✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

11 / 37

地平線に消えゆく太陽が、艶やかな朱で王宮を染める頃。

消え入りそうな表情で、王都へと続く道を眺める"専属侍女"。
──その背後には、長い、長い影が伸びていた。



《第10話》黄昏

 

地平線に消えゆく太陽が、艶やかな朱で王宮を染める頃。

 

消え入りそうな表情で王都へと続く道を眺め続ける"専属侍女"の背後には、長い、長い影が伸びていた。

 

 

……彼女は、何時間こうしているんだろうか。

 

今しがた正門の守衛を交代した騎士──シーザー=クリケットは、腕を組んだままその背中を眺める。

……王宮の外は、生身では寒かろうに。

 

──ふと。 シーザーの耳が、遠くから届く車輪の軋みを捉えた。

 

 

「……お帰りみたいですよ」

 

 

ソフィは、シーザーの言葉に振り返ると──憔悴した様子で、小さく頭を下げた。

 

 

──────────

✦騎士団輸送便 荷台──

 

 

──途端に小さくなった荷台の揺れが、馬車の旅路もようやく王宮前の石畳に差し掛かったことを静かに伝えていた。

 

「……お兄様……イリーナ……ごめんなさい」

 

荷台の隅でしょぼくれたアイルが、膝を抱えたまま言う。 その隣で膝を立てて天井を眺めていたアルマは、何も言わず小さな頭を撫でた。

 

……アイルの話を聞く限り──兼ねてより外に出たがっていたアイルを唆したのは、バストーラと裏で繋がっていた"王宮お抱えの輸送担当"だったそうだ。

細く長い息を吐いて、アルマが掌を眺める。

 

 "勇敢と浅慮を、覚悟と自棄を履き違えなさるな"

 

……エルゼンの言葉の残響が、焼き付いて離れない。

浅慮による独断専行、覚悟を騙る自棄。

この無力な手は、鍛えた槍は、何の為に──。

 

各々に苦渋の表情を浮かべる主達の姿に、イリーナは幾つかの言葉を浮かべたが──何も、口には出来なかった。

……私は──騎士道を誤ったでしょうか、団長。

 

 

──不意に、瞼を閉じていたエルゼンが顔を上げた。

 

慣性に伴う、大きな揺れ。

停車した馬車が、正門と王都を繋ぐ跳ね橋を占拠する。

 

 

「……あ……」

 

 

アルマに手を引かれて荷台から降りたアイルの瞳が、騎士団長に敬礼する騎士達の向こう、立ち尽くすソフィの姿を捉えた。

 

羽織と兄の手をそれぞれ握る、両の手に力が入る。

じんわりと広がる安堵よりも、奥底の鈍い痛みが胸を刺した。

 

──アルマの足が、ソフィの前で留まる。

兄の手をほどいたアイルは、俯いたまま一歩前へ乗り出した。

 

「……ソフィ……あのね、私──」

 

──乾いた平手打ちの音が、王宮に響く。

守衛のシーザーが、ぎょっとして目を見開いた。

 

頬に走った痛みをアイルが認識するよりも早く。

自身の行動に誰よりも驚いたのは、ソフィだった。

 

ソフィは、一瞬だけ強い困惑と自責を表情に浮かべ──。

 

「……どれだけ、心配したと思っているんですかっ!!」

 

すぐに、それを振り払って叫んだ。

 

見開いた目で映した、ソフィの顔が滲んでゆく。

 

音のない世界で、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら。

ソフィの隣をすり抜けたアイルは、正門の向こうへと走り去った。

 

……ソフィもまた、力なく膝をつき、頬を濡らす。

 

「……ソフィ……」

 

苦渋の表情で零したアルマに視線は合わせないままで、ソフィは肩を震わせた。

 

「……あなたもです……王子様……」

 

 "王家の軽々な独断ひとつが、どれ程の影響を及ぼすことか"

 

すすり泣くソフィの姿に、アルマは。

……今になって、その言葉の意味を理解する。

 

「……王子には、これより政務殿へ向かって頂く」

 

暫く成り行きを見守っていたエルゼンが、俯くアルマの背中を追い越して告げた。

 

「"覚悟"と一度宣ったなら──王政評議にて、その責任を果たされよ」

 

軍靴の音が遠ざかる。

その言葉は、変わらず重く鋭いが──その言葉は、エルゼンなりの配慮だ。

 

……王子殿下……。

 

泣き崩れたソフィと立ち竦むアルマを一瞥して──イリーナもまた、エルゼンに続く。

 

「……よぉ、おかえり。……お、おい、イリーナ?」

 

気まずさに耐えかねた挨拶をあっさり無視されたシーザーは、振り上げた手の行き場を失ったままその背中を見送った。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 屋内廊下──

 

 

「……迷惑をかけてすまない、フォニー」

 

政務殿に向かう、長い廊下。

アルマはふと、隣に浮かぶフォニーに向けて溢す。

 

……たった半日で、随分としおらしくなったものだ。

 

フォニーは、とぼとぼと赤絨毯の上を歩むアルマを一瞥すると、兎のような耳を小さく動かした。

 

『──私に謝ってどうする』

 

アルマからの返事はない。

気にする様子もなく、フォニーは淡々と続けた。

 

『……"賢者は歴史に学ぶ"と伝えたが──経験によってのみ積まれる厚みも、時には必要なものだ』

「……愚者も、大変だな」

 

フォニーなりの励ましに、アルマが精一杯の空元気でおどけてみせる。

フォニーは、間近へと迫った扉に視線を戻した。

 

『世界は、お前が愚者のままでいることを許さない。──歴史に学んでこい、アルマ』

 

……重厚な扉が、ゆっくりと開く。

 

開かれたその先。

 

政務殿の円卓で、騎士団長が、宮廷五官が──。

そして、アルマの父、"獅子王"クラウスが、扉の前に立ったアルマを見つめていた。

 

──暫し瞼を閉じ、再び見開いたアルマは、真剣な眼差しを円卓へと向けて政務殿へと歩みを進める。

 

「役者は揃いましたよ、カンデラ殿」

「……うむ。……では」

 

"使節卿"ニアに促された"尚書"カンデラからの視線に、クラウスが小さく頷く。

 

 

 

「──これより、王政評議を執り行う!」

 

 





【登場人物】
✧シーザー=クリケット(20)
 本日の正門守衛(夜勤)。
 イリーナの同僚だが、呼び掛けを無視された。

【用語解説】
✧守衛
 騎士達が交代で行う主任務のひとつ。
 交代制で常続不断の各拠点防衛を担う。

✧王政評議
 国家としての判断を要する議題に向けた会議。
 時に弾劾裁判の側面も持つ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。