✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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"むかしむかし、ある小さな国に
 マリルとダリルという
 仲良しな双子の兄弟がいました。

 兄のマリルは、未来をのぞく不思議な目で
 弟のダリルは、勇敢な心と立派な剣で
 いつもみんなを助けていました。

 「助けてくれてありがとう」

 友だちにそう言われるたび、
 マリルとダリルは
 とても幸せな気持ちになりました。

 ふたりは、どんなときも いっしょでした。

 夜になると、ふたりは丘の上に座り、
 星空を見上げて、小さな声で願います。

「この星が、いつまでも笑っていますように」"──。

         童話『マリルとダリル』


      ──亡国のフィエリア──
           《Prologue》双星の御伽噺


✦序章  ──双星の御伽噺──
《Prologue》


 

──澄み渡る空気が、肌寒さを伴った朝。

暖炉で揺れる炎は、ふたつの影を書斎へと伸ばしていた。

 

『……"マリルとダリルは、大好きな星に生まれ変わり、いつまでもみんなを見守るのでした"……』

 

眠気を誘う声色と、僅かなノイズが途切れる。

静寂の書斎には、風に揺れるカーテンのはためきだけが残された。

 

「……読み聞かせは終わりか?」

 

革表紙の古びた本を閉じて、炎に照らされた青年が言った。

それは、この国で最も有名な、英雄たちの伽噺。

 

『"愚者は経験に、賢者は歴史に学ぶ"と言う』

 

浮遊する小ぶりな“機械人形”が、空間に良く響く声で諌める。

 

『お前にとっての"読み聞かせ"は、フィエリア王家にとって歴史の序文だ』

「賢者は大変だな。王子で良かったよ」

 

椅子に背を預けながら小さく伸びをした青年──アルマ=フィエリアは、他人事のように軽い調子で応えた。

 

『アルマ』

 

咎める声に、アルマはひらひらと両手を振る。

 

「ははは、冗談だよ。……続けてくれ、教官殿」

 

笑顔の奥に、微かな翳りの色。

フォニーはそれに気付いたが、しかし触れなかった。

 

『……では、前提を確認しよう。──"空間演算起動"』

 

卓上の空間に、様々な軌道を描く星々が投影される。

淡く煌めくそれらに、アルマはわずかに目を細めた。

 

投影された星々の中央、連なる双星が拡大される。

 

『──これは、"主星ピュロン"。そして、ピュロンを軸に周回する"伴星リゾーマ"の全景だ』

「ふむ」

 

それはアルマにとって馴染み深い故郷の姿だが、こうして俯瞰する機会は少ない。

 

『二十年前の大戦以来──我々の住まう双星は、徹底して他国との争いを避けてきた』

 

アルマが小さく頷いた。

彼の生誕以降、ピュロンは一度として他国の侵攻を許していない。

 

「お陰様でのんびり暮らせてるよ。今のところね」

『──そう、"今のところ"だ』

 

フォニーが、アルマに向き直る。

 

『軌道を共有する双星など、他に前例がない。どれだけ我々が和平を叫ぼうと──』

 

「──“人は差を妬み、異を叩く”」

 

腕を組んだ姿勢のまま、いつぞやの講義から引用した言葉でアルマが遮る。

フォニーは小さく頷いた。

 

『……危機意識と、その備え。それらは、平和の為にこそ必要だ』

 

アルマの瞳に、炎の揺らめきが反射する。

彼はそれを拒絶するようにわずかに目を細め、不意に立ち上がった。

 

『どうした?』

「朝から重い話を聞くのは気が滅入ってね」

 

肩を回しながら言うアルマに、フォニーは呆れるように小さな体をひと揺らしした。

 

『……“前提”で滅入るようでは先が思いやられる』

「ははは、相変わらず手厳しい」

 

アルマが朗らかな笑顔を見せながら扉をくぐる。

 

「──少し、目を醒ましてくる」

 

扉の閉じる音が響いて、それから。

フォニーは、机に取り残された本へと視線を落とす。

 

『……行き先は“愚者”か、“英雄”か──』

 

書斎の静謐に、その声はやけに長く響いた。

 

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 回廊──

 

暖房のない渡り廊下に、白い息が浮かんでは消えた。

……ほんの少し前までは茹だるほどの暑さだったというのに──。

 

アルマはふと、石柱の隙間から階下の中庭へと視線を送る。

その視線に気づいたのか、中庭で花を愛でていた少女が顔を上げ、花の香をまとった笑顔で手を振った。

 

「お兄様!」

「体冷やすなよ、アイル」

 

