼さの残る顔を擦る。滅紫の瞳が半分閉じられた瞼から睨み付けているのは────
「……よもや……子供をもか。今なら不問に致す故、さっさと去れ。拙は、子供殺しでは無い」
裳付衣を纏う一人の武者。薙刀を背負い、石帯に収まる太刀と小太刀。右手の錫杖と立ちすくむ姿はさながら弁慶の如し。中臣印の陣笠を被り、その特徴的な黒髪を見るに中臣家の令嬢を思わせる。されど、その身長は僅かに目の前の子供より高い144cmに過ぎない為、ひどく非現実的な感覚を覚えさせる。
「はぁ!? 何、自己完結してるんだよ? 私はその可能性を認めてない! くっだらない可能性のくせして、勘違いしたような口を利きやがって! 私の世界は完璧なんだから、お前みたいな醜い可能性はお呼びじゃないんだよ!!」
武者は唯一包帯で覆われていない左目を開き、嘆息する。その黒い目に浮かんでいたのは憐憫と殺意、入り交じる相反する感情であった。
「……なら、殺し合う他なし。名乗るほどの名を持たぬ無礼を許したまえ。拙は中臣家お抱えの禰宜衆“
錫杖の底が床を叩く。遊環がジャリンと甲高い音を鳴らし、その神聖な音が勝負の始まりを告げる。
「
はずだった。パーカー娘の咆哮が響いたその刹那、彼女は光に包まれるまでは。玉虫色のように様々な色が織り成す輝きはひどく眩しく、神秘的だ。
「ッ……これはスペイン王室特務機関、
その言葉を肯とするように現れたのは古めかしき銀色の鎧に身をやつし、その身長を有に越えるランスを手に取った先程の少女。先程の“変身”で巻き上がる風がその長髪を揺らし、まるで絵画の騎士が現れたような錯覚をもたらす。
「もう楽園騎士じゃねぇ! 勝手に私の世界を決めつけるな! 私があの騎士団に居る可能性はとうに潰えたんだよ! その可能性が私の世界に侵犯することもねぇ────ねぇんだよ! どいつもこいつもあり得ない可能性ばっかり言いやがって! なぁ、猛省しろよ! この忌々しい可能性が! お前は私の完璧な世界に埃をつけてんだよ!!」
半円を描くように利き足を後ろに下げ、ランスに身を寄せ、地面を蹴りあげた。同じ齢の少女の筋力を凌駕する推進力を以てして、ランスを武者へ向かっていく。
「
「容易い!」
迫り来るランスの先は武者を穿つべく、その渾身の突きを行う。それを武者は相対するように前に突いた錫杖の遊環に引っかけ、右側に払った。
「貰った! 唯祈殿、頼みますぞ」
左手をそのまま石帯の鞘まで運び、小太刀を抜いた勢いで騎士の腹に振り上げる。中臣家が誇る朝臣十三宝が一つ、“繋ぎ目の縁を切る”加護を残した呪具の効果を遺憾なく発揮させる。斬りつけた断面同士の繋ぎ目を切ることで、綺麗に真っ二つにする。
「痛てぇッッ!!」
真っ二つとなるも血は飛び散らず、界異のように朽ちていく。という、確定した現実は打ち破られる。
「へっ、それくらいじゃ死なねぇよ! 残念だったなぁ! 私が死ぬに賭けた可能性! 私がその可能性を否定してやる!」
「
QHPS。
「私のみが
彼女にのみ彼女の決定権を与える
「……予想以上の術者……拙も本気で行かねば。理仁殿、渚殿行きますぞ!」
「『秘式:縁成 • 簡易反閇』」
持っている呪具との縁を強める死縁の
「『
対する騎士は浄火を纏う。白銀の鎧に羽衣みたく滾る炎は蛇行して行き、ランスへ竜巻状に巻かれていく。数多の異端者を屠った火刑の極地。十字架の御前にて宣告される最も愛ある別れの嘆き。それが、滑り来る武者へ小細工もなく、正面に構え、上から振り下ろす。
「何故、スペインが千萱次期当主を狙う?」
赤雷、浄火混じりて赤華散る。下から拭う太刀に、上から穿つランス。ファンデルワールス力の縁を切る中臣理仁の亡骸。それが呪具となった一騎当千の死刀の斬撃にサタンすら穿たんとする信仰の一撃が衝突。異端異教を滅し正すための
「だーかーらーちげぇって言ってんだろ!? 私はもうスペイン……じゃねぇんだよ!