歩みを止めぬまま、アルマが小さく手を振り返す。

遠ざかる兄の背中に笑顔と掌を少しずつ萎ませ、少女──アイル=フィエリアは、寂しげに視線を花に戻した。

 

廊下を歩くアルマは、幼少の自身を景色に重ねる。

 

今のアイルほどの歳の頃。

僕もまた、御伽噺に憧れ、英雄を夢見る無垢な少年だった。

 

……あの頃は、まだ──。

世界は、想いの強さで変えられるものだと思っていた。

 

──回廊を抜けると、扉越しの剣戟と鍔鳴がアルマを迎える。

掠れた“修練場”の文字を一瞥して、アルマは扉に手をかけた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 中庭──

 

 

「……あなたも、まだ寒いでしょう」

 

中庭の片隅。

アイルの掌が、儚げな薄桃、朝咲きの花びらをそっと包む。

 

寒期に咲くには早すぎる花。

けれど、この星にはそんな奇跡がいくらでもあった。

 

──風が、木々のざわめきを運んでくる。

 

空間に溶け込むような感覚を覚えて、アイルは瞼をそっと閉じた。

 

そこかしこで、草木が歌っている。

呆れるほどに安穏な自然と、それから──。

 

うっすらと瞼を開いた彼女は、風に踊る長い髪をかきあげた。

 

「──おはよう、ソフィ」

 

背中越しに声をかけようとした刹那、先を越された侍女──ソフィ=シュトロハイムは、少しだけ目を見開いた。

 

「おはようございます、王女様」

 

「……アイルでいいわ。──どうせ、お兄様に何か言われてきたんでしょう?」

 

 “アイルを見ててやってくれ、ソフィ。油断するとすぐに王宮を抜け出そうとするから”

 

図星を突かれたソフィは、しかし表情は崩さぬまま傅く。

 

「羽織をお持ちしたんです、王女様。今日は一段と冷えますから」

「……アイルでいいって言ってるでしょう?」

 

再三の指摘。

柔らかなソフィの微笑みに、一瞬だけ困惑の色が差した。

 

「……ううん──ありがとう、ソフィ」

 

差し出された羽織を纏いながら、アイルは小さく頭を垂れるソフィに微笑みかけた。

ソフィは、優しい手付きで羽織の襟を正す。

 

「ねぇ、ソフィ。……少し、一緒に遊ぶ?」

「……傍にいますからね」

 

言外の拒否に、アイルが小さく頬を膨らませる。

ソフィは、ただ優しい視線だけを返した。

 

「……たまにはお兄様と遊びたいな」

 

誰もいなくなった渡り廊下。

ふとそこに視線を移したアイルが、ソフィの気を引くように小さく零す。

ソフィはほんの僅かに俯いて、瞳を揺らした。

 

「……王子様は、お忙しい方ですから」

「うん。……分かってる」

 

しゃがみ込んだアイルが、再び花びらに触れる。

今日も、こんなにも花は綺麗。

空は澄んで、世界が華やいでいる。

 

……きっと、外の方が楽しいのに──。

 

「──!」

 

ふと、アイルは空を見上げた。

 

「……どうされましたか?」

 

そう訊ねた直後、ソフィもまた気付く。

 

遠くから、鐘の音が響いてくる。

王都の北端にある鐘楼が、季節の移り変わりを報せているのだ。

 

「……ピュロンも冬至ですね。──そろそろ、屋内に入りましょうか」

 

アイルに、ソフィの言葉は届いていなかった。

 

──景色が、流れ込んでくる。

 

人々の暮らし。

広がる街並み。

 

「……私の、知らない世界──」

 

音の余韻が空に溶ける頃、風がまたひとすじ、アイルの髪をさらう。

 

……何かが、いつもと違った。

まるで、誰かが遠くで呼んでいるような──。

 

 "この星が、いつまでも笑っていますように"

 

──西へ飛び立つ鳥たちが、小さな影を彼女に落としていった。

 

 





【登場人物】
✧アルマ=フィエリア(17)
 双星を統べるフィエリア王家に産まれた王子。
 "教官"フォニーに王家の務めを学ぶ。

✧フォニー(??)
 古くからフィエリア王家に仕える自律思考型トリオン兵。
 アルマの教官ほか、多様な分野で双星の中核を支える。

✧アイル=フィエリア(10)
 フィエリア王家の王女。
 兄アルマや侍女ソフィとのすれ違いに寂寥を覚える。

✧ソフィ=シュトロハイム(19)
 幼少の頃からフィエリア王家に仕える侍女。
 アイルの専属侍女として、彼女を静かに見守る。


【用語解説】
✧双星ピュロン
 主星ピュロンと伴星リゾーマからなる本作の舞台。
 "夜の暗闇"を連なって巡る。

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