憤怒に任せ威力増す火に顔をしかめる武者であるも、冷静に状況を見極め、ランスへ頭突きをお見舞いする。
「毅殿」
如何に滑稽であろうと、歴戦の武者は適切な手段を知っている。変化との縁を切る呪具たる陣笠で受け止めることによって
「なっ! 嘘だろ!?」
燃え盛っている火を消すなど容易い。それが信仰を糧に構築された火葬術式であれども、だ。そのまま、腹に蹴りを一発。
「ッッてぇ!」
怯んで空に浮かんでいる相手のランスを握っている手を掴み、引き寄せ、太刀を心臓へ突き刺すように向ける。
「させるかよ!」
騎士は空に居ながらも、武者の顔に向けて蹴りを放つ。太刀を避けるためのわずかコンマ数秒の動きの差を利用して武者は相手の太もも側へ入り、口を開く。
「『秘式:縁成 • 簡易霊弾』」
その刹那、騎士の脳天を一つの小さな霊力の弾丸が射貫く。最も原始的な霊力放出、その基礎中の基礎を以て、命を奪う。銃とナイフでも人を殺めることは出来る。しかし、道端に転がっている石でも人を殺せることを忘れてはならない。今、まさにそれが起きている故。
「ッッッ!! 死なねぇよ!!」
今頃、脳髄を垂らしていたであろう傷は跡形もなく消え、再び可能性の海へと突き落とされる。
「……だがなぁ……辺境の小国の祓魔師にしては強い。なぁ、可能性。お前はなんて言うんだよ?」
やや嬉しそうに口角を上げて、吐き捨てる。術理が終わり、焔が笑みを浮かべるように弧になり、消え行く。
「……申し訳ないが……拙には名乗るほどの名はあらぬ。
「なら、言って貰うまでだ!」
「
「
「拙は中臣千萱が姉……中臣紫苑、“
「名の看破かっ!」
この戦闘を決闘に見立てることで、拘束力を有する名の看破。自身が名乗らなければならない最大の弊害を除けば、相手を強制的に名乗らせることが出来る中世騎士の常套手段。それが21世紀にて、再度使われるとは千萱の姉であるとて、予測出来まい。
「この落伍騎士め」
名を名乗らされたことによって、ようやくその顔に怒りが浮かび上がる。中臣の望まれぬ子である彼女自身の大きなコンプレックスへの刺激、それで十分だったのだ。
「へぇ、紫苑って言うのかおめぇ。可能性にしちゃぁ、随分可愛らしいなぁ! あはは!!!」
横に一閃。離れる首。されど、血が出ることはなく、命が潰えることはない。QHPSは形代の如く、イザベラを生かす。それを見て、中臣紫苑は顔をしかめて、呟く。
「ちょ、ちょ、ちょっと! キレるの早ぇって!」
「……形代由来の術ではないな……」
武者改めて紫苑は煽りを聞き流すことにし、思考を動かす。死を様々な方法で無効化する形代という死神泣かせ。過去や未来を書き換えるものから、共同体でダメージを分配するものから物へ代わりに移すものまで、死を超克という夢を人間が絶やすことはない。
「あはは! 紫苑ちゃんはさては不死伯サンジェルマンを知らないな? 形代由来の復活なんぞ、奇跡には遠く及ばねぇんだよ!」
「紫苑ちゃん言うな」
「サンジェルマンは人類で初めて、形代の使用を確立した人類の偉人をなぁ!」
「……拙も聞き及んでいるが…………その手法は全世界で禁止されただろう。…………如何なる人であれ、この現世に住まうなら手を出してはならない禁忌。世界を身代わりにする、
サンジェルマンという呪われた偉人の名。世界最恐の呪詛犯罪者の一人としても形容され、恐れられる名。武者とて当然知っている人類最大の呪詛犯罪者。
「あぁ! そうだよなぁ、そんときお前らは内戦しまくってっから、あんまり詳しくねぇんだな? あはは! 笑いもんだぜ、ヨーロッパで調べりゃ、出てくるのによぉ」
「まぁ、わたしは優しいから言ってやるよ」
「神代型形代なんぞ、嘘っぱちのはずさ! 本当の問題はてめぇらが使ってる形代の概念を! この世界に植え付けたのは不死伯サンジェルマン…………いや……こう言った方が分かりやすいな……世界から失われた20年がそうだってことをよぉ!!!!」
誰も知らない間に歴史を書き換え、それを死の間際まで誰にも知られぬまま隠しきり、その死によって明るみになった
「…………」
「大声でそれを言うな……愚か者。それは失われた20年への模索は連盟の時代から……今に至るまで禁じられているだろう……何のために国際連盟極東境界異常・幽世監視団が設立されたと思っている?」
「模索ぅ?? 何バカなことを言ってるんだよ。お前らだって、
「…………」
戦いの真っ只中。先ほどの会話の途中、途中で剣とランスがぶつかり合っているも、進展が無く、戦いは膠着している。そうであるからこそ、中臣紫苑は考えることが出来る……何故、歴史でFEATOと名の付く組織が多いのか……その先について考えようとした一瞬の間だけ、耳元で声が聞こえる。
『いやぁー、
そ し て せ か い は さ い こ う ち く さ れ る
別の小説もあるので次回遅れます!(宣言)